EP.99
「そういや師匠って、前世はどんな人生だったんですか?」
いつもの小屋でお茶を飲みながら煎餅をバリバリ頬張るシシリアに、私はやれやれと首を振った。
まったく、この娘は……。
つい先日社交界デビューを果たしたばかりだというのに、男のようなナリで大股広げて椅子に座るとは……。
前代未聞の公爵令嬢じゃな。
いや、私もあまり他人の事は言えんが……。
「どんなも何も、平凡で幸せな人生じゃったよ。
輝く青春時代を過ごし、夫となる人に出会い、結婚して子を産み育て。
夫を看取り、子や孫に見守られながら静かな良い最期を迎えた。
最後まで足腰も健在じゃったから、まっ、ピンピンころりってやつじゃな」
ふふんと胸を逸らしながら自慢げに答えてやると、シシリアは納得がいかないとでも言いたげにチッと舌打ちをした。
「あのシロ公……こんな邪悪な魔女にはそんな良い最期で私はアレかよ」
ボソリと呟いたシシリアに、私はやれやれと肩を上げた。
邪悪な魔女云々については後で可愛がってやるとして………シシリアの前世での最期は確かに、まぁ、アレじゃからな〜。
シシリアは神様のペット(兼従属)である超巨大な大猿(のような見た目の神獣)にプチっと踏まれて前世を終えた……という、もう、何とも稀というか……言葉のかけようも無いと言うか………。
あの頃私は40代半ばだったか……。
タロちゃんには全てが分かっていたらしく、当時まだ人の死を哀しむという感情を持ち合わせていなかったタロちゃんが酷く落ち込んで、見ているのも辛いほどじゃった……。
思えばあの頃からタロちゃんは急激に人に近付いていったように思う。
それまでの出会いや経験がタロちゃんを神の半身から人へと近付けていたのは確かじゃろうが、それを急速に後押ししたのは間違いなく、前世でのシシリアの死………。
そしてタロちゃんは、シシリアとまた再会し、シシリアを手に入れる為、神の半身から人になる事を選び、この世でエリオットという人間として生まれ変わった。
人として生きる事を選んだ以上は、これからは輪廻の輪に乗り、何度も人として生まれ変わる筈じゃが、エリオットの事じゃ、シシリアにしがみついて何度でも同じ世界同じ時代に生まれ変わりそうじゃな……。
人として生まれ変わる度に神の力は失っていくじゃろうが、もう何を捻じ曲げてでもやりそうじゃ。
そこまで考えてぶるるっと寒気を感じ、震えながら思わずシシリアを憐憫の目で見つめてしまった。
………とんでもない者に目をつけられたものよのぅ。
私とカインやキティちゃんとクラウスのように、その魂がお互いを番と求めて固く繋がっているわけでも無いのに……鎖をブンブン振り回しながら追いかけ回されているようなものじゃからな。
捕まったが最後、その鎖でぐるぐる巻きにされて、無理やり魂を結びつけられるのじゃろう………エリオットならやりかねん……。
更に寒気を感じてブルブル震えながら、私は恐る恐るシシリアに問いかけた。
「ところで、シシリア、お前さんはエリオットの事をどう思っておる?」
少しだけでも、せめてほんの少しだけでもシシリアがエリオットを男として見ているなら、これからの長い長いエリオットに付き纏い続けられる輪廻も、少しは……。
そんな希望的観測を持って問いかけてみたが、やはりシシリアはエリオットという名を聞いただけでその眉間に深い皺を浮かべ、ケッと気に入らなそうに口を尖らせた。
「エリオットォォ?あんな変態犯罪者、なんとも思わないどころか、出来れば地中深くのマグマ付近に埋めたいと常に思っていますが、何か?」
憎々しげにギリッと唇を噛み拳を握りしめるシシリアに、私は無理無理〜っと明後日の方向を向いて首を振った。
ああ〜〜、やっぱり、あのエリオットのシシリアへの態度は良くないと思っておったのじゃ。
すっかり拗れておるではないか………。
エリオットが最大限、シシリアに対して我慢しておるのは分かっておる。
今はまだ本気でシシリアを口説く訳にはいかないゆえ、冗談めかした構い方ばかりしておるから、もうすっかりシシリアに誤解されているではないか………。
その時、シシリアがダンっと拳で机を叩き、悔しげに肩をブルブルと震わせた。
「だいたいっ!私はアイツの俺TUEEEE!設定がもう本当にっ、腹の底から許せんっ!
