何を始めるにもまずは形から
「惚れ薬とかティナ漫画の見すぎよ。」
「この世界に漫画なんてアンナが書いてくれた物しかないわよ。そしてその中にも惚れ薬なんて出てきてないわよ。」
「はいはい。本当にティナは突拍子もないことを言うわね。」
「だってルーファス様との関係を何とかしたいのよ〜。」
隠し事がなくなった私はルーファス様となかなか上手くいっていないことをよくアンナに相談するようになっていた。
「ルーファス様実は表情筋がないだけなんじゃない?」
「それはあるかもしれないけど口は付いてるんだから話ぐらいして欲しいわ。あー顔面は良いのに攻略難し過ぎでしょ。」
「ティナって男心とか分からなそうだもんね。」
「ちょっとアンナ酷い!」
「じゃあ恋愛したことあるの?」
「…無いけど。」
もう机に項垂れるしかない私を同情の目で見つめるアンナ。
アンナは恋愛小説を書くだけあって恋愛のいろはというのを熟知しているようで街ではモテモテだ。
「ちょっと待ってて」
そう言うとアンナは休憩室に行って何か持って戻ってきた。
「これティナにあげるわ。」
何やらジュースのようなものを渡された。
「なにこれ?」
匂いを嗅いでみるが匂いも別に普通だ。
「最近漫画みたいな世界に入ってみたいなんて思って作った薬よ。それを飲むと相手の背景が漫画みたいにきらきらしたりお花が咲いてみたりするのよ。あの無表情のルーファス様もそれがあれば気分くらいティナにも読み取れる様になるんじゃない?」
「大丈夫なのよね?」
「そんな魔力をたくさん込めたわけじゃないから安全よ。」
私は少し飲んでみた。そしたら味は普通にオレンジジュースで大丈夫そうだったので全部飲みほした。
するとさっきまでなかったアンナの後ろに応援してるとでも言いたげな旗のイラストがフリフリされている。地味に面白い。
「ふふ、なにこれ。アンナの背景に旗がふられてるんだけど。」
「ルーファス様との関係が良くなってほしいって思ってるのが即バレしてる。」
自分で薬を渡しておきながらアンナの背景について話すとアンナは背景を隠すように手を大きく振っているが、汗汗みたいなマークに変わっただけで背景が隠されることはなかった。
アンナって少し天然ぽいところがあるなとふと思い、こういうところがモテる要因なのかななんて勝手に分析していた。
「とにかくこれでルーファス様と少しでも仲良くなるといいわね。平和な結婚生活を望んでるってティナ言ってたものね。効果は3ヶ月続くから頑張って。」
「うん!ありがとう!政略結婚であっても平和に暮らせるくらいまでの関係になれる気がしてきた!」
俄然無敵だ!とやる気に満ち溢れてきて、早くあの無表情のルーファス様の背景を見てみたくなった。
本当に何も思ってなくて無表情になってるだけだったらどうしようかと不安にもなったが、試してみたいという気持ちの方が大きく久々にルーファス様に会うことが楽しみになった。
◇◇◇
アンナに薬をもらってから数週間経ち、周りの人たちの背景にも少し慣れてきた。
前々から我が家のメイドたちは親切だと思っていたが、やはりそれが背景にも現れていて黄色い光が優しく光っている。
信頼とかそういうのを現してくれてるのかな?
