千鍵
次の日の朝、僕らは花と剣の都デュランダルの隅にある貧民街へと向かっていた。
僕のすぐ横をビアンカが歩き、有名なアノーラさんと目立つメリュジーヌさんが僕の前に並んでいて、一番後ろにマントを被ったジョルジュさんがついてくるという組み合わせだ。
「なあ、あの『陽光と白銀の弓取り』と龍人のパーティ、なんか一人増えてないか?」
「別にパーティメンバーが増えることなんてよくあるんじゃないか?」
今、ジョルジュさんは勇者連合から指名手配されているため、正体がバレたらまずいことになる。
人目を気にしながら、僕らはだんだん寂れた下町へと入っていく。
この辺りの住人は、うつろな瞳で空を見上げていたり、時折僕らを物珍しそうに見たりしている。
ここ『オーグル区』は城の西部を流れるガルグイユ川の下流に位置し、デュランダルの城下町でも特に危険な場所だ。
「な……なあ、本当にこんなとこに味方になってくれる人がいるだか?」
「本当です。僕だって殿下に出会う前、お世話になっていたこともあるんですから……」
やがて、僕らは古い建物に囲まれた、不気味な屋敷の前までやってきた。
相当昔に建てられたと思われる様式で、あちこち朽ち果てたような有り様は、幽霊が住み着いていると言われても納得できる。
でも、ここに住んでいる人は、間違いなく生者だ。
僕は玄関の前まで来ると、取手を掴んでノックをする。
『合言葉を。正義の逆は?』
扉の向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。
「正義の逆は悪にあらず。そして悪の逆は善なり」
僕はあの人との合言葉である、あの人の受け売りの言葉を述べる。
この言葉は、義賊として知られるあの人から学んだことでもある。
『……ご主人様のお知り合いですね。しばしお待ちを』
しばらくして、玄関の向こうから別の足音が聞こえてきた。
そして、重い扉が開けられる。
「……おや? まさか君は……」
その人は、銀色の羽根飾りがついた帽子を脱ぎながら僕を見た。
ひょろ長の体躯を黒を基調としたフォーマルな衣装で包み、その上から黒一色のマントを羽織っている。
そして、この人の顔はケット・シーの一族で、黒い猫のような顔と尖った耳が特徴的だ。
「ルブランさん!」
僕はかつてお世話になった人の名を呼んだ。
ビアンカも後ろでおすわりをしながら尻尾を振っている。
「ジャック……ジャックじゃないか! いつ以来だろうか……」
ルブランさんは、嬉しそうに僕の手を取る。
それを見たアノーラさんとジョルジュさんは、目の前にいる噂の盗賊に驚愕していた。
「お、おいおい、ジャックの知り合いって……」
「じゃ、ジャック……その獣人さんは『千鍵』ルブランだか!?」
ルブランさんはアノーラさん達へ向き直り、貴人の礼をもって挨拶をする。
「自己紹介が遅れました。いかにも、私が盗賊のルブランでございます。世間ではそのような二つ名で通っておりますが……」
デュランダルには、かつて夜な夜な都を騒がす盗賊がいた。
貴族の邸宅へ、ときには王城へと盗みに入り、いかに厳重に守られた宝物ですら、誰も気づかないうちに持ち去ってしまう。
その鮮やかな手口から、この世のありとあらゆるものを開けられる鍵を持っているといわれ『千鍵』と呼ばれるようになった。
しかし『千鍵』はけっして弱者から盗みをはたらくことがなく、また自らが盗んだものの分け前を、こっそり貧しい人々に配ってきた。
今でこそ第一線を退いたものの、ルブランさんに弟子入りした盗賊が、ドゥエイル王国内で活躍している。
「驚いたでしょ? ジャックは冒険者として経験を積む中で、いろんな人とつながりを持っているのよ!」
メリュジーヌさんは、瓶の中からルブランさんのことを見ているため、知っていて当然といった顔をしている。
「そちらはビアンカと金級冒険者の『陽光と白銀の弓取り』アノーラさんと……おや?」
ルブランさんの目が、メリュジーヌさんの方を向いた。
「龍人とはなんとも珍しい……。しかも、数十年前にここデュランダルで大暴れした『蒼き流れ星』とそっくりでいらっしゃる……」
まずい。
ルブランさんのことだから、メリュジーヌさんの正体に勘づいているのか?
