やりたいこと
「め、メリュジーヌって確か……」
僕を助けてくれた女性の名前を聞いて、ドゥエイルで聞いた昔話が思い浮かんだ。
かつて、僕が生まれる前のドゥエイル王国で、乱暴者の龍人メリュジーヌが勝手気ままに暴れていた。
しかし、その噂を聞いてやってきた冒険者に敗れ、改心して家来になったのだという。
「そうよ。その乱暴者のメリュジーヌ。……でも、ジャックが聞いてる物語とは相違点があるわ」
得意げだったメリュジーヌさんの顔つきが、段々と険しいものになっていく。
「あのアバズレ、誰が家来になったって!? アタシを無理矢理せまい瓶の中に封印しておいて、世間様にはメリュジーヌが謝って家来にしてくれって頼んだなんて吹聴しまくった英雄譚は、さぞかし自尊心をくすぐったでしょうね!!」
怒り狂うメリュジーヌさんは、文字通り火を吹きながら自分を封印した誰かへの怒りを喚き散らす。
「で、でもメリュジーヌさんは、封印された後のことを知ってるんですか?」
僕からの問いに、メリュジーヌさんはバツが悪そうに頭をかいた。
「……ええ、そうよ。瓶に封印されている間も、アンタの胸元から外の様子はちゃんと見えていたから。赤ちゃんだったアンタが大きくなるまで、龍人からしてみればあっという間だったけど」
そっか……。
メリュジーヌさんが、僕をずっと見守っていてくれたんだ。
「だとすれば、メリュジーヌさんを封印していた人って……」
「察しがいいわね。そう、ジャックのお母さんよ」
やっぱりそうだったのか……。
それを聞いて、僕は微かな記憶しか残っていない母さんのことが気になった。
「あ、あの、母さんってどんな……」
「あー、ごめん。アンタのお母さんがどんな人なのかってことは、アイツから口止めされてるのよ。ジャックに訊かれても絶対答えるなって」
そんなに母さんは、自分の素性を知られたくないってことか?
「これ、見てちょうだい」
メリュジーヌさんは、左手の甲に刻まれた紋様を見せる。
「あ、これって……」
それは、僕の左手に刻まれたものと同じ、円を描く蛇と星の印章だ。
「この印は、ジャックのお母さんに封印された後、アイツの使い魔として刻まれたものよ。そして、アタシの所有権は息子であるジャックに譲渡された。……つまり、アタシはアンタの使い魔として、いうことを聞かなきゃならないってわけ」
なんという話だろう。伝説のメリュジーヌが母さんの知り合いで、僕が赤ちゃんのときから使い魔となっていたなんて……。
「というわけでご主人様。アタシが何でも願いを叶えてあげる。アタシの魔法で大金持ちにしてあげようかしら? なんならこの体を好きにしてみる? それとも……」
「わわっ」
メイド服ごしに強調された乳房を直視しないよう、自分の目を塞いでみせる。
「……ジャックを追い出した、あの勇者達を殺してあげようかしら?」
メリュジーヌさんは舌なめずりしながら、楽しそうに微笑む。
「……ぴ、ピエール様に?」
「そうよ。アタシも瓶の中から見てたけど、あのバカガキと愉快な仲間達には腹が立ってたから。ジャックが憎いあいつらを殺せって命じれば、すぐに皆殺しにしてきてあげる。……どう?」
僕は恐ろしい話に震えながら、メリュジーヌさんの実力を測るため、鑑定の魔法『ステータス・アナライズ』を起動する。
メリュジーヌ
* 種族:龍人
* 年齢:401歳
* 生命力:88(7600)
* 精神力:48(490)
* 持久力:80(800)
* 筋力:72
* 器用:32
* 耐久力:84
* 知力:68
* 信心:48
* 機動力:78
* 運:20
備考:使い魔(所有者:ジャック・オーウェル)
勇者パーティの一員だったとき、何度かピエール様や他のメンバーの実力を盗み見したことはあるが、メリュジーヌさんの能力は彼らを上回っている。
でも、たとえ勝てるとしても……。
「だ、ダメです!」
勇者パーティを追い出され、冒険者という仕事を卑しいと罵られたことが、悔しくないかといえば嘘になる。
だからといって、そんな理由で殺しに行くのは間違っている。
僕が断ったことに、メリュジーヌさんは不満そうな顔をしている。
「……へえ、せっかくこのメリュジーヌが味方になったのに、復讐しに行かないなんてもったいなくないかしら?」
「勇者パーティを憎んでいる暇があったら、他にやらなければならないことがいくらでもありますから。……というより、そんなことよりも大事な、叶えたい夢があるんです」
「夢……?」
いぶかしげに首を傾げるメリュジーヌさんに、僕はアイテムボックスから取り出したスクロールを渡す。
「これは?」
「……魔王軍との戦いの最中に入手した、名もなき魔王の内部文書です。ここには、魔王軍の冒険者との付き合い方について、今後の方針が書かれた提案が記されています」
この文書には、要約すると以下のようなことが記されている。
現在、各国に拠点を持つ冒険者ギルドは、我が魔王軍にとっても無視できない勢力であるといえる。
特に、冒険者が勇者連合側の国、または勇者から依頼を請け負った場合、魔王軍にとって直接の脅威となりうる。