何だよっ!複数スキル持ち全カンストって⁉︎
ふざけてんのかっ!主人公体質かよっ!
それは本来、神の手違いで死なせてしまった哀れなお主にせめてこの力を〜とか何と言われて私が装備するやつじゃねーのっ⁉︎
それをっ、あのっ、無限ヘラヘラ男なんかにっ!
ムキィィィィィィィィッ!もう本当にぃぃぃぃ許せんっ!!」
ダンダンッと激しい音を立て、机を破壊する勢いのシシリアを前にして、私は遠い目で虚無になるしかなかった………。
いや、すまん。
エリオット云々の前に、この娘……もう色々アレじゃな………。
興味執着が男女云々の前に、ラノベじゃ。
頭の中が男子向けラノベ仕様じゃ。
これはもう誰にもどうにも出来ん。
恋愛とか結婚とか、そんな世界線では生きておらん事がよぉぉぉぉく、分かった………。
私は深い深い溜息をつくと、ここにはいないエリオットに改めて憐憫の眼差しを送った。
………むしろ不憫なのはエリオットの方じゃったか………。
今だダンダン机を叩くシシリアの後ろから、エリオットの諦め半分溜息混じりの声が出て聞こえてきたような気がした。
『アハハハハハハハァ、イブったら今頃気づいたんだぁ………アハッ、アハハハハハハッ………ハハハ………』
最後の方が乾いた笑いになるまで忠実に再現されたエリオットの幻聴に思わず合掌して、その実らぬ努力がほんの少しでも報われる事を祈っておいた………。
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「タロも苦労するな、それじゃ」
同情するような口ぶりとは裏腹に大口を開けて笑うカインに、私はあらあらと小さな溜息をついた。
太公城のプライベート区域にある庭園で、向いあってお茶をしながらあの2人の様子を話すと、カインは楽しげに笑い出した。
「カインったら、隣国の王太子殿下をいつまでも犬の名前で呼んではいけないわ。
今はエリオットという名の人間なのだから」
やんわり注意をすると、カインはまだ笑いを引きずりながら口を開いた。
「いや、確かにそうだな、申し訳ない。
それにしても、神の半身という存在がたった1人の女性の為に人間に生まれる事を選ぶなんて………。
シシリア嬢は大した人物だよ。
それが例え、男として見る以前に、力の強さを妬まれそれ故に余計に嫌われているとしても……」
クックックッとまだ肩を揺らして笑うカインに、私は呆れたように息を吐いた。
「私はタロちゃんが人間に生まれてきてくれて嬉しいと思うわ。
………あの子は、私の長い長い輪廻にただ黙って付き合ってくれていたのだから。
確かに、神様にその為だけに作られた存在ではあるし、本人もそれ以外の存在意義を感じてはいなかった。
私の長い贖罪の輪廻が終わった暁には、神様の中に戻るのだとあの子自身が何の疑いも持たずに受け入れていたわ……」
長い長い過去に思いを馳せる私を、カインは笑いを消してただ黙って見つめていた。
「……だけど私は、あの子といて確かに、あの子の中に感情や個性、人に似た何かが静かに芽吹いていくのを感じていたの。
だから、私の為だけに存在しているだなんて、勿体ないと思っていたのよ。
あの子は愛情深く誰にも公平な、姿形は違っても、私には確かにそんな人間のように見えていたの。
それでも、あの子が神の半身である事実は変わらない。
いつか還るべき場所に還ってしまうのだと、そう思っていたわ。
けれどあの子は出会ったのよ。
自分だけの、唯一の存在に。
その存在を追ってあの子が人に生まれると言ってくれた時、私がどれほど嬉しかったか……。
やっとあの子は、自分だけの唯一の人生を選んでくれた。
