ヘタレ改善法
この街へ出る時私は平民を装って名前もティナと名乗っている。
みんな気さくに話してくれるし気を使わなくていい環境がすごく好きだ。
「今の男は誰?」
「カルディはここの店主の息子です!同い年なんですけど面白いことばかり言ってくるんです。
さっ暖かいうちに食べましょ!」
ルーファス様に聞かれたから軽くカルディについて説明したが、背景がやばい。黒い雲がルーファス様の背後から離れない。
食べ物を食べれば機嫌も良くなると思い早く食べるよう促したが黒い雲がどこかへ行くことはなくきっと今私の顔は上手く笑えてない気がする。
「もしかして今私のオーラは不穏なものになっているのだろうか?」
私の顔を見てルーファス様がそう言ってきた。
なんて言ったらいいのか分からず頷く。
「気を使わせてしまいすまない。」
ルーファス様の背後は黒い雲に雨まで降ってきてしまった。
「いつも一流シェフが作ってくれるあの料理を召し上がっているルーファス様のお口に合わないのは当然です!
私が伯爵令嬢らしからぬ舌をしているだけで!」
ルーファス様が召し上がるにはなんとチープな味と言われれば確かにそうだった。フルーツはそのままフルーツの味だったから良かったが、焼き串は臭みをとるためにスパイスがきいていたりするがルーファス様がいつも召し上がるお肉は元々臭みなんてないくらいの上等なお肉しか出てこない。
前世でスーパーの半額シールが貼られたような安い肉を食べていた私とは違い生粋の貴族なのだ。食べさせた私は公爵家の方に知られたら婚約破棄レベルかもしれない。
それでも怒らずに召し上がってくれたルーファス様はとても優しい方だ。
「違うんだティターニア!そういうことではなくてだな…。
食べ終わったら外で話そう…。」
街の大通りから少し離れた川の脇を二人で歩く。
「今の時期は川の流れがゆるやかで良いですね。」
「ああ。」
なにを話していいか分からず目の前の川について言ってみたがルーファス様からはあまりリアクションはない。
まるで以前のルーファス様のようだ。
「君に気を使わせてしまいすまなかった。
君が肉屋の息子に笑顔をみせ、親しい間柄であることが嫌だった。街で心から笑う君に惹かれたのにこんなことを言うのは矛盾しているがそれでも嫌だったのだ。
君に触れていいのは私だけだ。」
そう言ってぎゅっと手を繋いできた。
ルーファス様の背景はただただ雨が降り続いている。
ルーファス様がこんなに感情を表現してくれるのが嬉しくて手をぎゅっと握り返す。
「こんな顔もしてくれるのですね。
ルーファス様のオーラが見えるのはあと数週間しかありませんが、こうして気持ちを言葉にして色々な表情を見せてくれるのであれば何も不安に思うことはありません。
それにあの完璧なルーファス様が嫉妬してくれるなんて夢のようです。こんな平々凡々な私にそんな感情を持っていただけるなんて嬉し過ぎます。」
「こんな見苦しい私にそう言ってくれる君はやはり天使だったんだな。」
「何を仰っているんですか?」
「私の可愛い可愛い天使。」
ルーファス様は甘い顔で私に微笑んでくる。供給過多で最早毒だ。
ルーファス様は2年という月日の中で私を神格化してしまっているようだ。これは私よりこじらせている。
私もルーファス様を偶像のように思っていたが、天使とはさすがに度が過ぎている。ルーファス様の脳内の私と現実の私とのギャップが生じるのではないか心配になってきた。
急に機嫌が良くなったルーファス様は屋敷に戻り結婚式について話し合おうなんて言い出した。
確かに準備は必要だがこんな町娘のような格好で侯爵様にお会いすることはできないので日を改めたいと言うと仕立て屋に向かいドレスをその場で買われてしまった。
ドレスも天使だと思っているからかもちろん白いドレスだった。思い込みが激しいのかもしれない。
次回羽根まで用意されたらどうしようかと想像すると若干恐怖だ。
そのまま侯爵家に向かいルーファス様の部屋で何故かルーファス様の膝の上に座っている。
「ルーファス様座る場所はたくさんございます。手を離してください。」
非常に恥ずかしい。結婚式の相談はどうした!!