「ええ、そうでしょ? なにせアタシはメリ—」
「め、メリーさんです! 最近冒険者登録を済ませた新人冒険者の!」
僕はいつかのように、間に割って入ってごまかした。
「そ、そんなことよりもルブランさん、今日はお願いがあって来たんです。……ジョルジュさん、こちらへ」
僕はそっとジョルジュさんを前に出して、ルブランさんに手紙を渡す。
それを一通り読み終えると、ルブランさんは手紙を自慢のダガーで細切れにしてしまった。
「……ふむ、つまり勇者様のお赦しが得られるまで、この人を匿ってほしいということだね?」
ジョルジュさんはとんでもない人物のもとに来てしまったことで、判決を言い渡される罪人のように震え上がっている。
「もちろん、ただでとは言いません。勇者様の恩赦が得られた暁には、必ずそれに見合うお代を……」
報酬の相談を持ちかけた僕を、ルブランさんは手で制した。
「ジャック……私は弱者と貧しい人からお金はいただかない主義なんだ。むしろ見返りというものは、彼と君を虐げた勇者様からいただきたいのだがね」
ルブランさんは、僕のことを見透かしたかのようなことを言った。
「えっ……? 手紙にも書いてなかったのに、なぜ?」
「知っての通り、この『千鍵』は私一人の力ではなく、このオーグル区の内外に潜む仲間の協力で成り立っている。その情報網を活かせば、君が勇者パーティの一員であったことも、また数日前からパーティを外れていることもすぐに伝わってくる。……あの勇者様は相当なおぼっちゃまだから『冒険者は賎業』と難癖をつけられて、勇者パーティにいられなくなった……といったところかな?」
やっぱりこの人にはかなわない。
食べるものもなく途方に暮れていた僕を拾ってくれたときから、この人はなんでもお見通しだ。
「心配しなくていい。君と勇者様との交渉が終わるまで、ジョルジュさんを匿ってあげよう。もし恩赦が得られた場合は、またこの屋敷に来るといい」
僕は恩人への感謝を込めて、この人へ深く礼をする。
「……ありがとうございます、ルブランさん!」
しかし、ジョルジュさんはあまりの事態に戸惑っている様子だった。
「……あ、あの、ルブランさん。オラ、この屋敷に泊めていただけるだが?」
「もちろんだ。事がおさまるまでは、屋敷の外には出ないでいただこう」
ジョルジュさんは、この不気味な屋敷での暮らしに戸惑っているらしかった。
「まあ、この屋敷を始めて見る人は皆そういう顔をする。安心してくれ。この『千鍵』の二つ名に誓って、不便な思いはさせないと約束しよう」
「……か、かたじけねえ。ご恩は忘れませんだ」
ジョルジュさんをルブランさんに預けて、僕らは冒険者ギルドへと歩いていた。
少し遅くなってしまったので、近場で簡単な依頼を受けようと思ったからだ。
「いやー、しかしジャックの人脈ってのは恐ろしいもんだなぁ。まさか『千鍵』まで味方につけちまってたたぁな」
「ま、まあ……とはいっても、途方に暮れていたところを助けられただけですけどね……」
「ジャックってば、本当に飢え死にしそうなときにも、アタシが入った瓶を開けないんだものね……。いつもそんな調子だから、何度はがゆい思いをしたかわからないわ」
そうだった。
メリュジーヌさんはずっと、あの瓶の中から見守っていてくれたんだよな……。
「いつも心配かけてごめんなさい。……でも、これからはその分メリュジーヌさんの力をお借りしますね」
「ほんと!? いつでもアタシを頼ってねー」
そう言いながら、メリュジーヌさんは僕を後ろから抱き寄せる。
「あっ、待てよコラ、こいつを守るのはオレの役目だぜ!」
「ワゥワゥ!」
3人と1匹で和気藹々としていると、東にある正門の辺りが騒がしくなってきた。
「どうしたんだろう?」
「なんかあったのか?」
様子を見ていると、向こうから市民の男性が大慌てで走ってきた。
「た、たたた、大変だーーーっ!!」
その男性は、大勢で談笑していた人々の前で止まった。
「どうしたんだお前、そんなに慌てて……」
息を切らしながら、男性は見てきたことを話す。
「ゆ、勇者様が……勇者様が帰ってこられたぞ!」
「えっ……ピエール様が!?」
予想していたよりも早い、ドゥエイル王国勇者パーティとの対面の可能性が出てきてしまった。




