蒼き流れ星
「……っつぅ……傷が……」
僕は、セルゲイさんに殴られた傷が痛み出したことで目を覚ました。
やはり、僕ごときの治癒術では完治しなかったらしく、傷口が開いてしまっている。
ここはさっきの採掘場と同じように、辺り一面が水晶の柱に囲まれている。
どうやらペルーダと交戦した後、ここに落とされてから気絶していたようだ。
「落ち着け。今、自分がどうなっているか確かめるんだ……」
冒険者としての癖で、自分の持ち物を確認する。
道具はアイテムボックスに入れていたおかげで無事。装備は辛うじて落とさなかったマギ・ピストルと、左腰に差しているエルヴンナイフがある。
そして、マギ・ピストル用に魔法を込めた弾丸『マギ・バレット』が6発も残っていた。
気になるのはビアンカの行方だ。
あの子も戦えないわけじゃないけれど、やはり1匹では心細いだろうな……。
「ビアンカ……どうか無事でいてくれよ……」
冒険者になってからの相棒がいないと、僕の方まで心細い。
「それにしても、なぜここにいないはずのペルーダが……?」
そんなことを考えていると、ついこの前ピエール様が「今は魔王軍との戦いで忙しいんだよ!」と言って、地元からのドラゴン退治の頼みを無碍にしていたことを思い出した。
「そっか……これ、ピエール様のとばっちりじゃないか……」
世界を代表する勇者として選ばれても、ピエール様は人々を大事にしなかった。
まあ……ここで文句を言っている僕だって、彼のパーティの一員だったのだけれど。
とにかく、今はこのダンジョンを脱出することが最優先だ。
さっきの戦闘で、僕はペルーダに全く歯が立たないことがわかった。
もし再度襲われでもしたら、今度こそ食い殺されるだろう。
しかし、僕が目を覚ましたのは遅すぎたらしい。
頭上には、鎌首をもたげたペルーダの牙があった。
『グル……』
しまった、もう見つかっていたんだ!
ここには遮蔽物も出口もない。ただ崩落した天井から光が差しているだけだ。
ペルーダも警戒しているのか、噛み付かずに炎のブレスを吹きかけてくる。
「うわっ!」
転がって炎をかわすものの、動きが止まったところに別の飛び道具が飛んでくる。
ペルーダの背にある無数の棘が、矢の雨のごとく降ってくる。
「くっ……このっ!」
1本でも当たれば助からない棘を、必死に走ってかわし続ける。
しかし、どんどんと壁際へと追い詰められてしまう。
逃げ場をなくした僕へと、ペルーダは一歩一歩迫ってくる。
「こうなったら、これしかない!」
僕は再度マギ・ピストルを抜いて、強力な魔法を刻んだマギ・バレットを装填する。
「くらえ!」
1発、2発、3発、4発……。
炎、氷、雷、風……。
様々な種類の魔法がペルーダへと飛んでいく。
しかし、そんなことは時間稼ぎにしかならなかった。
「……だめだ、もう弾がない!」
とうとう残りの弾丸を使い果たし、打つ手がなくなってしまった。
それを察したのか、今度こそペルーダは僕へとブレスを撃つ準備をする。
2度も竜に見つかり、おまけに勝てないとわかっていて戦いを挑む。
ここまで判断力不足だと、冒険者として失格だ。
「はは……これじゃピエール様のパーティを追い出されて当然だよな……」
今までこれほどまでに、不甲斐なさを感じたことはない。
最後に祈りを捧げようとした僕の手に、あの瓶が触れた。
名も知らない母が「本当に辛いときに開けなさい」と言って僕に渡した、謎だらけの瓶。
どんなに辛くても、もう少し頑張ってみようと自分に言い聞かせて、決して頼ることはなかった。
「でも今こそ、これを開けるとき……」
そして、もうひとつ。
僕が冒険者を目指すきっかけとなった『陽光と白銀の弓取り』のことも脳裏によぎる。
あの人は、僕に「冒険者は最後まで諦めずに戦い抜くもんだ」と教えてくれた。
「そして、最後まで戦い抜くとき……そうだよね」
僕は最後の抵抗を行うために、瓶の栓を抜いた。
その途端、栓を抜かれた口から、一条の閃光が伸びる。
細工が施された瓶が、内側から色とりどりの輝きを放つ。
『ゴォォアアアァァァァァァ!!』
不穏な雰囲気を感じ取ったペルーダは、とうとうブレスを撃つ。
目の前の視界は、完全に炎に覆い尽くされた。
しかし、炎は僕には届かなかった。
水の魔法『ボーテックス』による水柱が目の前に展開し、猛り狂う炎から僕を守ってくれたのだ。
その魔法を使った人物が、目の前でペルーダと向き合っている。
目の前にいたのは、おとぎ話に出てきそうな絶世の美女だった。
