勇者との交渉
僕はデュランダル城から出てきたばかりのピエール様の前に出た。
勇者パーティの前に出て、わざわざ挨拶に来る人間が出てきたことに、城下の人々は騒然としている。
「じゃ、ジャックくん……無事だったんだな……」
パーティの後ろに控えていたチャチャさんが、僕のことを呼んだ。
「あら。自分から出てくるなんて、探す手間が省けたわ」
マグナさんの言い方からして、どうやら勇者パーティの皆さんは僕のことを探していたらしい。
「お久しぶりです、ピエール様」
僕は片膝をついて、ビアンカを脇に控えさせる。
「き、奇遇だなあ、ジャック。実は我々もお前のことを探して……」
ピエール様の視線が、後ろにいたメリュジーヌさんとアノーラさんの方を向く。
「ダークエルフに龍人……?」
「貴様、確か『陽光と白銀の弓取り』アノーラ・タゥルクーだな?」
ロンドさんの問いに、アノーラさんは得意げに髪をかきあげる。
「そうだぜ。よく知ってんじゃねぇか」
ただ、ピエール様とマグナさんは、メリュジーヌさんの方をじっと見ている。
「そういえばこいつ、昔この国で暴れてた龍人の話と似てないか?」
メリュジーヌさんは、腕を組んだまま黙り込んでいる。
「確かピエール、前にそんな昔話をしてたわね。確か『蒼き流れ星』っていう……」
「や、やだなあ、ピエール様! この人は最近冒険者になったメリーさんです。あの『蒼き流れ星』は何十年も前に討伐されたんですよ。こんなところにいるわけないじゃないですか!」
慌てて割って入ったけれど、もしかするとメリュジーヌさんの正体に気づいたのかもしれない。
「……まあいい、話を戻そう。我々もあのときは言いすぎたと思っていたんでな。パーティで色々話し合った末に、お前を再びパーティに呼び戻そうという話になったんだよ」
ピエール様の主張は身勝手だけど、そんなことより大事なことがある。
というより、後ろで怒った顔をしているメリュジーヌさんとアノーラさんが心配で、それどころじゃない。
「お前だって金がなくて困ってたところだろ? 俺達のパーティに戻ってくるなら、今度は給料を以前の倍にしようじゃないか。どうだ、悪い話じゃないはずだ」
僕は自分の役割を果たすべく、両手に抱えたナップサックを前に突き出す。
「……実は、僕からもそのことで相談があるのです」
ナップサックを開けると、中のミスリルの鎖帷子を取り出した。
「てっ、てめえ、それは……!」
僕は丁寧に鎖帷子を広げながら、事情を説明する。
「実は昨日、ジョルジュさんと久しぶりに再会することができました。その際、彼からこの鎖帷子を預かって、ピエール様に返してきてほしいと頼まれたのです。……ジョルジュさんも、間違えてこれを持ち出してしまったことを、申し訳なく思っているそうです」
僕はわざと、ジョルジュさんが反省しているという話を盛り込む。
こうでもしなければ、ピエール様はジョルジュさんを赦そうとは思わないだろう。
「ほう……ずいぶんと殊勝なことだ。それで、あいつは今どこにいる?」
「それは僕にもわかりません」
ジョルジュさんを庇いだてしたのが気に食わなかったようで、ピエール様は明らかに不機嫌になる。
「ジャック……お前、自分が誰に盾突いてるのかわかってるのか? 俺はこの国の勇者、ピエール・ペガソスだ。勇者から盗みを働いた奴を庇いだてするのなら、お前も共犯者とみなすことになるぞ!」
「ピエールの言う通りだ、ジャック! さっさと返しやがれ! それともあんときの冒険者を庇った罪で、てめえも勇者連合に引き渡されてえか?」
「ちょっとアンタ達、黙って見てりゃ偉そうに!」
あんまりな話を見かねて、メリュジーヌさんとアノーラさんがピエール様の前に立ちはだかった。
「聞いたところじゃおめぇら、冒険者が卑しいとか言ってジャックを追い出したみてぇじゃねぇか。同じ冒険者として、何よりこいつの師匠として許しちゃおけねぇな!」
アノーラさんに続いて、メリュジーヌさんも啖呵を切る。
「口を開けば勇者だの、冒険者は卑しいだの……。ジャックがいないと何もできないバカガキが、調子に乗らないでよ!」
「ばっ、ば、ば、バカガキだと……!?」
堂々と勇者を侮辱する行為に、市民の皆さんがどよめきの声をもらす。
「なんなんだ、あの龍人? 何様のつもりだ?」
「龍人が世間知らずなのは知っているが、勇者様を罵るとはなんと不敬な……」
まずいな。
これだけ騒ぎになってしまったら、メリュジーヌさんのことを知っている人が出てくるかもしれない。
「特にセルゲイってやつ! 何度もジャックを踏みつけた上に、武器で殴りつけて傷を負わせてくれたそうだな。こいつは気にしてねぇみてぇだけど、オレはそれで済ます気はねぇぜ!」
「なっ、なにぃ……?」
アノーラさんはセルゲイさんに手を向けながら、まるでメリュジーヌさんに弓を向けたときのような顔をする。
「そうだな……こいつにざっと金貨1000枚、耳をそろえて持ってこい!」
勇者パーティの皆さんは、アノーラさんのとんでもない要求に唖然としている。
「ふ、ふざけんな! 勇者パーティに金をタカるってだけでも一大事だってのに、金貨1000枚だと!? 俺らの軍馬が買える額だろうが!」
「馬一頭分? そんなもんでジャックを傷つけた罪が消えると思うなよ。こちとらそれでも足りねぇぐれぇだ!」
「こっ、このアマ、言わせておきゃあ……!」
「待ってください、メリーさん、アノーラさん! 僕はなんとも思ってませんから!」
