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ニューマルクの会議

 夕陽が廊下に差し込む中、僕らはチャチャさんに導かれて、ニューマルク市内に築かれた勇者連合支部の廊下を歩いていた。

 ニューマルクはアルビオン連合王国の管轄ではあるけれど、各国の勇者と勇者連合軍が駐留する建物がいくつも建てられている。


「すまない、ジャックくん。ピエールの奴、船旅で疲れてるかと思ったが、意外にも張り切っているようでな……」


「あのバカガキ、ジャックとの楽しいひとときを台無しにした代償ってものを支払わせてやろうかしら?」


「メリーさん、止してください!」


 メリュジーヌさんが拳をコキコキと鳴らしているので、慌てて止める。


「しっかしなんだか解せねぇなぁ」


 アノーラさんは訝しげな顔をしている。


「何がですか?」


「いやぁ、ピエールといいマグナって聖女といい、妙にくたびれてそうな感じだったからよ。こんなに早くから作戦会議なんて始めるたぁ思えねぇんだよなぁ」


「確かにね……。特にあの甘ったれ聖女だと『疲れた〜お風呂入りたい〜』とかなんとかワガママ言ってないかしら?」


 言われてみると、アヴァロン洋での航海では、魔王軍の襲撃でガレオン船が損傷したり、大変な有様だった。

 艦隊の水夫や航海士はもちろん、勇者パーティの皆様も疲れているはずだ。

 一休みして、英気を養ってからでも遅くはないだろう。


「……なんか罠でも仕掛けてるんじゃないかしら? ジャック、気をつけてちょうだい」


「まさかそんな……」


 いくらピエール様といえど、魔王軍との最前線で僕らに襲いかかったりはしないだろう。


「ま、バカガキが何かしてきたら、アタシがぶちのめしてあげるから安心しなさい!」


「オレも忘れてもらっちゃ困るぜ。弟子を守るのは師匠の役目だかんな!」


 頼もしいお二人に守られていると、なんだか安心感が湧いてくる。


「遅かったな、ジャック」


「呼びつけたらすぐに来なさいよ、グズ共」


 僕らが会議室にたどり着くと、最奥にピエール様を中心とした勇者パーティが集まり、周辺には勇者連合軍の将軍と4人の軍師が集まっていた。

 その周囲には、勇者連合軍の兵士が見張りについている。


「申し訳ありません、ピエール様」


 僕は深々とピエール様に頭を下げる。


「待て、ピエール、マグナ。急を要するわけでもないのに、予定外のことで呼び出したのはまずかったと思わないのか?」


「それがどうしたっていうんだ。我々勇者パーティが雇った冒険者ならば当然のことだ。むしろ作戦会議に参加させてもらえることを感謝しろ」


「相っ変わらず横柄な勇者様だなぁ。おめぇの指揮下に入った勇者連合軍の苦労が見てとれるぜ」


 ピエール様はアノーラさんを睨みつけていたが、鼻を鳴らして席に腰掛ける。


「それでは、作戦会議を始める。……ソリス」


 ピエール様の号令とともに、ソリス将軍が前に出る。

 立派な軍服とマントに身を包んだ、赤茶色の長い髭が印象的な老人だ。


「まず、アヴァロニア大陸の勇者連合軍に与えられている作戦は、主に2つです。1つは現地に上陸し、好き放題暴れている魔王軍の殲滅。そして2つ目は、まだ内陸部の様子がよくわかっていないこの大陸の、正確な地図の作成です」


 ソリス将軍はアヴァロニア大陸の、現時点で最新の地図を広げる。

 それは北から北西にかけての海岸線があやふやで、尚且つ内陸部も大きな空白地帯ができているものだった。


「なーるほど。まだまだここの地図は未完成ってわけね」


 メリュジーヌさんが、腕を組んだまま地図を見下ろしている。


「にしても、意外と全体図の把握が進んでねぇんだな。この大陸が見つかってから、だいたい1600年ぐらい経ってんだろ?」


「それは人間の船が着くより1000年も前だ。我らが同胞の残した資料も、不確かな部分が多かろう」


 アノーラさんの問いに、ロンドさんが補足を入れる。


 アヴァロニア大陸を発見したのは、北のエルフの国『アエガス・ラッハ島』の船乗りだったと言われている。

 新天地を目指したエルフの船乗り達は、北極大陸の沿岸を経由し、この大陸の北にあるヘル湾から上陸した。

 新しい土地を旅していたエルフ達は、大陸のどこかに巨大な遺跡を見つけ出した。

 調べてみると、なんとその遺跡は、大昔のエルフが暮らしていた跡地であることがわかった。

 しかし、本格的に遺跡の調査が進む前に、エルフ達は大陸の怪物の襲撃を受け、撤退を余儀なくされたという。


「……さて、そろそろ本題に入らせてもらってもいいでしょうか? この大陸における魔王軍の軍港は、主に南西にあるロス・ディアブロ湾周辺、南東にあるサンタ・キャラック港の二つです。そして、この2つの港を結ぶように、ダーラ砂漠を含む内陸部にいくつもの要塞が築かれ、南部はほぼ魔王軍の占領下にあります」


