EP.13
赤髪の魔女が開発した、獣人の番への衝動を抑える薬。
その名も『ショ・エネ』は世に衝撃を与えると共に、赤髪の魔女の名を広く世間に知らしめる事となりました。
人族が獣人族に抱えていた不信感の根本となる、人族には理解し難い獣人族の番への………えっ、そんな事より、ネーミング、ですか?
センス?ネーミング、センス、ですか?
あらあら、困りましたわ。
駄目でしたでしょうか?
私としては、コレしかないと閃いた時は興奮して、近くの山に住むデビルベアーに魔法砲撃を放って祝砲代わりにしたくらいなのですが。
えっ?よく見たら良いように見えてきた、ですか?
まぁまぁまぁ、ありがとうございます。
気に入って頂けて、本当に嬉しいですわ。
それでですね、獣人の番対策に作られた『ショ・エネ』ですが、あの後の研究で、まだ月に一回は飲まねば効果が持続しない事が判明しました。
残念ながら私、前世も今も遺伝子の権威ではありませんから、やはり素人には今はまだその程度の物しか作れませんでした。
私なりにもの凄く勉強したのですよ?
それはもう、お母様が私が何かに取り憑かれていると思い込んで、帝都一の祓い師を邸に呼ぶほどに。
お父様は私の学ぶ事には否は全く無いので、魔法遺伝子研究の有識者をたくさん邸に招いて下さいましたけれどね。
たまには役に立ちますわね、お父様も。
お陰で私も随分見識を深めましたので、飲む感覚を空けていく研究もかなり進んでいます。
もう少しで3ヶ月に一度に縮められそうですわ。
まぁ、あまり感覚が空いてしまうと飲むのを忘れてしまいそうですからね、やはり最終的には予防接種的なものにして、一生に一度で良い状態にまで持っていきたいと思っています。
ちなみに赤髪の魔女の作った『ショ・エネ』ですが、我がアルムヘイム公爵家が資金提供をして独占契約を結んでいます。
新しいものに目がない貴族達はこぞって自分達も資金提供したいと言っていますが、残念ながら彼らには赤髪の魔女へのコンタクトを取る方法がありませんし、赤髪の魔女がエブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムのみとしか取引しない、と公言していますので、貴族達も歯がゆい思いをしつつも諦めてくれています。
相手がこの私、アルムヘイム公爵家の息女ですからね、独占禁止だなんだと責める事の出来る人間などいないでしょう。
何故この薬を私が独り占めしているかというと、人体に投薬するものですから、しっかりとした管理が必要だからです。
困るんですよねぇ、テキトーな物を作られると。
そもそも、薬に使われている術式は繊細すぎて、赤髪の魔女にしか扱えません。
その内更なる研究を進めて簡略化した術式でも作れるようにしようとは思っていますが、その前に薬を扱う完璧なシステムを構築しなければいけませんから。
つまり医師からの処方箋が無ければ手に入らない、というシステムです。
この世界にはまだその辺が曖昧で、薬剤師も兼ねた医師はそのまま自分が調合した薬を渡しますし、そうで無ければその場で走り書きしたメモを貰い、薬師の所に行きます。
どちらにしろ、薬を扱うにはまだまだ不十分で、ちゃんとしたシステムとは言えませんから、まずはアルムヘイム家で病院を立てました。
個人医が自宅で開業しているようなものでは無く、そこで医者や看護助手を雇って働いてもらっています。
国からも資金提供をもぎ取りましたので、暫くは『ショ・エネ』はそこでしか処方されない形になるでしょう。
もちろん、人族の勝手な偏見が発端となって開発された薬ですから、獣人族に医療費や薬代などは頂いていません。
当たり前の事ですよね。
彼らは立派な帝国民なのですから、国がサポートするのは当たり前の事です。
ちなみに既にヴァキリー王国にも『ショ・エネ』の話は伝わっていて、是非我が国にも分けて欲しい、と使者が訪れました。
我が家に丁重に招待して、薬の更なる改良を待ってヴァキリー王国とも取引する算段になっています。
ヴァキリー王国では、番への欲求を当たり前のことと、問題にもならないと思っていたので、これは予想外の話でしたが。
獣人達の本国とて、時代の流れと共に他国との国交を考え始めている所なのでしょう。
親善を結んでいるのがこの帝国だけでは、帝国以外に赴いている獣人達を守りきれませんからね。
つまりヴァキリー王国では、他国へ渡る申請をしてきた者に『ショ・エネ』を事前に飲ませておきたいようです。
そして意外な事に、国内でも番への激しい衝動が問題になってきているらしく。
帝国と国交を結んでいる事で、徐々にヴァキリー王国でも人族のモラルが広がってきているようで、新しい世代などは番への衝動を野蛮だと恐れ出す者もいるのだとか。
御伽話の王子様お姫様に憧れるように、獣人達の間では番が憧れの対象だった筈ですが、やはり不変なものは何一つないのですね。
理性を失くし獣のように番を求めるよりも、かなり情熱的とはいえ、理性は保っていられる薬があれば積極的に取り入れたい、といったスタンスでしたから、もしかしたら番関連で国内で何かあったのかもしれません。
傾国の美女ならぬ、傾国の番、とかね。
ふふふ、何か知ってそうな態度に見えました?
