EP.18
久しぶりに会うカインは背がぐっと伸びて、逞しく成長していました。
顔立ちも精悍になり、ますます美しくなっています。
先程から伏目がちに私をチラチラと見つめるペリドットの瞳が、心配そうに私の仮面を見ていますわね。
そうよね?気になりますわよね?
当然、私の事故の事はカインの耳にも届いているのでしょう。
半顔に大きな傷を負った事も、それがどんな治癒士にも癒せなかった事も、知っているのでしょう?
私の力を知っているカインなら、なぜ私が自分で治さないのか不思議でしょうね?
知りたいのなら、なぜ一度も見舞いの手紙くらい送ってくれなかったのかしら?
一度、差出人不明の鈴蘭の小さな花束が届きましたけど。
何故かお兄様から直接手渡されたのですが、あの鈴蘭は2人でよく話をしたエブァ街にある小川に咲いていた鈴蘭によく似ていましたわ。
カインがお兄様と一緒に殿下の側近をしていたなんて知りませんでしたから、どういう事かと不思議に思っていましたが、やっぱりあれはカインだったんですね。
私の事、気になっているくせに手紙も面会も無かったのは、そこにいるおマヌケさんのせいかしらね?
だとしたら、これはいち早くこのおマヌケさんを何とかしなくてはいけませんわね。
前世の愛しい夫の生まれ変わりであるカインと再会して9年。
私がカインとの未来の為、どれだけの事を成したか、そして変えてきたのか、殿下はご存じないでしょうけど、今、貴方がのうのうと享受しているその立場をひっくり返すくらいなら今すぐにでも出来ましてよ?
私とカインの幸せの為、貴方には犠牲になってもらわなきゃいけないのかしら?
全ては貴方自身の立ち振る舞い次第ですけど、今のところ、貴方は私にとって邪魔な存在です。
私は、カインと私の邪魔をする者を許しません。
全てを薙ぎ払ってでも、私はカインを手に入れます。
私が幾年月、カインを愛してきたか。
生まれ変わるたびに出会い、彼は私の数奇な運命を共に過ごしてくれました。
前世では初めて穏やかに2人で歳を重ね、夫婦としてあれたのです。
今世でも必ず、私はカインを夫とし、死ぬまで一緒に過ごしますわ。
それを邪魔する輩はつまり、この私の敵、という事です。
今世ではもう何の我慢も必要ありませんからね、敵なら存分に討ち果たしましょう。
この私の、全勢力をもってお相手致しますわ。
……例えそれが、カイン本人であろうとも。
逃しませんから、お覚悟なさいね、カイン。
ふふっと黒く笑う私に気づいたカインは、ブルッとその体を震わせ、カタカタと小さく震えている。
あら嫌だわ、この会場寒いみたい。
私の大事なカインが風邪でも引いたら大変だわ。
私は密かにパチンと指を鳴らし、火魔法で会場を温めた。
「……なんだか、急に暑くなったね」
ハンカチで汗を拭う殿下を、側近であるエイデン卿とブライト卿が気遣うように側にいき、大げさな声を上げる。
「それは大変です、殿下。
どうかあちらで我々と一緒に冷たいものでも」
「ええ、是非そういたしましょう」
そう言って半ば強引に殿下を引っ張っていった。
「じゃあ、エブァリーナ嬢、僕はこれで。
パーティを楽しんでくれたまえ」
最後に爽やかな笑顔を残し、殿下は側近達と連れ立っていそいそと私の側から撤収していく。
この傷モノ令嬢と親しくしている姿を、周りにこれ以上見られたくはなかったのでしょう。
私が婚約者候補最有力者である事を、いくら陛下が撤回せずとも、当の本人もそしてその周りの人間も、ごめん被るといったところでしょうね。
やはりこの顔の傷は大変うまく事を進めてくれているわ。
殿下の事ならとうに調べ上げていましたから、少しでも女性として見目に欠点があれば、必ずこうなると踏んでいました、が、こうも面白いくらいに思った通りになるだなんて。
本当に御し易い……失礼、こちらの期待を裏切らない方ですわね、殿下。
私からいち早く離れようとする三人の後を護衛騎士として追いかけようとするカインの尻尾を、すれ違いざまにチョンと触ると、カインはピクリと体を震わせ、頬を微かに染めて、もう一度私に頭を下げてから殿下達を追って行った。
ふふ、可愛いわ。
カインったら、2人で遊んでいる時、私が尻尾を触ったり撫でたりしたら、顔を真っ赤にしながら必死に耐えていたわね。
くすぐったいのかしら?
