7話 半魔公爵様の恋と憂い
「──で、嫁いできてくれた子は世界で唯一の言霊の加護持ちで、俺たち魔族や半魔族に対して偏見のない心優しい聖女様だと。役に立ちたいって言う健気な姿も愛らしくて? それでお前は柄にもなく本気で惚れちまったと。そういうことかよ?」
「まあ、そうだ」
夜空に月が浮かぶ中、ヒュースは側近のレオと共に屋敷の外に出ていた。
日中にも訪れたバリオン森林にまで足を運ぶと、魔物の姿がいないかを確認しながら足を進めていく。
レイミアと別れてから、屋敷の者たち全員にレイミアのことは丁重に扱うように指示をしたヒュース。そのときの熱量に側近のレオが気付き、「惚れたのか?」と問い詰められたのは先程のことだ。
視線は前を見ながらも、前後左右に気を張ったヒュースが間髪入れずにレイミアに恋をしたことを認めている姿に、レオは「あはははっ」と大きな口を開けて笑い出したのだった。
「おい煩いぞ。わざわざ魔物を刺激するようなことをするな」
「わりーわりー。だってさ、今までお前どんな魔族にも人間にも恋愛感情は持たなかったじゃねぇか。それがまさか……この土地を嫌い、俺ら魔族のことを穢らわしい者だと決めつけてきた聖女だとはねぇ」
「レイミアは違う」
「それは分かったって! 一般的な話な!」
魔族特有の漆黒の角、尖った耳、鋭い爪。──ヒュースとは違い、純血の魔族のレオ。
ヒュースの右腕であるレオは、釣り上がった瞳を細めてくしゃりと笑うと、同時にヒュースはピタリと足を止めた。
「……レオ、魔物たちのお出ましだ」
「へぇへぇ。今日はどれくらい出てくるかねぇ」
──魔物と交戦して約二時間程経った頃だろうか。
「今日はとりあえず良いだろう」と告げたヒュースに、レオはその場で大の字で寝転んだ。
「ハァーー! 今日はしまいだ! 疲れた!」
「ご苦労。俺は今から街を警備している部下たちの様子を見てくるとしよう。お前は先に戻れ」
やや汚れた洋服の砂埃を叩きながら、そんなことを言うヒュースにレオは呆れ顔だ。ヒュースが自らの体に鞭を打って働き過ぎなのは今に始まったことではないからである。
とはいえ、今までどれだけ休めと言っても聞いた試しがないため、レオが「へぇへぇ」と言って立ち上がると、バサリと聞こえた羽音にヒュースたちは夜空を見上げた。
「シュナ、どうした」
お仕着せ姿の女の魔族──シュナは、先程レイミアの食事の用意や湯浴みの手伝いをしたメイドである。
魔族特有の漆黒の翼を閉じたシュナは、片膝をついてヒュースの前にしゃがむと、ゆっくりと口を開いた。
「公爵様、ご報告がございましたので馳せ参じました」
「わざわざここに来るということは急ぎということか?」
「……急ぎと言いますか……そうですね、公爵様からしたら急ぎなのかもしれないと思い、参った次第です」
少し気まずそうな表情を見せるシュナ。普段あまり表情には出さない彼女にしては珍しく「シュナちゃんどしたのどしたの!?」と慌てているレオの気持ちは分からなくもない。
ヒュースは「話せ」と命じると、シュナがちらりと辺りを見渡した。
「ここに来た手前あれなのですが……いつ戦闘に入るか分からない状況でする話ではないかもと思い至りました。……その、レイミア様のことでして」
「レイミア嬢の?」
ヒュースがレイミアのことを大切に思っていることが伝わったのは、何もレオだけではない。屋敷のほとんどの者は何となく察しがついていたのである。
そのため、シュナは急ぎヒュースの元までやってきたのだが、この場所は真剣な話をするのに適してはいなかったことに、シュナは今更気付いたのだった。
「そうか。彼女の話ならここでするのはあれだな。だが警備兵たちの様子を──」
レイミアの話は気になるが、公爵として、領主としての仕事もある。
顎に手をやって悩むヒュースの肩に、レオはぽんと手を置いた。
「んなことは良いって! 代わりに俺が見てくるからさ。何か問題があったらすぐに知らせるし」
「……珍しいな。お前が自分から働こうとするなど」
「言い草よ。俺だってねー。ご主人様が愛する嫁さんの訳あり話をじっくり聞けるようにするくらいはしますよー」
「厳密にはまだ妻ではない。婚約者だ」
「どっちでも良いわ」
◇◇◇
「──それで、シュナ。レイミア嬢のことで話とは何だ」
仕事はレオに任せ、屋敷に戻ってきたヒュースはシュナに問いかける。
シュナは「それがですね……」と言ってから脳内で言葉を選んだ後、話し始めたのだった。
「レイミア様が食事をされる風景と湯浴みのときに見えた身体つきから、その……神殿で、酷い扱いを受けていた可能性があるやもと」
「──なに」
そのとき、ヒュースの周りから凄まじい魔力が放たれた。
テーブルに置いてあったティーカップはパリンと音を立てて割れると、先程シュナが入れたばかりの温かいお茶がテーブルを伝って床にポタポタと落ちていく。
ヒュースの蒼眼には怒りが妊んでおり、「理由は」と問いかける声は酷く禍々しい。
シュナは額から汗をツゥ……と流しながら、説明を始めた。
「お食事のとき、質や量はもちろんですが、温かいことに驚いておられました。神殿は聖女様が住まう場所……冷たい食事が当たり前のはずがございません」
「……身体は」
「体質的に痩せているという感じではない、とだけ。手や髪の毛もぼろぼろでしたし、敬われるはずの聖女様どころか、あのお姿は平民以下です。もしかしたら神殿で──」
「もう良い」
シュナの言葉をピシャッと遮ったヒュースは、直後シュナに報告の礼を言うと、彼女を下がらせた。
一人きりになった部屋。ヒュースは奥歯をギリ……と噛み締めると、再び無意識に魔力が溢れ出そうになるのを咄嗟に抑える。今度はティーカップが割れるだけでは済まないかもしれないと、咄嗟に思ったからだ。
そして一旦冷静になった後、次に込み上げてきたのは、怒りではなく自身に対しての呆れのような感情だった。
「……少し考えれば、容易に想像出来たはずなのに」
神殿は、加護の紋章を持つ者を引き入れている。そのときに加護の能力が発動していなくとも、今後は発動するだろうという可能性にかけて。
それに、加護は十二歳前後で目覚める者が殆どだという。
だが実際は、つい半日ほど前まで加護の能力が目覚めていなかったというレイミア。
既に加護が発動している聖女ばかりだろう神殿で、彼女はどんな扱いを受けていたのかなんて、ある程度想像できる。
レイミアに惹かれたこともあって、浮き立っていた自身に、そして神殿の者たちに苛立ちを覚えたヒュースは拳にぐぐっと力を込めた。
「……許せないな」
──そう、ポツリと呟いたヒュース。その怒りはもちろん自身にも向けられているが、一番の矛先は。
「レイミア嬢はああ言ってくれたが、私はそれほど優しくはない」
背筋が粟立ちそうになるほどの冷たい眼差し。まさに冷酷と呼ぶに相応しいその相貌は、ときおり魔物に向けられるものだ。
「私の未来の妻を傷付けた者には、しっかりと報いを受けてもらう」
ボソリと吐かれたその言葉は、月明かりにゆっくりと溶けていった。
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