師匠の思い出
僕は憧れの冒険者であるアノーラさんと再会したけれど、アノーラさんはメリュジーヌさんが暴れていたときのことを知っていて、戦うことになってしまった。
しかし、メリュジーヌさんから与えられた魔法によって、アノーラさんを無力化して、一度落ち着いて話を聞いてもらうことになった。
戦いをやめた僕らは、一旦砦へと戻ることになった。
既に雨は止んで、空は元通りの青空を取り戻している。
僕とメリュジーヌさんは、暖炉の前で脚を組んでいるアノーラさんに、これまでの事情を説明した。
赤ちゃんの頃から持っていた瓶にメリュジーヌさんが封印されていたこと、彼女は母から僕に使い魔として譲渡されたこと、僕は使い魔であるメリュジーヌさんに「冒険者が卑しいと罵られないために、冒険者ギルドで出世する」という夢を願ったこと……。
「……そりゃすげぇな。まさかこいつを退治した冒険者が、ジャックの母親だなんて……」
アノーラさんは僕とメリュジーヌさんを交互に見ながら、興味深そうに話を聞いていた。
僕の足下では、ビアンカがブルブルと身体を震わせて雨粒を飛び散らせていた。
僕らは暖炉にあたりながら、濡れた服を乾かしたり、体を温めたりしている。
「……あの、そろそろ服を着てはどうですか?」
今、僕は服を椅子にかけて、砦にあった毛布にくるまっている。
対してアノーラさんは、装備を全てテーブルに並べて、服を暖炉のすぐ側で乾かしている。
つまり、今のアノーラさんは何も着ていないのだ。
「しゃーねーだろ? お前に服をビショ濡れにされちまったんだからよ。ったく……不用意にアレの秘密を話したら、こんな弱点を突かれちまうたぁな」
アノーラさんは銀色の髪をかきあげながら、楽しそうに笑っている。
格下の僕にしてやられたのに、そんなことは気にしていない様子だった。
「ま、あのアバズレは気に食わないけど、こうしてジャックに出会えたことには感謝してるわ」
メリュジーヌさんはさっきと同じメイド服を着ているけれど、あれだけの雨でも全く濡れていない。
このメイド服は、魔力の服を纏う『エーテル・クロース』からなるもので、今着ているのは一度解いてから再構築したものだ。
「あと、アタシの手に火傷を負わせてくれたことはチャラにしてあげる。後でジャックが綺麗に治してくれたし、何よりアンタ、ジャックの憧れの師匠だしね」
僕が治癒の魔法『ヒーリングブレス』で治した手を見せるメリュジーヌさんを無視して、アノーラさんは僕の方を向く。
「ってコラ、無視しないでよ!」
「にしてもよ、ジャック。確かにオレはちょっと前にアルビオンにも行ってたことがあるがよ、あんとき冒険者の後輩を作った心当たりなんてないんだ。子供の冒険者なんていたら、すぐにわかるはずなんだけどよ……」
ああ、やっぱりアルビオン出身ってだけじゃ思い出してもらえないよな……。
あと、アノーラさんからしてみれば、僕が5〜6歳の頃なんてたかが知れてるよな。
「……そうですね。聞いてくれますか?」
アノーラさんは、無言で真剣に頷く。
僕らの様子を、メリュジーヌさんは静かに見守っている。
「あれは、僕が孤児院の『オーウェル院』で暮らしていたときのことです。その日は夏真っ盛りで、僕は畑の手伝いをしていましたが、大暴走で森から出てきたミジンの群れに襲われました」
ミジンなど恐るるに足らずという人も多いけれど、数の暴力で襲いくるミジンほど恐ろしいものはない。
「奴らに追い詰められ、万事休すといったところで、どこからともなく飛んできた矢がミジンを射抜きました。飛んできた方に目を向けると、銀髪のダークエルフの女性が、木の上から弓を構えていました。更にその女性は、他のミジンも次々に射抜いていって、我に帰ったときにはミジンの群れは全滅していました」
アノーラさんは話を聞きながら、僕の話について考えているようだった。
「……まぁ、そんな大暴走もあったけどよ。襲われてた子供を助けたなんて言われても、心当たりが多すぎるからなぁ……」
