駆け出し冒険者メリー
フェルニゲシュ鉱山ダンジョンを抜けて、まっすぐにトロニエ城まで戻る。
やがて日が西の空に沈みゆく頃、僕らはトロニエ城下町までたどり着いた。
さすがにメリュジーヌさんも『奴隷ごっこ』を中断し、衣服を最初に纏ったメイド服に戻していた。
ビアンカから降りた僕は、冒険者ギルド・トロニエ支部の門をくぐった。
「お帰り、ジャック〜! 絶対成功するって信じてた!」
ギルドに戻った僕らを出迎えてくれたのは、顔馴染みの受付嬢であるアンナさんだ。
「アンナさん、遅くなりました。搬入口まで水晶を持って行きますので、鑑定士の方に見せてきてもいいですか?」
「うんうん! 鑑定士のアルベルトさんに声をかけておくから、搬入口でジャックが回収したものを見てもらって!」
「わかりました。それじゃビアンカ。今載せた分を搬入口まで持っていくよ」
「ワウ!」
ビアンカにアイテムボックスから出した水晶を背負わせ、お金に換えるべく準備を進める。
しかし、ウキウキしていたアンナさんの視線が、僕の後ろにいたメリュジーヌさんの方を向いた。
「……で、その女の人、誰?」
やっぱりそうなるよな……。
ただでさえも滅多にいない龍人である上に、なぜか王侯貴族の侍女みたいなメイド服を着ているんだから、驚かれるのも当然だ。
現にさっきから、ギルドのあちこちからメリュジーヌさんに奇異の視線が注がれてるし……。
「はじめまして、ギルドの受付嬢さん。アタシはメリ—」
「め、メイドのメリーさんです! どうやら黒竜フェルニゲシュに仕えていたメイドの龍人だったらしいんですが、クビになったらしくって……」
メリュジーヌさんが本名を言いそうになったため、慌てて偽名で紹介する。
「メリー……そう、メリーよ。いい名前よね〜」
なぜかメリュジーヌさんは、僕がとっさに紹介した偽名に満足そうだ。
何かのはずみに『蒼き流れ星』と呼ばれた龍人という正体をバラさないでほしいんだけどな……。
「あの黒竜フェルニゲシュが同族の龍人をメイドに……? そんなことってあるのかしら……?」
アンナさんは、伝説のフェルニゲシュらしからぬ話に首を傾げる。
この地に古くから住まうフェルニゲシュは、同サイズのドラゴンが千体束になっても勝てないといわれる、最強の竜のひとつだ。
人間の文化をも愛しており、鉱山を登っていった先にある巨大な城に住んでいると言われている。
「ま、まあフェルニゲシュも変わり者のようですし、もしかすると同族を召使いにしてみたくなったのでしょうか?」
僕はとぼけた態度をとりながら、それらしい話をする。
「でもアイツ、アタシみたいな同族なんて働かせるのかしらね?」
ごまかそうとしているのに、メリュジーヌさんは思わぬところで本音を出す。
「え? それってどういう……」
「あ、え〜と……どうやら同族のメリーさんを雇ったまではいいものの、思ったより役に立たなかったとかなんとか……」
僕はとっさにごまかしながらも、自分で言っててピエール様の勇者パーティを除名されたことを思い出した。
そんな僕を見ながら、メリュジーヌさんはそっと俯いた。
「うん……そうよね。上手くいかないからって、簡単に捨てられるなんて許せないわよね……」
メリュジーヌさんの主張は、僕の嘘に乗って出た言葉ではなく、僕の境遇に対する感想だとすぐにわかった。
嘘をつけない龍人だからこそ、その言葉はストレートな響きを持っている。
「そっか……メリーちゃんもジャックと同様に苦労してたんだ……!」
しかし、アンナさんにはそんな態度が有効だったらしく、涙を流しながらメリュジーヌさんの手を握った。
「メリーちゃん! もしよかったら、冒険者になってみようよ! ジャックもいることだし、きっとメリーちゃんにもできることが見つかるよ!」
突然アンナさんは、メリュ……メリーさんにも冒険者になることを薦めてくる。
ピエール様の勇者パーティと違い、冒険者を「他に生き方を知らぬ者が就く賎業」という偏見で見ていないからこそ出てくる判断だ。
もちろん、そうでもなければギルドの職員として働いてはいないだろう。
