艦隊の後ろから
勇者パーティとともに出港してから、4日が過ぎた。
ドゥエイル王国第5艦隊は、アヴァロニア大陸がある西へとまっすぐ進み続けている。
僕らはキャラベル船『オマール号』に乗って、艦隊を後ろから追いかけるような形で、波に揺られ続けている。
僕は船首楼の上で、船長のシュルクフさんと話をしていた。
「それから、ミズンマストの調整が終わりました。これで風向きに対応したはずです」
「おお、ありがとうよ。子供とは思えねえ働きぶりだな」
シュルクフさんは、いかにも海の男といった、大柄で筋肉質の若い男性だ。
もともと商船の船長だったけれど、ドゥエイル海軍に操船技術を買われて雇われたらしい。
「それにしても、お前は本当によく仕事をこなしてるな……。あまり大きな声では言えねえが、勇者様がお前さんを一度はパーティから追い出したというのが信じられんよ」
「いえ、あのときは本当に役に立っていなかったので、仕方がなかったと思います」
「お前なあ、そうやって謙遜しすぎるのも大概にしたらどうだ! 嫌味か!」
そう言いながら、シュルクフさんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
第5艦隊は、勇者パーティを乗せたガレオン船『サント・オルレアン号』を旗艦として、それより小さなガレオン船4隻が斜めに囲み、その周囲を10隻のキャラック船が円を描くように取り囲むという構成になっている。
そこから四方に離れたところに、周辺警戒を務めるキャラベル船が配置されている。
「しっかし、海の上なんてこの前のアルビオン以来だな〜」
甲板の上で、アノーラさんが晴れやかな表情で潮風を浴びている。
「この前っていうと……僕を助けてくれたときの?」
かつてアノーラさんは、畑でミジンの大群に襲われていた僕を助けてくれた。
その出来事が、僕を冒険者の道へと進ませるきっかけになった。
「まあそうだな。まさかあんとき助けた子供が、一人前の冒険者になってるたぁ思いもしなかったけどよ」
僕はこのダークエルフの女性に憧れて、冒険者を志した。
今でもアノーラさんには感謝している。
「アタシも瓶の中からアンタの活躍は見てたわよ。損得勘定抜きでジャックを助ける姿はカッコよかったもんね〜。なんだっけ? 『冒険者は人助けをしてなんぼ、報酬なんざ二の次だ』だっけ?」
「っておめぇ、またオレの過去を……!」
またメリュジーヌさんがアノーラさんをからかい出す。
ただ、さっきからメリュジーヌさんはやたらと飲み物ばかり飲んでいて、今も船内の樽から注いだソーダ水をジョッキで飲んでいる。
「……メリーさん、喉が乾いてるんですか?」
「いやね、ここって海の上でしょ? アタシは潮風というか、海の水ってのは合わなくてね。なんか飲んでないとすぐカラカラになっちゃうのよ」
確かに川や湖に住まう龍は、海とは相容れないようにできている。
川の魚が海に住めないように、逆に海の魚が川に住めないように、合わない水に長く浸かっていると命に関わる。
メリュジーヌさんも水に関わる特性を持っているようだし、おそらく海の水は苦手なのだろう。
「あんまり飲みすぎんなよ。海の上じゃ飲み水なんて貴重なんだからよ」
「わーってるわよ。程々にしとくから心配しないで」
メリュジーヌさんが海の上でも大丈夫なように、真水を用意できないだろうか?
