1話 加護なし聖女
連載版を始めました!
皆様こちらもよろしくお願いします……!
──どうして、こんなことになっているのだろう。
「レイミア、夜に男と部屋で二人きりなんて、もう少し警戒心を持ったほうが良い。……あんなふうに無邪気に大好きだなんて言われたら、我慢ができなくなる」
「……っ、ダメです、ヒュース様……っ」
ひんやりとしたシーツの上。頭上で手首を縫い付けられたレイミアは、潤んだ瞳でヒュースを見つめる。
ヒュースは「ふっ」と小さく笑うと、そんなレイミアにぐいと顔を近付けた。
「本当に嫌ならば言霊を使うと良い。……使わないなら──」
◇◇◇
「レイミア、聖女とは名ばかりの役立たずのあんたに一つ仕事をあげるわ。三日後、ヒュース・メクレンブルク公爵のところへ嫁ぎなさい」
「えっ……。私がですか……!?」
礼拝堂の清掃中、汚水をわざとかけられたのは数分前だっただろうか。床にぺったりとついたお尻と同じように、全身から滴る水が冷たい。何より臭い。
加害者であるアドリエンヌが見下ろしてくる表情と言えば酷く楽しそうで、周りの聖女たちの表情もまた嘲るものだ。
そんな中で、レイミアはアドリエンヌを見つめるのが精一杯だった。
「そうよ。聖女の紋章はあるくせに加護がいつまで経っても目覚めないあんたに、結婚なんて過ぎた話でしょう? いくら相手があの、冷酷だと言われている半魔公爵様だとしてもね」
ポルゴア王国一番の聖女と謳われるアドリエンヌは、ここポルゴア大神殿の女神のような存在だ。
ポルゴア王国にはレイミアを含めて約十人の聖女がいるが、加護を持っていることはもちろん、豊富な魔力量と、目を引く妖艶な容姿から、彼女は大聖女なんて呼ばれていた。
「アドリエンヌ様……公爵様が私を妻にと望んだのですか?」
比べて、加護に選ばれなかった加護なし聖女と呼ばれるレイミアは、使用人以下の扱いをされてきた。
加護とは、非常に希少な生まれ持った特殊な能力のことだ。
加護が発動する可能性のある者には幼少期に全身の何処かに十字架の痣のようなものが浮かび上がる。
女性にしかその紋章は現れず、結界を張る、土地を浄化する、回復するなど、一般的な魔法では扱えないものが加護の特徴である。
そして、レイミアは紋章はあるが、どんな些細な加護も発動しないことから、加護なし聖女と呼ばれているのだった。
レイミアの質問に、アドリエンヌは「あはははっ」と高らかに笑ってみせた。
「そんなわけ無いでしょう? あんたを神殿で引き取った手前、神殿の権威のために加護なしだってこと隠しているけれど、何も活躍のないあんたに縁談なんて来るはずないでしょう!」
「では、どうしてですか……?」
「陛下からの命令よ。聖女を公爵様の元へ嫁がせて、共に魔物の対応に当たるように、ってね。あの半魔公爵様の元に、加護に選ばれし私やこの子たちが行くのは、ねぇ?」
ヒュースに対する物言いにレイミアは一瞬ピクと身体が反応したが、何も口にすることはなかった。
──レイミアは以前から、メクレンブルク公爵領に魔物が大量発生していることは知っていた。聖女の派遣の頻度を増やしてほしいと進言していることも。
けれど聖女は日々多忙だ。
いくら公爵領が重要だとしても、要請の度に行けるわけではなかったし、何よりアドリエンヌたち聖女は自分の身可愛さに、過酷な土地に出向くのを嫌がり、要請を断ることが多かった。
だから今回、派遣という形ではなく半ば無理やり婚姻という形を取ったのだろう。だというのに。
(なんの力もない私が行っても、公爵領に蔓延る魔物をどうにかすることはできない……っ)
けれど、それを進言しても決定が覆らないことをレイミアは身を持って知っている。神殿に来てからずっと、アドリエンヌ率いる聖女たちに悪口や嫌がらせ行為を受ける度に止めてくださいと懇願しても、それが叶うことはなかったから。
(私が何を言っても、この様子だと決定事項なのよね)
けれど確認しておかなければと、レイミアはおずおずと口を開いた。
「神殿長も、私が公爵領へ行くことに賛成したのですか……?」
「ええ、もちろん」
にっこりと微笑むアドリエンヌに、レイミアは眉尻を下げた。
アドリエンヌは侯爵家の人間だ。大聖女と呼ばれていることもあって、神殿での権力は凄まじいものでそんな彼女の決断には神殿長もあまり口を出せないようだった。
「わかり、ました……」
レイミアがぽつりと呟くと、アドリエンヌは「ふんっ」と鼻を鳴らす。
そうして、バタンと力強く扉を締めて部屋を出ていった、アドリエンヌとその取り巻きである聖女たちの背中を見つめるレイミアの瞳の奥がゆらりと揺れた。
──レイミアがポルゴア神殿に引き取られたのは今から十年前の八歳の頃だった。
レイミアは、パーシー子爵家の長女として生を受けた。典型的な政略結婚を交わした両親はあまり仲が良くなく、家族内は常にギスギスしていた。
そんな日々の中でも、レイミアは常に明るく振る舞い、どうにかして絵本にあるような幸せな家族を夢見ていたのだけれど。
『レイミア……貴方、その紋章』
『えっ?』
八歳の誕生日、形だけの誕生日会を開いたときのこと。
膝下のドレスを身に纏ったレイミアの変化に母が気付いたのは、本当に偶然だった。
『ふくらはぎのその紋章!! それは加護を持つものの証だわ! 凄いじゃないレイミア!!』
──それが、全ての始まりだった。
聖女の紋章がある者は、いわば未来の聖女だ。聖女といえば国の宝──貴族の娘ならば、その家はどれだけ栄えるだろう。
何より、ポルゴア神殿では貴重な未来の聖女を確保するため、能力が目覚める前の段階から神殿で引き取りたいという話が上がっていた。その際に、多額の金銭をその家に渡すことも。
「ハァ……親に売られ、今度は聖女を求める土地に嫁ぐことになるだなんて」
とはいえ、嘆いたところで状況は変わらない。
レイミアは汚水で汚れてしまっている辺りを掃除してから、自室へと帰ると、濡れた髪を拭き始めた。
粗方拭き終わると、窓際まで向かって外を見つめる。
漆黒の中に浮かぶ月の空を見上げると、アドリエンヌたちが部屋から去ってから割と長い時間物思いに耽っていたことを理解したレイミアは「あ……」と声を漏らすと、ぽつりと呟いた。
「待って……加護なしの私が公爵領に行っても役に立たないわけだから、突き返されるんじゃ……? えええ……どうしましょう……」
弱々しいその言葉は、あまりにも質素で小さなレイミアの部屋に響いた。
読了ありがとうございました!
◆お願い◆
楽しかった、面白かった、続きを読んでみたい!!!
と思っていただけたら、読了のしるしに
ブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!
なにとぞよろしくお願いします……!