EP.19
社交デビューも終え、私は学院に入学する事となりました。
暗黙の了解で義務化されている皇家と高位貴族の子息達とは違い、令嬢達にはその義務はありません。
完全に本人の意思と家の意向によりけりですわね。
ちなみに我が家は、共学だなどと私の可愛いイブに下等な虫が寄るではないか、とお父様が大反対していましたが、もちろんそんなものは私が蹴散らしました。
カインと同じ学院に通えるようになるのを、私がどれほど心待ちにしていたか。
無粋なお父様の横槍になど、私、負けたりしません。
なぜかジルヴィスにはやり過ぎだと注意されましたし、お父様が涙目でお母様に慰められていましたけど、なんの事でしょう?
私には皆目分かりませんわ。
入学式も終え、初登校の日。
ジルヴィスと一緒に学院に着くと、やはり女学生は数が少なく、私は注目の的でした。
それもそうでしょう。
この国一の貴族令嬢な上に、半顔に傷を負った仮面の令嬢。
注目するなと言う方が無理というものです。
皆の好奇の目を内心楽しんでいる私もどうかと思いますけれどね。
こうして周りが私を稀有な目で見れば見るほど、外面重視のあの方(殿下)避けになって丁度良いのです。
「それじゃ、僕はここで。
まぁ適当に頑張ってね。
あっ、君の影武者を使う時は事前に言ってね」
ジルヴィスはそう言ってヒラヒラと手を振って三年の校舎に消えていった。
本当にあの人ったら、どこまで私の事を見抜いているのかしら。
赤髪の魔女として邸を抜け出している時に、私の代わりを務めているイブちゃん2号に気付いていたのね。
侮れないけれど、味方であればこんなに心強い存在は他にはないわ。
それにしても、赤髪の魔女の正体もイブちゃん2号の事も、とっくに知っていて知らないふりをしていたなんて、ジルヴィスがこれほど読めない人間に成長していたとは気付かなかったわ。
まぁジルヴィスは後継者教育に忙しくしていたから、あまり一緒に過ごせる時間も無かったけれど、それでも時間さえあれば、お母様がジルヴィスの為に建てた絵を描く為のあの小屋で楽しくお話したりして過ごしていましたのに。
私もまだまだね………。
兄について思い悩みながら教室に入り、席に着くと、やはり周りがザワザワと私に注目している。
注目される事自体は苦じゃ無いので、ふふっと微笑みを浮かべ教室を見渡していると、2人の女生徒が私の座っている席に近付いてきて、恭しくカーテシーで礼をとった。
「ご機嫌よう、ここは学院内ですから、どうか楽になさって。
私に何かご用かしら?」
カーテシーをとるという事は、社交界流に爵位の上の人間からの声掛けを待つという姿勢なので、私の方から先に声をかけると、2人は同時に顔を上げて少し緊張したように口を開いた。
「初めまして、アルムヘイム公爵令嬢。
私はビリジアナ・レクベットと申します」
「ご挨拶申し上げます、アルムヘイム公爵令嬢。
私はマリーニ・シャルトと申します」
背が高く手足の長いスラっとした美人がビリジアナ・レクベットさん。
色が白く大人しそうな可愛らしい方がマリーニ・シャルトさん。
「初めまして、レクベット伯爵令嬢、それにシャルト伯爵令嬢。
ですがここは学院内ですから、家の名で呼び合うのはやめましょう。
ビリジアナさんとマリーニさん、私の事はエブァリーナと呼んでね」
ニッコリと笑うと2人は顔を輝かせ、物怖じしない性格らしいビリジアナさんが先に私の隣を指差して口を開いた。
「私達の事を知ってくださっていたのですねっ!
ありがとうございます、エブァリーナ様っ!