一糸まとわぬ姿で、川の流れのような藍色の髪をなびかせている。
折れそうなほど細い腰がくびれを描き、それに反して、整った形の豊かな乳房が突出している。
長くしなやかな手足も相まって、まるで女神像のようだ。
そして、サファイアのように輝く藍色の瞳が、楽しそうにこちらを見つめていた。
「ようやく開けてくれたわね……。お望み通り、このアタシが助けてあげるわ」
そして、この女性には特筆すべき点がある。
藍色の髪の隙間から、2本の細長い角が生えている。
そして、その背中からは幅広く力強い翼が伸び、腰からは太く強靭な尻尾が生えているのだ。
「ま、まさか貴女は……」
この人は、古い言い伝えに聞いた『龍人』だ。
「話は後よ。今はコイツをなんとかしないと」
龍人の女性はペルーダを指差しながら、そちらへと向き直る。
ペルーダの方はというと、突然見たこともない強者が現れたことに、ひどく動揺している様子だった。
それも当然だ。竜のブレスを防ぐ相手なんて、そうそういるはずがない。
「あらあら。誇り高き竜ともあろうものが、ブレスを防がれた程度で怖気付くなんて。……しばらく眠ってる間に、竜も軟弱になってしまったのかしら?」
対する龍人の女性は、巨大なペルーダを相手にしているのに、まるでミジンでも見ているかのような余裕ぶりだ。
「ま、この子に助けを求められた以上、逃してあげるわけにもいかないんだけど。……さあ、いくわよ!」
女性が両掌をかざすと魔法陣が展開し、僕ではとうてい扱えない『フェニックスクラスター』の炎がペルーダに降り注ぐ。
しかも、あのロンドさんすら扱えない詠唱省略での魔法なんて初めて見た。
『ギエエェェェェェェッ!!』
全身に無数の炎を受けたペルーダは、あまりの火力に怯んでしまう。
『ガアアァァァァァッ!!』
しかし、ペルーダはすぐに体勢を立て直し、背中の棘を次々に発射する。
僕もかわすだけで精一杯だった棘が、次々に女性に降り注ぐ。
「それが精一杯?」
女性は余裕の表情を崩すこともなく、そっと手を払う。
まるで虫でも払うかのように、棘が軽々と撃ち落とされていく。
「な、なんて強さなんだ……」
やがて棘を打ち尽くすと、ペルーダは再度ブレスを撃つ体勢に入る。
自分の持つ最大威力の攻撃で、決着をつけるつもりだ。
「まだやるの? まあ、引き返さないだけマシね……。その根性に敬意を表して、こっちも全力で相手してあげるわ!」
女性は表情を真剣に引き締め、胸の前で両腕をクロスさせる。
腕を引きながら、静かに吐息を吐き出していく。
「はぁぁぁぁ……」
女性の動きに合わせて、その口内へとエネルギーが集まっていく。
まるで、ペルーダのブレスと同じような……。
「って、まさか……!」
「くらえええぇぇぇぇぇぇえええ!!」
ペルーダがブレスを撃つのに合わせて、女性も強力なブレスを吐き出した。
閃光を思わせる、竜のブレスの中でも特に強力な『レーザーブレス』だ。
女性のブレスが、ペルーダのブレスを丸ごと打ち消し、その胴体を貫通した。
おそらく即死間違いなしのダメージを受け、ペルーダはそのまま崩れ落ちた。
「……ふぅ。ま、久しぶりの戦闘にしては上出来かしらね」
女性は藍色の髪をかき上げながら、こちらに手をさしのべる。
「ジャック……でいいわよね。大丈夫だった?」
僕は状況が全く飲み込めず、コクコクと首を縦に振ることしかできない。
この女性の大きな乳房が目の前にきて、そこから目が離せない。
「……っとと、この格好はアンタみたいな子には目に毒よね」
女性はそう言いながら、自らの身体をなぞるように手を振る。
この女性の身体を不定形の魔力が包み込み、瞬く間に魔力からなる優雅なメイド服を纏っていた。
「この魔法は、魔力で衣服を形作る『エーテル・クロース』。本当は睡魔が使うようなものなんだけど……」
メイド服を纏った龍人の女性は、服装を見せびらかすように回転する。
黒いドレスに白いエプロンのメイド服は、王侯貴族の侍女のものとしか思えない。
その姿に見惚れる僕にクスクスと笑いながら、龍人の女性はスカートの裾をつまんで優雅に一礼する。
「そういちいち面食らわないでよ。この格好も、アタシの役割から考えるとピッタリだと思うんだけど」
しかし、この女性が名乗った信じられない名前に、僕は更なる驚愕を味わうことになる。
「それじゃ、気を取り直して……。アタシは『蒼き流れ星』と呼ばれた龍人、メリュジーヌよ」
7/25追記:2話に引き続き、ここでもセルゲイの名前を仮段階の『ダーツ』にしたまんまだったので、そこだけ修正しました