いいえ、きっと相手が私だったからだわ。
他の誰かならもっとハッキリと不快感を表していたはず。
だけど私になら触られても良いって思ってくれていたのよね。
クスクスと笑いながらカインを見送る私の肩に、ジルヴィスがポンと手を置いた。
「やはり、イブが前に言っていた私の可愛い人というのは、カイン・クライン子爵令息の事だったんだね」
少し揶揄うようなジルヴィスに、私はふふっと笑い返した。
「あら?なんの事かしら?
そんな話、お兄様にしたかしら?
それよりお兄様、なぜ彼が殿下の護衛騎士に?」
私の問いに、ジルヴィスはヤレヤレといった様子で肩を上げた。
「僕を側近に選んだ理由と同じさ。
自分の器の大きさを周りに見せたいのだろうね。
その実誰よりも狭量なのだから、頭が痛いよ」
「お兄様も苦労なさるわね。
我が家の格を考えれば、無理して側近など務める必要もないでしょう?
なぜ殿下のお側なんかに?」
私の素朴な疑問に、お兄様は腰に手を当て首を傾げた。
「それが、お父様からの指示なんだ。
お父様もあの殿下にお前をやるつもりなんかサラサラ無いないからね。
僕を側に置いて、殿下について逐一報告させてるんだよ」
あらあら、本当に。
お兄様ったらご苦労が絶えないわね。
いくらお父様からの指示とはいえ、あんな人の側にいなくてはいけないなんて……お可哀想だわ。
ちなみに、さっきから随分と不敬な私達兄妹の会話ですが、もちろん防音魔法をかけてあるので周りには聞こえていませんから、ご心配なく。
「まぁ、お父様が心配しなくても、殿下の方はイブを王太子妃にする気はないだろうね。
うまくいったね、それ」
そう言って自分の頬をポンポンと指で叩く仕草をするジルヴィスに、私はあらあらと小首を傾げて見せた。
やっぱりジルヴィスにはこれが私がわざとつけた傷だとバレていましたのね。
家族の中で誰よりも平静でしたもの。
またイブが何か始めたな〜くらいのテンションでしたから、バレてはいるとは思っていました。
「君の可愛い人はその話を聞いて、気が気じゃない様子だったよ。
殿下の手前、平静を装ってはいたけど。
子爵家の自分が公爵家の令嬢と親しくしていた、なんて殿下には絶対に気取られてはならないからね。
考えがどうにも古臭いんだ、あの人。
それに自分が必要としていなくても、婚約者候補である令嬢達は皆自分以外の男と親しくするべきじゃない、と本気で思ってるんだよね」
まぁ、本当に呆れた。
そんな風に候補者の令嬢達を見ていただなんて。
いったい何様のつもりかしら?
皇子様なんですけれど。
でも、令嬢側から辞退する事だって許可されていますのよ。
いつまでも候補者としてズルズル先延ばしにされていては、自分の婚期を逃してしまいますものね。
候補者辞退はその令嬢と家に与えられた当然の権利です。
それを、さも候補者は全て自分のものであるかのような、その考え。
いくら皇太子殿下とはいえ、ちょっとキモチワル……失礼、傲慢が過ぎますわね。
殿下より年上の令嬢や同じ歳頃の令嬢の中には、その権利を行使して候補者を辞退する家もありましたのに。
すぐに補填されるから、常に自分には20名余りの候補者がいるという感覚がもう当たり前になってしまっているのかしら?
