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魔法なき魔法

「ゴールさん、ピエール様、こちらの道具をご覧ください」


 僕は件の装置を旗艦まで持ってくると、勇者パーティの皆様とゴールさんの前でそれを披露した。


「なんなんだジャック? そんなガラクタの紹介に付き合ってるほど暇ではないんだぞ」


「そう言わずに見ていきなさいよ。これさえあれば水はいくらでも出せるのよ!」


 事前に説明を受けていたメリュジーヌさんも、得意げに謎の装置を指し示す。


「無学な龍人め。わけのわからぬことを……。いや……待てよ。これはもしや……」


 ロンドさんも、この機械の正体に気がついたらしい。


「そうです。これこそかの有名な錬金術師、サクヌッセンム先生の発明です!」


 僕の魔術の師匠、サクヌッセンム先生は優れた魔術師であるとともに、魔術以外の分野でも研鑽を重ねてきた研究家でもある。

 彼は勇者連合にその発明を買われ、魔王軍に対抗するための発明を続けている。


「まさかあのヒゲの発明が、あの船の中に入ってたなんてね……」


 メリュジーヌさんも、瓶の中から僕の旅路を見ていた。

 サクヌッセンム先生のもとで修行してきたときのことも知っているのだろう。


「まずは、この装置の中に海水を注ぎ込みます」


 そう断ってから、何杯ものバケツの中にたまった水を装置に注ぎ込んでいく。


「次に、この底部にある隙間に薪を入れていきます」


 中が水でいっぱいになってから、下の扉を開けてそこに薪を放り込んでいく。


「そして、火を点けます。メリーさん」


「はいはい」


 合図に合わせて、メリュジーヌさんが魔法で点火する。

 中の薪が赤々と燃え上がり、中の水がグツグツと煮えたぎってきた。


「ジャックといったな。これは一体どういうことじゃ? 沸かしたところで、海の水なんて飲めるわけがないじゃろう」


「いえ、これでいいんです。ほら、ここの口を見てください!」


 しばらくすると、細長い口からチョロチョロと水が流れてくる。


「な、なんなのこれは!? 下から水が上がってきてるっていうの?」


「魔力が動く気配は感じないが……。一体どのような魔術を用いているのだ?」


 ロンドさんも、魔法を使わずに水を動かす道具を不思議がっている。


「だから何だってんだ! 水が上がってきたところで……」


 難癖をつけていたセルゲイさんも、上がってきた水の正体に気づいたようだった。


「ジャックくん……まさかとは思うが、これは……真水か?」


「その通りです。この装置は、海の上でも新鮮な真水が飲めるよう、サクヌッセンム先生が勇者連合に提供した装置の1つです」


 名もなき魔王との戦いが始まるはるか以前から、エルフが作った水を作る魔導器『水の器』は、飲み水が手に入らない砂漠や海上で重宝されてきた。

 この真水精製機は、それらと違って【魔術以外のアプローチで】飲み水を作ることを目的として設計された。


「……見向きもされなかったのか、埃をかぶってましたけど」


 サクヌッセンム先生は、よく「私の発明は勇者連合でも忌み嫌われていて、何度も売り込みに失敗している」と愚痴をこぼしていた。

 錬金術師は雲塔教の国では本来異端とされてきて、魔術師の中でも格下に見られているらしいから、さもありなんとは思っていた。


「そして、水を全て真水に変えた後には……」


 水が止まったところで蓋を開けると、装置の底には塩の塊が結晶となって溜まっていた。


「し、塩? ということは……」


「そうです! これは海水を煮ることによって、水と塩などの不純物とを分離することができるんです」


 水を煮れば、それは水蒸気となって雲のように上へと昇っていき、やがて雨のように水に戻る。

 そうしてできた水は、もともと混ざっていた塩や不純物とは分離されている。

 これに近い仕組みとしては、リキュールや香水を作るための蒸留機がある。

 この装置は、それを水を作ることに特化させたものだ。


「よければゴールさん……」


 僕は甕から水を汲んで、ジョッキに移してゴールさんに渡す。


「…………こ、これはっ! なんと美味い水なのじゃ! 池や川の水と違って泥臭くなく、かといって井戸水のように辛気臭くもない! この美味さは、神のお恵みとしか思えん!」


