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ギルドに戻ろう

7/18追記:セルゲイの名前を仮段階の『ダーツ』にしたままだったため、そこだけ修正しました。

 勇者パーティを辞めさせられた次の日の朝、町外れのテントで目を覚ました。

 どん底の気分とは異なり、朝日が浮かぶ青空には白い雲が浮かんでいる。


「つぅ……」


 まだセルゲイさんに殴られた背中が痛む。

 簡単な治癒魔法なら使えるから治せたけど、本当ならまだ安静にしてなければならない。


 包帯が巻かれた肩を、ビアンカが舐めてくれる。


「ありがとう、ビアンカ……」


 僕からもビアンカの頭を撫でる。

 冒険者になって間もない頃に出会って、勇者パーティの一員になってからも、僕を乗せて偵察、追跡、陽動など様々な任務で活躍してきた。

 ピエール様に出会う以前は、ずっと各地のパーティを転々としてきた僕にとっては、この上ない相棒だ。


 それにしても、まさかいきなりピエール様のパーティを追い出されることになるなんて、思ってもいなかったな。

 ……いや、前からみんな僕にイライラしていたからこそ、魔王に対する苦戦で、それが表に出たというだけだろう。


「……こんなとき、お母さんなら何て言うんだろうな?」


 こんなことがあったときには、ついつい首から提げている水晶の瓶に意識が移ってしまう。

 複雑な細工が象られた瓶の中には、紫色の液体が満たされている。


 僕はアルビオン連合王国の孤児院『オーウェル院』で育った。


 まだ赤ちゃんだった僕は、年の終わりに教会の玄関に捨てられていたらしい。

 残されていたものは、産衣に刺繍されていた『ジャック』という名前と、なぜか握りしめていたこの瓶だけ。


 そして僕は、7歳になってから自立することを誓い、院を出て仕事を始めた。

 やがて僕は、稼いだ金を元手に冒険者を始めた。


 母がどんな人だったのかは、今となってはわからない。

 でも、この瓶を握りしめる度に、脳裏に浮かぶ記憶がある。


『これは、あなたを守ってくれる魔法の瓶よ。もし本当に辛くて堪えられないときは、これを開けなさい。この中に入っているものが、あなたを救ってくれるはずだから……』


 母と思しき美しい女性が、僕へと語りかける記憶。

 もしこの記憶が正しければ、これこそが母さんからの贈り物だ。


 僕は、瓶の栓へと手を伸ばす。


「……まだダメだよね?」


 確かに、今はものすごく辛い。

 勇者パーティの皆さんにつまみ出され、冒険者という仕事を蔑まれた。

 更に、これから食べていけるかどうかもわからない。


 だとしても、今はまだ音をあげるときじゃない。


「それと、これも……」


 僕はピエール様に返却した、右手の『蜂の籠手』とは逆の左手を見る。

 自分の持ち物である『ハンターガント』を脱ぐと、手の甲に奇妙な紋様が刻まれているのが見える。

 円を描く蛇と星が描かれた、由来がわからない印章だ。


 この紋様は生まれたときからあったらしいけれど、院長先生にもこれが何なのかはわからなかった。

 もし母さんが刻んだものならば、これにはどんな意味が……。


『スンスン』


 ビアンカに鼻で突かれたことで、ようやく大事なことを思い出した。


「……そうだ。ビアンカの餌代のこともあるよな」


 今、僕の財布の中には金貨1枚と銀貨2枚、それと十枚の銅貨しかない。

 僕一人分の食費ならともかく、ビアンカも養っていかなきゃいけないのに、これじゃすぐお金が尽きてしまう。


 こんなときに真っ先に思いつくのが、僕の本業……すなわち冒険者だ。

 肉体労働とか雑用とか、他にいくらでも安全な仕事はあるのに、それでもこの仕事が真っ先に思い浮かぶ。

 それこそが、冒険者である僕の難儀な生き方というものだろうか。



