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峠の食事

 カザード・ジラク独立国を出た僕らは、マジノ森林を超えてドゥエイル王国へと向かっていた。

 アノーラさんが旅に加わったことで、メリュジーヌさんとの二人旅よりも賑やかになっている。


「いやぁ〜、さすがはオレの弟子だ! こんな厄介モンをあっさりと仕留めちまうんだもんなぁ!」


 日が沈みつつある頃、僕らは峠でキャンプを張って夕食の準備をしていた。

 焚き火の上には鍋がかけられていて、黒い牛か馬に似た魔物『ビコルヌ』が、野草やキノコと一緒に煮られている。


「まあ、ちょっとクセが強いものですからね。アノーラさんが僕の実力を見たいっていうから仕留めましたけど……」


 ビコルヌは西ローラシアではよく見られる魔物の一種で、二本の鋭い角を主な武器とする。

 牛馬に似ているものの、草だけではなく肉も食べ、特に人間を好んで食べるのが特徴だ。

 また警戒心も強く、腕利きの冒険者が仕留めようとしても、すぐ気配に気づいて逃げてしまう。


 ちなみに、ビコルヌは普通の草食動物とは違って、肉食動物に近い生臭さがあるため、調理には手の込んだ下拵えが必要だ。

 でも、アノーラさんが魔物を狩るところをみせてほしいと言ったため、たまたま近くにいたこいつを仕留めることになった。


「別にアタシはそのままでもいいわよ。あの瓶に封印される前は、その辺の魔物ぐらいならそのまま食べてたから」


 メリュジーヌさんは上品なメイド服に似つかわしくない、かつてのワイルドな暮らしの話をしだす。


「でもダメですよ。僕もメリュジーヌさんにはいいものを食べてほしいですから」


「さすがジャック、優しいのね〜」


 僕はこのスープを作る前に、ビコルヌの肉にハーブを刷り込んでいる。

 クマの肉程度の生臭さであれば、臭みをとることができるはずだ。

 他にも保存食の干し野菜と、この辺りで採ったキノコを入れている。


 ちなみに、僕の横ではビアンカが骨つきの丸焼きをかじっている。

 やはり狼というだけあって、魔物の肉もいけるらしい。


「よし、そろそろスープが煮えてきました」


 ビコルヌの骨からとられた出汁が、コンソメスープのような色になっている。


「しっかし、ジャックはマジでなんでもできるよな。こいつに全然気づかれずに仕留めちまうんだからよ。いざってときのために後ろについてたけど、いらねぇ心配だったな!」


 今回の狩りは、アノーラさんが僕の実力を測るためのものだったので、ほとんど僕一人で行った。

 まず、周囲の様子を見る『エーテル・レーダー』で手近な魔物を探し、手頃な獲物を見つける。

 次に、僕とビアンカが足跡などの痕跡をもとに追跡して、それがビコルヌだとわかった。

 アノーラさんに教わったレンジャーとしての技能を活かして、ビコルヌに気づかれないように近づく。

 そして、この『ドワーフクロスボウ・デリンモデル』を射って、一射で致命傷を与えた。


「これも全て、アノーラさんに教わった技能ですよ。この愛用のエルヴンナイフも、アノーラさんとの出会いあってのものですから……」


 さっきビコルヌを解体するときも、アノーラさんに見せびらかすようにエルヴンナイフを用いていた。

 森で暮らすエルフの武器というだけあって、日用品としての使い勝手もいい。


「まぁ、なんにせよおめぇの実力はよくわかった。……こんなこと言いたかねぇけど、ますますドゥエイルの勇者がおめぇを追い出したってのが信じられねぇぜ」


 僕はスープを手渡しながら、勇者パーティにいたときの癖で、鑑定の魔法『ステータス・アナライズ』を使ってアノーラさんを見る。



アノーラ・サリオン・タゥルクー


* 種族:ダークエルフ

* 年齢:269歳


* 生命力/HP:3405

* 精神力/MP:564

* 持久力/スタミナ:198


* 筋力:24

* 器用:56

* 耐久力:21

* 知力:43

* 信心:27

* 機動力:51



「うぅ〜んっ! 最高の美味さだな!」


 メリュジーヌさんと比べれば常人の範疇だけれど、僕の見立てではピエール様やセルゲイさんとも互角に渡り合えるはずだ。


「おいおい、さっきから胸を見てんのか? まぁおめぇも男だししゃぁねぇか」


 アノーラさんは、僕の目をのぞきこみながらからかってくる。

 いや、そういうわけじゃないんだけど……。


「こーら、お師匠様。ジャックはアタシのご主人様なのよ」


 そこにメリュジーヌさんが割って入り、またジラクブルグの酒場で暴れたときのような状態になってしまう。


「なんだ? ジャックと出会ってから日も浅い新参モンが、師匠のオレに敵うと思うなよ!」


「アタシはね、ジャックが赤ちゃんの頃からの付き合いなのよ! アンタよりずっと昔からジャックといるのよ!」


「だからよしてくださいよ!」


 どうしてお二人はこう気が合わないんだろう?