でも、もう艦隊がいるのは外洋のど真ん中だし……。
『ワン!』
僕らのもとに、ビアンカが戻ってきた。
「よしよし、見回りご苦労様」
ビアンカを撫でながら、おやつの乾パンをあげる。
船内にはこれ以外にも、干し肉や野菜の漬物のような保存食が大量に積まれている。
飲み水は真水だけではなく、シードル、ワインといったお酒の樽に、さっきメリュジーヌさんが飲んでいたようなソーダ水もある。
そういえば、僕に魔法を教えてくれた師匠は、かつては名の知れた錬金術師だったらしい。
彼は若い頃、勇者連合のために数々の発明品を提供していた。
その話の中には、エルフが使う魔導器のように、船の中で飲み水を精製する道具も出てきた。
「あの話に出てきた道具があったのなら、メリュジーヌさんにも満足に水を飲んでもらえるんだけどなぁ……」
『クン?』
「いや、大丈夫だよ、ビアンカ」
僕は気を取り直して、仕事に取り掛かることにする。
丁度メインマストの見張りを交代するので、僕とアノーラさんが見張り台に立つことになった。
僕を先頭に、マストに張られた網を昇っていく。
「おめぇなら心配ねぇとは思うが、足を踏み外すなよ」
「もちろんですよ、アノーラさん」
僕は振り向いて、後ろから昇ってくるアノーラさんの姿を見る。
「ま、落ちてもオレが受け止めてやるけどよ」
そう言いながら、アノーラさんは大きな胸の真ん中に手を当て、こちらに手を伸ばす。
頼もしいけれど、片手を離す形になって危なそうだ。
「アノーラさんこそ、落ちないでくださいね」
見張り台に上がって、望遠鏡で周囲を見渡してみる。
どこまでも穏やかな藍色の海と、白い雲が浮かぶ青い空が続く。
このローラシア大陸とアヴァロニア大陸の間にある海は、アヴァロン洋と呼ばれている。
この先にあるアヴァロニア大陸は、かつてエルフが興した国があったとも言われていて、自らのルーツを知ろうとするエルフが調査を続けていた。
しかし、アヴァロニア独自の怪物達に阻まれ、今までまともに調査が進んでいなかった。
そんな折、魔王軍が版図を広げていく中で、それに対抗する形で勇者連合に所属する国が、アヴァロニア大陸へと上陸していくようになった。
今では勇者連合と、更に勇者連合に所属するエルフの国に対して、後から上陸した魔王軍が領土を巡って争い続けている。
「平和な海に見えるんだけど、魔王軍との争いが続いてるんだよな……」
出港から4日間、戦闘にはなっていないものの、魔王軍や魔物による襲撃がいつあるかもわからない。
海の上も、空の上も、海の中も油断ならない。
「……なぁ、ジャック。あれ見えるか?」
アノーラさんが、艦隊の奥に見えるサント・オルレアン号を指差した。
「あそこに何か?」
「いるだろ? あの勇者だよ。あと後ろに聖女も」
望遠鏡で覗いてみると、船尾楼からピエール様とマグナさんがこちら……というよりはオマール号を睨みつけているのが見えた。
「なに? あのバカガキと甘ったれ、自分から連れ戻しに来たくせに、そんなにジャックが気に食わないのかしら?」
メリュジーヌさんがマストの上まで飛んできた。
「ってか、アンタって相当目がいいのね。龍人ならともかく、人間やエルフの目なんてたかが知れてると思ってたけど」
そういえば、アノーラさんもメリュジーヌさんも、肉眼でサント・オルレアン号のピエール様の姿を確認したんだよね?
艦隊中央からオマール号までの距離は相当なものなのに……。
「エルフの視力ナメんなよ。おめぇら龍人ほどじゃないにせよ、人間やドワーフよりはいいし、夜目も利くんだぜ。あと耳もな」
確かに、エルフとダークエルフは魔法に秀でているのみならず、視力と聴力も様々な種族の中でも特に優れている。
彼らに敵うのは、視力では龍人か鳥人、聴力では獣人ぐらいだろう。
「だいたいその望遠鏡とかいう筒自体、不便じゃないかしら? 片目でしか見れないし、見える範囲が狭くなるし。さっき試しに覗いてみたけど……」
「さっき? 見張りの方から借りたんですか?」
「まあね。珍しい光り物だと思ったら、めんどくさい道具だったから」
まあ、道具に頼らなくても済む種族からしたら、こういう道具は逆に面倒なものなのだろう。
また望遠鏡を覗いてみると、ピエール様とマグナさんは船尾楼から姿を消していた。
ジョルジュ様への恩赦を引き出すために、勇者パーティに協力する条件なんてつけたから恨まれているんだろうか?
気にはなったけど、気持ちを切り替えて見張りに戻る。
相変わらず、青い空と藍色の海がどこまでも続いている。
「あれ?」
前方の艦隊から、何度も非常事態を知らせる鐘が鳴らされる。
サント・オルレアン号のメインマストを見ると、見張り台で手旗信号が振られているのが見えた。
『南西より、魔王軍と思しき無数の飛行物体が接近中。これより防空態勢に入る』
艦隊の斜め前の水平線を見ると、青い空に黒いシミが浮かんでいるかのように、鳥の群れのようなものがこちらへと近づいてくる。
僕は即座に、甲板の上にいるへと連絡する。
「シュルクフさん! 南西から魔王軍と思しき無数の飛行物体が接近中です! 艦隊は防空態勢に入ります!」
「なにい!? 魔王軍のお出ましか! 野郎ども、防空体制に移れい!」
シュルクフさんの号令で、船内は慌ただしく大砲を準備し始める。
水上、水中の敵に対するものではなく、空中の敵に対するものだ。
「なになに? 面白そうなことになってるわね!」
メリュジーヌさんが、マストの上でとても楽しそうな顔をしている。
「ジャック、この船から遠いからって油断すんなよ」
「もちろんです」
アノーラさんも、見張り台の上で弓を取り出す。
艦隊がいる方を見ると、砲撃の煙が舞い上がり、砲声が聞こえてくる。
のどかな海と空を、黒い魔王軍の影が覆いつつあった。