このままだと殴り合いに発展しかねなかったので、慌てて両者の間に割って入る。
「ピエール様、僕は勇者パーティの皆様と争うつもりはありません。ただ、一冒険者としてお願いがあるだけです」
礼儀を尽くした甲斐もあってか、ピエール様と勇者パーティの皆さんは少し落ち着いた様子だった。
「……フン、まあいい。それでジャック、俺達のパーティに戻ってくる気はあるのか?」
「そのことについてですが、3つお願いがあります」
僕の話に、ピエール様は眉をひそめる。
「まず一つ目。僕らは勇者パーティの一員としてではなく、あくまで一介の冒険者パーティとして、別働隊の扱いを受けること」
この提案を聞いて、セルゲイさんは目を丸くしている。
「おいおいジャック、くだらねえ意地張ってたら損するぜ。冒険者なんかに戻るより、また勇者パーティに戻ってきた方が得だろ?」
「……いえ、謹んで遠慮させていただきます。僕は、後ろのお二人とパーティを組む約束をしていますので。この件につきましては、パーティの結成ができ次第、改めてお手紙を送らせていただきます」
せっかく玉級冒険者を目指しているのに、また冒険者を辞めさせられたらたまったものじゃない。
「なるほど……かの『陽光と白銀の弓取り』のパーティか」
ロンドさんの問いに、アノーラさんは呆れたような顔で答える。
「おいおい、おめぇも思ったより頭が鈍いな。パーティの主役はジャックだよ」
「……何を世迷言を」
あからさまな挑発を、ロンドさんは軽く受け流した。
「まあいいだろう。それで次は?」
「二つ目。僕らのパーティ一人につき、金貨20枚を月給として支払うこと」
僕はメリュジーヌさんとアノーラさんをそれぞれ手で指し示しながら述べる。
「クゥ〜ン……」
ビアンカが鼻で突いてきたので撫でてあげる。
「忘れてないよ、ビアンカ。僕の給料からお肉を買ってあげるから」
「それぐらいなんてことはない。それで、三つ目は?」
「三つ目。……現在勇者連合に指名手配されているジョルジュさんに対して、ピエール様の名において恩赦をいただくこと」
「なっ……!?」
勇者であるピエール様から直にお赦しをいただければ、勇者連合もジョルジュさんを追う理由をなくす。
それこそがわざわざピエール様の前に出た理由だ。
「……以上のお願いが叶えられた場合、ドゥエイル勇者パーティへの同行を誓います」
僕の出した条件に、勇者パーティの皆さんはチャチャさんを除いて眉をひそめている。
「調子に乗るなよ、ジャック! あいつを無罪にしろと言うつもりか!?」
「ジャック……あんたもずいぶん偉くなったものねえ。勇者パーティから盗みを働いた男を、あんた一人のために見逃せだなんて」
ピエール様とマグナさんに詰め寄られ、ビアンカが唸り声をあげる。
「グルル……」
それに、後ろでメリュジーヌさんとアノーラさんも、いつでも反撃できるよう身構えている。
「おい、また俺らに楯突くつもりか、このクソ犬が。今度こそ殴り殺してやろうか?」
「よせ、みんな! 特にセルゲイ!」
チャチャさんが皆さんの前に出て止めに入る。
「国王陛下からなんと言われたかもう忘れたのか!? これぐらいの条件ぐらい飲んでもいいはずだ!」
仲間であるチャチャさんに止められ、ピエール様は苛立ちをおさえきれない様子だった。
「……くそっ、わかったよ。その条件も飲もうじゃないか。この勇者ピエール・ペガソスの名において宣言する。冒険者ジョルジュの窃盗容疑に対し、特別に恩赦を出そう」
一時はどうなるかと思ったけど、なんとか恩赦をとりつけることができた。
「国王陛下には、お前のパーティが別働隊として行動する旨を伝えておく。さっき言っていた通り、お前のパーティが結成されたら真っ先に手紙をよこせ」
僕の後ろでは、アノーラさんが構えを解いて、メリュジーヌさんがつまらなさそうに伸びをしている。
ビアンカも唸るのをやめて、また僕に頬擦りしてきた。
「……ピエール様、ありがとうございます!」
「それと、ドゥエイル勇者パーティの行き先が決まったら、ギルドに連絡しておいてやる。お前達に予定を合わせてやるつもりはないから、遅れたら置いていかれると思え」
それだけ言い残すと、ピエール様は不機嫌そうにデュランダル城へと戻っていく。
ただ、他のメンバーが慌てて続く中、チャチャさんがこちらを振り向いたような気がした。
「やるじゃない、ジャック! あのバカガキ相手によくここまで粘ったわね!」
メリュジーヌさんに抱き寄せられながら、アノーラさんに頬をつつかれる。
「さすがはオレの見込んだ男だぜ! これならオレがついてなくてもよかったかもな」
「い、いえ……お二人がついていてくれたおかげですよ」
もし僕一人なら、きっと勇者パーティに敵うはずがないと諦めていただろう。
お二人がいなければ、真正面からピエール様に抗議するなんてことはできなかった。
「さーて、ちっと気が早ぇ気もするが、オレ達のパーティも作らねぇとな。まずジャックがちゃんと銅級に昇格できるかギルドに相談だ!」
「ちょっとお師匠様、アタシもいるでしょ?」
メリュジーヌさんにアノーラさんとはしゃいでいると、周囲からヒソヒソとした声が聞こえてきた。
「あの3人、何者だ? 勇者様にあれだけの無礼を働いて、無事で済むなんて……」
「しかも金を集っておらんかったか? なんたる無礼者じゃ……」
……なんというか、思った以上の大騒ぎを引き起こしてしまったみたいだ。