それをあの子に与えてくれたシシリアちゃんには本当に感謝しかないわ」
ふふっと口元を綻ばせると、カインが机の上で私の手にそっと自分の手を合わせた。
「そうだな、この世界は俺達の願いが叶った場所そのものだ。
俺達はこうしてまた出逢い、結ばれて再び家族を作れた。
エリオットも人に生まれ、唯一愛しい存在の側にいる。
君の大事な存在であるあの2人も、輪廻を辿り仲睦まじく暮らしている……。
君が今生を賭けて守ろうとしている全てを、今の俺には理解出来る。
守ろう、イブ、この全てを。
俺は最後まで君のものだ。
最後の、その瞬間まで……」
そう言って目を細め、私を見つめるカインと時を忘れて見つめ合っていると、遠くの方から聞き慣れた呑気な声が聞こえてきた。
「お邪魔するけど、いいか〜い?」
その声に私とカインは顔を見合わせ、同時にプッと吹き出した。
「ええ、もちろん良くてよ、ジルヴィス」
声の方に振り返りながら答えると、庭園をゆっくりとこちらに向かって杖をつき歩いてくるジルヴィスと、それに寄り添うエーリカの姿が見えた。
2人は時たま顔を見合わせ微笑みながら、こちらへと向かってくる。
その姿を見ていたカインが、クスリと笑って言った。
「婚姻する時は歳の差がどうのこうのとあんなに抵抗していたのに、結局おしどり夫婦だな」
クックッと肩を揺らすカイン。
私は目を細めてジルヴィスとエーリカを見つめた。
「結局エーリカは、18歳になってすぐにジルヴィスに逆プロポーズしたわね。
エーリカの気持ちを幼い恋の幻想と思い込んでいたジルヴィスのあの時の動揺っぷりったら。
今思い出してもおかしいわ。
………でも、良かった。
エーリカのお陰でジルヴィスは幸せな人生を送れたのだもの」
ふふっと笑う私を、カインが少し切なげに見つめた。
「………ジルヴィスがあの頃、誰を想っていたのか……もう君には分かっているんだろう?」
そのカインの言葉に私は緩く首を振り、静かに口元に人差し指を立てた。
「もうずっと、古い古い昔の話よ。
それこそ、幼い恋の幻想から抜け出せずにいただけだわ。
ジルヴィスが本当に愛したのは、エーリカだけよ」
囁くような私の声に、カインが穏やかに微笑む。
「それにしても、こんなお爺ちゃんおばぁちゃんになってもそんな話をしているなんて、ちょっと変な気分ね」
私がそう言ってうふふっと笑った瞬間、いつものジルヴィスの呆れたような声が頭上から降ってきた。
「僕らが言うならまだしも、君たちにそんな風に言われてもねぇ」
私は椅子に座ったままジルヴィスを見上げると、スッと空いている椅子を手で指した。
「早くお座りになったら?お爺ちゃん」
ジルヴィスの傍に立つエーリカがクスクスと笑う。
「どうも、おばあちゃん」
顔を引き攣らせながらジルヴィスはエーリカの為に椅子を引き優しく座らせると、自分もその隣に座る。
エーリカが私とカインを楽しげに眺めながら口を開いた。
「お2人とも、本当にいつまでもお若いのね。
獣人の寿命が長く、人より歳をとるのがゆっくりだという話は知っていましたが、イブ姉様までそれに合わせてお若いままだなんて、凄い愛の力ですわ。
イブ姉様の寿命もカイン様に合わせて延ばす事が出来るのですか?」
興味津々といった様子のエーリカに、私は優しく微笑みを返した。
「いいえ、私は人の寿命のままよ。
いくら魔法で老化を遅らせる事が出来るとしても、天から与えられた寿命まではどうする事も出来ないわ。
私ももう良い歳だし、お迎えもそろそろね」
その私の返答にエーリカは寂しげにまつ毛を揺らした。
「………では、カイン様はイブお姉様が亡くなった後、お一人でまた長い寿命を生きるのですか?
