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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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Another Story 〜皇女殿下と麗しの貴公子〜前編


ご機嫌よう、私はエーリカ・ヴィー・フロメシア。

このフロメシア帝国の唯一の皇女です。

いえ、お父様がご退位され、お兄様であるレックス・ヴィー・フロメシアが新たな皇帝となった今は皇妹となりましたけど。


私は皇女として何不自由なく育ちました。

ただ、お母様と長兄であるアーサーお兄様は私に関心が無く、まるでいないもののように扱われていましたが、その分、お父様が私をたくさん甘やかして下さいました。


ですが私は、ずっとその愛情にどこか歪さを感じていたのです………。


お母様に甘やかされ、皇太子として学ぶ事を放棄していたアーサーお兄様を密かに観察しながら、どこか言いようのない恐怖をずっと感じていました。


大国であるフロメシア帝国の皇家がこのような有様で本当に良いものか………。

お母様とお兄様にとって居ないも同然の私には、そのような事を口には出来ませんでしたが。


………ですから私は自分に許される範囲で様々な事を学び続けました。

もちろん、学びもせず遊び呆けているアーサーお兄様と比較されないよう、あくまで必要最低限ではありましたが。


決してアーサーお兄様より目立つ存在になる事は許されませんでした。

私がそのような態度を取れば、お母様が何をしてくるか分からなかったからです。


お母様にとってはお兄様が全て。

私にはお兄様より優れる事さえ許されていませんでした。


いつも息苦しさを感じていた私の唯一の救いは、幼い頃よりお慕いしているジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム様の肖像画を眺める事でした。

ジルヴィス様はアルムヘイム公爵家のご嫡男で、お父様とお母様が密かに私との婚姻を結ぼうと画策されている方。

社交パーティーなどでお見かけすると、必ずお父様とお母様は私の耳元で囁きました。


『お前はあの者との婚姻を結び、皇家に福音を呼び込むのだよ』


幼い頃はそういうものかと思い込み、ジルヴィス様が自分を娶る殿方なのだと信じていた頃もありましたが、ある程度ものが分かる年齢になると、そんな事はあり得ない話なのだと理解していきました。


アルムヘイム公爵家との縁戚関係を一方的に求めているのは皇家の方だけ。

アルムヘイム公爵家はもう何代にも渡って皇家との縁続きを拒否してきているのです。


皇家はもうとっくに、アルムヘイム公爵家に見限られていました。


貴族達の傀儡と成り果てた皇家に、アルムヘイム公爵家は何も期待していないのでしょう。


皇家の方では、この国一の大貴族であるアルムヘイム公爵家を何とか取り込もうと躍起になっていますが。


アルムヘイム公爵家のご令嬢であるエブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム様を無理矢理アーサーお兄様の婚約者候補にしているようですが、私にはあのエブァリーナ様がお兄様と婚姻する事など想像も出来ませんでした。


エブァリーナ様といえば幼い頃よりその光魔法の治癒能力の才能を発揮し、国でさえも見放していた貧民窟の住人達を支え、帝都にも見劣りしない街へと発展させた方。

その偉業を称え、その街にはエブァ街という名までつき、人々はエブァリーナ様をエブァ街の天使、貧しい者を救う聖女と褒め称え、民からの人気度は皇家など足元にも及ばないほど………。


そんなエブァリーナ様がアーサーお兄様の妃になれば、地に落ちた皇家の人気も上がり、更にアルムヘイム公爵家との縁続きも叶うとお父様もお母様も本気で思っていらっしゃるようですが、そんな事は2人の唯の空想に過ぎません。


賢く聡明で、更に光魔法の天才であるエブァリーナ様が、アーサーお兄様を選ぶ筈がないからです。


………それに、お兄様の方も………。


エブァリーナ様の顔に痛ましい事故により刻まれた大きな傷がある事で、エブァリーナ様をまるで悍ましい物を見るような目で見ているのです………。


真に傷ついているのはエブァリーナ様ご本人であるというのに、まるで自分が被害者であるかのような嘆きようは見ていて気分が悪くなるほどですわ。


愚かなお兄様をエブァリーナ様が選ぶ事も、顔に傷のあるエブァリーナ様をお兄様が選ぶ事も、どちらも無い事だというのに、お父様にもお母様にもその事実は全く見えていないようでした。


………一体、この先皇家はどうなってしまうのかしら………。

私がそのような事を危惧していた時、事態は急展開したのです。


アーサーお兄様が自分の妃に、ある男爵令嬢を選ぶと言い、更にその男爵令嬢アメリア・ハサックが聖属性を持った正真正銘の聖女である事が発覚しました。


既に聖女様と聖なる契りを交わしていたアーサーお兄様はこれにより、聖女様の聖夫となる事が決まり、皇籍を抜け聖女様と大神殿にてお過ごしになる事が決まり、今まで何故か私達とは離されて育った次兄であるレックスお兄様が皇太子として立太子すると決まった事で、非凡なる頭脳と清廉さを持つレックスお兄様が次期皇帝になるならと、皇家を見放していた賢い貴族達が中央政府に戻り始め、今まで愚王を掲げ好き勝手に私利私欲を貪ってきた貴族達は焦りを隠せない様子。