しかし、冒険者ギルドは歴史の長い組織であるため、魔王側、または魔王の同盟国においても、不可侵の組織として運営を維持している。
もし、そのような冒険者を我が軍の戦力として活用することができれば、魔王軍の戦況はよい方向に傾くだろう。
そのため、魔王軍もまた冒険者ギルドを積極的に活用し、冒険者に我が軍が担う活動の一部を委託すべきであると進言する。
これを実現するためには、我らが勢力内における冒険者の保護と、冒険者ギルドという組織への継続的な支援が必要不可欠である。
魔王様には、どうか上記の事柄を検討していただきたく、国内の冒険者と冒険者ギルドへの支援をお願い申し上げる。
エリッヒ・フォン・ヒンメルバルト
「もしここに書かれていることが正しければ、魔王軍の側に冒険者の厚遇を望む勢力がいる……ということになります」
しばらく僕の説明を聞いていたメリュジーヌさんは、とんでもない話を聞いてしまったかのように慌て出した。
「ちょ、ちょっと待った! アンタ、あの勇者にムカついたからって、魔王軍に寝返ろうって考えてないでしょうね!? そんなことしたら、今いる国からも追われる身になるわよ!」
「そうではありません。この文書に記された冒険者への厚遇を、他の国でも実現できないか……ということです」
それを聞いて、メリュジーヌさんはハッとしたような顔をした。
「そっか……! アンタ、やっぱり頭いいわね!」
「そ、そうでしょうか……? うぅ〜ん……」
もし僕が本当に賢かったら、そもそもピエール様のパーティを除名なんかされていない。
だいたい、この冒険者への待遇をよくする提案も、しょせんは魔王軍のアイディアを盗用したものにすぎない。
「……そして、この案を冒険者ギルドだけではなく、勇者連合に所属する国に通すためには、冒険者の発言力を今以上に高める必要があります」
確かに冒険者ギルドは、今現在でも各国への大きな影響力がある。
しかし、社会全体からの評判は、ロンドさんも言っていたように「他に生き方を知らぬ者がつく賎業」というものだ。
でも、それは偏見に過ぎないと僕は思う。
なぜなら、冒険者には長い歴史の中で培われた知識と技能、さらに他にはないシステムがあるからだ。
「だから……僕は冒険者として最高ランクの『玉級』まで上り詰め、もし可能ならギルドの運営に加わりたいんです。……メリュジーヌさん、こんな身の程知らずな願いを叶えてくれますか?」
僕はメリュジーヌさんの力を借りるべく、この人に印が刻まれた左手を差し出す。
その手に、同じく印が刻まれたメリュジーヌさんの左手が触れ、お互いの印が輝いた。
「……いいわ、ジャック。アンタの身の程知らずな願いを叶えるために、このメリュジーヌがついていてあげる。アンタが夢を諦めるか、アタシのことを『もういらない』って宣言するまでは、この使い魔契約は有効よ」
首から提げたままの水晶の瓶が、淡い輝きを帯びる。
この誓いをきっかけに、僕とメリュジーヌさんの主従関係は完成した。
「……ありがとうございます、メリュジーヌさん!」
しかし、僕は決してメリュジーヌさんを捨てたりはしないだろう。
追い出される側の辛さは、ピエール様のパーティでよく知っている。
何より、メリュジーヌさんは優しく頼もしい。
こんな素晴らしい人を捨てたりしたら、しっぺ返しが待っているだろう。
『ワンワン!』
やがて、水晶の柱の向こうから、ビアンカの鳴き声が聞こえてきた。
「ビアンカ!」
柱の陰からビアンカが走ってきた。
さっきは気づかなかったけど、どうやらそこに抜け道があったらしい。
「よしよし、怪我はないみたいだね」
ビアンカはふさふさの尻尾を揺らしている。
きっと、あれから一直線に僕を追いかけてきたんだろう。
「あら、その子も無事だったみたいね」
メリュジーヌさんが、対抗するようにビアンカとの間に割って入った。
「はじめまして、ビアンカ。アンタのことも瓶の中からずっと見てたわ。アタシはメリュジーヌ。あの瓶の中に封印されていた龍人よ」
『グゥ……』
腰に手を当てて挨拶するメリュジーヌさんに、ビアンカが尻尾を丸めて唸り出す。
「なに? ご主人様を取られるとでも思ったの?」
「び、ビアンカ、よしなよ。この人は命の恩人なんだから……」
ビアンカは滅多なことで怒らないのに、どうしてメリュジーヌさんを警戒してるんだろう?
「さて、ジャック。冒険者ギルドで成り上がりたいのなら、最低ランクの依頼を失敗するわけにはいかないわよね? こんな水晶だらけの場所に辿り着いたんだから、全部回収しちゃったら?」
周囲を見渡すと、ペルーダとの戦闘で飛び散った水晶が、あちらこちらに散乱している。
「そ、そうですね。ギルドに受け取ってもらえそうなものを回収しますから、集めるのを手伝ってくれますか? ほら、ビアンカも手伝って!」
メリュジーヌさんとビアンカに声をかけ、僕らはノルマの何倍もの水晶を回収していく。
これだけの成果を上げたなら、今すぐとまではいかなくても『銀級』に戻ることもできるだろう。
まるで母さんの瓶を思わせる煌めきを眺めながら、僕らの物語が始まった。