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奴隷のお姉さん

 僕はドラゴンのペルーダに追い詰められた際、瓶の中に封印されていた龍人のメリュジーヌさんを呼び覚まし、命を助けられた。

 そして冒険者ギルドの依頼である水晶の回収を終えると、フェルニゲシュ鉱山ダンジョンを出る準備を整える。


「これだけ集まれば、きっとジャックも銀級シルバーに早く戻れるかもね」


「ええ。なにせ最終的に目指しているのは玉級クリスタルですから。もとのランクに戻れないようじゃ、僕の目指している夢のスタートにも立てませんよ」


 僕は、メリュジーヌさんと出会ったことで、前から考えていた夢を叶えるという目標ができた。


 現在、冒険者という仕事は、世間から『他に生き方を知らない者がつく賎業』と見られている。

 そのような『卑しい』という固定観念があったからこそ、僕はピエール様のドゥエイル王国勇者パーティを除名された。

 そんな冒険者への偏見を変えるべく、冒険者ギルドの最上位クラスである玉級にのし上がり、更にあわよくばギルドの運営に加わり、各国に対して冒険者への支援などの厚遇を取り付けたいと思っている。


「しっかしコイツ、ほんといろんな仕事をこなすのね。ジャックの道具を預かったり、ジャックを乗せたり……」


 メリュジーヌさんは、ビアンカを見ながら感心している。

 ビアンカの方は、まだ不満そうに唸っている。


「メリュジーヌさんも瓶の中から見てたかもしれませんけど、ビアンカはすごく出来がよくって……」


 ビアンカとは、僕が冒険者になったばかりの頃に出会った。

 魔物用の罠にかかって身動きとれなくなっていたため、すぐに助けて怪我の治療をした。

 それ以来、とても懐かれてしまい、一緒についてきた。

 その後、ビアンカが自然と仕事に協力してくれるようになって、僕からも猟犬に仕込むような芸を教え、今に至る。


「そういえば、メリュジーヌさん。ダンジョンを出るとき、検問でちょっとめんどくさいことになると思うんですけど……」


「なんでめんどくさいことになるのよ?」


「いや、一人でダンジョンに入っていった僕が、帰ってきたときには身元不明の女性を連れているとなったら、説明を求められると思うんですよね。でも、メリュジーヌさんが復活したことがバレたら……」


 もし過去にドゥエイル王国を騒がせたメリュジーヌさんが復活したとなっては、世間はいい顔はしないだろう。

 僕が生まれる前だからって、けっこう記憶に新しい。

 特にエルフやドワーフといった寿命の長い種族は、当時のことを鮮明に覚えている人も多いはずだ。


「因縁ふっかけてくる奴らは、ことごとく叩きのめしてやればいいんじゃない?」


「ダメですよ! 無闇な争いなんて繰り返していたら、ギルドで出世していくという夢が台無しになっちゃうでしょ!」


 ひょっとしたら、メリュジーヌさんはかつての乱暴者の気質が全く抜けていないのかもしれない。


「……まあ、ご主人様のご命令とあっては仕方ないわね。それじゃ、アタシはしばらく素性を隠しておいた方がいいかしら?……とはいっても、龍は人間と違って、嘘をつけるほど器用でもないのよね」