あのアルムヘイム公爵家がレックスお兄様の後ろ盾になると宣言した事で、愚かな貴族達はもう手出しも出来ず、やっとこの国に賢王が生まれる筈でしたのに………。


それを誰より許さなかったのは、誰であろう、アーサーお兄様を溺愛していたお母様でした。


あの日、お母様は私の部屋に自分の侍女達を引き連れ現れると、私の髪を見るも無惨に切り裂き、あり得ない事を口にしました。


「エーリカ、貴女はこの時より、皇女ではなく皇子です。

名もエーリクと改めなさい。

良いですか、あのレックスなどに皇太子の座を渡してはならないのです。

アーサーが戻るまで、貴女が皇太子の座を守り抜きなさい」


否を許さないお母様の気迫に、私は泣く事も出来ず、ただお付きのメイドに縋り付き震えるだけでした………。


あの頃私はまだ12歳………。

自分に起きた事がただただ恐ろしく、お母様に逆らう事も逃げ出す事も出来ないまま、お母様のあり得ない妄言に付き従うしかありませんでした………。


その後、皇帝であるお父様があろうことか本当に私を第三皇子エーリクとして貴族達の前に披露してしまったのです。


お母様は私が男性の成人年齢、15歳になるまでに何としてもアーサーお兄様を皇家に戻し、再び皇太子にしようと画策していたのです。


………そのような茶番、誰にも通じよう筈もありませんのに………。


私が間違いなく皇女である事は、皆が知っている事です。

それでもそのような茶番に誰も何も言えないのは、誰であろう皇帝自身がそれを口にしたからでした。

帝国の皇帝ともあろう方が、皇妃の妄言に逆らえず、まさかそのようなあり得ない事を堂々と皆の前で口にしてしまうなんて………。


私達皇家をみる貴族達の目は、それは厳しく冷ややかなものでした。


皆の視線が突き刺さる中、やはり私はただただ震えるしかありませんでした……。

目の前が真っ暗になり、もう本当に私達はお終いなのだわ………と、そう思っていた時、まるでその場の空気など関係無いとでも言うように、ジルヴィス様が一歩前に進み出て、いつもの優雅な微笑みを浮かべお父様に向かって静かに口を開きました。


「帝国の太陽、皇帝陛下にお願いしたき事がございます」


凛と響くジルヴィス様の声に、さっきまで騒ついていたその場が一気に静まり返りました。

私は自分の無様なこの姿をジルヴィス様に見られている事が哀しく、身を縮こませてお母様に無惨に切り裂かれた髪をギュッと握り、顔を伏せるしか出来ません。


「うむ、ジルヴィス卿よ、よい、申してみよ」


お父様から許しを得たジルヴィス様は、真面目な顔で真っ直ぐにお父様を見つめ、再び口を開きした。


「はっ、お許し頂き誠にありがとうございます。

陛下にお願いしたき事とは、この私めの婚約についてです」


淡々と語るジルヴィス様の言葉に、私の胸がズキンと音を立て、直ぐにその痛みが全身に広がり、膝がガクガクと震え始めます。


…………婚約…………。


ジルヴィス様が、婚約…………。


何故、どうして、こんな時に、そんな話を………。


………きっとジルヴィス様は、アルムヘイム家を代表して、この茶番への抗議をなさるおつもりなのね………。


このような茶番を演じる皇家などと、自分は婚姻を結ばない、自分の相手は皇女などでは無い、と、お父様とお母様……そして何より、私に向かって………。


じわりと目尻に涙が浮かび、ポロポロと頬を伝っていく。


………滑稽だわ。

男の服を着せられ、髪もこんなに短く切られた私なんかが、ジルヴィス様の婚約の話に傷付き、涙を流すだなんて…………。



そんな私の様子に気づきもしないで、お父様はカッと目を見開き、話を遮る勢いで急ぎジルヴィス様に向かって口を開いた。


「なんとっ!アルムヘイム家次期当主であるジルヴィス卿がとうとう婚約の話を口にしたのかっ!

良いだろう、皇帝としてジルヴィス卿の婚約を許す。

して、その幸せな令嬢は一体どこの家門の者か?」


私を皇子として披露目た以上、もうお父様は私とジルヴィス様との婚姻を推し進める事など出来ません。

この茶番で完全に皇家から手を引くであろうアルムヘイム家を何とか繋ぎ止める為、ジルヴィス様が婚約者にと望む令嬢をいち早く知り、その家門を取り立てあわよくば皇家に取り込み、そこから何とかアルムヘイム家との関係を修復しようとでも考えたのでしょう。

お父様は話をきちんと聞きもせず、ジルヴィス様の婚約を許可してしまいました。


………本当にこれで、私の初恋は終わりを告げました………。


最初から望みの無い、幼い恋ではありましたが、私は私なりに本気でジルヴィス様をお慕いしていたのです。

いつか、私が大人になれば、もしかすると……なんて夢も潰えました。

こんな見窄らしい皇女になど、ジルヴィス様が手を差し伸べるはずが無いのですから………。


次から次へと流れる涙で、もう、ジルヴィス様のお顔も見えず、ただ、その美しい声だけが私の耳に届きました。



「私が婚約者にと乞うのは、そちらにいらっしゃるエーリカ・ヴィー・フロメシア様です」



……………え?