 僕はピエール様のパーティに加わってから1年半ぶりに、冒険者ギルドの敷居をくぐった。


「冒険者ギルド、トロニエ支部へようこそー」


 僕を出迎えてくれたのは、この支部の受付嬢のアンナさんだ。

 背が高めでグラマラスな体型で、綺麗な金髪をシニョンにまとめている。

 ギルドの職員の制服は地区にもよるが、このギルドでは女性職員はディアンドルを着ている。


「お、お久しぶりです、アンナさん……」


「あ〜、ジャックじゃん! 久しぶり〜」


 丁度、アンナさんの出勤日でよかった。

 この人には、冒険者ギルドの新人だった頃からお世話になっていた、顔なじみの受付嬢だからだ。


 冒険者ギルドの始まりは、古代にあったリース・ローラシア帝国の崩壊まで遡る。

 大帝国だったリースの崩壊は、各地の武装勢力の跋扈と、そこから始まる戦乱の時代、暗黒の時代の幕開けとなった。

 そんな中、どこの勢力にも属さず、常人にはできない仕事を請け負う便利屋として活躍したのが『冒険者』だった。

 それぞれ勝手に活動してきた彼らは、やがて冒険者同士で助け合い、強大な勢力から身を守るための、国を超えた組織を作り上げた。

 それこそが『冒険者ギルド』だ。


「でもでも、ジャックってドゥエイルの勇者パーティで活躍してるんだよね? 勇者様ご一行のお使いで来たの?」


「じ、実は……」


 僕は魔王軍との戦いでの苦戦と、それに伴う僕のパーティからの除名について説明する。


「というわけで、ギルドに再登録をしたいんですが……」


 アンナさんは事情を聞き終えると、大粒の涙を零しながら僕に抱きついてきた。


「うわああぁぁぁぁぁ〜〜〜ん!! かわいそうなジャックぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜!」


 わけもわからないまま、アンナさんに揉みくちゃにされてしまう。


「ドゥエイルの勇者様ってどう考えてもおかしいよね〜〜〜! みんなのために尽くしてきたジャックをクビにするなんて〜〜〜〜〜〜!」


「い、いいんです、アンナさん……。もう気にしてませんから……」


 ピエール様へのストレートな批判に、僕はアンナさんのことが心配になる。

 勇者連合側の国では、それぞれの国から選ばれた勇者と、その勇者を担保する勇者連合への批判は許されない雰囲気も醸成されている。

 こんな発言を聞かれて、アンナさんが目をつけられないか心配だ。


「私もジャックが戻ってくるといいなって思ってたんだ。でもでも、やっぱり今のジャックがギルドに復帰するには、もう一度登録し直しと『石級』からのスタートをしてもらわなきゃいけないんだよね!」


 冒険者ギルドでは、所属する冒険者のランクは下から順に『石級ストーン』『銅級ブロンズ』『銀級シルバー』『金級ゴールド』『玉級クリスタル』の5段階となっている。

 かつて僕は『銀級』だったが、ピエール様のパーティに入ったときに、僕は冒険者を辞めるか勇者パーティの一員になるかを迫られた。

 結局、悩みに悩んだ末に、僕は冒険者としての立場を捨てた。


「当たり前ですよ。ギルドの規則を遵守するのは冒険者の大原則ですから」


 いくら過去に冒険者としての実績があるからって、そんなことで特別扱いなんて、たとえ勇者様だとしても許されない。


 冒険者ギルドは、会議場に巨大な円卓を採用している。

 これは、上座も下座もないことから『いかなる種族の違い、身分の貴賎も意味をなさない』というギルドの原則を象徴している。

 全ての人物は、ギルドの前には平等ということだ。


「まず、ジャックの冒険者カードは無効になってるから、この新しいカードにもう一度名前を書いて。で、次にここに出自と各種プロフィール、今までの経歴について書いてね。あ、ジャックの場合は再登録だから、以前の書類と照合できたら、今日中には冒険者として活動できるからね!」