辞退した令嬢達は殿下に付き合って婚期を逃したくないという思いもあったのでしょうけど、あの皇太子では……という家の判断もありましたのよ?
なにせ、もう17歳だというのに自分の婚約者1人決められない人ですから。
私だってその殿下に迷惑をかけられている者の1人ですから、文句の一つも言いたくはなります。
私が候補者にならなければいけなくなる前に、さっさと然るべく身分の令嬢と婚約してくれていれば良かったのに。
……まぁ、その然るべく身分の令嬢である私が、ずっと断り続けてきたのですけど。
ですがそれは私だけの判断ではなく、当主であるお父様が決めた事ですからね。
事実、アルムヘイム家はここ何代も、皇家に家門の者を嫁がせていませんし、皇家から姫も皇子も我が家に迎えていません。
理由は明白。
アルムヘイム家は今の皇家の有り様を良しとしていないからです。
愚王、とまでは言いませんが、あまりにも皇帝として力不足な人間の戴冠が続いています。
平和ボケなんでしょうかね?
聖女と共に魔族を打ち破ったり、聖女不在の折には光魔法の上級者達が束になって魔族を封印したりと、多くの犠牲を払ってきた時代もありましたのに。
当時の皇帝と今の皇帝では、人としても皇帝としても持てる力量が違いすぎます。
そんな人間が何代か続き、アルムヘイム家は皇家に愛想を尽かしている状態なのです。
だからこそ、現皇帝は私をなんとしても殿下の妃に迎えたいと、私が幼い頃から縁談を再三申し込んできました。
それを私とお父様で断り続けてきましたが、その私に更に赤髪の魔女という付加価値まで付いたのです。
これはもう、陛下は絶対に私を殿下の妃にしようと躍起になる事は分かっていました。
それに対しての対抗策も、またその策に対して陛下がどう出るかも、事前に幾通りもシミュレーションしてきましたが、まさか本当に、傷モノになった私を候補から外さないとは……。
それほどに陛下は、皇家と我が家の繋がりを復活させる事に執念を燃やしているのでしょう。
本当にしぶとい……失礼、自分の信念を曲げない方ですわね、陛下。
まぁですが、陛下は一つ勘違いをなさっています。
それは溺愛する息子が、自分同様にアルムヘイム家との繋がりの重要性を理解している、と思い込んでいる事です。
なぁ〜んにも、理解していませんわよ?貴方の息子さん。
私の事も、兄のジルヴィスの事も、アルムヘイム家と繋がる為に必須である婚姻相手、とも、学生のうちから懇意にすべき次期アルムヘイム公爵、とも考えていません。
本当なら高貴な自分が相手にするはずもない、傷モノ令嬢と元孤児の養子、としか思っていませんわよ?
もちろん、その陛下の考え違いは私にとって大いに有利に働くでしょう。
是非このまま、あの親子にはすれ違ったままでいてもらいましょうか。
とはいえ、陛下が本気で命令を下せば、殿下とて私を婚約者として指名するしか道はないのです。
それでは私が迷惑というもの。
その時には帝城を吹っ飛ばしても良いのですが、それより穏便に事を運べそうな駒も見つけた事ですし……。
まぁ、また策を練るのみ、ですね。
クックックッと黒く笑う私を、ジルヴィスは呆れたようにヤレヤレと見つめながら口を開いた。
「イブが駄目なら僕に皇女を押し付けてきそうだなぁ……。
はぁ、僕には皇女の相手も次期アルムヘイム公爵も荷が重い。
アルムヘイム家が練ってきた計画を完成させるのに打ってつけの人間は他にいるのにねぇ……」
そう言ってヒョイと肩を上げるジルヴィスに、私はニヤリと笑い返した。
「あら、いいの?その人物なら、事を成した暁には、皇家の機嫌も多少は取っておかねばと、貴方に皇女を押し付けるわよ?」
私の言葉にジルヴィスは片眉を上げて、諦めたように溜息をついた。
「自分は愛しい人と一緒になるつもりのくせに、僕には政略結婚かい?
