6話 勘違いレイミア
(今、公爵様……何だか凄い事言わなかった?)
聞き間違えではないなら、何だか凄く甘い言葉だった気がする。
そう。まるで、ヒュースがレイミアに特別な感情を抱いてしまったような──。
(いやでも、それはないでしょう? 半魔族とはいえ、公爵家当主だし、こんなに美しい容姿をしているわけだし、この国の貴族令嬢の中には魔族の血筋を重要視せずに公爵様に憧れを持つ人くらいいるだろうし。冷酷だという噂は聞いていたけれど、どう考えたって心優しいお方だもの)
それに比べるとレイミアは言霊聖女とはいえ、能力が発現したばかりだ。見た目も普通、神殿での食生活のせいか、出るところが出ていない。
(わ、我ながら……)
そう考えると、都合の良い解釈をしそうになった自分が何だか恥ずかしい。
レイミアは赤くなった頬をパタパタと手で仰いで熱を冷ますと、少し冷静になったのか「あっ」と何かを閃いたように声を上げた。
「レイミア嬢……? どうした」
「分かりました。分かりました公爵様。……そういうことだったのですね……!」
「……ん? 何がだ」と言いながら顔を上げたヒュースに、レイミアはキラキラとした瞳を向けた。
(簡単なことよ……! 他の人になくて私にあるもの! それは言霊の加護! きっと私の言霊能力の無限の可能性に目を付けてくれたのね……! 発現したばかりだから不安はあるけれど、裏を返せばこの能力がどれだけ公爵領の為になるか可能性は無限大だもの……! 公爵様はきっと、公爵領や民のことを思って、言霊の加護を持つ私を、最低限のパートナーとしての関わりではなく、大切にしなければと思ってくださったのね……!)
多感な時期、レイミアは常に神殿で過ごした。
周りの聖女は女性ばかりで、神官たちは自身の父より歳上のものばかり。市井で流行るようなラブロマンスの本を読んだこともなく、恋愛を題材としたミュージカルなども見たことがなかった。
それに異性に求められたことがなければ、恋をしたこともない。そもそも、そんな境遇ではなかった。
ヒュースの言葉に違和感は感じたものの、「まさか私のことを恋愛的に好きになるなんてないよね」という考え方もあって、それは致し方なかったのだろう。
レイミアは、自身の言霊能力をヒュースが重宝してくれている、だから大事にしたいだなんて優しい言葉を掛けてもらえるのだと、このとき確信を持ったのだった。
「ありがとうございます公爵様……!」
「あ、ああ。絶対に大事にする。……絶対だ」
(絶対が二回も。なんて嬉しいんでしょう……慈悲深くて心優しい公爵様をお支えするために、私も頑張らなきゃ)
そうレイミアは内心で意気込むと、再びキラキラとした瞳をヒュースに向けた。
王命での政略結婚なわけだが、こうも能力を買ってくれて、優しい言葉をかけてくれるのだ。
出来るだけ、私もと思うのは、当然だった。
「私も、公爵様のことを大切にします……! それに、幸せにしますから……!」
「……っ、なら、君が私を大切にするよりも、もっと私がレイミア嬢を大切にして、幸せにしよう」
「えっ…………。ふふっ」
絶対に譲らないといった様子にヒュースに、レイミアからは自然と笑みが溢れた。
それから二人は、当たり障りのない世間話を交わす。
すると、もう少しで完全に日が沈むという時間、穏やかな時間は突然轟音によって一転した。
──ぐぅ〜!!!
「ハッ! 申し訳ありません……お耳汚しを……」
レイミアが両手をお腹に当て、音の正体を在り処を露わにすると、ヒュースは目を何度か瞬かせてから、ふんわりと笑って見せた。
「……ふっ、そろそろ晩餐の時間だ。今日は部屋に持ってこさせるから、ゆっくりと食べるといい」
「すみません……ありがとうございます……。因みに公爵様は? いつもはどこでお食事を?」
「…………。どこで、というより、夜は食べないな。毎日朝に一食だけだ。昼は事務仕事で忙しいし、夜は魔物が活性化しやすいため、大体外に出ているから」
「…………は、はい?」
──いや、意味は理解できるのだが、そういう意味ではなく。
(成人男性が一日一食? そういえば公爵様って少し細いかも? いや、私も人のこと言えないけれど)
それに、よくよく見れば、ヒュースの美しい碧眼の下には隈が見える。
魔物に襲われたり、言霊が発動したり、寝起きだったり、ヒュースが俯いていたりでじっくり見る機会が無かったけれども、なかなかに濃い隈だ。今まで気付かなかったのが不思議なくらいに。
「公爵様、非常にお忙しいのは分かるのですが、因みに睡眠時間はどれくらいでしょう?」
「そうだな、平均して二時間程度だ」
「二時間!? それいつか倒れますよ……!?」
「丈夫だから平気だ。それに、部下たちに働かせて自分が休むのは性に合わない」
(真面目……!! 公爵様は真面目過ぎる……!!)
仕事や魔物への対策に追われて、部下のことまで考えているだなんて、真面目にしたって、度を超えている。
(これは……強制的にでも休ませないと、公爵様がいつか倒れてしまう)
そうしたら、周りに迷惑をかけたとヒュースが落ち込むかもしれない。
その迷惑をかけた分を挽回しようと、より一層無茶をするかもしれない。
(それは……ダメ! ……あっ、そうだ)
そこで、ふとレイミアは思い付いた。
言霊能力が上手く使えれば、ヒュースのことを休ませられるのではないかと、ひいてはそれが彼の幸せに繋がるのではないかと。
(けれど、それをするには、まずは自分の能力を把握することが重要……うん、そうね)
レイミアは考えが固めると、「私、頑張りますので!」とヒュースに向かってキリリとした表情を見せる。
「あ、ああ。よろしく頼む」
「はい……!!」
それから、夜も更けてきたからと退室したヒュースを見送ったレイミアは、魔族のメイドが持ってきてくれた温かい食事で腹を満たしながら、ほうっと息をついた。
「温かい……柔らかい……それにこんなに沢山……美味しい……」
胃が満たされると、同時に心を満たされていく。
タイミングを見計らってお茶のおかわりを入れてくれるメイドに、レイミアは何度も何度もお礼を言いながら完食すると、食器類を下げてもらう。
湯浴みはどうするかと尋ねられたが、レイミアが断ったのは遠慮したのが半分、もう半分は睡魔が襲ってきたからであった。
「ではおやすみなさいませ、レイミア様」
「はい……ありがとう……おやすみ、なさ、い」
(ああ……今日はなんて良い日なんでしょう……)
聖女たちからの嫌がらせから解放され、加護も目覚め、ヒュースには優しくしてもらって、神殿に突き返したりはしないと言ってもらえた。
加護に価値を感じでもらえて「大切にする」とも言ってもらえて、こんなに心が温まったのはいつぶりだろう。
(頑張ろう……受け入れてくださった公爵様のためにも……民のためにも……加護の力を把握して、それ、から……)
食事の後、着替えたシルクの夜着の姿で、レイミアはベッドに身体を忍ばせたまま、ゆっくりと目を閉じる。
まるで夢を見ているみたいに幸せだなぁ、なんて思いながら。
読了ありがとうございました!
◆お願い◆
楽しかった、面白かった、続きを読んでみたい!!! 早く溺愛を〜!!
と思っていただけたら、読了のしるしに
ブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!
なにとぞよろしくお願いします……!