5話 言霊聖女
感覚的に使えた言霊の能力。魔力を込めた言葉には力が宿るのだと本能的に分かり、これが加護の能力だということも確信していた。けれど。
(言霊の加護が世界で唯一……!? もしかしてこれは夢なんじゃ……!?)
加護が目覚めたことは素直に嬉しい。しかしあまりに突然のことだったし、世界で唯一無二だなんていくらなんでも……とレイミアは自身の頬を抓るが、当然痛かった。
「夢じゃない……」
「何をしている。痛いだろう、やめるんだ」
やや心配を帯びた声色でヒュースにそう言われたレイミアは、頬を摘んでいた手をゆっくりと下ろす。
夢ではないことを再認識すると、じいっと見つめてくるヒュースに「あの?」と問いかけた。
「森林での様子を見たときから思っていたんだが、君の加護が目覚めたのはさっきが初めてか?」
「…………。はい、そうなんです……」
「……ああ、なるほど。どうりで」
納得したのか、ふむと顎に手をやって考え込むヒュース。
どこか儚げのある美しい顔が考え込んでいるその姿は、まるでどこかの絵画のように絵になるなぁ、なんてレイミアは思っているが、そんなことを思っている場合ではなかった。
(もしかして私、神殿に帰れっていわれるかも……?)
というのも、ヒュースの話曰く、言霊聖女は世界で唯一無二の希少な存在だ。
それに、実際に魔物を退かせて見せたことから、言霊の能力が公爵領にとってはある程度は役に立つだろう。
けれど、問題は山積みなのだ。
「あの……もしや私は神殿に帰されてしまうのでしょうか?」
「……何故その考えに至ったか、説明してもらっても良いだろうか。あまりにも脈絡が無さすぎて悪いが分からない」
怒っているわけではないのだろう。
顔が整いすぎているためやや威圧感は感じてしまうものの、こちらを落ち着かせようとしているヒュースの声色に、レイミアは一度胸に手を当てて冷静にと心がける。
「先ずは、私が公爵様を騙していたからです。……今日能力が発動したということは、今までは無能だったということ。……それなのに、聖女の力を求める公爵様の元に、私は来ました」
「………他にはあるか?」
「はい。他にも──」
そこでレイミアは、こんなにも心優しいヒュースには嘘を付きたくないからと、言葉を紡いだ。
言霊の能力が目覚めたとはいえ、何がどこまで出来るかはっきりしていない以上、どこまで公爵領の役に立てるか分からないこと。突然目覚めた能力ならば、突然消えてしまうこともあるのではないかと危惧していること。
そのため、レイミアとの婚姻を結ぶよりも、現在神殿にいる聖女の誰かと婚姻を結ぶ方が、ヒュースや公爵領にとって良いかもしれないと。
それらを口にすると、ヒュースは少し前のめりになって、レイミアの俯いた顔を覗き込んだ。
「……私との婚姻が嫌なわけではないのか? もしくは神殿に帰りたい?」
「……!? それは全くありません……! 一切……一切そんなことはございません!」
うつむいた顔を上げ、レイミアは曇りのない瞳でヒュースを見つめる。
否定するためにやや声を大きくして言うと、ヒュースがふっと笑った。
「そうか。それなら何の問題もない」
「ですが……」
「先ず君を寄越したのは神殿側の判断だ。レイミア嬢が気に病む必要はない。それに今でも一応魔物への処理はどうにかなっているわけだから、どんな聖女が来ても受け入れるつもりだった。だから、加護に対して不安を持つ気持ちはわかるが、それを理由に君を神殿に帰す理由にはならない。……これで答えになっているか?」
「……っ、はい」
(……なんて懐の広い……お優しすぎます公爵様……っ)
ヒュースの言葉に、レイミアの罪悪感や不安が全て無くなるわけでは無かった。
けれど、家族とも違う、神殿の人間とも違う、包み込むような優しさを向けられて、レイミアの中で一つ、目標がのようなものが出来たのだった。
「私、これから公爵様の妻として、この土地の聖女として、精一杯頑張ります……! 公爵様のお役に立ちたいのです」
「…………!」
そのとき、ヒュースの目が僅かに見開く。どうやら驚いているらしい。
何か変なことを言ってしまったのかとレイミアの内心に不安が募ると、ヒュースは、片手で自身の口元を隠した。
「君は魔族の血が半分流れている私が怖くないのか? 穢らわしいと思わないのか? 聖女なら特にそう思うのではないのか」
確かに、一般的な聖女ならばそうかもしれない。現に、レイミアが嫁ぐことになったのは、レイミア以外の聖女がそういう思想を持っているからだ。
レイミアだって、魔物と魔族を一括りにして考えたことはあったし、もしも魔族が人間に牙を向いたらと思うと恐ろしいのは事実だ。けれど。
「……私は、魔族も人間も、種族だけで分けることに意味なんてないと思っています。それに、公爵様は魔物を倒して私のことを助けてくださいました。自分の身も危ないのに、私の身を案じてくださいました。騙したことも許して、受け入れてくださいました」
レイミアの頬が、自然と綻ぶ。こんなふうに笑うのは、一体いつぶりだろうか。
「そんな公爵様を、どうして怖いだなんて思うでしょう。穢らわしいなんて思うでしょう。……公爵様は、誰よりもお優しい方だというのに」
「…………っ」
レイミアの柔らかな声色が、部屋に響く。
すると、次の瞬間、ヒュースは口元にやっていた手をずらして目の辺りを隠すようにして俯いた。
「公爵様……?」と不安そうに問いかけるレイミアは動揺のせいが、彼の耳がほんのりと赤くなっていることには気付かなかった。
「……参った。降参だ」
「え、降参?」
「ああ。……確かに私はどんな女性が来ても受け入れるつもりだった。だがそれは、この土地に安寧をもたらすためのパートナーとして、だ」
「はい。そうですね?」
ヒュースが何を言いたいのかがいまいち読めないレイミアは、コテンと小首を傾げる。
もしや、やはり神殿に帰れと突き帰されるのではと一瞬頭が過ぎったが、次のヒュースの言葉に、それは無駄な心配であったと思うのだった。
「だが、今は少し違う。私は、君のことを大事にしたくて堪らなくなってしまった」
「………………。え?」
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