雨降る中の刃
メリュジーヌさんの正体がバレたことで、僕はアノーラさんと戦う羽目になってしまった。
アノーラさんは『蒼き流れ星』と呼ばれていた頃のメリュジーヌさんを知っているようで、問答無用で僕らに襲いかかってくる。
そして、今は森の中でメリュジーヌさんとアノーラさんが切り結んでいる。
「ジャックを置いてくるたぁ、殊勝な心がけだな! もしお前についてきてたら、真っ先に足を射ってたからな!」
「今ジャックは別の用事で忙しいのよ! しばらくアタシが相手してあげる!」
メリュジーヌさんは木々の間を飛びながら、枝から枝へと飛び移るアノーラさんに魔法を撃ち続ける。
しかし、アノーラさんは『蜘蛛の籠手』から飛び出す糸を巧みに操り、全ての魔法を軽々とよけていく。
その様子を、僕とビアンカは草叢に身を隠しながら伺っている。
「さて、と……上手くできるかな?」
僕は先程メリュジーヌさんに教えてもらった、大掛かりな魔法の準備を始める。
この魔法を使えば、アノーラさんの動きを止めることができるはずだ。
草叢の隙間に、僕とビアンカを包み込むように魔法陣が展開する。
この魔術は、この前使ったアイスストームとは比べ物にならない大規模な魔術だ。
本当に、こんな魔術が僕に使えるのか……?
「スンスン……」
不安を感じていた僕の顔を、ビアンカが優しく舐めてくれる。
「……ありがとう、ビアンカ」
メリュジーヌさんの期待に応えられるよう、アノーラさんとの争いを止められるよう、僕は魔術の発動に意識を集中させる。
「……水よ、水よ、水よ、水よ。汝らは恵みをもたらすもの。散り散りになりしその身はひとつとなりて、天を覆う傘とならん。天よりこの地に降り注ぎ、恵みの雨を降らせたまえ……」
魔法陣がメリュジーヌさんのような藍色に輝き始め、この場をおさめるための魔術を発動させる。
やがて、青空が厚い雲に覆われていく。
その視界の端では、メリュジーヌさんがアノーラさんの矢を弾いていた。
「まだなの、ジャック!?」
アノーラさんの複雑な戦法に翻弄されて、そろそろ食い止めきれなくなりそうだった。
でも、これが完成したからにはもう大丈夫だ。
『レイニークラウド!!』
僕の合図とともに、ぽつぽつと雨粒が降ってくる。
「……雨、か?」
雨は段々と勢いを増していき、ムッターバルトの森林に激しい雨が降り注ぐ。
メリュジーヌさんの藍色の髪と、アノーラさんの銀髪が雨に濡れていく。
「やっぱり成功させたのね、ジャック」
アノーラさんはしばらく空を見上げていたけれど、やがてこの雨の意味するところに気づき、慌てて後ろの木へと糸を飛ばす。
しかし、その糸は中途半端なところで途切れてしまう。
「チッ……そういうことかよ!」
『蜘蛛の籠手』は、アノーラさんの魔力と日光から糸を作る。
であれば、日が当たらないところであればあの籠手は使えないはずだ。
そこから僕は、メリュジーヌさんの雨を降らせる魔法『レイニークラウド』を教えてもらい、この森林地帯に雨を降らせることを思いついた。
これだけの魔力を注ぎ込んだら、しばらくは雨が降り続けるはずだ。
「アノーラさん……貴女の機動力の要となる『蜘蛛の籠手』が使えなければ、魔法と腕力で勝るメリュジーヌさんに分があります。ここは負けを認めてください」
アノーラさんのすぐ側まで歩み寄って、僕は手をさしのべる。
僕の目的は、決してアノーラさんと戦うことじゃない。
ちゃんとメリュジーヌさんとの出会いについて説明して、誤解を解かないと……。
「……なわけにゃいかねぇんだよ!」
一瞬の隙をついて、アノーラさんはエルヴンナイフを抜いた。
「冒険者ってのはなぁ、最後まで諦めずに戦い抜くもんなんだ!」
エルヴンナイフの中でも上質の、ミスリルの刃が僕に迫る。
「ジャック!!」
刃が喉に触れる寸前で、僕はアノーラさんのナイフを食い止めた。
「あ……お前、それって……」
それは、僕が愛用しているエルヴンナイフだ。
アノーラさんのものとは違い、一般的な鋼鉄の刃だけれど。
「憶えてますか? アノーラさんと故郷のアルビオンで出会ったとき、愛用のエルヴンナイフを戦いの相棒として紹介してくれましたよね?」
僕が冒険者になったとき、最初の目標はエルフの伝統的な武器であるエルヴンナイフを買うことだった。
エルヴンナイフは、もともと森で暮らすエルフが狩りの道具として使っていたもので、鉈のような日用品としての面も持っている。
ナイフとしては大ぶりで、湾曲した刃、握りやすいようくねらせた柄、指を守るように曲がった鍔が特徴的だ。
また、エルフの魔術により施された象嵌もあって、美術品としての価値も高い。
「貴女に憧れて冒険者となった僕が、メリュジーヌさんを利用して悪事を働くわけがないじゃないですか……。なにしろアノーラさんは、僕の理想の冒険者なんですから……」
僕の訴えに、アノーラさんはそっとミスリルの刃を鞘に納める。
「……なぁ、ジャック。昔のオレは人助けなんて当たり前にやってきたから、助けた奴の顔なんていちいち憶えちゃいねぇんだ。……でも、オレとの話といい、そのエルヴンナイフといい、やっぱりどっかで会ったことがあるみてぇだな」
僕らは雨に濡れながら、再度向かい合う。
アノーラさんはため息をつきながら、雨粒に濡れた銀髪をかきあげた。
「まぁ話ぐらいなら聞いてやってもいいぜ。お前が悪だくらみをしてるようには見えねぇし、昔オレと会ったってのも気になるしな」
「……アノーラさん、ありがとうございます!」
やがて、一時的な雨雲が薄れていき、雨が弱まっていく。
光の筋が射す空の下、僕は『陽光と白銀の弓取り』に憧れてから今までのことを話すのだった。