 龍人とは、かつて龍がかくありたいと願い、人の姿を得たのが始まりと言われている。

 たとえ姿形は人だとしても、思考や価値観は龍のそれに近い。

 嘘をつけないというのも、龍のもともとの気質だ。


「それでは、メリュジーヌさんは検問についても、何もしゃべらないでください。僕がもっともらしい嘘をついて、ミドガルドの兵に引き渡されないように手配しますから」


 こういう偽装の類はやったことがないから、かなり不安だ。

 特に、メリュジーヌさんが僕の使い魔であることを誤魔化すのは、優れた魔術師に調べられたら誤魔化しようがない。


「何ジロジロ見てるの?」


「あ、いや、そのメイド服……」


 今メリュジーヌさんが着ているメイド服……。

 どこかの屋敷の使用人がダンジョンにいる時点で不自然なのに、そのような人物が身元を確認できないとあっては更に怪しまれる。


「ああ、これ別にメイド服だけじゃないから」


 そう言うとメリュジーヌさんは、魔力が形作る服を纏う『エーテル・クロース』を解除する。

 一糸まとわぬ女神像のごとく裸体が、一瞬目の前に晒された。


「わわっ!」


「いちいち目をそらさなくていいから。ホラ、これ」


 目を開くと、メリュジーヌさんはさっきのメイド服とは違い、ボロボロの粗末な衣服を着ていた。

 更に手足と首にはシンプルな黒い拘束具もついていて、芸が細かい。


「どう? いかにも奴隷って感じでしょ。この服装をもとに、ジャックが嘘で誤魔化してくれる?」


 粗末な服装といえど、むしろメリュジーヌさんのしなやかな身体つきをよりいっそう引き立てる。


「あら? この服もお気に召したようね。このまま本当にジャックの奴隷になっちゃおうかしら?」


 見惚れていたことに気づかれたようで、僕はますます顔が熱くなってしまう。


「そ、それじゃあ僕がそれらしい話をでっち上げますから、メリュジーヌさんは何も言わないでくださいね!」


 そんな話をしながら、僕らはダンジョン前の検問にさしかかった。


「ジャック、久しぶりの仕事は上手くいったみたいだね」


「……ところで、その女性は? どうやら龍人みたいだけど……」


 やはり、ダンジョンに入っていったときにはいなかった人がいる……しかも龍人であれば、なおさら目をひくだろう。

 チラリとメリュジーヌさんの方を見ると、無言で立ち尽くしている。

 全部僕に任せるということだろうか。


「……じ、実はダンジョンの中を探索していたところ、この人が倒れていたんです。どうやら、どこかの盗賊に奴隷として買われて、ダンジョンまで連れてこられたみたいで……」


 僕は、ここに来るまでの間に考えていた作り話で誤魔化す。


「あ、どうやらこの人、精神的なショックを受けて喋れないみたいでして……。ところで、この人の身元を確認したいので、このまま冒険者ギルドまで連れていってもいいでしょうか?」


 説明している最中に、メリュジーヌさんは無言で僕に抱きついてくる。

 その表情を見ていると、からかわれていることがよくわかった。


 衛兵のお二人は顔を見合わせていたが、どうやら納得してくれたらしい。


「まあ、冒険者としても評判のいいジャックだ。君に任せておけば心配ないだろう」


「それじゃ、その人のことは任せたよ。まあ、龍人なんてそうそういるものじゃないから、すぐに身元が判明するだろう」


「ありがとうございます。それではこれで!」


 なんとか検問を抜け、メリュジーヌさんとビアンカと一緒に町まで戻る。


「そうだ、ジャック。帰りはアタシがビアンカに乗っていい?」


 そう言いながらメリュジーヌさんが触れると、ビアンカは激しく吠える。


「何よ、そんなに怒らなくたって!」


「それはダメですよ。ビアンカは僕の言うことしか聞かないんですから」


 そうでなくても、ビアンカはメリュジーヌさんのことを嫌っている。

 乗ろうとしたら、怒って当然だろう。


「しょうがないわね。それじゃジャックが乗りなさい」


 メリュジーヌさんに導かれるまま、ビアンカの鞍に跨る。


「それで、コレを持ちなさい」


「はい。……え?」


 気がつくと、僕はメリュジーヌさんの首輪から伸びる鎖を掴んでいた。


「あの……メリュジーヌさん。これはどういうことでしょう?」


「見ての通り、ジャックの奴隷として手綱を握ってもらってるんだけど」


 まだその話続いてたの?


「やめましょうよ、こういうの! 僕が女性を従えて連れ回してる光景を見られたら、冒険者がまた悪い目で見られますから!」


 ただでさえも、僕が生まれて間もない頃に起きた事件のこともあるのに、こんな光景を見られたらまずい。


「ジャックってすごくいい子ね。でも……奴隷が逃げるかもしれないのに、自由に歩かせてるなんて、それこそ怪しまれるんじゃない?」


「そ、そうかもしれないですけど……」


「それじゃ、アタシが怪しまれないように、しっかり奴隷扱いしてもらわないとね。ホラ、ご主人様。早く帰らないと日が暮れちゃうわよ」


 メリュジーヌさんって、封印されたことに怒ってるはずなのに、僕の使い魔になったこと自体は楽しんでるような気がするな……。


 結局、僕は他の冒険者に見られないことを祈りながら、メリュジーヌさんの鎖を握ったまま帰るのだった。

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