「そういえば、アノーラさん、メリュジーヌさん。奴隷のオリガちゃんのことですが……」


「なに?」


「あんときの子供か?」


 僕はカザード・ジラクで助けたオリガちゃんのことについて、懸念していたことを話す。


「オリガちゃんが奴隷というのは、おそらく嘘です」


 アノーラさんは真剣に聞き入っていて、メリュジーヌさんは首をかしげている。


「なんでそう思うのよ?」


「まず、オリガちゃんはワラキア王国からバベル教国に送られる途中だったと言っていましたが、それはありえません。バベルは少なくとも表向きは、奴隷制度そのものを禁止していますから」


 雲塔教の総本山であるバベル教国は、神の教えに則って奴隷制度を廃止している。

 犯罪組織が秘密裏に奴隷を買っている可能性もあるけれど、もしそうであるなら行き先を知られないようにしているはずだ。


「それに、ワラキアは魔王の同盟国で、勇者連合の側であるバベルの側へと奴隷が送られることはそうありません。もし奴隷が送られるなら、味方であり奴隷制度を認めている魔王側であるはずです」


「……ふ〜ん。国の事情なんてよくわからないけど、ジャックが言うんだったら間違いなさそうね」


 相変わらず単純なメリュジーヌさんはともかく、アノーラさんは驚いている様子だった。


「でもよ、それじゃああの子は何者だってんだ? なんでオレ達に嘘をついたんだ?」


 僕は懸念されていたことを説明する。


「……実は、今朝ジラクブルグを出発した後に、オリガちゃんに渡したアクセサリーが壊されていたのがわかりました。ジラクブルグから南西の、バベル教国との国境地帯で」


「アイツ、せっかくジャックに貰ったプレゼントを捨てたってわけ!? どういう頭してんのかしら?」


 感情的になるメリュジーヌさんの横で、アノーラさんは僕の話を疑問に感じているようだった。


「おいおい、待てよ。なんで冒険者ギルドに保護してもらったあの子が、そんな遠くにまで逃げたってわかるんだよ?」


「さっきビコルヌを狩ったときに説明しましたけれど、僕の『エーテル・レーダー』という魔術は、目の届かない遠くの相手を見つけるものです。僕はこの魔術を応用して、身につけた者の位置を僕に知らせるアクセサリーを作っていました。オリガちゃんに違和感を感じていたので、念の為に渡したのですが……」


 自分で外しただけならば、特定の場所から動かなくなるだけのはずだ。

 でも完全に反応が途絶えているから、おそらく意図的に破壊した……つまりあのアクセサリーの正体に気づかれたということになる。


「ジャックのあの魔法、そんなこともできるのか……。ってか、それじゃあの子は一体……?」


「……おそらく、魔王軍のスパイでしょうか?」


 魔王側と勇者連合の間では、水面化では互いにスパイを送り合う情報戦も繰り広げられている。

 オリガちゃんが山賊に捕まる前にどうしていたのかはわからないけれど、もともとバベルへ行こうとしていたのは事実だと考えることもできる。


「……なんつーか、ずいぶんキナ臭くなってきたな。ピエールっていうクソ勇者といい、あのイカレ集団といい、勇者側の国は大丈夫なのか?」


「……ま、ジャックにあれだけの仕打ちをしたバカガキもいることだし、勇者側の心配なんて忘れた方がいいわ。それよりジャック、アタシにもスープくれない?」


 楽天的なメリュジーヌさんがお椀を出したことで、メリュジーヌさんの分がまだだったことを思い出した。


「そ、そうでした。どうぞ!」


 僕はメリュジーヌさん向けに肉を多めに入れてお椀を返す。


「す、すっごく美味しいわね、これ! やっぱりジャックの料理は最高よ!」


「い、いや〜その……そう言っていただけると……」


 嘘をつけないメリュジーヌさんが言うのだから、本当によくできているのだろう。


「それよりドゥエイル王国に着いたら、あの王女様に挨拶をしに行くんでしょ? どんな挨拶するか考えておいた方がいいと思うのよね」


 確かに今は、夢を叶えるためにすべきことがあるし、その前に王女殿下に勇者パーティを除名されたことを報告しなきゃいけない。

 オリガちゃんのことも気になるけれど、まずは自分の用事を片付けてからでもかまわないだろう。

 

「……ん! 確かに美味しいですね。自画自賛になりますけれど……」


 みんなでスープの鍋を囲みながら、楽しい夕食が過ぎていった。

12/8追記:本文の『エーテル・レーダー』と表記すべき部分に、間違えて『エーテル・クロース』という別の名前を入れていたので、そこだけ訂正しました

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