18話 アドリエンヌの怒り
レイミアの発言にブランが口をぽかんと開けている中、ポルゴア大神殿では。
「何で誰も名乗り出ないのよ……!!」
耳を塞ぎたくなるほどの金切り声を上げたのは、大聖女と呼ばれているアドリエンヌだった。
自室のテーブルを思い切り叩いた拳は熱を帯びたように赤くなり、ジンジンと痛む。
世話係りの女性は部屋の隅でそんなアドリエンヌを見ながら、肩を縮こませた。
「あーーあり得ないわ! この私がお願いしてあげてるのに誰も名乗り出ないなんて……全員頭おかしいんじゃない!!」
アドリエンヌは、鼻息を荒くして髪の毛を乱す。
レイミアの代わりに別の聖女を送り付け、また全ての罪をレイミアに擦り付けようと、アドリエンヌが神殿長であるボブマフに話した次の日から、連日アドリエンヌはこんな調子だった。
「何で……っ、何で誰も半魔公爵のもとに嫁がないのよ……!! この私が、大聖女である私が頼むと言っているのに……!!」
アドリエンヌの当初の計画では、レイミアの代わりに別の聖女をヒュースの元に送り付け、レイミアを神殿に連れ戻すつもりだった。
そうすれば、何かしら問題が起きたとしても、全ての罪をレイミアに擦り付ける算段が整うからである。
アドリエンヌの計画は、全て上手くいくはずだった、というのに。
「今まで、私の命令なら何でも聞いてきたじゃない……!! それなのに何でよ……っ」
アドリエンヌを筆頭にレイミア以外の聖女は、魔族に対して強い偏見を持っている。
だからこそ、誰もヒュースの下に嫁ぎたがらず、半分嫌がらせの意味も込めてレイミアを嫁がせたのだ。
加護が目覚めていないレイミアがどんな目に遭おうと、そんなこと知ったことでははないと、ほくそ笑みながら。
そんな聖女たちが、アドリエンヌの命令で簡単にヒュースの下に代わりに嫁ぎに行くだなんて、流石のアドリエンヌも思っていなかった。
けれど、命令ではなくお願いならば──。
大聖女であるアドリエンヌからお願いされれば、少なくとも一人くらいは頷くだろう。
そう、高を括っていたのだけれど、結果は言わずもがな。
全員がヒュースの下へ嫁ぐことを拒否し、嫁ぐくらいならば他の神殿に移るという者が複数現れてしまったのだ。
加護を持つ聖女を手放したくない神殿長──ボブマフはこれを危惧し、アドリエンヌに聖女たちを嫁がせようとするのはやめるよう命を下した。
つまり、アドリエンヌ一人よりも、複数の聖女が神殿から居なくなる方が痛手である、そう言われたのと同然だった。
「私のことを何だと思っているのかしら……!! 私は……大聖女で……っ、罰なんて……受けるべきじゃないのに……!!」
再びゴン!! とテーブルを叩くアドリエンヌに、世話係は肩をビクつかせる。
壁にピッタリと背中をくっつけて縮こまるように立ち尽くせば、アドリエンヌは廊下にも聞こえるのではないかというくらいの大きな溜息を漏らした。
「仕方ない……とりあえずあの役立たずの聖女共のことは後にして…まずはレイミアね」
レイミアが加護なしであることがヒュースにバレてしまうのはまずい。
バレてしまっているのならば、それが国王に伝わる前に神殿として対処するという姿勢を見せなければいけない、けれど。
(神殿長は私よりも大勢の聖女たちを取った。もうこの件は、私一人でどうにかするしかないわ……! そうしないと……牢屋行きに……っ!! そんなの、あっていいはずないもの……!!)
ともすれば、代わりの聖女に関しては話は後だ。実家にお金を工面してもらい、それを持って交渉すればどうにかなる可能性は残されている。
つまり、まず優先すべきはレイミアを連れ戻すことだ。
ヒュースに対しては、近いうちに加護を持つ聖女を送るとさえ言っておけば良いだろう。選定に時間がかかっていると適当に嘘をつけば、可能な限り期限は延ばせるかもしれない。
……と、考えが纏まったアドリエンヌは、にんまりと口角を上げた。
余りに厭らしいその表情に、世話係はゾッとするものの、口に出すことはない。
(待ってなさいよレイミア……大聖女であるこの私が直々に、あんたのことを迎えに行ってあげるわ)
ふふっと、笑みを漏らすアドリエンヌの姿に、世話係はゾッと背筋が凍る思いだった。
◇◇◇
「あ、あらまあ……」
ブランに一緒に暮らそうと提案した三日後のメクレンブルク邸では、嬉しさを存分に含みつつ、動揺したレイミアの声が響いた。
「えっとー……ブランくん? 今日は森林には行かないし、どこにも行かないから、そんなにくっつかなくても大丈夫よ……?」
「だめ。そんなこと言ってレイミア、直ぐにあいつの手伝いに行っちゃうんだもん」
「そ、それはほら、大事なことだから……! というかブランくん、あいつはやめようね?」
今後聖女としてだけではなく、公爵夫人としての役割も果たすため、書斎で勉強をするレイミアの隣に座り、肩に顔を乗せてくるブラン。
ギリギリ顔に角は当たらないものの、その近さに若干恐怖したのは一瞬だった。
(か、可愛い〜甘えてくるの、なんて可愛いんでしょう〜)
肩にスリスリと頬を寄せ、嬉しそうに目を細めるブランは、目に入れても痛くないだろうと思うほどに可愛い。
(私を殺そうとしていたときとは、まるで別人ね……)
というよりは、もはや別人だと言われたほうが納得するレベルである。
──『私たちと一緒に、この屋敷で一緒に暮らさない……?』
レイミアのこの発言の後、一体何があったのか。
甘えてくるブランに「ふふっ」と嬉しそうに頬を綻ばせたレイミアは、三日前の出来事に思いを馳せた。