 地図上に、軍師のみなさんが勇者連合軍を指す白い駒と、魔王軍を指す黒い駒を置いていく。


「そして、ドゥエイル王国の勇者パーティの皆様と、冒険者パーティ『龍の背』の皆様には、内陸にあるナハイトク湖への斥候をお願いしたいのです」


 ソリス将軍は、聞きなれない湖の名前を出した。


「あの……ナハイトク湖って?」


 僕の質問に、軍師の一人が補足を入れる。


「内陸部の森林地帯にある、大きな湖のひとつです。何やら巨大な龍のようなものが住んでいるとの言い伝えもあり、ここを通る旅人も、滅多に水辺には近づきません」


 その話を聞き、僕は湖からその龍が飛び出してくる光景を想像した。


「へえ……この大陸にも強そうな龍が住んでるってことね。もし出会ったらお手合わせ願おうかしら?」


 メリュジーヌさんは張り切っているようだけれど、僕はそんな龍と無闇に戦うつもりはない。


「それで、その龍を退治してこいということ? めんどくさいわね〜」


 気怠そうなマグナさんに、軍師は真面目に答える。


「そういうわけではありませんが……ここで採集の依頼を請け負っていた冒険者が、この湖の畔に見慣れない建造物を発見したと報告しております。何やら古びた家屋のようなもので、エルフの遺跡でもないようです。もしかすると、魔王軍が建造したものかもしれません」


「建築物だと? この地に移った開拓者の家ではないのか?」


「その可能性もなくはないですが、ナハイトク湖は交通の便が悪く、また龍が住んでいるという噂から、周辺で暮らす人々はおりません。それに、森林地帯のすぐ西は魔王軍の勢力下にありますので、先遣隊が拠点を建てていてもおかしくはありません」


 任務の内容に、ピエール様がつまらなさそうに腕を組む。


「フン……わざわざ勇者に、たかが不審な家の調査をさせるつもりか?」


「ずいぶんとつまんねえ役割だな。俺ら勇者パーティへの扱いじゃねえだろ」


「も、申し訳ございません。ただ、ドゥエイル王国の国王陛下からの書状には、勇者パーティには()()()()大陸の調査と奇襲をさせよとの命令を受けておりまして……。


 セルゲイさんにも責められ、ソリス将軍は申し訳なさそうな顔をしている。


「そんな馬鹿な!? 本当にそんなことが書いてあったのか? その書状を見せてみろ!」


 勇者パーティによる単独での任務は、決して珍しいことじゃない。

 実際、僕がパーティにいたときも、勇者連合軍から離れて魔王軍の奥地まで切り込んでくることもよくあった。


 ただ、メリュジーヌさんは何かに気づいたようにニヤニヤとしている。


「ははーん、わかったわ。アンタ、軍の司令官から外されたわね?」


「……なんだと?」


「王様がわざわざアンタらお偉いさんへの扱いに『こいつらを単独行動させろ』なんて書くってよっぽどじゃない? たぶん王様もアンタに呆れて、重要な仕事を任せるのはやめたんじゃないかしら?」


