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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.16


あの後やはり皇家から婚約者候補への打診があり、一応お父様とも相談した上で、それくらいならお受けする、という事になりました。

元々皇太子殿下には20名程の候補がいらっしゃるので、これから五年間の間、他の候補を増やしても良いが決して減らさない、という条件をつけて。


……私が候補になった瞬間、他の候補を外すという手を取られては、本当に帝城を吹っ飛ばさなければならなくなりますからね。


まぁ五年もあればどうとでも出来ますから、婚約者候補の話など。

相手があの皇太子殿下ですからね。

彼の思考と行動パターンくらい把握済みです。

私の考えている策の一つが彼にはとっても有効的でしょう。

こうなった以上は、想定通りその策を実行するまでです。


私も来年になれば社交界デビューして学院に入学する予定ですから、もたもたしている時間はあまりありませんからね。


「さて、では参りましょうか」


私は自室の大きな窓から身を乗り出し、そこから勢いよく、飛びました。

いえ、浮遊魔法や飛行魔法は使っていませんよ?

ただ本当に飛んだだけです。

落下ですね。


近くの木に飛び込んだので、バサバサと枝に引っかかり多少は落下速度は緩和されていますから安心して下さいね。

枝に引っかかりながらも下に落ち続け、最後に地面に叩きつけられる寸前で風魔法で浮き上がり、死なない程度に衝撃から身を守りました。


激しい落下音が響き、何事かと様子を見に来た使用人が悲鳴を上げ、辺りは騒然として、お父様とお母様がこちらに駆け寄ってくるのを確認してから、私はゆっくりと目を閉じました。


……ああ、身体中が痛いわ。

あちこち枝に引っかかって肌が裂け血が流れているのが目を閉じていても分かります。

そして、肝心の顔ですが。

狙い通り、1番深く傷を負う事が出来たようですわね。


私に限って万が一にも失敗などあり得ませんが、思った通りにことを成せて本当に良かったわ。

これであのしつこい親子も、多少は大人しくなる事でしょう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆



アルムヘイム公爵令嬢落下事件。

それは衝撃を伴って帝都中に広まりました。

貴族や平民達の話題を攫い、ある者は心から私を心配し、ある者はこれで皇太子殿下の婚約者最有力候補が消えた、と密かに笑い……。

皆がそれぞれの思惑を持って、この話を広めていきました。


その話題のアルムヘイム公爵令嬢。

つまり私はといえば、沢山の見舞いの品に囲まれながら、優雅にお茶を飲んでいたり。


あの後、お父様が帝都中から優秀な治癒師を集め、全力で私の治癒にあたらせたものですから、せっかくつけた傷を全て治癒させてなるものかと密かに抵抗して、1番望んでいた顔の大きな傷だけは必死で死守しました。

本来ならお父様に集められた治癒師達では、魔力量の上である私に歯が立たないはずですが、あちらは人数が多い上に、皆なぜか死に物狂いだったもので。

赤髪の魔女ではなくエブァリーナの姿ですから、あまり力を見せつける事も出来ず、顔以外の傷や骨折、打撲などは全て綺麗に治癒されてしまいました。


………お父様ったら、何を言って治癒師達をあんなに死に物狂いにまで駆り立てたのかしら………。

本当に余計な事をなさるのね。

多少は障害が残っても良いと思っていましたのに………ちっ。


そうです、あの落下はもちろん、全て私の謀。

わざと、ですわ。


貴族令嬢である私が傷物となれば、大抵の良い縁談は立ち消えとなります。

しかも私の傷は顔ですから、縁談などこなくなってもおかしくないくらいの話です。

この帝国一の縁談、つまり皇家との縁談など、まるで最初から無かったかのように扱われてもおかしくない訳ですわ。

あまつさえ私は皇太子殿下の婚約者では無くただの一候補に過ぎませんから、しれっと候補者リストから外して下されば良いだけの簡単なお仕事です。


……ですが、陛下に阻まれその簡単なお仕事さえまだ成されていないようですが。

まぁそれは想定内だから別に良いのです。

陛下の建前としては、顔に傷を負ったからといって、皇家に次ぐ身分の高いアルムヘイム公爵家の令嬢を直ちに候補から外すなど出来ない、というところでしょうか。

本音は傷があろうとなかろうと、重要なのは赤髪の魔女との繋がりのみ。

可愛い息子には我慢を強いる事になるが、聡明な我が子なら得心してくれるだろう、などと思っているのでしょうね。


本当にしつこい………失礼、我慢強い方ですわ、陛下ったら。


……ですが、貴方の息子の方はどうでしょう?