やっぱり、アルビオンでどのような活躍をしていたかは覚えているみたいだ。
「それで、僕がお礼にとアップルパイの籠を持ってギルドを訪ねたとき、助けてくれた人の名前がわからなくて困っていたんです。覚えている特徴を話していたところ、当の本人が話しかけてくれました」
あのときのアノーラさんは、初めて来た冒険者ギルドに右往左往していた僕に、気さくに話しかけてくれた。
「待てよ。孤児院……アップルパイ……ってまさか」
「その後、アノーラさんと意気投合して、弓などの腕を見せてもらうことになったんです。僕らが出会った畑で、アノーラさんは冒険者としての、特にレンジャーとしての技能を披露してくれました」
僕は冒険者になったときから、決して忘れていない受け売りを口にする。
「お礼の言葉を述べる僕に、アノーラさんはこう言ってくれました。『冒険者ってのは人助けをしてなんぼ、報酬なんざ二の次だ』って」
それを聞いた瞬間、アノーラさんは顔を真っ赤にして、頭を抱えて椅子から転げ落ちた。
「ってやっぱりそれかよおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「あ、アノーラさん! 大丈夫ですか!?」
「死ね、昔のオレ! 調子こいてガキ相手に英雄気取りな理想論吹き込んでんじゃねぇ! 木から転げ落ちてミジンの大群に食われて死ねっ!」
裸を見られても平気なアノーラさんが、想像もつかない辱めを受けてしまったかのようにうずくまっている。
一体僕は何をしてしまったんだろう?
「……ははーん、アンタもそういう手合いね?」
メリュジーヌさんは何かに気づいたらしく、ニヤニヤしながらアノーラさんを見据えている。
「……ジャック、いいこと教えてあげる。世の中にはね、若い頃にやってたことが、年をとってからメチャクチャ恥ずかしくなるヤツもいるのよ」
アノーラさんは、僕と出会ったときの自分が恥ずかしいということか?
でも、僕に聞かせてくれたことは決して恥ずかしくないことだと思うんだけど……。
「しゃーねーだろ! オレだって冒険者になってからこの数十年間『陽光と白銀の弓取り』なんてムズかいぃ二つ名貰っちゃてよ、ついつい調子に乗っちまってたんだ! でも2年ぐらい前に冷静になってみると、どんだけ頭悪ぃこと言ってたか実感しちまったんだよ!」
あの言葉が頭が悪いなんて、僕にはとても思えないけどな……。
でも、一つだけはっきりとしていることがある。
アノーラさんは、僕のことを思い出してくれたということだ。
「……アノーラさん、あのとき貴女に助けられてから、貴女に憧れて冒険者になりました。勇者パーティに入ったときに銀級の立場を捨ててしまいましたが、再度冒険者としてやり直して、今度は冒険者の頂点を目指します。だから……僕の活躍を見守っていてくれますか?」
またしても、僕はアノーラさんに手をさしのべる。
僕を見つめながら、アノーラさんはため息をついて立ち上がった。
「……まったく、知らねぇ間にこんなに出来のいい弟子がいたなんてな。わーったよ。せっかくお前みてぇな子がついてきてくれたんだ。どこまで強くなるか、見守ってやろうじゃねぇか」
僕とアノーラさんはぐっと手をつなぐ。
憧れの師匠に認められたことに、僕は感激せざるを得なかった。
「アタシが保証するわ。ジャックはアンタにとって最高の弟子だってね。コイツいっつも損得勘定抜きで人助けをしてきたもの。『冒険者ってのは人助けをしてなんぼ、報酬なんざ二の次だ』っていう教えに従ってね」
「だあああぁぁぁぁぁぁぁ!! だからネタにすんじゃねぇーーー!」
アノーラさんが恥ずかしさに悶える様子は可愛くて、普段の振る舞いとのギャップが激しい。
僕らはこの砦をカザード・ジラクの役人に引き渡すまでの間、しばらくアノーラさんと愉快なひとときを楽しむのだった。