 ピエール様は、怒りのあまりに椅子から立ち上がる。


「龍の女め……! 冒険者風情が、王国の代表たる勇者を愚弄する気か!?」


「そりゃそうだろ。海でのことといい、おめぇを見てると将の資質ってもんを疑うぜ。それよりおめぇこそ、さっきから勇者だの冒険者風情だのと……」


 アノーラさんも、ピエール様の非を指摘する。


「そうね。こんな人を見下してばかりのバカガキがいると、それだけで軍隊が総崩れになっちゃいそうだわ」


 アノーラさんとメリュジーヌさんのお二人に侮辱され、勇者パーティの皆さんは怒りに顔を歪めて立ち上がる。

 鉄面皮なロンドさんも、眉間に皺が寄っている。


「貴様ら、それ以上続けるなら斬るぞ!」


 ピエール様は、腰の愛剣に手を伸ばす。

 マグナさんも、愛用の杖を兵士の手から取りあげた。


「おっ、やるかぁ?」


「丁度いいわね。ここでぶちのめして、偉そうな口を聞けないようにしてあげる!」


「止してください、アノーラさん、メリーさん!」


 僕はお二人の前に割って入る。


「この大陸には、魔王軍があちこちにいるはずです! こんなところで争っていたら、魔王軍に有利な状況を作ってしまいます!」


 説得を聞いて、お二人は拳をおさめる。


「ま、ご主人様がそう言うのなら仕方ないわね」


「悪ぃ悪ぃ、確かにここはもう最前線だったな。危うく内輪揉めを起こしちまうところだった」


 ピエール様は鼻を鳴らして、最奥の椅子に座り直す。


「殊勝なことだな、ジャック。ここでお前が止めていなければ、そこの女二人を斬り殺していたところだ」


「まっ、寛大なピエールに感謝しろよ、卑しい冒険者ども!」


 セルゲイさんが嘲笑う中、僕は苛立っているメリュジーヌさんとアノーラさんを抑えるのに精一杯だった。


「そ……それでは会議を一旦休止します」


 ソリス将軍はこの有様に冷や汗を流しながら、なんとか馬を取りまとめようとしていた。


「先程お話しした通り、ドゥエイル勇者パーティと『龍の背』には、ナハイトク湖への調査をお願いします」


 そのまま、会議室から兵士と軍師の皆さんが退出していく。


「あの……ピエール様」


 会議室から人が引いていく中、僕は気になっていたことをピエール様に尋ねる。


「なんだジャック? 手短に言え」


「ピエール様の愛馬、マクシミリアンは体調が優れないようでした……。もしよろしければ、僕が様子を見に行ってもよろしいでしょうか?」


 それを聞いて、ピエール様はハッとしたような表情をした。


「まあいいだろう。お前には以前もマクシムを任せてきたからな。ただし、我が愛馬を逃したりなどするなよ。もしそのような失態を犯したら、今度こそ貴様らを斬り殺してやる」



 会議を終えてから、僕はマクシミリアンの様子を見に来ていた。


「ビアンカはここで待っててね」


「クゥ〜ン……」


 おすわりをしたまま、ビアンカはさみしそうに鳴く。

 厩舎に狼のビアンカが入ると、中の馬を怖がらせてしまうかもしれないからだ。

 ……尤も、マクシミリアンはビアンカも平気だったけれど。


 勇者連合の要人向けの厩舎に入ると、けっこうな数の馬が収容されている。

 その奥に、ピエール様のマクシミリアンがいた。

 金色の鬣と尻尾を持つ、真っ白な白馬だ。


「マクシム……?」


 僕が愛称を呼ぶと、白馬がこちらを向く。

 ただ、いつもは剛健なマクシムは元気がなく、また何かに怯えている様子だった。

 やはり、長旅と身動き取れない中での襲撃とが原因だろう。


 僕は、勇者連合軍の食糧庫から貰ってきたリンゴを差し出す。


「ほら、これ好きだったよね。お食べよ」


 マクシムは、ドゥエイル王国で育ったリンゴが大好物だ。

 僕がマクシムのお世話をしているとき、ごちそうにリンゴを混ぜることも多かった。


 しばらくリンゴをクンクンと嗅いでいたマクシムは、果実へとかぶりついた。

 口の中でモグモグと噛みながら、リンゴの甘さを味わう。

 食べ終えてしばらくすると、ブルルと鼻を鳴らして嬉しそうにしている。


「よかった! いつものリンゴじゃないから気に入ってもらえないかと心配してたんだよ」


 メリュジーヌさんが、マクシムの喜びようと毛並みの汚れを見て、疑問点を口にする。


「ひょっとしてコイツ、しばらくリンゴなんて食べてなかったんじゃないかしら?」


 アノーラさんも、その推測に頷いている。


「なるほどな……。あの勇者のことだから、馬の世話をジャックや下っ端に任せっ放しにしててもおかしくねぇ」


「ほらね。やっぱりあのバカガキがジャックを追い出したのは大失敗だったのよ」


 メリュジーヌさんが僕の傍から、マクシミリアンの頭を撫でる。

 そんなメリュジーヌさんに、マクシミリアンが噛み付く。


「あっ、コラ、離しなさい!」


「ダメだよ、マクシム!」


 僕が呼びかけると、マクシムは口を離す。


「ったく……。馬にも慕われるなんて、流石はご主人様だわ」


「まぁな。こんな魅力あふれる弟子ができて鼻が高いぜ」


 メリュジーヌさんとアノーラさんとの賞賛を受け、思わず顔が赤くなってしまう。


 でもこうして見てみると、僕の知らないところで問題が起きているという自覚が出てくる。

 もしかして、僕が勇者パーティを辞めさせられたことで、気づかないところで弊害が生じていたんじゃないだろうか?

 そう考えると、「冒険者は賎業」と罵られたショックで、無責任に辞めてしまったことが本当に悔やまれる。

 せめて、今までやってきたことの引き継ぎをちゃんとすべきだったんじゃないだろうか?

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