特に私付きのメイドであるアメリアはその光が強く出ていて嬉しくなった。
アメリアは私より5歳上でいつも私のことばかりで中々アメリア自身のことを疎かにしている節がある。制服を着てても分かるくらいスタイルが良くて綺麗な顔をしているのにアメリア自身の結婚はティターニア様がウィンチェスター侯爵家に行かれてから考えますなんて言い出す始末だ。
アメリアは美人というかなんというかエロい。男が放っておかないだろうと思うが本人にその気が全くないため何人の男たちが玉砕したのだろうと思うと申し訳なくなる。
「アメリアいつもありがとうね。」
私がご機嫌なのはきっとアメリアにはバレているだろうけど、それでアンナからもらった薬がバレてしまうのはまずいというのは分かっていても嬉しくていつも以上にアメリアに絡んでしまう。
そんな私の姿にアメリアは微笑み返してくれる。
「ティターニア様こそ私を側に置いてくださりありがとうございます。」
何かいい事があれば基本的に私はアメリアに自分から話す。
自分から話さないということは何か事情があるのだと思いアメリアから聞いてくることはない。その辺りからしてもアメリアは素敵な大人の女性だということが分かる。
「ルーファス様とのお茶会でお持ちする手土産は今回何にいたしましょうか?」
そう言えば昨日ルーファス様から今月のお茶会についてお手紙が届いていた。来週ウィンチェスター家に伺うことになった。
「うーん最近話題のお菓子とか知らない?」
正直ルーファス様は何を召し上がってもノーリアクションなので何をお持ちしたらいいのか毎回困るのだ。
リアクションが取れるように激辛の物でも持っていこうか。
それでもリアクションがなければルーファス様はサイコパスなんだと思う。
「フィナンシェはいかがでしょうか。バターチョコレートフィナンシェというのが美味しいと聞きました。メイドたちの間で話題になっていて食べてみたいと皆言っておりました。」
「それは良いわね。ではそのバターチョコレートフィナンシェというのを来週持っていきたいので、アメリア用意しておいて。」
「かしこまりました。」
婚約したての頃はルーファス様に喜んでいただきたいと思い自分で街へ行きあれこれ悩んだこともあった。
アイドルへの差し入れをしている様な感覚だったが、一向にファンサしてくれないんだもの選びがいがなくてやめた。
◇◇◇
そしてルーファス様とのお茶会の日がやってきた。
私の髪はミルクティーのような色で瞳は茶色とごく普通の見た目のためあまり奇抜な色のドレスを着てはドレス負けしてしまいそうだと思い、いつも淡い色のドレスを着てしまう。
そして胸もないためふわふわとしたドレスで胸の無さを隠そうと必死だ。
「よく来てくれたティターニア。」
そう言って出迎えてくれたルーファス様を見て私は絶句してしまった。
「…………!
ルーファス様お会い出来て嬉しいです。今日はバターチョコレートフィナンシェというのをお持ちしました。今話題のお菓子だそうで。」
「そうか。ではありがたく頂こう。」
こんなにもクールにすました顔をしているのになんとルーファス様の背景がかわいいお花でいっぱいなのだ。
え?ルーファス様?どういうこと?笑
表情と合わなすぎて爆笑したいのを必死で堪えていた。
脳内お花畑なの?笑
それともマリアが作ってくれた薬のバグか何かかしら?笑
もうこりゃ明日にでもマリアのところへ行ってルーファス様が実は脳内お花畑だったことを言いたくて仕方ない。
いつもだったらルーファス様の綺麗な顔面を見て、やっぱり顔面最強だわぁ眼福〜って眺めてしばらくしたらそれにしても暇だなとなるのに今日は全くならない。
お茶会が始まって最初はかわいいお花がいっぱいだったのにそのうちまた背景が変わって汗汗みたいなのになったり、黒い雲が現れたり、またお花が飛んでたりルーファス様の背景はそりゃもう大忙しだった。
それを眺めて次は何がくるのか面白くて口を結んでいないと吹き出してしまいそうで辛かった。
たぶん結構な頻度でニヤついていたけどルーファス様は私の顔を一度も見ていなかったのでバレてないはず。
今回は尿意の心配ではなく吹き出してしまう心配がありなかなかお茶を飲めなかった。今日用意してくださったのはハーブの香りがして爽やかなお茶だった。でも背景が気になり過ぎてお茶を楽しむ余裕なんてなかった。
そして私は吹き出さずにお茶会を終えることができた。
いつも以上に疲れたが、何だかやりきった感があり清々しい気分だ。
「それ本当にルーファス様?」
「本当なんだってば!もう腹がよじれるかと思ったわ。」
次の日さっそくアンナの店に行ってルーファス様の背景について報告した。もちろん何度も吹き出しながら。
「本当ならそれはもう笑い転げるわね。私ならお茶吹き出してしまうわ。」
「でしょう?昨日は大変だったおかげで夜ぐっすり寝れたわ。」
家ではこんなに爆笑することもできないから、アンナの店で二人して思う存分笑った。
そんな姿を見られていたとは知らずに。
◇◇◇
ルーファス様とお茶会をした翌週フィリップ殿下の誕生日パーティーの招待状が届いていた。もちろんルーファス様と二人で参加するようにとのことだった。
あの七変化する背景とダンスをすることになったらダンスに集中できなくて足を踏んでしまわないか心配になる。
それでもどんな背景が出てくるかは少し楽しみである。
パーティーに参加するドレスについて話したいということで今日ルーファス様がヴィリアーズ家に寄ってくれるらしい。
ルーファス様からドレスを送ってもらったことはないが、一応色を合わせたりはするのでそれについてだろう。
「ルーファス様ようこそいらっしゃいました。お忙しい中お立ち寄りいただきありがとうございます。」
今日もルーファス様の背景はかわいいお花がいっぱいだ。
ルンルンとでも書いてあるような背景で、もしかしてこの世界は腐女子向けのゲームか何かでルーファス様は実はヒロインなのでは?と一瞬あらぬ考えが出てきてしまった。
「いやこちらこそ急に伺ったのにありがとう。
そして来て早々すまないがお手洗いをかしてもらえないか?