「へえ……冒険者ギルドね。それで思いついたんだけど、もしアタシが冒険者になった場合、ここにいるジャックとパーティを組むことができるかしら?」
なるほど……確かにメリュジーヌさんが冒険者になれば、僕と一緒に行動していても何の不思議もない。
「ま、まあできるけど……初めて登録する場合、あれこれと手続きを踏む必要があるから、その分時間がかかるよ。もう日が暮れちゃったし、正式な登録は明日からになるけど、それでもいい?」
「それぐらい構わないわ。それで、手続きはどこですればいいのかしら?」
「う、うん。それじゃここの書類と、この『ボードカード』に名前と必要事項を書いて提出して」
アンナさんが提示した書類とボードカード、筆記用の羽ペンを見ながら、メリュジーヌさんが困ったような表情をしている。
これって、もしかして……。
「ねえジャック、代わりにこの書類書いてくれない?」
予想していた通り、メリュジーヌさんは読み書きができなかった。
結局、僕がメリュジーヌさん……じゃなくて龍人のメリーさんの代筆を行うことになった。
「名前はメリー。種族は龍人。年齢は401歳。出身国はドゥエイル王国のリュジニャン市……でいいでしょうか?」
僕は他の冒険者の代筆を行うことと、パーティの金勘定を行うことには慣れている。
冒険者になる人間には、必然的に庶民が多い。当然だが、読み書き計算ができない人も多いわけだ。
そのため、読み書き計算ができる人は、皆の代筆、書簡の作成、依頼書などの解説、金勘定など、事務仕事を行う役割として重宝される。
そのような役割を担う冒険者を『物書き係』という。
「ええ、それでいいわよ」
メリュジーヌさんは僕に話を合わせてくれているが、些細なことからボロが出ないか不安になってしまう。
「で、ここにジャックが名前を書いてくれたから、メリーちゃんがボードカードを持って。それで、これがメリーちゃんの魔力の波長を覚えて、他の人がこれを悪用できないようにするからね!」
メリーという名前が刻まれた石板を見て、メリュジーヌさんは嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふん、アタシはメリー。ジャックの仲間になる龍人のメリーよ……」
確かに一緒にいても不自然ではなくなったけれど、そんなに冒険者になれたことが嬉しかったんだろうか?
「それじゃ、後の作業はギルドに任せておいてね。明日にはメリーちゃんが正式に登録されて、仕事も受けられるようになるからね!」
その後、僕らは城下町にある宿屋の一室に泊まった。
よく考えたら、ピエール様のパーティでもマグナさんとチャチャさんは別室だったから、女性と一緒の部屋に泊まるのは初めてだ。
「……ねえジャック。なんでアンタ、わざわざそんなところに座ってるのよ?」
僕はベッドで寝転がっているメリュジーヌさんの前に、ミニテーブルとスツールを持ってきて座っている。
そして、ビアンカが僕の足元からメリュジーヌさんを睨みつけている。
「……メリュジーヌさんこそ、なんで服を脱いでるんですか?」
なぜかというと、メリュジーヌさんは『エーテル・クロース』が形作るメイド服を解いて、封印が解かれたばかりと同様、一糸まとわぬ姿でベッドに寝転がっているからだ。
「ああ、どうもエーテル・クロースの材質はアタシには不便でさ。必要ないときは脱いでおこうかなって。寝るとき邪魔でしょ」
「僕もいるのに脱いじゃダメですよ! 僕だって一応男なんですから……」
「かたいこと言わないの。アンタはまだ子供なんだから、アタシと一緒にお風呂に入っても問題ないって」
「問題大ありですよ!」
何かの間違いでこの現場を見られたら、絶対メリュジーヌさんと大人の関係になったって勘違いされる。
「それじゃ、メリュジーヌさん。明日正式な登録を完了したら、別のダンジョンで腕慣らしに行ってみませんか?」
「いいけど……フェルニゲシュのとこじゃなくていいの?」
「あそこには、検問でメリュジーヌさんを保護した奴隷として紹介してしまいましたから……。もし冒険者として戻った場合、嘘がバレてしまいかねないですし」
僕は地図を広げて、このミドガルド帝国周辺のダンジョンを指差していく。
