Another Story 〜皇女殿下と麗しの貴公子〜中編
…………あの後、お母様は皇后らしからぬ醜態を集まった貴族達の前で晒し、遠い皇家の保養地にて蟄居する事が決まりました。
お父様も皇帝を退位し、レックスお兄様に帝位を譲り身を引いた後にお母様のお住まいになる保養地にて隠居するようです。
レックスお兄様が実は腹違いの兄であった事、そのせいでお母様はレックスお兄様に辛く当たっていた事など……今まで知らずにいた事を知る事になりましたが、例え片方しか血が繋がっていないとはいえ、私がレックスお兄様を慕う気持ちは変わりませんし、レックスお兄様も私を大事に扱ってくれています。
私はジルヴィス様の婚約者となる事を前提として、アルムヘイム家の後ろ盾を得ました。
実質アルムヘイム家の庇護下で穏やかな日々を取り戻したのです。
ジルヴィス様はやはり、私をアルムヘイム家で保護する為に婚約の話を出しただけのようで、その事を詫びる手紙と贈り物を頂きました。
私はその贈り物のお礼にと、勇気を出してジルヴィス様を私の宮でのお茶会に招きました。
初めて2人きりでお会いしたジルヴィス様は私には大人の男性過ぎて、私は子供な自分が恥ずかしくて顔を俯かせたままでした。
そんな私にジルヴィス様は困ったように眉を下げ、深々と頭を下げたのです。
「エーリカ殿下、手紙にも書きましたが、先日は恐ろしい思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした。
十も離れた男に急に求婚されて、戸惑われ怖い思いをした事でしょう。
ですが安心して下さい、アレはあの場を切り抜ける為の方便であって、本当に貴女様を私が婚約者に迎えたりはしませんから。
落ち着いたらあの願いは取り下げますゆえ、ご心配はいりませんよ」
私のような子供に対しても真摯に頭を下げてくださるジルヴィス様に、私はブンブンと頭を振り、必死で口を開こうとしましたが、何故かうまく言葉が出てきませんでした。
自分が不甲斐なく泣きたくなるのを必死に堪え、肩を振るわせるだけの私をジルヴィス様は必死に気遣ってくださり、結局その日の茶会では私からは何もジルヴィス様に伝えられませんでした。
あんなに勇気を出してお茶にお誘いしたというのに、自分が情けなくて不甲斐なくて、私はジルヴィス様が帰った後もそこから動けず、涙を浮かべて冷え切ったお茶の入ったティーカップをただ見つめていました。
「やぁ、エーリカ、どうかしたのかな?」
その時、気遣うような優しい声に顔を上げると、レックスお兄様とお兄様のご婚約者であるシルヴィア様が私を見つめていました。
お二人はあれ以来、何かと私を気遣ってこの宮まで足を運んでくれるのです。
私は慌てて涙を手で拭い、無理やりに笑顔を作りました。
「い、いえ……何でもございません……」
涙で震えそうになる声を誤魔化す為、私の声はより一層小さく脆弱なものになってしまいました。
レックスお兄様はその私の様子に何事か考えるように眉間に皺を寄せ、シルヴィア様は私の対面の席に無邪気に座り、ニッコリお笑いになりました。
「今日は確かジルヴィスお兄様とのお茶会の日でしょ?
あのお兄様の事だから、もの凄く紳士的に、エーリカ様を本当には婚約者になんかしませんからね〜、ご心配はいりませんよ〜、なぁんて無神経な事言ってきたんじゃありません?
もう、仕方ないわね〜〜、お兄様は」
まるでその場を見ていたかのようなシルヴィア様に私は顔を上げて目を丸くした。
涙で赤く腫れた私の目元にレックスお兄様がそっと触れて、優しく微笑んで下さる。
「仕方ないね、ジル兄様も………。
いつまでも不毛な事をしていないで、ここら辺で収まってもらわなきゃね」
その憐憫を含んだ複雑な表情に、私は首を傾げた。
………レックスお兄様は一体誰に対して哀れみを感じているのかしら………。
それから慌ただしくレックスお兄様の立太子式、シルヴィア様との婚約式が行われ、いよいよ戴冠式の日となった。
お父様が生前退位され、正式にお兄様に皇帝位が譲られた。
その戴冠式の場で、レックスお兄様はエブァリーナ様とご婚約者であるカイン卿の婚姻を皇帝として改めて認め、そして………。
「ジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、前に出よ」
お兄様は何故かジルヴィス様にそう声をかけた。
呼びかけに応じて前に出たジルヴィス様は訝しげな顔でお兄様を見つめている。
「ジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、帝国の新しき太陽にご挨拶申し上げます」
穏やかに頭を下げるジルヴィス様にレックスお兄様は片手でそれを制し、フッと笑った。
「良い、頭を上げよ、ジルヴィス卿。
実は、君からの申し出を皇家は正式に受けようと思うのだ」
表情を変えずに淡々とそう言うレックスお兄様に、ジルヴィス様が胸に当てていた手の指先を微かにピクリと動かす。
「……私からの、申し出、ですか……?」
………まさか、お兄様………。
私は急に胸が跳ね上がり、途端にハラハラとして2人の様子を見守った。
「そう、我が皇妹、エーリカへの君からの求婚を皇家は正式に受け入れようと思う」
やっぱり、お兄様………。
でも何故?
