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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.17


皇宮の大広間に繋がる大きな扉の前で、お父様の差し出した手の上にそっと自分の手を重ねる。

お母様はお父様の腕に自分の腕を軽くかけ、まさにお父様は両手に花状態。

無表情ながらも随分ご機嫌な様子に、私とお母様はお父様越しに目を合わせ、クスッと笑い合った。


「アルムヘイム公爵閣下、アルムヘイム公爵夫人、並びにご令嬢、ご入場」


皇宮の使用人が声を張り上げると、ザワザワと騒がしかったパーティ会場が一瞬でシンと静まり返った。


貴族達は一様にお父様に向かって腰を折り、頭を下げる。

と共にコソコソとした囁きがあちらこちらから聞こえてきた。


「まぁ、公爵閣下がお嬢様のエスコート役なのね」


「あの気難しい方が、ご令嬢のエスコートだなんて。

お嬢様を大切になさっているという話は本当だったみたい」


「ねぇ、お嬢様の装いをご覧になって。

なんて上品で上等なドレス……それに身につけている宝石も全て一級品だわ。

あんな素晴らしい物を社交界デビューしたばかりのご令嬢に用意するなんて。

本当にお嬢様を愛してらっしゃるのね」


「お嬢様の履いている靴だけでも、我が家の娘に用意したドレスでは敵わないわ」


「それに……あの仮面……なんて素晴らしいのかしら……。

お嬢様の美しさをより一層際立てているわね。

あの仮面に埋め込まれている宝石は誰にも手に入れられないような一級品よ」


「ええ、それを身につけても劣らないお嬢様は凄いわね。

夜空の星を映したかのように美しい銀髪に、紫のかかったゼニスブルーの瞳。

陶器のように白く艶やかな肌に、整った目鼻立ち。

お顔は半分しか見えないのに、お美しさがこうも輝いてらっしゃるなんて………」


「だからこそ、本当に残念な事よね……。

あの美しい顔に………」


「でも、醜女じゃない」


小声ではあるけれど、ハッキリとそう発せられた言葉にその場は一瞬で凍りつき、皆が驚愕の顔で隣の人間と呆然と見つめ合う。


「いくら豪華な仮面をしていたって、あの下の顔には醜い傷があるんでしょ?

なんで傷モノ令嬢なんかをそんなに褒めるの?」


無邪気な装いの中に明らかな悪意が混ざったその声に、その声の主の隣にいたご婦人が縮み上がってその口を慌てて自分の手で塞いだ。


「これっ、アメリアッ!公爵閣下のご令嬢になんて事をっ!こっちにいらっしゃいっ!」


そう言ってその少女の手を引いて、人混みの中に必死に逃げてゆくご婦人の気持ちなどさらさら理解していない様子で、そのアメリアという少女はあざとく顎に人差し指をあてながら、小首を傾げる。


「え〜〜、アメリアは本当の事を言っただけなのに〜〜」


舌足らずな甘えたその声に、隣のお父様……だけではなくお母様まで、怒りが頂点に達した時の完全なる無表情でジッと前を睨みつけている。


あらあら、あのご令嬢。

このままでは粛清される運命ですわね。

可哀想に、ご家族や家門まで道連れかしら?