外では可愛らしい行動しかしないルーファス様だが二人きりになった途端大胆になる。私も学習した。これから二人きりになる場合は一定の距離を保たないと私の心臓がもたない!!
「ティターニアは可愛いな。天使はやはり重力とは無縁のようだな。」
ルーファス様の天使設定はまだ継続中のようだ。
そして話を聞いてくれ。離してくれ。顔が熱くて溶けそうだ。
「結婚式の相談をするのではないのですか!」
「デート後にするわけないだろう。こうして君を独り占めするための口実に決まっているいだろう。このくらい私の妹でも分かる嘘だよ?ティターニアは純粋過ぎる。」
だ、だまされた!!
そしてルーファス様の妹さんは私より5歳も下だ。
「私はルーファス様が初めての恋人なので知らなかっただけです!罠だ罠だ!」
「私だって君が初めてだよ。」
「そんなの嘘です!」
「君に嘘などつくわけないだろう。私の恋人は生涯君一人と決まっている。」
「………でも慣れているように見えます。」
「私はただ君としてみたいことをしているだけだ。君がよく行く書店の本は全て読んだと言ったろ?その本に書かれているような恋人同士になりたいのだ。だからこうして君としたいことは全てする。」
ルーファス様の恋愛教科書がアンナの小説だったとは…
アンナの書くラブストーリーは激甘だ。
あれは小説だからありえるのであって現実世界でされたら私は溶けてなくなってしまう。
ルーファス様の背後よ、ハートを飛ばすのは止めてくれ。
「それともティターニアはこうするのは嫌か?」
恥ずかしくて首を横に振るしかできなかった。
私が嫌がっているわけではないことが分かるとルーファス様は頭を撫でたり抱きしめてきたりやりたい放題だ。
そして肩口に頭を乗せてきた。
「ティナ大好きだよ。」
耳元でそれは反則だ。恋愛偏差値底辺の私は硬直するだけである。
◇◇◇
家に帰った私は夜何度も思い出しは悶絶し寝れない!と叫んだ。
朝方になりやっと眠れたが次の日の顔は貴族令嬢とは思えぬ顔だった。結婚したらあんな溺愛が毎日あって毎日こんなホラーマンガのような顔になるのではないかと今から不安になってくる。
正気を取り戻そうとアンナの店に行ったら、アンナは小説のネタになりそう!と言って事細かに事情聴取するものだからまた思い出してしまいどっと疲れた。
「ルーファス様もやるわね。私の妄想も相まって今なら良い小説がかけそうだわ!」
「それはなによりね。」
「あ、でもそれもルーファス様も読むのよね?ルーファス様に新しい扉を開いてもらうために少し刺激的にするのもいいかしら!」
「アンナ余計なこと考えないで!そんなのだめよ!
私のキャパを超えてる!」
アンナは完全に面白がっている。
ルーファス様がこれ以上彼氏スキルを習得してしまったら身が持たない!
もともと容姿端麗で私が好きな顔面なのに、それに加えて激甘モードは非常に危険だ!
私のレベルに合わせようとはしてくれないのか!
「ティナのこんな姿見たの初めてで面白いわ。」
「アンナ〜〜!!」
それでもアンナのお陰でこうしてルーファス様との仲も良好になったわけだし、そもそもアンナとこうして仲良くなっていなければルーファス様と婚約することもなかったと思うとアンナには感謝しかないのだ。
「今度アンナには激甘スイーツを持ってきてあげるから甘過ぎるのも良くないことを知るべきね!」
「楽しみにしてるわ。」
私は完全にアンナのおもちゃと化したのであった。
ルーファス様の屋敷でもメイドたちから生暖かい目で見られ、自分の家に帰ってもアメリアから愛は女性を美しくさせますねなんて言われるしで気が休まらなかったけどアンナに事細かに話す方が一番体力を使った。
ああ、帰ってもアメリアがマッサージ中にルーファス様に喜んでもらうために念入りにやらないと駄目ですとか言われるんだろうな。
まだルーファス様に肌をみせるなんてことしてないのに周りにはそういう目で見られるのがなんかやだ!
これが遅れてやってきた思春期ってやつ?
今日アンナから受けた恐怖体験をルーファス様への手紙に書こう…