あのジルヴィス様からの婚約の申し出は、私を救う為だけの偽りの求婚でしたのに……。
お兄様もその事は知っているはずですのに……。
なのに、皇帝であるお兄様からそのように言われては、ジルヴィス様は……。
私はジルヴィス様がどのような表情をしているかも確かめる勇気が無くて、ただ下を向いてドレスをギュッと握った。
その時、戸惑ったようなジルヴィス様の声が聞こえてくる。
「………陛下、そのように言っていただき、ありがたき幸せ……。
ですが、私とエーリカ殿下には、その、埋められない歳の差が……」
「10歳くらいの歳の差、この国では珍しい事では無い」
「ハッ……仰る通りかもしれませんが……。
ですが、私のような者に………」
そこまで言ってジルヴィス様はグッと言葉に詰まった。
「何だ?ジルヴィス卿。
私はただ、君からの我が妹への婚姻の申し込みを受ける、と言っているだけなのだが?
まさかそちらから申し込んでおいて、何か問題が?」
言い淀んだジルヴィス様にすかさず追い討ちをかけるようなレックスお兄様。
「よもや、アルムヘイム公爵家の次期公爵が、嘘や冗談でこの皇家の姫に求婚などするまいな?
私にとって大恩ある、アルムヘイム家の次期当主である君が乞うたから、私は可愛い妹を嫁がせる気になったのだ。
なのに君は、大勢の前でエーリカに求婚しておいて、まさかそれを反故にするつもりじゃないだろうな?」
そんなっ!そのような言い方をしては、ジルヴィス様が………。
ジルヴィス様は和かな微笑みを崩す事なく、玉座にいるレックスお兄様を見上げ、一切の動揺を捨て去った声で答えた。
「陛下、私の想いに嘘偽りなどあろう筈がございません。
エーリカ殿下との婚約をお許し頂き、恐悦至極にございます。
このジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、必ずや皇妹殿下を幸せに致しますので、どうかご安心下さいませ」
真剣なジルヴィス様の眼差しにレックスお兄様は満足げに頷き、ジルヴィス様に向かってニコニコと笑った。
「うむ、ジルヴィス卿、我が妹をよろしく頼む」
「ハッ、イエスユアマジェスティ、皇帝陛下のお心のままに」
深く頭を下げるジルヴィス様の姿に、私はクラクラと目眩を感じた………。
「お、お、お兄様、ジルヴィス様にあのような……。
あれではジルヴィス様を困らせてしまうだけですわっ!」
あの戴冠式の後、お兄様とお会い出来る機会を得た私は、開口一番にそう言うと、ご挨拶も忘れて険しい顔でお兄様に詰め寄った。
「まぁまぁ、可愛いエーリカ、落ち着いて。
あのね、ジル兄様にはあれくらいで良いのさ。
でないとあの人、一生誰とも婚姻なんかしないよ?」
私を落ち着けるように柔らかい口調でそう言うお兄様に、私は不思議に思って首を傾げた。
「そのような………ジルヴィス様は次期アルムヘイム公爵ですし、聡明で素晴らしいお人柄、それに………とても美しい殿方ですから、縁談には困らない筈ですわ……」
頬を染めて恥ずかしさに下を向く私に、レックスお兄様はふふっと笑って頭を撫でた。
「だろうね、まぁ、その引く手数多の縁談の中で皇妹であるお前との縁談が1番上だよ。
エーリカにとっても、公爵家に降るのが理想的、なんだけど………」
そこでお兄様は言い淀み、少し困ったように眉を下げた。
「本来なら、お前をアルムヘイム公爵夫人にしてやるのが1番理想的なんだけどね……。
イブ姉様は言い出したら聞かないから………。
ねぇ、エーリカ?もしジル兄様がアルムヘイム公爵家を継がず、例えば侯爵位くらいに甘んじると言っても、お前はジル兄様に嫁ぎたいかい?」
そのレックスお兄様の言葉に私はパッと顔を上げ、コクコクと何度も頷いた。
「もちろんですわ、ジルヴィス様に嫁げるなら、どんな貴族位でも関係ありません。
私は公爵家に嫁ぎたいのではありません、ジルヴィス様に嫁ぎたいのです」