本当に貴方の意を汲み、私を王太子妃に迎えるでしょうかね?

彼はこの国のどんな美姫さえ妃に迎えられるような立場の人間ですのよ?

いくらこの国一の貴族位で、赤髪の魔女と懇意に出来る唯一の人間とはいえ、顔に大きな傷を負った私を妃に迎えたいだなどと思えるでしょうか?


さて、答えは簡単ですわ。

もうすぐ私の社交界デビューですもの。

候補から外されなかった事で、私は未だ最有力候補者のまま……。

その私を皇太子殿下がどう扱うか、楽しみですわよね、陛下?



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆



社交界デビュー当日。

皇太子殿下からデビュタントのパートナーの申し込みがあったにも関わらず、皇太子殿下自ら我が家に私をエスコートしに来る事も無く、皇家からの迎えの馬車も来ませんでした。


「……あの若造……捻り潰してやろうか………」


ギリギリと奥歯をすり潰すお父様をまぁまぁと宥め、私は密かにふふふと黒い微笑みを浮かべた。


思った通りですわ。

殿下は顔に醜い傷を負った私などと、婚約も婚姻も望んでいない、という事です。

陛下の考えを理解はしているでしょうけど、実際に醜い傷のある令嬢のパートナーを務めるとなると話は別です。

彼はまだ10代の若者で、見た目にも恵まれ、何よりこの国一の高貴な身分。

麗しいご令嬢に囲まれ、美しいものだけを愛でて生きる特権がありますからね。

……まぁ、それだけで次代を背負う皇帝たるかどうかはまた別の話ですが。


そんな彼が顔に傷を負った令嬢のエスコートから逃げたとて、誰が責めるでしょうか?

私含め、彼を責める者など………。

いるには、いますが………。

例えば、お父様とか、お父様とか、お父様とか………。

更にお母様に我が家の使用人達………。

皆の殺気が先程から凄いですわね。

畏れ多くも、相手はこの国の次代の皇帝になる予定の方なのですが……。


流石我がアルムヘイム家。

皇家など相手にもならないとでも言うかのような勢いですわ。

事実、我が家が本気を出せば皇帝の地位など簡単に簒奪出来ますからね。

アルムヘイム一族の持つ領土に資産、それに皇家とさほど変わらぬ地位。

そして何より、皇家を凌ぐ軍事力。


アルムヘイム公爵家は元を正せば、皇族から派生した一族です。

今までに何人も王妃を輩出していますし、また皇族を受け入れてきているので、れっきとした皇族の一員なのですよ。

だからこそ、いくら力があれど皇家を掻き乱すような事はしませんが、実質帝国を影から掌握してきたのはアルムヘイム公爵家だと言われても仕方の無い部分もありますね。


……実際、今の我が家は今にも挙兵して帝城を落とすのではないかという不穏な空気を醸し出していますし………。


はぁ、仕方ないですわね。

元はと言えば私の謀が原因ですから。

実際、皇太子殿下には非がないどころか、ただ私に巻き込まれただけですもの。

そんな理由で地位を簒奪されるのは流石に不憫というものです。


「お父様、私は殿下がエスコートに来られなくて実は嬉しく思っているのですよ。

だってこれで堂々とお父様にエスコートして頂けるのだもの。

ねっ?お父様ならお母様と私を一緒にエスコートするくらい、訳のない話でしょ?」


あざとくウィンクをしながらお父様にそう言うと、一瞬で地獄の処刑人のような表情から緩みきった惚けた表情になって、うっとりと瞳を輝かせ始めた。

愛する妻子を両手に花で、しかも娘の社交界デビューのエスコートが出来るのだと理解すると、お父様は是も非もなくその表情を綻ばせた。

お母様の方も、3人で入場するその姿を思い浮かべたのか、こちらも嬉しそうに瞳を輝かせている。


「うむ、そうだな、イブの言う通り、あの若造などにはそもそもイブのエスコートなど務まらん」


威厳を取り戻そうと表情を厳しく低い声でそう言っているお父様ですが、口元がニヤけていらっしゃいますわよ?