あのっ、お隣にご一緒してもよろしいでしょうか?」
そのビリジアナさんの言葉にマリーニさんは驚いた顔で恐縮しきっている。
「ええ、もちろん、どうぞ」
私が自分の隣の席を手で指すと、ビリジアナさんが早速そこに座り、マリーニさんがその隣に遠慮がちに座った。
「私達、エブァリーナ様が学院に入学すると聞いて、自分達も入学を決めたのです。
ここだけの話、他にもそんな人がいて、今年は女学生の数が増えているんですよ」
コソッと小声でビリジアナさんが教えてくれた話に、私は片眉を上げ、意外な思いで改めて教室を見渡した。
確かに、思っていたより女学生の数が多い。
事前に調べた時には、男女比は8:2だったはずなのに、ざっと見ただけでも6:4にまで増えている。
「エブァリーナ様の貧民窟救済支援活動は、私達令嬢の憧れなんです。
街の名前にまでなって、庶民の間で天使と呼ばれるだなんて、まるでお伽話の聖女様のようですわ」
うっとりと頬を染めるビリジアナさんに、私はつい小さくビクリと体を震わせてしまいました。
……まぁ、本当に聖女なんですけどね、私。
聖属性も持っていますから。
ですが、本物の聖女として活動する気は全くサラサラこれっぽっちもありませんが。
「わた、私もっ、ずっとエブァリーナ様に憧れていましたっ。
私も貧しい方々の窮状に心を痛めていましたが……エブァリーナ様のように自ら動く勇気がなくて……。
まだ6歳だったエブァリーナ様が、治癒師として貧民窟の住人を癒していると聞いた時は、本当に感動いたしましたっ」
控えめながらもマリーニさんもそう言ってくれて、私は2人にニッコリ微笑み返した。
殿方がヒーローに憧れるのと同じで、令嬢には聖女願望というものがあるのでしょうね。
無償で民に尽くし、慈愛の心で民と接する。
民に慕われ、敬まわれる存在。
そんな聖女像に憧れる彼女達の気持ちは理解出来ますが、私の行動が無償かと言われると、ジルヴィスなんかは首を捻って鼻で笑いそうなものですけどね。
市井に降りて前世の夫の生まれ変わりを探したいという個人的な理由がありましたし。
ですが、それを言って彼女達の夢をむざむざ壊すのも野暮というものです。
ここは彼女達の期待する聖女像を演じてみるのも面白いかもしれませんね。
「……そんな、私はただ、高位貴族に生まれた責務を果たしただけですわ……」
謙遜気味にそう言って、恥ずかしげに顔を伏せると、ビリジアナさんとマリーニさんだけでなく、教室中の女生徒から感嘆の溜息が漏れた。
皆様の期待通りの返答が出来たみたいですわね、うふふ、良かったですわ。
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「ねぇ、イブ、本当に皇太子妃にはならないつもり?」
学院に入学して1ヶ月、ビリジアナさん、マリーニさんともずいぶん仲良くなり、ビリジアナさんなんかはこうして砕けた口調でお話ししてくれるようになりました。
元々彼女は気取らない性格で、貴族令嬢には珍しく、感情が顔や言葉に出やすいようです。
「ねぇ、ビリー、いくらイブが許してくれているとはいえ、その、もう少し……あの……」
オドオドとビリジアナさんを注意するマリーニさんに、ビリジアナさんはキョトンとして首を傾げている。
「マーニー、気にしないでっていつも言っているでしょ?
私はビリーの話し方が大好きよ」
そう、イブ、ビリー、マーニーとお互いを愛称で呼び合うまでの仲になったのですから、遠慮なんか本当にいらなくてよ。
「マーニーはずっとイブに憧れ続けてきたから、お友達になれた事がまだ信じられないみたい。
毎日こうしてお喋りして、ランチも食べてるのに、おかしいわよね」
ヒョイと肩を上げるビリーに、私はクスクスと笑った。
「私はマーニーのペースで私と仲良くしてくれたら嬉しいわ」
マーニーに向かってニッコリ微笑むと、彼女はモジモジと下を向いて頬を赤くした。
「私も、イブと気兼ねなく仲良くしたいのだけど……まだ少し緊張しちゃうの……ごめんなさい……」
そう言って上目遣いで私を見上げるマーニーに、私は安心させるようにふふっと笑った。
「それで良いのよ、無理をするような事じゃないわ」
穏やかな私の声に、マーニーは安心したようにホッとした顔で、はにかみながら笑い返してくれた。
「なんかイブって包容力が高いわよね?お母様みたいだわ」
ビリーの鋭いツッコミに、私は困ったように眉を下げ、何の事か分からないといった風に小首を傾げて見せた。
ビリーったら、鋭いわ。
前世ではお母さんもおばぁちゃんも経験済みだもの。
気を抜くとついうっかり出ちゃうのね、そういった雰囲気が。
「まっ、そんな事より、イブが皇太子妃になる気が無いのは本当なの?って話よ」
サッパリした性格のビリーは私の表情を見てその話題を早々に切り上げ、自分が気になっていた話へとすぐに戻してくれた。
「ええ、本当よ、アルムヘイム家としても、私を皇太子妃にするつもりは無いわ」
お茶を口に運びながらハッキリとそう答えると、ビリーは少し言いにくそうに私の仮面をチラッと見て口を開いた。
「……それはやっぱり、そのぅ、傷、のせいだったり……?」
「ビリーッ!」
珍しくマーニーが大きな声を上げ、私は目を丸くして、ビリーはビクッと体を震わせた。
「あらいいのよ、マーニー、気にしないで。
そうよ、この傷がある限り、アルムヘイム家から私を皇太子妃に出す事はないでしょうね。
今までこのような令嬢が皇太子妃になった前例は無いもの。
そのような家門の恥になるような事、お父様が許すはずないわ」
まぁ、理由については事実と異なるけれど、私をあの皇太子殿下に差し出す気が無いのは本当ですからね。
本当にこの傷、なにかと便利で仕方ないわ。
多少痛い思いはしましたけれど、その甲斐があったというものね。
「……そう、なんだか残念ね。
イブなら立派な皇后様になって、この国をもっと素敵な国に変えてくれそうだと思っていたのに。
殿下の側近の妻として、そのイブを私達が支えたかったのにな〜」
本当に残念そうなビリーに、マーニーが呆れたように口を開いた。
「側近の妻だなんて、私達もまだ分からないじゃない……」
そう言うマーニーの顔が陰って見えて、私は首を傾げた。
「この子ったら、ブライト様の自分への態度が気に入らないのよ」
「……そんなっ、そんな訳ではないけど……」
慌てて否定しようとするも、やはりマーニーの表情はどこか憂鬱そうに見えた。
マーニーは殿下の側近である、伯爵家のブライト・ノーザンブルの婚約者。
同じくビリーは侯爵家のエイデン・グローの婚約者だった。
つまりビリーが言いたかったのは、私が皇太子妃になれば、末長く三人で仲良く出来る、という事だと思うのだけど。
今はそんな事より、マーニーの様子がおかしい事が気になるわね。
「ねぇ、マーニー。婚約者であるブライト卿に何か思うところがあるの?」
私の問いにマーニーは少し言いにくそうに、おずおずと口を開いた。
「……私は、その、ブライト様の好みの女性ではないから……」
「それを本人にそう言われたのね?」
マーニーの言葉にすかさず問い返した私に、マーニーは申し訳なさそうにコクンと小さく頷いた。
それを見ていたビリーが、呆れたように口を開く。
「そんなの、仕方ないわよ。
見た目の美しい人間が大好きな皇太子殿下に付き合ってるうちに、目が無駄に肥えちゃってんだから。
私の婚約者のエイデン様もそうよ?