いくらお子様やお孫様がおられたとしても、お寂しいのでは………」
気遣うように私達を見つめるエーリカの頭を、ジルヴィスがポンポンと優しく撫でた。
「それは心配いらないよ、エーリカ。
2人は番だからね。
むしろ、番だからこそ、人族と獣人族という種族の壁を乗り越えて結ばれたんだ。
番のいる獣人はね、どちらか片方が先に死ぬと、もう片方も後を追うように亡くなるんだ。
統計では半年と保たないらしい。
だからイブが寿命を全うすれば、カインもすぐに後を追う事になる。
1人寂しく取り残される心配なんてないんだ」
そのジルヴィスの言葉にエーリカはまぁっと手を口にあてた。
「そうなのですね、私ったら不勉強でお恥ずかしいわ。
………でも、番って本当に素敵ですわね。
ただの人である私達には、番なんて存在ありませんもの。
片方に連れ立って自分も命を終える事が出来るだなんて、人には真似出来ませんわ。
私も、いつかジルヴィス様を見送った後は、そうやって後を追いたいですけど、そんな事自然には無理ですし……」
残念そうに肩を落とすエーリカを抱き寄せて、ジルヴィスが少し困ったように眉を下げた。
「エーリカ、僕がいなくなっても、君は君に与えられた天寿を全うして欲しい。
子供達や孫に囲まれて、僕の分まで幸せに穏やかに生きるんだよ」
少し心配げなジルヴィスの優しい眼差しに、エーリカは哀しげに、でも真っ直ぐに頷いた。
「あ〜〜、やだやだ。
とうとう集まると終活の話題しか出ない歳になっちゃったんだね〜〜」
その時、真後ろから聞こえてきたレイの声に、ジルヴィスとエーリカの身体がビクッと跳ねた。
「あのねぇ、レイ。
僕らがもうそんな歳だと分かっているなら、驚かせるような登場の仕方はやめてくれないか」
エーリカの肩をポンポン優しく叩きながら、ジルヴィスは憎々しげにレイを振り返った。
「イブ姉様、お久しぶりです。
あっ、お邪魔しても?」
と言いながらちゃっかり私の隣に座るシルヴィ。
ジルヴィスに睨まれながら、肩をヒョイッと上げつつ、レイもそのシルヴィの隣に勝手に座る。
「あら?確かここは私の城の私の庭園だった筈だけど。
招いた覚えも許可した覚えも無い2人が座っているように見えるわ。
やだわ、私ったら目が悪くなったのかしら?」
ふふふっと笑うとレイとシルヴィはビクッと縮み上がった。
ジルヴィスはまぁいいとして、エーリカを驚かせた罰ですわ。
「酷いな〜〜、親戚付き合いくらいしてくれても良いじゃないか〜〜」
……いい年したお爺ちゃんにプンプンと頬を膨らまされても………。
流石に対応に困りますね。
「貴方は退位出来て暇を持て余しているのかもしれないけれど、私はまだ現役で大公ですからね。
急な訪問は親戚でも困ります。
ジルヴィス夫妻は爵位を子供に譲り、今はこの城に住んでいますから良いのよ」
ニッコリ笑うとシルヴィが途端に目を輝かせた。
「じゃあ、私達もここに住むわ。
ねっ?良いでしょう、イブ姉様?」
突然のシルヴィの提案に、レイがニヤリと笑った。
「あっ、それ良いね。そうしょうかな?」
企み顔でそう言うレイのその顔は、彼が皇帝だった頃に散々見てきた、疑問系に見せかけた決定事項を告げる時の顔………。
私はハァーッと深い溜息をついて、やれやれと肩を上げた。
「ここもまた、騒がしくなるわね………」
その私の呟きにカインが笑い、それにつられるように皆が笑い合った。
………懐かしい風が吹き、私達をあの若く輝かしい姿に戻していく不思議な感覚を覚え、私も皆と一緒に笑った。
私達の世代は大きな変革の嵐を起こし、目まぐるしく青春が過ぎ去っていったけど、それでもこうして顔を揃えれば、そこに確かに変わらない風が吹く。
その風を次世代に次世代にと吹かせ続けられるように、この老骨達にもまだ出来る事があるでしょう。
それは、最期のその時まで。
私は次世代に風を送り続けます。
やがてこの人生を天に還す、その時まで。
ーーーーその最期の一瞬までーーーー。
終焉