口は災いの元とは言いますが、あの程度でそれではあまりに不憫ですわ。

私はてっきり、この会場に入った瞬間、他の貴族達もあの程度の誹謗中傷を浴びせてくると思っていたのですがね。

流石にアルムヘイム公爵家のご令嬢相手には無理だったようですわ。

それに私は今や、庶民の間でアルムヘイムの天使と呼ばれる存在ですから、こんな傷モノ令嬢でも敵に回すよりへりくだった方が良いとの判断かしら。


あらあら、いけないわ。

そんな事を考えている間に、私達の護衛として辺りを警戒していたイザーク達が動き出してしまったわ。

きっとお父様に目で促されたのね。

先程の令嬢を処分してこいと。


「お待ちなさい、イザーク、動かないで。

お父様、あの令嬢には手出し無用でお願いいたします」


私の小声にイザーク達は立ち止まり、前を向いたまま無表情のお父様は片眉を微かにピクリと動かした。


「……それは、何故だ?」


口だけを動かし素早く聞いてくるお父様に、私は密かにニヤリと笑い返した。


「……それはいつか必ず分かる時がきます。

とにかく、あの令嬢に我が家が手を出してはなりません」


私の含んだその笑いに、お父様はピリピリとした緊張感を解き、まったく納得のいっていない顔で片手を軽く上げた。

その動きでイザーク達は速やかに所定の位置に戻っていく。


ふぅ、なんとかお父様をお止めできて本当に良かった。

あのアメリアとかいう令嬢……。

随分と面白い空気を纏っていたわね。

離れていても感じるくらいに力がダダ漏れでしたから、多分自分では認識できていないのね。

本当なら速やかに然るべき場所に報告するべきなのですが、今はタイミングが悪すぎるわ。

その然るべき場所がまだ適切な場所としての機能を取り戻していませんから。

そんな所に彼女を放り込んでは、この国がめちゃくちゃになってしまうでしょう。


……それより、私が有効的に活用した方が良いのじゃないかしら?うふふ。

どちらにしても、現段階で彼女に気付けるのはこの国では私だけ。

然る場所にはタイミングを見計らって報告する事にしましょう。

彼女は私にとってまさに女神のような存在と言える可能性を秘めているのだもの。

ここでお父様なんかに処分なんかさせませんわよ。

私への暴言も、この先彼女が私に運んできてくれる幸運に比べれば、いくらでも甘んじてお受け出来るレベルのものですし。

ふふ、やはり私は最高にツイているわ。


彼女のような手駒がこのタイミングで手に入るだなんて………。



「や、やぁ、これはアルムヘイム公爵」


その時、少し震えた声が聞こえ、私は思考を止めて顔を上げた。


そこには、皇家の血筋に最も多く現れる金髪碧眼の麗しい青年が美しい令嬢を伴い、バツの悪そうな表情をして立っていた。


「これはこれは、帝国の幼き太陽、皇太子殿下」


お父様、皇太子殿下を称する時は、帝国の若き太陽、が正解ですわよわざとですね、知っていました。

皮肉たっぷりのお父様の言葉に、皇太子殿下はヒクヒクと口の端を引き攣らせている。


あらあら、お可哀想。

私の企みのせいでお父様に目をつけられてしまうなんて、なんて悲運かしら。

恨むなら私を恨んでくださいな。

倍にして返して差し上げるけれど。


どちらにしても、現時点ではまったく何の罪も無い殿下がただただ哀れで、私はカーテシーをとり殿下に頭を下げた。


「やぁ、エブァリーナ嬢、今日は社交界デビューおめでとう」


私のカーテシーを助けの船とばかりに、殿下はさっとこちらに話を振ってきた。


「帝国の若き太陽にご挨拶申し上げます」


恭しく答えると、殿下はソワソワしながらまたこちらに話しかけてくる。


「いや、今日は君達が主役の席だ。

そう畏まらないでくれ。

そうだ、良ければあちらで少し話をしないかい?」


私のエスコートを申し込んできたくせに、当日それをドタキャンした上に、他の令嬢のエスコートをしていた言い訳なら1ミリも必要ありませんけれど、殿下が指差す方をチラリと見て、私は優雅に微笑んで答えた。


「光栄でございますわ、殿下」


「う、うん、それは良かった。

アルムヘイム公爵、ご令嬢を少しお借りするよ」


周りのご令嬢方が溜息を漏らすような殿下の爽やかな笑顔にも、お父様はその無表情を一切崩さず、無愛想に口を開いた。


「今日のエブァリーナのエスコートの相手は私ですから、ファーストダンスには間に合うようにお気をつけ下さい」


「う、うむ、承知した」


お父様の嫌味攻撃に殿下は縮み上がりながら私に手を差し出してきた。

エスコート、やファーストダンス、という言葉に過敏に反応している辺り、殿下の今日の行いは故意であった事に間違いないでしょう。

陛下に言われて私にエスコートの申し込みをしたけれど、やはり自分が傷モノ令嬢のエスコートをしている姿がどうにも想像できなかったのでしょうね。

耽美主義な殿下なら十分あり得る話です。


当日ドタキャンしても、宮廷の者が自分の知らない間に婚約者最有力候補である私にエスコートの申し込みをしていた、自分は何も知らなかった、で通すつもりだったのに、実際にお父様を目の前にすると言い訳さえ口に出来ないくらいに縮み上がってしまったのでしょうね。

本当に、色々と残念な方ですわ。

あまり虐めるのは可哀想というものです。


私は殿下に手を引かれながら、お父様を振り返り、目だけでお父様の態度を諌めた。

お父様は無表情ながら微かにションボリしているので、これ以上は私に嫌われると察してくれたようです。



殿下が私を連れてきたのは身分の高い者が集まっている一角。


「やぁ、エブァリーナ、社交界デビューおめでとう」


私の姿を見つけるなり駆け寄ってきたのは兄のジルヴィスだった。


「ありがとうございます、お兄様」


殿下はお役御免とばかりに私の手からスッと自分の手を離し、見えないようにハンカチで拭っている。

可哀想な方だとは思いますけど、それ以上に心が貧しいのね、とそれを横目でチラリと見てから、私はジルヴィスと手を取り合った。


「とても美しいよ、エブァリーナ……。

眩し過ぎて僕の目が潰れたら、君の治癒で治してくれるかい?」


同じくその殿下のなさりようを横目でチラッと見ていたジルヴィスは、私が希少な光属性の治癒師であり、潰れた目でも治せるほど優秀である事を殿下にあてこするように口にした。


「まぁお兄様ったら、大袈裟ですわ。

でも、ありがとうございます」


ニッコリ微笑み返し、私達兄妹はアルムヘイム公爵家の人間らしく腹に一物抱えながら笑い合った。


お兄様も立派にアルムヘイムらしくお育ちになったものです。

次期アルムヘイム公爵として厳しく育てられているのに、お父様の無表情とは違い、常に微笑みを絶やさずその実心の中を決して読ませないその手腕。

お父様よりよっぽど優秀ですわね。


前に、君の影響だよ、と言われた事がありますが、一体なんの事でしょうね?