会えば私の見た目への文句ばかり。
痩せすぎだとか、女性としての魅力に欠けるだとか。
要は豊満なスタイルの派手な見た目になれって言いたいんでしょうけど、そんなの生まれつきの体型に見た目なのに、どうしようもないじゃない、ねぇ?」
マーニーとは対照的に平気そうにそう言うビリーに、私はクスリと笑った。
「ビリーはエイデン卿に見た目の事を言われても平気なのね?」
私の問いに、やはりビリーはなんて事ない風に答える。
「平気よ?だって、私だってエイデン様の見た目は好みじゃないもの。
私、見た目だけで選べるなら、もっと筋肉隆々のゴツくて厳しいおっきな人が好き。
でも私達の婚約なんて、所詮家同士の政略的なものじゃない。
そこに自分の意見を入れたいなら、相手に求める前に自分も私好みに変わる努力をするべきだと思わない?
ブライト様だって、彼、まったくマーニーの好みじゃないからね」
ハッキリとそう言うビリーに、慌ててマーニーは胸の前で手を振った。
「そんな私、好みじゃないだなんて、そんな事……。
私の好みなんて、ブライト様には関係の無い話だし……」
そう言って申し訳なさそうに下を向いたマーニーに、私はやれやれと密かに溜息をついた。
貴族同士の政略的な婚約は、もうこれは仕方のない事ですけれど、自分の婚約者であるレディに対して見た目がどうのこうのと口にするだなんて。
あの殿下の影響だとしても、あんまりな話ですわね。
そもそもレクベット伯爵家だってシャルト伯爵家だって、由緒正しい名門貴族。
そこの令嬢と婚約を結べた事の幸運を理解せず、2人を尊重しないだなんて、殿下の側近である事を随分変に勘違いしているみたいね。
………あの2人、知らないのかしら?
殿下は側近をコロコロ変えるって。
気分屋で飽き性な上に、美しいものに目がないから……。
自分の隣に立って見劣りしない美しい貴族令息を見つけたら、ブライト卿とエイデン卿だってどうなるか分かりませんのに。
そんな殿下より、婚約者であるマーニーとビリーとその家を大事にした方が良いと私は思いますけど、彼らにはそんな忠告、届きはしないでしょうね。
私は無駄が嫌いですから、わざわざそんな事をあの2人に教えたりはしませんけど。
「ねぇ、2人とも、まだ教会に婚約宣誓書も出していない、家同士の口約束程度の婚約なら、どうしても嫌なら我が家でなんとでもしてあげますから、遠慮なく言ってちょうだいね」
そこで言葉を切ると、私は悪戯っぽく片目を閉じながら、口元に人差し指を立てた。
「ここだけの話、彼らより条件が良く、尚且つ2人の好みの男性を我が家から推薦するくらい、訳ない事なのよ?」
そう言ってクスリと笑う私に、2人は目を見開きゴクリと唾を飲み込んだ。
……この先、あの殿下の側に居続けるなら、ブライト卿とエイデン卿が今より碌でもない事になるのは目に見えています。
その時、私の大事なお友達2人が傷つかないように、これくらいの知識は与えておくべきよね?
いくら家同士で決めた婚約者がいるとはいえ、アルムヘイム公爵家から打診された新しい縁談を断われる貴族家などないのですから。
婚約破棄などせずとも、そう言った訳なら、そもそもの最初の話さえうやむやになる筈ですわ。
そうすれば2人には傷がつかずに済みますからね。
せっかく私という権力があるのですから、2人にはしっかりとそれを利用してもらわなければ。
自分の見た目をどうのこうのと言う無神経で野暮な婚約者で我慢する必要なんて微塵もないわ。
今の相手と婚姻してしまえば、きっと早々に夫婦として破綻するわね。
大事なお友達がそんな結婚生活を送るだなんて、この私が許すと思って?
ねぇ?ブライト卿に、エイデン卿………?