 僕はアンナさんから渡された石板と書類に、自分の名前を記入する。

 このポケットサイズの石板『ボードカード』が、僕の魔力の波長と筆跡を憶え、他者がこの身分証明証を利用できないようにする。


 そして、ギルドの履歴書に必要事項を記入し終え、書類上の手続きは完了した。


「これでジャックはギルドに再登録できたけど、さっきも言った通りランクは『石級』だから、そこは我慢してね。……それと、これで今日から依頼を受けられるからね! ジャックにはチョロいと思うけど……」


 僕は『石級』の冒険者であることを示す、丸く磨かれた石のブローチを胸元に刺す。

 ギルドに登録された冒険者は、ボードカード以外にもランクを示すブローチをわかりやすい場所に刺すことで、自らが冒険者であることを示す必要がある。


 アンナさんは説明を終えると、カウンターの上にいくつもの依頼書を提示した。


『スンスンスン……』


 ビアンカもカウンターに顔を乗せて、まるでお菓子でもあるかのように尻尾を振っている。


「はいはい。この依頼が成功したら、お肉を買ってあげるからね」


 僕はビアンカの頭を撫でながら、一番僕に向いてそうな依頼を手に取った。


「それじゃ早速、この依頼を受けますね」


 僕が受けた依頼は、ミドガルド帝国とエルフの国タゥルゥグの国境にある、フェルニゲシュ鉱山ダンジョンでの採掘だ。


「このダンジョンは、かの黒竜フェルニゲシュが住まうダンジョンだけど、浅いところは比較的安全だよ。ジャックぐらいの腕なら、さほど危険はないんじゃないかな?」


「アンナさんにそう言ってもらえると……。でも、不用意に危険地帯へと入っていくようなことはしませんよ」


 自分が戦闘よりも支援に向いているのは重々承知している。

 それに、今僕が持っている武器なんてたかが知れている。

 こんな装備で、無闇な戦闘を行おうとは思わない。


 ビアンカに乗って、ひとっ飛びでフェルニゲシュ鉱山に着く。

 巨大な竜ですら通れそうな入り口の前に、小さな砦を思わせる検問所が見えた。

 ここのような冒険者が多く立ち入るダンジョンは、ダンジョン前にギルドと連携した国か、またはギルドが直接管理する検問が敷かれている。


「あのー、すみません。石級のジャックといいます」


 衛兵の皆さんにボードカードを見せると、それをまじまじと見つめている。


「ま、まさか君は『モノクロの狩人』ジャックか!?」


「ここ1年、行方が知れなかったそうだが……」


「……あー、確か一部でそんなあだ名もつけられていましたね」


 かつての大げさな通り名に、つい苦笑いを浮かべてしまう。

 黒系の服装を好んで着ていたことと、ビアンカの白い毛並みからそんなあだ名を付けられて、ジャックという名前がなかなか浸透しなかったこともあったんだよな……。


「確か銀級だったと聞いていたが、なぜ石級に……?」


「いや〜、その、色々ありまして……」


 どうやら勇者パーティでは裏方に徹していたこともあって、僕がギルドを辞めていたことは知られていないらしい。


「ま、まあ君も一端の冒険者だ。上層ならソロでも大丈夫だろう。でも、2層から上は危険だから行かないでくれよ。それと、地下に行くのも危険だ。最近、ダンジョン内部でフェルニゲシュとは別の竜を見たっていう証言もあってね……」


「もちろんですよ。自分の実力はわきまえていますから」


 衛兵の皆さんに見送られ、ビアンカと共に洞窟へと入っていく。


「ビアンカも気をつけてよ。お前だって戦闘には向いてないんだからさ」


 勇者ピエール様のパーティを辞めさせられても、自分でも驚くほど辛くはない。

 そんなことより、冒険者という仕事を『卑しい』と罵られたことの方がよほど堪えていた。

 その悔しさこそが、僕にとって冒険者こそが天職だという証拠なのかもしれないな。


「さて……久しぶりのソロでの仕事だ。気をひきしめて行こうか」


 しかし、僕はこの洞窟で味わう恐怖と、胸の瓶に頼る事態に出くわすとは思っていなかった。

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