この後また仕事があってな。」
そう言ってルーファス様はアメリアに君案内してくれないかと言い、私は応接間で待っていてくれと言われた。
ルーファス様は侯爵家の跡取りとして一部の領地を任されており確かに多忙な方である。あ、あと脳内も多忙だった。
本当は少しお茶でもと思い用意していたんだが、もしかするとそんなにゆっくりできる時間はないかもしれない。
せっかく来てくださったのに何もおもてなし出来ないというのは失礼だからお菓子を包んで小腹が空いた時にでも食べていただこう。
そう思い厨房へ行きお菓子を包んで貰うようお願いに行った。
その帰り私は目を疑うようなところを見てしまった。
何やらルーファス様とアメリアが話しているのだが、ルーファス様の背景がお花全開で私のツボである小さいお耳を赤くしながら口元を抑えていた。
一方でアメリアの背景はいつも通り優しい光の背景でルーファス様を優しい表情で見ていた。
まあルーファス様もあの綺麗な顔面を除けばただの20歳の男子なわけでアメリアのような女性に憧れを抱くのは仕方ないことだろう。この世界で私はルーファス様より二つ年下だが、前世では32歳であの世を去ったから20歳のルーファス様が動揺している姿はただかわいい少年にしか見えないのである。
ルーファス様もそんなところあるんだと思いながら応接間でルーファス様を待つ。
待つ間ふといい考えが浮かんだ。
ルーファス様もやっぱりエロい女性がタイプらしいから次のパーティーで私もイメチェンしてみようかしら!
いつも無い胸を隠すようなふわふわした格好ばかりで、更に顔まで童顔だったものだからルーファス様的には女性として見れなかっただけかもしれないわ!
そんなことを考えているうちにルーファス様が戻ってきた。
「待てせてしまいすまなかった。」
「いえ!ルーファス様今回私紺色のドレスにしますわ。」
「え…。そ、そうか。では私も君に合うような格好で行くようにする。」
私がいつもとは違う系統の色を言ったから驚いたのだろうか?背景のお花が消えしゅんとした背景に変わってしまった。
不思議に思ったが仕事が忙しいようで包んだお菓子を渡したらすぐに帰ってしまった。
しかしルーファス様!がっかりはさせませんよ!
ルーファス様好みの女性になってみせましょう!
三週間後に控えたパーティーのために私は仕立て屋を呼んだ。
そしてある極秘任務を任せることにした。
「今回は紺色でボディラインを強調するようなドレスにしたいの。」
「かしこまりました。」
「でも露出はせず、首元までレースがくるようなものにしてちょうだい。」
「はい。」
「……あと、胸に詰め物をして大きくみえるようにして欲しいの……。」
こんなことバレたら恥ずかしくて今世でも引きこもりになってしまうかもしれない。
でも私は必死だ!前世ではヌーブラがあったが、この世界には無いようで特注で作ってもらう。
理想はアメリアのようなふっくらとした胸でとお願いしたらアメリアが隣で顔を赤くしていた。
そして出来上がったヌーブラとドレスは見事だった。
確認のため着てみたが、一見本物の胸のような形でこりゃあルーファス様も釘付けになること間違いない。
今までふわふわしたドレスでこの魅惑のボディを隠していましたという設定だ。完璧だ。
ドレスを脱げばアイスの棒のようなスタイルの私だが、後々結婚してバレてもその時ラブラブになっていたら許してくれると信じている。