 ゴールさんの大げさな賛辞に若干引きつつも、水質のよさは本物であることが実感できた。

 サクヌッセンムさんが「この水は不純物を取り除いた後のものだから、きっと下手な川の水よりも良質な飲み水となる」と言っていたのが証明されたようだ。


「な……なあジャックくん、私にもその水を試し飲みさせてはくれないだろうか?」


 チャチャさんは、初めて見る美味しい水に興味津々のようだった。


「は……はい。チャチャさんも……」


 今度はチャチャさんに汲んだ水を渡す。


「……ん……。本当だ、実に美味い! こんな澄みきった水は、私の故郷でもそうそう飲むことはできないぞ!」


 チャチャさんもこの水を手放しで絶賛した。


「アンタの故郷がどんなとこかは知らないけど、その国にも負けない美味しい水って自信はあるわ。なにせジャックの提案だもの」


「まあとにかく、善は急げじゃ! 早速これで大量の真水を作って、乗組員に水を配ろうではないか!」



 それから、サント・オルレアン号の甲板には大行列ができた。

 メインマストの足下に置かれた真水精製機を中心に、渦を巻くような列が船内まで続いている。


「ほら焦らなくていいわよ。いくらでも作ってあげるから」


 メリュジーヌさんは炎の魔法を使って、装置の水を煮続けている。

 それを見ながら、僕は装置の中に海水を追加していく。


「メリーさん、病み上がりなのにすみません……」


「いいのよ。あの船長、アタシのために樽いっぱいの水をくれたんだから、こっちも恩返ししようかなって」


 昔から乱暴者のメリュジーヌさんだけど、自分によくしてくれる人には優しいのかもしれない。


「でもまあ、船のみんなに水が行き渡ったら、アタシにも飲ませてちょうだいね」


「もちろんです。後で一緒に水の味を楽しみましょう!」


 そんな僕ら見たピエール様とマグナさんが、こちらへと歩いてきた。


「ところでジャック。我々の分もあるんだろうな?」


「その水、随分と美味しいそうじゃない。一口よこしなさい」


 横柄な態度のお二人の前に、メリュジーヌさんが割って入る。


「あんたら、何のつもり? 自分ばっかワイン飲んでたくせして……」


「それがどうしたっていうの? さっきは驚いてて引き下がっちゃったけど、本来ならチャチャだけじゃなくて私達パーティ全員にご馳走するのが常識というものじゃないかしら?」


 ピエール様とマグナさんの前にアノーラさんが出て、並んでいる水夫の皆さんを指差す。


「……何のつもりだ?」


「決まってんだろぉ? みんな並んでんだから順番待ちってもんだ。あと金も払えよ」


「なっ……!? 貴様、我々から金を取る気か? というより水夫どもはタダで飲んでいるだろう?」


「貴女、この勇者パーティに対するその対応は何? デュランダル城前でのことといい……」


「勇者様なら順番ぐれぇ守れよな。それに、国を代表する勇者様が水代ぐれぇ払えねぇなんて言うんじゃねぇだろうな?」


「……くっ、並んでくればいいんだろう! 金なら後で払ってやる!」


 苛立ちを隠そうともせず、ピエール様はパーティを引き連れて戻っていく。

 提督から瓶を受け取ると、そそくさと船内へと入っていった。


「アノーラさん、その……すみません」


「アンタって意外とガメついのね。ジャックの前じゃ損得勘定抜きで人助けをしてたくせに」


「何言ってんだ。そもそも喉が渇いて死にそうな奴だったら金なんて取らねぇよ。水夫の水が足りなくなってんのに、自分らのことしか考えてねぇ奴らにゃ遠慮はいらねぇ」


 そうだ。昔からアノーラさんは損得抜きで人を助ける冒険者だ。

 そんな彼女に憧れたからこそ、僕は今の道を選んだ。


「じゃ……ジャックくん……少しいいだろうか?」


 水を配っていると、チャチャさんから声をかけられた。


「なによ? さっきも並んでこいって言われたでしょ。まさか金が払えないなんて言うんじゃないでしょうね?」


「いや……水のことではないんだ。……その大釜は、海の水を煮ることによって、水と塩とを分ける道具だったな?」


「そうですけど……あ」


 塩について触れたことで、僕はチャチャさんが欲しているものをだいたい理解した。


「もしかして……この底に溜まっている塩の結晶を?」


「そうだ。それを是非譲ってもらえないだろうか? 勿論ただでとは言わない。言い値で買わせてもらおう」


「でもいいのか? 海の塩には詳しくねぇけどよ、ちゃんとした手順で作られたもんじゃねぇから、毒になる成分も入ってるかもしれねぇぜ」


「そ、そうか! それは考えていなかったな……。だが塩には食べる以外にも用途がる」


 チャチャさんの故郷では、塩を神聖なものとして、魔除けに用いているらしい。

 勇者パーティにいたときも、スケルトンなどのアンデッドを塩を撒いて撃退していたけど、あれがそうなのだろう。


 僕は袋いっぱいの塩の重さを測ってから、それと銀貨5枚を交換した。


「ふふ、これでまた塩焼き魚を楽しめるぞ。おにぎりにすまし汁も捨てがたい……」


 袋を抱え、ご機嫌そうにチャチャさんが戻っていく。


「だから食べられないって言ってるでしょうが」


「はは……チャチャさんって、意外と塩が大好きみたいですからね……」


 今度はゴールさんが走ってきた。

 その手には、金銀財宝が入った袋を抱えている。


「ジャック・オーウェル! 君はこの艦隊全員の恩人じゃ! こんなものでは足りんかもしれんが、是非ともこの謝礼を受け取ってくれ!」


 ゴールさんが放り出したそれを、僕は慌てて受け止める。


「い、いえ、僕はたまたまあの装置を見つけただけで……」


「それじゃあの!」


 お礼を言い終える前に、ゴールさんは戻っていってしまった。


「まあいいじゃない。せっかくくれるって言うんだし、ありがたく受け取っておきなさいよ」


 真水を作る作業を続けていると、並んでいたピエール様をセルゲイさんが話しているのが聞こえてきた。


「……なあ、ピエール。あのガキ、調子に乗ってねえか?」


「ああ。再会したときといい、あいつには都で再開したときから、舐められているようだからな。後で勇者の威厳というものを見せてやらなければ……」


 なんだか不穏な会話が聞こえてきたけど、今は手が離せない。

 水に歓喜する水夫の影で、おどろおどろしい邪念が渦巻いているようだった。

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