申し訳ありません。
他国の事情を面白おかしく想像するなど良くない事ですし、私はそんな事は致しませんよ?
もちろん、何かを知っているのです。
が、まだヴァキリー国内からその話は漏れていませんからね、私とて軽はずみにお話しする事は出来ませんわ。
お話し好きなどこかの魔女なら別ですけど。
さて、私とカインのより良い未来の為のまずは一歩。
人族の獣人族への最大の恐怖の対象であった〝番問題〟はこうして解決への道筋が出来てきました。
私も気がつけばもう14歳。
獣人達の協力の元、慎重に薬の開発を進め、試行錯誤の末に完成させ、そこから病院を立て薬を広めて、ヴァキリー王国との取引の取り決め、3ヶ月に一度飲めば良いものへの改良など、気が付けばあっという間に時が経っていました。
獣人への偏見も随分と穏やかになり、獣人だからという理由で入店を拒否したり、治療を断られるなどという話はもう滅多に聞かなくなりました。
もちろん、どこの世界にも差別意識の高い人々はいますから、完全に無くなったわけではありませんが、私がカイルの父上であるクライン男爵、今は子爵ですが、その方を治癒したあの頃よりはずっと獣人族と人族との垣根は低くなったと思います。
だからといって、公爵令嬢である私と、子爵令息のカインとの婚姻を皇帝陛下が許可するまでには全く至りませんが。
それでも種族の問題は解決に向かっている筈です。
流石私ですね。
カインを手に入れる為には、まだまだこんなものではありませんけど。
ところでその肝心のカインなのですが、去年辺りからどうも様子がおかしいのです。
今までは、学院がお休みの度にエブァ街にある自宅に帰ってきて、邸を抜け出した(もはやプロ)私と楽しい時間を過ごしていましたし、週に2、3回は手紙のやり取りがあったのですが、去年辺り、つまりもう一年近くもカインは自宅に戻って来ていません。
手紙の返事も1ヶ月に一度あるかないかで、内容も『元気にやっています』とか『心配無用です』とか、素っ気のないものばかりになって………。
カインももう16歳。
この世界の貴族社会では、男子は15歳で成人ですから、カインはもう立派な成人男性です。
学院内での付き合いや、騎士見習いとして実践に出たりなど、学生とはいえ周りの扱いも変わってきて忙しくしているだろう事は理解出来ます、が。
この私に対してこうも素っ気ない態度を取るだなんて………。
これは何かあったな、と私の勘がそう言っています。
それに………シンプルにイラッとしますよね。
私は今でも週に2、3回はカインに手紙を送っているというのに、その私への返事を怠るだなんて。
これは少し、カインの躾も必要かしら?
旦那育ては嫁の基本ですから。
より良い共同生活を送るには、多少骨が折れても、時間や手間がかかろうとも、最初に旦那をきちんと育てておく事です。
その少しの手間で、長い人生がグッと穏やかになりますからね。
仕方ない人ね〜〜。
前世であれだけ育て上げたのに、もう忘れちゃったのね?
忘れたなら思い出させるのみですけど。
私のスパルタ指導を忘れてしまった事を後悔するのはあなたの方なのよ?
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「と、いう訳で、私は今最高にイライラしておるんじゃっ!
消し炭になるが良いっ!ファイヤーボーミングッ!!」
目の前の上級ドラゴンに炎の爆撃を放つと、呆気なくコアのみを残し塵となってしまった。
ちっ、なんじゃ、呆気ない。
まだまだ狩り足らんぞっ!私はっ!
カインに放置されてから一年。
そのイライラを魔獣や魔物を狩る事で晴らしていると、いつの間にか赤髪の魔女の名も広がっていき、フリーハンターや冒険者に恐れられる存在となってしまったが、それもこれもカインのせいじゃっ!
将来を誓い合ったおなごを放っておくなど笑止千万っ!
次に会ったら遠慮なく空の彼方までぶっ飛ばしてやろう。
頑丈な獣人族ならファイヤーボーミングの一発屋二発で死にはせんわい。
いくらドラゴンを倒したところで、腹の虫の治らない私は、あっ、そうだ、とまた碌でもない事を思いついた。
「そろそろ魔族でも狩るかの」
軽い気持ちでそう思い立つと、最近封印が緩んできている、と密かに囁かれる魔族の封印結界のある場所に魔法で転移してみた。
と、目の前に広がる散々たる惨劇の風景に、流石に空いた口が塞がらない。
「アーハッハッハッハッ!我が封印され、三百年経っているというのに、やはり人間は脆弱だなっ!