まぁいいさ、皇女の相手をしてるくらいが僕には丁度いいかもね。
グランドデュークなんかに興味も無いし」
降参するように肩まで手を上げ、それをヒラヒラと振るジルヴィスに、私はプッと笑った。
「もぅ、貴方は貴方の好きなようにすれば良いわ。
私にはそれが必要だから、申し訳ないけど貴方から譲ってもらいますけどね?
だからって貴方の自由を奪ったりもしないわ」
クスクス笑う私に、ジルヴィスは目を細めて穏やかに微笑んだ。
「イブ、君なら本当に、史上初の大変な事を成してしまうだろうね。
僕を後継者として引き取ってくださった父上には悪いけど、もう一歩、今までに無い考えに早く至っていただきたいと切に願うよ。
君が事を成したら、僕は君の補佐として、大恩あるアルムヘイム家に恩返しするつもりだ」
そこまで言ってジルヴィスは言葉を切ると、悪戯っ子のように片目を瞑った。
「絵を描く片手間にね」
その言葉に堪えきれず私達は噴き出して、ケラケラと笑い合った。
「もちろん、それで十分よ、ジル。
貴方の能力を私に貸してもらえるなら。
それと、絵の才能も容赦なく利用させてもらうから、よろしくね」
今度は私が悪戯っ子のように人差し指を口にあて、片目を瞑ると、ジルヴィスはわざとらしく震える真似をしてみせた。
「あっ、そうだわ、ジル、ちょっと屈んでちょうだい」
大事な事を思い出して、私がそうお願いすると、ジルヴィスは不思議そうな顔で私の身長に合わせて腰をかがめてくれた。
私はそのジルヴィスの額に手をあてると、そこに聖魔法の力を込める。
ポゥっと銀色に輝く光を見つめながら、ジルヴィスは首を捻った。
「なんだい?これ」
そのジルヴィスの問いに、私はまた人差し指を口にあて、ふふっと笑った。
「ただの虫除けよ」
私の返事に、ジルヴィスはヤレヤレといった顔で、困ったように眉を下げた。
「学院に入学して、何か始めるつもり?
君の事だから万事上手くやるんだろうけれど、あまり派手にはしないでね。
どっかの赤い髪のお嬢さんみたいに」
ニヤリと笑うジルヴィスに、今度は私が困ったように眉を下げる番だった。
まったく、優秀過ぎるのも考えものね。
流石、幼い頃にその魔力量と知的さを買われ、アルムヘイム家の養子になっただけあるわ。
私ほどではなくても、それだけ魔力量が高いと、普通では見えないものも見えてしまうみたいね。
「今更君のやる事をとやかくは言わないけどね、あの赤い髪のお嬢さんには、少しくらい自重してもらいなさい」
幼い子供を諭すようなジルヴィスの口調に、私は両手の人差し指をイジイジと合わせて、拗ねたように上目遣いでジルヴィスを見上げた。
「……分かりましたわ……」
渋々返事をする私の頭をポンポンと優しく撫でて、ジルヴィスは穏やかに頷いた。
優秀な彼からその未来を奪うのは気が引けるけど、本人が望んでいないのだから、気にしても無駄な事ですわよね?
それに、ジルヴィスには本当に、家になど囚われず、自由な絵を描いて欲しいの。
類稀なる彼の才能を、くだらない瑣末な事で奪われたくないわ。
その瑣末な事は私が引き受けて、有効活用させていただくから、ジルヴィスには芸術の道を思う存分歩いて欲しい。
彼との出会いも、また一つの私の運命。
縁あっての事ですもの。
幸せになって欲しいわ………。
………とはいえ、必要とあらば、政略結婚もお願いするかもしれませんけど、ね?