私は先程聞こえてきた言葉が信じられなくて、慌てて涙を手で拭いジルヴィス様の方に振り向いた。


ジルヴィス様はなんて事ないといった様子で、その美しい顔に微笑をたたえているだけ。


その場が凍り付いたように皆が体を強張らせ、

お父様もジルヴィス様に愛想笑いを浮かべたままの表情で固まってしまっているというのに、その優雅さはあまりにその場に似つかわしくありませんでした。


シンっと静まり返る中、ジルヴィス様が不思議そうに首を傾げ、軽い口調で口を開きました。


「いかが致しましたか、陛下?

先程、私の婚約について許可して頂けましたよね?

私とエーリカ皇女殿下の婚約に、何か問題でも?」


ふふっと笑うジルヴィス様をお父様が顔を赤くして見下ろしている。


私はそのジルヴィス様の表情で全てを悟りました。

ジルヴィス様は私をお父様とお母様から救おうとして下さっているのだと。

私とジルヴィス様が婚約すれば、もう私を皇子だなどと主張し続ける事は出来ない。

そうして私をアルムヘイム家の加護に入れ、お父様とお母様から守って下さるおつもりなのだわ。


目の前がパァッと明るく広がり、私はやっと顔を上げる事が出来たのです。

私にはそのジルヴィス様の慈悲に縋り付くしかもう道がなかったのですから。

縋りたい、たとえ私との婚約がジルヴィス様の本意では無いとしても。

私にはもう頼れるのはジルヴィス様だけっ!


考えるより先に、口が、身体が自然に動いていました。


「ジルヴィス卿の申し出をお受けいたしますっ!」


そう言って、私は玉座から階段を走り降り、慌てて立ち上がったジルヴィス様の胸の中に飛び込みました。

私の身体をしっかりと受け止めて下さったジルヴィス様の温かさに、身体の底から力が湧き上がり、私は涙に濡れた顔を上げ、その瞳に強い意志を宿し、キッとお父様とお母様を振り返った。


「お父様もお母様もおかしいわっ!

アーサーお兄様は聖夫様におなりになったのよっ!

もう俗世にはお帰りにならない。

愛する聖女様と仲睦まじくお暮らしだと、神殿の方から報告を受けているじゃないっ!

それがアーサーお兄様の幸せなのよっ!

どうしてそれを邪魔なさるような事ばかり考えつくのですかっ⁉︎」


お母様がその顔を怒りで歪め、私を睨み付けている。

いつもなら恐ろしくて身を縮こませてしまうその目も、ジルヴィス様の胸の中ならもう怖くない。


「レックスお兄様の事も、なぜ私達から遠ざけていたのですか?

お体が弱いレックスお兄様の為とはいえ、アーサーお兄様と私に合わせて下さるくらい出来たのではないですか?

私は何度もお会いしたいとお願い致しましたのに、お父様とお母様はまるでレックスお兄様などいないかのような態度で……ずっと納得出来ませんでした。

それに、お体が良くなったレックスお兄様が皇太子になる事の何がいけないのです?

私を皇子だなどと偽ってまで、アーサーお兄様に拘るのは何故ですか?

私にはそこまでしてアーサーお兄様を皇太子に戻す価値があるとは思えませんっ!」


私の言葉にお父様は真っ青な顔で数歩後退り、呆然と空を見据えたまま動かなくなってしまった。

それとは対照的に、激昂したお母様が椅子から立ち上がり、怒りを露わに私を怒鳴りつける。


「お黙りなさいっ!何も知らないくせにっ!

レックスなど、私の息子などでは無いわっ!

私の息子はっ!この国の皇子はっ、アーサーだけよっ!

私の愛する可愛いアーサーだけが皇太子なのよっ!

何の役にも立たない娘のくせにっ!

皇子のフリもまともに出来ないなんてっ!

この出来損ないっ!」


…………出来損ない………。

そう、私は、女に生まれてきたというだけで、いつもお母様にそう言われ続けてきた………。


お母様の鬼のような形相に私は恐怖で肩を震わせる。

その私の肩を優しくジルヴィス様が抱き、安心させるように微笑んでくださった。


今、この場で私の唯一の味方はジルヴィス様だけ………。

両親はもう、私を庇護する存在ではなくなった………。


あの時はただただその事実に戸惑い、所在の無い恐怖に震えていました。

その私を安心させるかのように、ジルヴィス様は優しくそして強く、私を抱きしめ続けてくれたのです。



今思えば、あの瞬間に幼い恋心が深い愛情へと変わったのでしょう。

私を抱きしめるその温かい腕を手放したく無いと、心が、身体が叫んだのです。




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