赤子の手を捻るより容易いわっ!」
真っ黒の大きな羽根に、黒い爪。
頭には体毛が無く、太い血管が何本も脈打っている。
口からは牙が生え、手足には獣のような毛皮。
獅子のような尻尾を生やした魔族。
「このザハード様に楯突こうだなどと、2度と考えつけぬようにもっと痛めつけてやるわっ!」
そう言って魔族は天に向かって両手を上げ、黒く禍々しい塊をどんどんと大きくしていった。
「この破壊の魔王、ザハード様の贄となれ、愚かな人間どもよっ!」
やがてそれが天を覆い尽くすほどに大きくなった瞬間、私は躊躇なくその魔族に標準を絞って魔法攻撃を繰り出した。
「脇がガラ空きじゃっ、間抜けめっ!
エクスプロージョンッ!!」
魔族を指定し放たれた爆撃が炸裂し、大爆発を起こした。
ちなみにその魔族と死闘を繰り広げ、もう動ける者も残っていない状態の人間達には結界魔法を施し、爆発に巻き込まれないように配慮済みじゃ。
私の攻撃で腹に風穴が開き、片方しか無くなった足を震わせ、ガクッと膝から崩れ落ちた魔族に悠然と近付くと、その頭をガッと踏んで足蹴にしながら、私は腰に手を当てニヤリと笑った。
「どうした、魔王とやら、もう終いか?
随分と手応えがないのぅ?」
ケッケッケッと笑ってやると、魔族はギリっと歯軋りにして私を睨み上げてきた。
「貴様………一体何者だっ!?この俺を一撃で倒すなどっ!」
あり得ないといった様子の魔族に、私は胸を逸らしながら楽しげに足元を見下ろした。
「冥土の土産に聞くが良い。
我が名は赤髪の魔女。貴様ら魔族を殲滅する者よ」
カーカッカッカッカッカッカッ!と高笑いしてやると、その魔族は一瞬目を見開き、ややして馬鹿にしたように笑い出した。
「何を言うかと思えば………。
脆弱な人間などに我らが滅ぼされるなどある筈が無いっ!」
アッハッハッハッハッ!と笑う魔族の頭をギリギリと踏みつけて、私はクックッと笑った。
「一撃で倒されたお主が何を言っても、無駄じゃな。
お前には我が計画の最初の贄となってもらおう」
そう言って魔族に向かって両手をかざすと、その魔族の血液がどんどんと私の掌の中に集まってくる。
散り散りに散らばった手足からや血肉からもしっかり血液を回収してやると、足蹴にしている魔族がカラカラのミイラのように縮んでいった。
「……なっ、なにを……き、貴様っ、やめっ、やめろっ……ガッ…アガッ……グアァァァァァッ!」
干からびる瞬間、断末魔の叫びを上げ、魔族は塵に還り、サラサラと砂のように風に舞い、やがて完全に消滅していった。
「ふむ、呆気ないもんじゃ」
随分弱い魔族を相手にしてしまった。
どちらにしても全ての魔族や古代魔獣からその血液を回収しなければならないので、こやつもそのうち滅する事になっただろうが、それにしても思い付きでフラッと現れた私に簡単にやられてしまうとは、存外魔族というのも骨がないもんじゃ。
少しガッカリしながら後ろを振り返ると、先ほどの魔族に半死にされている人間達の中で、まだ意識のある者がガクガクと震えながらこちらを見ていた。
「お前達もご苦労だったな、オールヒール、リザレクト」
ちょいと治癒魔法と回復魔法をかけてやると、みるみる傷が治り、半死になっていた者達も回復して立ち上がりだした。
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃっ!あの魔王ザハードを、軽々と倒すなどっ!
人の所業では無いっ!あれは悪魔だっ!鬼だっ!化け物だぁっっっ!」
せっかく助けてやったというのに、立ち上がった1人の高位神官が私を指差し悲鳴を上げおった。
おい、今私は光魔法と聖魔法を使って貴様らを助けてやったのだが、悪魔や鬼や化け物が光や聖魔法を使うのだな?
ほうほうほう、それは私も知らなんだ。
ところで、悪魔や鬼や化け物である私はこんなものも使えるが、その身で味わってみるか?
「トルネーイドッ!」
上級風魔法による巨大な竜巻がその場にいる人間を全て吸い込み、轟音を立てながら皇都へと向かって行った。
帰りの面倒までみてやったのだから、あ奴らも次に会ったら私に感謝する気になっている事だろう。
まったく最近の若い奴は礼儀を知らんな。
命の恩人に向かって、悪魔だ鬼だ化け物だなどと。
この華奢で可憐な美少女が見えておらなんだのかっ!
その場の人間全てを無事(?)皇都に送り届けた私は、フンッと鼻息を噴いてイライラと地団駄を踏んだ。
「あーーーっ!まったくイライラするっ!
それもこれも全部カインのせいじゃっ!
次に会ったら覚悟するんじゃぞっ、カインーーーーーーッ!」
私の雄叫びで周りの山の木々から鳥が一斉に飛び立って、バサバサという羽音が山々に響いた………。




