お姉さん二人に囲まれて
日が沈みかけた頃、アノーラさんが制圧した砦に、ドワーフの役人がやってきた。
カザード・ジラクの無骨な鎧を着た正規兵と、礼服を纏った役人が僕らの前に立つ。
「冒険者諸君。此度の武装集団の制圧、誠にご苦労であった。ここから先は我が国の仕事となるため、捕らえた山賊を引き渡してもらおう」
ドワーフの役人は辺りを見渡しながら、雨が降った後のような景色に首を傾げる。
「……それにしても、どうやら先程まで雨が降っていたようだな。しかし、このムッターバルト周辺で雨が降っていた様子はないが……?」
「そ、そんなことより、山賊のところまでご案内しますね!」
僕はアノーラさんとの戦闘の跡を大慌てでごまかす。
冒険者ギルドには、利益をめぐっての争いを防ぐために、冒険者同士の殺し合いを固く禁じるルールがある。
もし今までの経緯を話した場合、アノーラさんにペナルティが科されかねない。
「お、おいジャック、オレは……」
「ここはジャックに任せましょう、お師匠様」
メリュジーヌさんは、そっとアノーラさんの肩をつかんでウィンクした。
アノーラさんは複雑そうな表情をしつつも、ここでのことは黙ってくれるようだった。
「……あの、この砦を根城としていた山賊は『救星団』の者でした。リーダー格のドワーフが自ら証言したことと、奥にかけられているあの旗が証拠になります」
山賊を閉じ込めている執務室まで役人と兵士を案内すると、懸念していたことを説明する。
僕が指した灰色の旗を見ると、役人は唸り声をあげた。
「……まさか、この国のドワーフから裏切り者が、しかも救星団の者が出てくるとは……」
カザード=ジラク独立国のドワーフは、ドワーフという種族への帰属意識が強い。
だからこそ、その中から裏切り者が現れたことに、ましてやそれが異常な集団に毒された者であることにショックを受けるのは当然だ。
「つくづく諸君には感謝せねばならん。特にアノーラ殿、奴らの制圧に最も貢献したのは貴公と聞き及んでいる。後日、冒険者ギルドを通して特別報酬を支払わせてもらおう」
「へへっ、ありがたく頂戴するぜ。と言いたいが……」
アノーラさんは、僕の肩に腕を回しながら役人の前に立たせる。
「こいつを忘れちゃいねぇか? ジャックはここの連中に捕まった子供を助けたんだ。こいつにもそれ相応の報酬が必要だろ?」
おかげでアノーラさんの特大サイズの胸が、顔の左側を圧迫してしまう。
「ま、まあそうであるな。後でジャック殿にも特別報酬を送ろう」
メリュジーヌさんは礼儀正しく控えているけれど、アノーラさんを睨みつけているように見えた。
すっかり夜になった頃、ジラク軍による砦の制圧は完了した。
僕らはジラクブルグの町まで戻ってから、ギルドの酒場でテーブルを囲んでいた。
「はっははははは! ジャックぅ、こんな立派な弟子ができて、オレは機嫌がいいぞ! 今日は好きなもんを食え!」
すっかり酔っ払っているアノーラさんは、お酒と大量のご馳走を注文していった。
金級の冒険者だけあって、恐ろしい量がテーブルに乗せられていく。
「ねーお師匠様、アタシにも何かおごってよ」
メリュジーヌさんはというと、テーブルに突っ伏しながらアノーラさんを睨みつけている。
「うっせーよ。ジャックならいいが、おめぇにくれてやるもんは何一つねぇ」
僕らの事情は聞き入れてくれたみたいだけど、やっぱりメリュジーヌさんにはよい印象を持っていないみたいだ。
「あ……あの、メリーさんには僕からビールとソーセージを……」
「いいの!? ジャックって優しいのね〜」
メリュジーヌさんは僕を抱き寄せながら、右頬へと頬擦りする。
僕は近くのウェイトレスさんに注文をした。
「そういやジャック、おめぇメリーとパーティを組むためにランクを上げたがってんだよな?」
「は、はい」
アノーラさんも、メリュジーヌさんの正体を黙っていてくれるみたいだ。
「ならよ、オレもそのパーティに加えてもらえねぇか?」
……今、アノーラさんは僕のパーティに加わりたいって?
「……あの、それはアノーラさんのパーティに僕らが加わる……ということでしょうか?」
「ちげぇよ。オレがおめぇが作ったパーティに入れてもらうんだよ。おめぇかメリーが銅級に昇格してからな」
唖然としている僕の視界の端で、メリュジーヌさんが怒った顔をしているような気がした。
「……それは、またどうして?」
「いや〜、いつの間にか可愛い弟子ができちまったもんだからよぉ。せっかくだから成長を見守らせてもらえねぇかな〜って」
確かにランクが上の冒険者が、ランクが下のリーダーが率いるパーティに入ることもあるけれど、あの『陽光と白銀の弓取り』であるアノーラさんを僕の下につけるなんてあっていいんだろうか?
下手をすると、アノーラさんの経歴に傷をつけかねない。
「と……とても嬉しいお話なのですが……僕みたいな底辺の冒険者なんかと一緒にいたら、アノーラさんに迷惑をかけてしまうのでは……?」
「なこたぁ気にすんな! オレが望んでおめぇについてくってだけだ!」
何気なくビールを飲んでいたメリュジーヌさんを見ると、そちらも酔っ払っているようだった。
「アンタねぇ、調子乗ってんじゃないわよ! アタシはジャックの使い魔になったんだから、コイツを守るのはアタシの役目なの!」
「なんだよてめぇ。オレとサシでやり合ったときにゃ、手も足も出なかったろぉ?」
「あんときは油断してただけよ! 妙な搦手を全部見切れたら、きっと勝ち目があるわ!」
「おいおい、それ全部見切るまでに勝てるのか?」
まずいぞ。ギルド内の冒険者の視線が、僕らのテーブルに集まってきてる。
「だいたいねぇ、ジャックに好かれてるからって調子に乗らないでよ! 今のジャックはアタシのご主人様なのよ! それにアタシはね、ジャックと同じベッドで寝たことすらあるのよ!」
メリュジーヌさんは誤解をまねきそうなことを言いながら、僕を懐に抱き寄せる。
それ、今朝の宿屋で僕を暖房具にしてたことだよね?
それを見たアノーラさんは、顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「んだとぉ!? こんな子供にまで手ぇ出すたぁいい根性してやがる! 待ってろよ、オレの可愛い弟子を救い出してやるぜ!」
そう言いながら、アノーラさんも僕を懐へ引っ張り寄せる。
「あ……あの、誤解です! 僕とメリーさんは……」
「みなまで言うな、ジャック! このバカにゃあ姉貴分の矜持ってもんを叩き込まなきゃならねぇ!」
おかげで、僕はメリュジーヌさんとアノーラさんの胸に挟み込まれる形になってしまう。
「いいぞいいぞ! 陽光と白銀の弓取り、姉貴らしさを見せてやれ!」
「龍人の姉ちゃんも負けるな! ご主人様を守ってやれ!」
いつの間にか、周囲の冒険者の皆さんもこの騒ぎで盛り上がってしまっている。
こんなことじゃ、僕は将来名を上げたときに、お二人を手玉に取っていた悪い男として語り継がれるんじゃないだろうか?
その後、僕はドワーフの受付嬢に怒られるまで、メリュジーヌさんとアノーラさんの間でもみくちゃにされ続けるのだった。