そこまで言って私はハッとしてまた顔を赤くしながらモジモジと下を向いた。
「………で、ですが、ジルヴィス様の望まぬ婚姻など、私は………」
か細くなってしまった私の声に、レックスお兄様がクスリと笑う声が聞こえる。
「良いんだよ、エーリカ。
ジル兄様にはお前のような存在が必要なんだ。
あれで物凄く面倒見がいいからね、エーリカが側にいれば世話したくて仕方なくなる筈だ……。
あっ、それいいな、うん」
急に1人で納得し始めるお兄様に、私は不思議げにおずおず顔を上げた。
お兄様は何かを企むように、ニヤニヤと楽しげに笑っている。
「エーリカ、お前、アルムヘイム家に花嫁修行として居を移しなさい。
ジル兄様とは既に婚約が決まっているんだから問題は無い筈だ。
良いかい?側にいれば必ずジル兄様はお前に絆される。
間違いないよ」
確信したようにウンウン頷くレックスお兄様に、私は顔を真っ赤にして驚いて口を開けたまま、もう何も言う事が出来なかった。
そんな私をレックスお兄様は優しい眼差しで見つめ、ポンポンと頭を撫でた。
「頼むよ、エーリカ………。
お前にしかジル兄様の事を頼めないんだ」
そこまで言ってお兄様は私の背に合わせて屈むと、私の顔を覗き込み真っ直ぐな瞳で見つめた。
「僕達の大切なジル兄様を、よろしく頼むよ、エーリカ……」
私はその時はまだその言葉の意味が分からず、真っ赤な顔のまま固まったままでした………。
それから本当にアルムヘイム家に私の居が正式に移され、私とジルヴィス様の同じ邸の中での生活が始まりました。
ジルヴィス様はいつも私に気遣いを忘れず、何くれなく世話を焼いてくれましたが、その扱いはあくまで皇妹への敬意を忘れないもので、婚約者としての態度ではありませんでした。
正式に婚約はしましたが、部屋は離れていて、お忙しいジルヴィス様は私を気にかけてはくれているものの、なかなかゆっくりと2人で過ごす時間はありません。
それでも私は幸せでした。
心からお慕いするジルヴィス様と同じ邸に居られるだけで幸せだったのです。
ジルヴィス様の婚約者でいられる事が私の微かな希望でした。
………例えジルヴィス様が私との婚姻を白いものにすると公言なさっていたとしても………。
私が16歳になり、婚姻が可能になったとしても、ジルヴィス様は私とは白い婚姻を貫くと公言なさいました。
それはつまり、真実の夫婦になる気は無いという事。
私が大人になれば、私を手離し、他の婚姻先を見つけるつもりでいるようでした。
アルムヘイム家で過ごすうち、私にもやっと、あの時のお兄様の言葉の意味が理解出来るようになってきました。
………ジルヴィス様には深く強く愛する女性がいるのです………。
きっとお兄様は、その方へのジルヴィス様への想いを〝不毛〟だと言ったのでしょう………。
ですが私は、そうは思いませんでした。
ジルヴィス様のその方への想いはとても深く、そして、とても広いものに思えたからです。
決してその方を自分のものにしようなどとは考えず、ただただその方の幸せを静かに見守るジルヴィス様に、私は改めて何度目かの恋をしました。
私はそんなジルヴィス様のお側にいたい………。
ただそれだけで幸せなのに………。
その想いは月日を重ねる毎に増すばかりで、私は自分の気持ちをもはや抑える事が出来そうにありませんでした。
………あれから、イブお姉様が提案した法案が通り、女性の婚姻可能年齢が18歳と法で定められたりしましたが、私の気持ちは変わりませんから、たったの2年伸びたところで何ともありませんでした。
むしろ無理を言って入学した学院を卒業まで出来て、ご学友達との素晴らしい思い出まで出来たのですから、イブお姉様の定められた法は本当に素晴らしいと思います。
そしていよいよ、私も18歳。
帝国の法で定められた婚姻可能な年齢となりました………。