「リチャード、だが皇家には我が家から抗議の書面は送っておけ」


厳しい口調のお父様に、お父様付きの筆頭執事が胸に手をあて頭を下げながら、密かにニヤリと笑って答えた。


「もう送っております」


その執事の返答にお父様は満足げに頷いた。


「では行こうか、イブ。

そうだ、今日はこれを着けて行きなさい」


お父様が指で合図をすると、私の侍女が豪華な宝石箱を持って前に進み出た。

お父様はそれを受け取ると、まるで子供におもちゃを与えるように嬉しそうに箱を開ける。

中には半顔の仮面が入っていたのですけれど、それはおでこに私の瞳の色と同じ、ゼニスブルーの宝石が散りばめられ、目の部分の下には最高級のダイヤモンドが5個も埋め込まれた、とても贅沢な作りになっていた。


「まぁ、お父様……ありがとうございます。

ですが少々華美ではありませんでしょうか?」


社交界デビューの為お母様が用意してくれたドレスや装飾品だけでも、この国の令嬢達の間でこれほどのものを身につけている者は私以外にいないだろうという程に最高級品だというのに、この仮面をつければそれが更に際立ってしまう。

ここまでくればもう、皇家にだってこれほどの物を揃える事は出来ないだろう。


少し呆れ顔の私に、お父様は拗ねたように軽く口を尖らせた。


「なにを言う、この程度は当然の事だ。

私達のイブの社交界デビューだというのに」


これ以上は何を言っても無駄だと悟った私は、日頃着けているシンプルな仮面を外し、その宝石が美しく輝く仮面を顔に装着した。


仮面を付け替える時に顔の傷が露わになり、お父様とお母様、使用人達が一瞬悲しげな目になったのが伝わってきたけれど、私はそれには気付かないフリをして、仮面を着けた顔をお父様に向けた。


「いかがかしら?お父様」


無邪気にうふふと笑ってみせると、お父様はまるで眩しいものを見るように目を細めて私を見つめた。


「うむ、とても似合っているぞ、イブ……」


その瞳の奥にほんの少しだけの悲哀が混じり、流石の私も罪悪感で押し潰されそうな想いでした。


私の謀のせいで、お父様やお母様、使用人達に悲しい思いをさせている事は重々承知しております。

前世の私だって、もし娘の顔にこのような傷が残れば、半狂乱になっていた事でしょう。

いくら貴族の振る舞いとはいえ、お父様もお母様も、よく平静を保ってくださっていると、感謝しかありません。


嫁の貰い手が無くなるような事柄があれば、もう娘など用済みだと言って憚らないのがこの世界の貴族社会の常識です。

そんな中で、私のお父様もお母様も変わらず私を愛してくださいますし、以前と変わらず接するように努めてくださっています。

それは高位貴族たるアルムヘイム家では本来あり得てはいけない事なのでしょう。

社交界デビューなどもってのほか、邸に閉じ込められ、一歩も外に出してもらえなくなっても、その方が当たり前の事なのです。


もちろん、それも想定していましたが、やはりこの両親は私にそのような仕打ちはしませんでした。

常識を破ってまで、私を今までと同じ環境に置いてくださっているのです。

2人には感謝と共に、罪悪感を感じる毎日です。


正直、この程度の傷なら自分で治癒できるのですもの。


だけど私にはこの傷が、今はどうしても必要なのです。

虫除け……失礼、皇家除けにはとても有効ですからね。


お父様やお母様、家の者には申し訳ありませんが、当分はこの素顔でいさせて頂きとう存じます。

大切な方々を傷つけてしまう事は、本当に心苦しくて、私も胸が痛いのですが。


あっ、ところで、この傷を負う事になった落下事件の原因なのですが。

急に皇太子殿下の婚約者候補に加わる事になり、身分の高さゆえ最有力候補となった事へのプレッシャーで、碌に食事も摂らず、常に物思いに耽るようになっていた私が、窓辺から外を眺めていた時に貧血を起こし、フラついた拍子に落下した、という事になっています。


邸では食事を抜いていましたが、その分赤髪の魔女の方の家でしっかり食べていましたけどね。

毎日の食事は健康な体の維持に欠かせませんから。

本当に抜いたりはしなくてよ?

皆様も過度なダイエットの為に食事を抜いたりせず、私のように魔獣狩りで汗を流してくださいね。

その方がよっぽど効率よく早く痩せましてよ?

ドラゴンなんて、倒し甲斐がありますし、良い運動になると思いますが、いかがでしょう?




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