奴隷の皮をかぶったネズミ
カザード・ジラク独立国とバベル教国の国境地帯で、私は古代のリース・ローラシア帝国が立てた石碑の前で、迎えの馬車が来るのを待っていた。
もし事前に聞いていた通りなら、ここにバベル国内の同志が迎えに来るはずだ。
私は冒険者ギルドに保護された後、隠し持っていた道具で個室から脱出し、そのままバベルとの国境地帯までやってきた。
同志の幹部を待たせているというのに、いつまでも足止めをくらっているわけにはいかない。
私はワラキア王国の出身ではなく、ジルニトラ大公国の出身だ。
そして、物心つく頃より『救星団』の……灰の天使様の教えに従ってきた。
『救星団』の一員として育てられた私は、最初のお役目を言い渡された。
それは、我らの仇敵となるバベル教国に潜入し、国内の同志と連絡を取るというものだった。
ワラキアの奴隷商人に紛れ込んでいた同志の馬車に便乗し、西へと売られる奴隷を装って、勇者連合の領域に入ることができた。
誤算だったのは、道中で山賊に捕まってしまい、しかもそれがカザード・ジラク内の同志であったことだ。
各国の『救星団』は、他国の同志との連携能力が著しく欠落している。
同志にはちっぽけな武装集団としか言いようのない派閥も多く、そのような同志は外国とのつながりを持っていないことも多いためだ。
私は何度も『救星団』の一員であることを訴えたが、全く話が通じなかった。
もしあのジャックという冒険者と『陽光と白銀の弓取り』が助けに来なかったら、私はどうなっていたことだろう……?
とんだ災難から気持ちを切り替えて、私はジャックから貰ったガラス玉のアクセサリーを巻いた左手を眺める。
「ふふ……」
なんだか不思議だ。
家では灰の天使様の教えもあって、何の利にもならないアクセサリーを身につけたことはなかった。
お洒落などしたことはなく、『救星団』の一員であることを証明する鉛のブローチか、エンチャントが施された実用性のあるものしか身につけなかったのだ。
だが、このようなものも決して悪くはない。
やがて、石碑の前でうずくまっていた私の前に、立派な馬車が止まった。
「……お前が、ジルニトラの同志オリガか?」
馬車から降りてきたのは、紺のローブに身を包んだ、若き聖職者といった男だった。
もし同志から聞いていた通りなら、このお方こそが同志ストラト・ダ・エミリオ様のはずだ。
表向きはバベルの司祭だが、救星団の一員となったお方だ。
「はい。団員のオリガでございます」
私は救星団の証たる鉛のブローチを見せ、貴人に対する礼をもってストラト様を出迎える。
「……………………」
しかし、何を思ったのかストラト様は、突然私に指先を向けた。
人差し指の先には、騎士や聖職者が用いる光魔法のエネルギーが集まる。
『光よ、邪を貫く針となりたまえ……」
「な、何を……!?」
『レイダート』
光の矢が私の左手をかすめたかと思ったら、ガラス玉のアクセサリーが飛び散った。
雑に切断された紐と、色とりどりのガラス玉が飛び散る。
「ス、ストラト様……」
意図を訊ねようとした私を、ストラト様は勢いよく蹴り上げた。
「ぐは……っ」
私は軽く宙を舞った後、草叢の上を転がった。
わけがわからなかったが、どうやら私はストラト様を怒らせてしまったらしい。
やはり、あのアクセサリーを身につけていたからだろうか?
「間抜けが。気づかなかったのか? その妙なアクセサリーは、貴様の位置を知らせる魔術が施されていたぞ」
今、ストラト様はなんと仰ったの?
あれは、ジャックが好意でくれたもののはず……。
「どこでそんなものを渡されたのかは知らんが、これだけは明白だ。貴様が灰の天使様の教えを広めるという使命を忘れ、いらぬ虚飾に溺れさえしなければ、何者かに行き先を知られることはなかったはずだ」
痛む身体を起こしながら、私はストラト様に首を垂れた。
「……も、申し訳ございません……」
なんという失態だ。
あのアクセサリーが罠と気づかず、同志を陥れるところだったなんて……。
「……まあよい、後で誰にあんなものを貰ったかを聞かせてもらおう。それより、ここでは目立つ。予定通り馬車に乗れ」
「……は。ありがたき幸せ」
事前に両国の同志が打ち合わせをしていた通り、私はストラト様に抱え上げられ、立派な馬車へと乗せられる。
ジルニトラの同志とバベルの同志は、たまたま逃げ出した奴隷である私を、心優しいストラト様が保護したという筋書きを用意していた。
筋書き通りにお屋敷に招かれた後は、ジルニトラとバベル双方の同志が連携をとるために必要な情報交換を行う予定だった。
「わかっているだろうな、オリガ。今は勇者連合と魔王軍との戦いが正念場に入っている。しかし、我ら救星団は更にその先を見据えている。すなわち、魔王軍が滅ぼされた後、いかにして我らの鉛の旗が世界を覆い尽くすかだ」
私も両親から散々聞かされて育ったが、救星団は自らの国を築くことを求めている。
そのためには、勇者側であれ魔王側であれ、いかにして出し抜くかが大事となる。
あわよくば、勇者連合と魔王軍が共倒れをした暁には、我ら救星団が国を築く隙ができるはずだ。
「はい、ストラト様。全ては灰の天使の教えのままに……」
両親の願いを叶えるために、鉛の旗を広めるために、私もこの身を灰の天使に捧げるんだ。
「ジャック……」
小声で呟きながら、アクセサリーが巻かれていた左手首をさする。
傷を負ったわけでもないのに、なぜか腕が痛んだ。
……いや、あんなものに気を取られていてどうする。
あんな罠のような品物、壊されて当然だ。
私の役目は、救星団の一員としての役目を果たすことなのだから。
ここからは、聖都バベルの象徴たる『天国の塔』がよく見える。
巨大な石の塔へと向けて、馬車が揺れていた。