「エブァリーナ嬢、良ければ僕の側近達を紹介させてくれ」


お兄様の言葉で私の希少性を思い出したのか、殿下は取り繕ったように笑顔を浮かべ、お兄様の肩に手を置いた。


「もちろん、君も知っているだろうが、第一側近は君の兄、ジルヴィス・ヴィー・アルムヘイムだ」


元は孤児のジルヴィスを側近に迎え、こうして気安く肩に手を置くくらい、アルムヘイム家をとりなしてやっているんだぞ、とでも言いたげな殿下に、私とお兄様は同じような穏やかな笑みを浮かべ、殿下に頭を下げた。


「ご重用ありがたき事です、殿下」


穏やかなお兄様の応答に殿下は満足げに頷いている。

例えお兄様がそのような事を露ほども思っていなくとも、殿下には預かり知らぬ事ですからね。


「次に、侯爵家のエイデン・グロー、それから伯爵家のブライト・ノーザンブル」


陛下に名前を出された2人は、少し気が乗らない様子で一歩進み出て、こちらに向かって軽く頭を下げた。


あらあら、どちらも殿下好みの美しい顔立ちをしていますが、社交界デビューしたばかりとはいえ立派な淑女に対してそのような態度では困りますわ。

爵位が上の家の者には、胸と腰に手をあて頭を下げるくらいは出来ませんと。

手を取り指先に口づける真似までしろとは言いませんが。

たまにいますが、それは公爵家に対して流石にやり過ぎですからね。

お父様にその口を削ぎ落とされてしまいますから、お気をつけになって。


「それから………」


そこで一旦言葉を切り、殿下は胸を逸らして最後の側近を紹介した。


「子爵家のカイン・クラインだ。

彼は側近というよりも、僕の専属護衛騎士だがね」


そう言ってカインに上から見下ろすような視線を向ける殿下をついうっかり雷魔法で黒焦げにしてしまいそうな衝動を抑えながら、私はカインに向かってニッコリ微笑んだ。


「ご機嫌よう、カイン様」


私の言葉に騎士の礼をとったまま、カインは決して頭を上げずに口を開いた。


「畏れ多くも公爵家のご令嬢にそのように呼んでいただく事は出来ません。

どうか私の事はカインと呼び捨てにして下さい」


そう言うカインに私はスッと近寄り、誰にも聞こえないように扇で口元を隠してから囁いた。


「では私の事も、イブ、とお呼びになってくださる?」


クスリと笑うとカインは微かに体を揺らして、私にだけ聞こえる声で答えた。


「……お戯れを………」


あらあら、うふふ。

カインったら私に内緒で殿下のお守りをしていただなんて。

なんて悪い子かしら。

そして殿下やその側近達(お兄様除く)に何を吹き込まれてきたのかしらね?

私に手紙を送り返してこない訳も、エブァ街の邸に戻ってこない訳も、これで全てが納得がいったわ。


クスクスとカインに向かって笑う私を、殿下が何を勘違いしたのか、スッと私達の間に手を差し込み、困ったように眉を下げて私を見ると、カインから離れた場所に誘導した。


「……気持ちは分かるが、彼は騎士科の最優秀生徒なんだ。

まだ生徒だというのにその腕を見込まれ、魔獣や魔物討伐にも同行しているんだよ。

君は高貴な令嬢だからね、邸の外の事は分からないのかも知れないけど、世の中の流れは変わってきている。

彼のような者でも実力さえあれば皇族の僕に仕えられるようになったんだよ。

まずはそれを、皇太子である僕が皆に示してみせないとね」


そう言ってまるで自分に酔うように慈悲深い微笑みを浮かべる殿下の頭を雷魔法でチリチリにしてやりたい衝動を抑えながら、私は控えめな笑みを浮かべた。


「ご立派ですわ、殿下」


私の言葉にますます自分に酔うような恍惚とした表情を浮かべていますけど、世間知らずもここまでくればもうむしろ立派なものですわ、という意味でしたのよ、今のは。


まず、殿下が〝彼のような者でも〟とカインを表したのは、間違いなく彼が獣人だからでしょう。

ですが、獣人は今や差別の対象ではありませんし、むしろ人族より能力が高いのにそれを驕る事なく温厚で穏やかで親切な彼らは、今や皆から尊ばれる存在になりつつあるのですよ?


それも知らず、獣人であるカインをまだ〝彼のような者〟という扱いをなさっているなんて……。


私の企みに巻き込まれただけの哀れな方だと思っていましたが、カインが何年も私に会いに帰ってこなかったのは、殿下、貴方が原因でしたか………。


あらあらまぁ、うふふ。

このマヌケなお坊ちゃんを、一体どうして差し上げましょうかしら?





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