「危険じゃないダンジョンなら、エルフの国タゥルゥグの鱗森ダンジョンか、ドワーフの国ジラクの真銀洞窟ダンジョンが候補です」
どちらも人間の国ではないため、人間の出入りがさほど激しくない。
また、表層ならそれほど危険でもないため、駆け出しの冒険者が活動していてもおかしくないだろう。
「ま、アタシがいれば多少の危険は平気よ。アンタのことを守ってあげるから、安心して身の程知らずな夢へと進みなさい」
そう。メリュジーヌさんに打ち明けた、冒険者でも最高ランクの『玉級』に昇格し、やがてはギルドの運営に入る。
その立場を活かした発言力で、各国から冒険者ギルドへの支援を取り付ける。
そんな身の程知らずな夢を叶えるためには、更なる功績をあげ続ける必要がある。
「もちろんです。……それで、僕としては、ジラクの方がいいんですが……」
「別にいいけど、なんで?」
「実は、以前から僕の持っているマギ・ピストルを、ジラクに住んでいる顔馴染みのドワーフに見せたかったんです。……それともう一つ、ジラクでの用事を終えたら、そのまま隣のドゥエイル王国まで行きたいですから」
ドゥエイルに戻るという話に、メリュジーヌさんが口元に手を当てて考え込んでいる。
かつて『蒼き流れ星』と呼ばれていた頃のこともあるから、複雑なものもあるんだろう。
「どうして、わざわざあの勇者のいたドゥエイルに戻るわけ?」
「僕はドゥエイル勇者パーティを除名されましたから、ドゥエイル王国まで戻って王女殿下に挨拶をしておきたいんです。もしかしたらピエール様から報告が行っているかもしれませんが、王女殿下には勇者パーティに入る前、色々とお世話になってますから……」
王女殿下には、僕が勇者パーティに入るより以前からお世話になっていた。
お忍びで王都デュランダルの城下町を訪れていた殿下は、当時子供ながらに名を上げていた僕にお声をかけてくださった。
そして、殿下に頼まれた仕事を引き受けたことで、ピエール様のパーティともつながりを持つことができるようになった。
「ああ、あのいけ好かない腹黒女……」
確か、メリュジーヌさんが瓶の中から見ていたのだとすれば、殿下のことも知っているはずだ。
でも、なんで殿下を嫌っているんだろう?
「……あの、メリュジーヌさん。間違っても王女殿下に喧嘩を売ろうなんて考えないでくださいね。最悪、僕も不敬罪で投獄されちゃいますよ」
嘘のつけないメリュジーヌさんだから、いきなり殿下に暴言を吐いたりしないか心配だ。
「わかってるわよ。フェルニゲシュのダンジョンを抜けたときと同様に、あのお姫様の前では黙ってることにするから」
とか言って、何かのはずみに食ってかからないだろうか?
「ま、とりあえず今日はもう遅いから寝なさい。ホラ、こっち」
そう言いながら、メリュジーヌさんはベッドの上で両腕を伸ばす。
まるで、僕に懐へ入ってこいと言っているかのようだ。
「だから一緒には寝られませんって! 横に寝袋を持ってきますから!」
テーブルと椅子を片付けて、寝袋を持ってくる。
そして昔からそうしているように、ビアンカを脇に寝かせる。
「つまんないわね。別に食べちゃおうってわけでもないのに」
メリュジーヌさんは、ベッドの上から残念そうに顔をのぞかせている。
僕は聞こえないふりをして、きめ細やかな肌から目を逸らした。
でも、メリュジーヌさんと一緒にいると、なぜかすごく居心地がいい。
もし母さんと一緒に暮らせていたら、きっとこれぐらい暖かかったんじゃないかと考えてしまう。
それにしても、母さんは一体どんな人だったんだろう?
かつてメリュジーヌさんを倒した冒険者ということはわかったんだけど……。
「おやすみなさい、ジャック」
メリュジーヌさんは耳元でそっとささやきかけて、ベッドへと引っ込んだ。
「ガウ!」
顔を近づけたメリュジーヌさんに、なぜかビアンカが吠えた。
「お、おやすみなさい」
僕は挨拶を終えると、押し寄せる疲れに身を委ねる。
せわしないことがありすぎて、今更ながら疲れが出てしまったらしい。
でも、この疲れこそがメリュジーヌさんとの出会いと、僕の夢が始まった証でもある。
これから歩む夢に思いを馳せながら、まどろみへと落ちていった。