陽光と白銀の弓取り
森の中にいる武装集団への偵察の依頼を受けて、ムッターバルト森林へと出発した。
僕はビアンカに乗り、その後ろをメリュジーヌさんが歩いている。
障害物の多い森で飛ぶのは危険なのにくわえ、相手に見つからないようにするための、彼女なりの配慮なのだろう。
「ねえジャック、情報収集なんてケチなことしてないで、武装集団とやらを潰してくればいいんじゃない? せっかくアタシがいるんだし」
メリュジーヌさんのあんまりな提案に、僕は思わずドン引きさせられた。
「あの……一応僕らの受けた依頼は、石級にも務まる偵察です。勝手に相手を攻撃したら、他の冒険者との連携がままならなくなりますし……」
冒険者として大事なマナーとして、町で売られているアイテムはもちろん、植物や鉱物などの資源、さらにはそれぞれの冒険者が受け持つ仕事を、無闇に独占しないというものがある。
現状、このマナーは強制力のないものではあるけれど、もし僕らが他の冒険者の仕事を取ったとすれば、冒険者の頂点としてあるべき姿から遠ざかっていくことだろう。
「……面倒ね。ま、困ったらいつでも助けてあげるから、アンタは何も気にせず仕事に専念しなさい」
僕は地面をよく見ながら、ビアンカは地面の臭いを嗅ぎながら、森に潜んでいる集団の正体を探っていく。
荒らされている草むらや、地面にかすかに残った足跡といった、武装集団が通過した痕跡を見つけていく。
こういった技能も、憧れの冒険者『陽光と白銀の弓取り』から学んだことだ。
「……メリュジーヌさん。森に潜んでいる武装集団の正体は、恐らくオークなどではないみたいです」
「どうしてそう思うの?」
僕は地面の足跡を指差しながら、それが意味するところを説明する。
「ここの足跡は、全員が靴を履いているのがわかりました。もしオークであるならば、物好きな奴をのぞいて裸足で歩いているはずです。それに、野生に近い暮らしを送っているオークならば、こんなわかりやすい痕跡は残しませんから」
僕の説明を聞きながら、メリュジーヌさんは興味深そうに頷いていた。
「へぇ……こんなものよく見つけたわね……」
「まあ、ビアンカのおかげでもありますけどね」
今までの僕の活躍は、ビアンカに支えられてきたおかげでもある。
もしそのことを忘れるようであれば、僕はビアンカの飼い主失格だ。
その後も、僕とビアンカが周囲を観察しながら、メリュジーヌさんはその後ろを堂々と歩きながら、相手の居場所を探し続ける。
やがて、あちこちがボロボロになったままの、石造りの建物が見えてきた。
「これは……古い砦跡みたいですね」
地図には記されていないことも多いけれど、戦争がひと段落ついたとか、再建も不可能なほどの損害を受けたなどの理由で、こうして放置された城や砦が各所に存在する。
そして、こういう場所は必然的に、無法者などの隠れ家となっていることが多い。
「ドワーフ以外もいるわ。ホラ、そこの塔の上と足下に……」
メリュジーヌさんの言う通り、丸塔の上から弓を持った山賊が二人立っていて、その足下では二人の剣を持った盗賊が巡回している。
上は片方が人間で、片方が犬耳の獣人だ。
そして、下は片方が人間、片方がドワーフだ。
「どうやら、ドワーフの犯罪者と近隣の人間や獣人が結託して、山賊行為を行なっている……と考えるのが妥当ですね」
カザード・ジラク独立国はドワーフの国だが、下層民には人間や獣人などの他種族が混じっている。
その中にはジラクに不満を持つ者もいて、ドワーフの犯罪者と結託して盗賊になる事例もよく見られる。
「どっちもバカな連中ね。山賊なんかに身を落としたせいで、ジャックとアタシに目をつけられたんだから……」
メリュジーヌさんは既にやる気満々だ。
だから僕らの役割は斥候だって言ってるのに……。
「あの……相手の人数がはっきりしませんから、正面から仕掛けるのは危険です。もしかしたら、どこかに罠が仕掛けられているかもしれませんし……」
「わかってるって。龍人だからって考えなしに飛び込むとでも思った? まあ、アタシは偵察なんて向いてないから、後ろで待ってようかしら」
「では、この砦の周辺を見て、相手の数と砦の構造を把握してきます。特に砦の見取り図を作ることができれば、ギルドで貰える報酬が大幅に増すはずです」
かつて『モノクロの狩人』と呼ばれていたときも、ピエール様の勇者パーティに所属していたときも、偵察を任されることが多かった。
そのときに大事だったのが、敵の拠点についての情報を持ち帰ることだった。
見つからないように魔王軍の奥まで忍び込み、防衛施設の構図、人員と兵器の配置がどのようになっているかを調べ尽くすことで、味方が行動しやすい下地を作ることが僕の役割だった。
「それじゃあ、ジャックとビアンカは先に行って。アタシは合図をくれたらすぐに行くから」
「……ありがとうございます。それじゃ、行ってきますね」
僕はメリュジーヌさんに挨拶をすると、ビアンカと一緒に伏せながら砦に近づいていく。
デリンさんに貰った『ドワーフクロスボウ・デリンモデル』は、コンパクトで機能性が高いこともあって、隠密行動でも邪魔にならない。
「ビアンカ、慎重に行こうね。相手は何人かわからないんだから」
ビアンカは伏せたまま鼻を鳴らす。
茂みの向こうから門の辺りを観察すると、壊れた門を二人のドワーフが見守っていて、その上に弓を持った人間がいる。
「意外にも正面の見張りが少ないな……」
意外と数が少ない可能性もあるけれど、油断は禁物だ。
しばらく周囲を観察しながら、また正門前まで戻ってくる。
そのままメリュジーヌさんのところまで戻ろうとしたところで、門の前で異変が起きていたことに気がついた。
「おら、とっとと歩けっ!」
おそらく略奪品を獲ってきた山賊の一味が、正門から砦へと入ろうとしていた。
その山賊に混じって、縄で縛られたまま頭に袋をかぶせられて、後ろから蹴り上げられている影が見えた。
シルエットからして、おそらく僕とそう変わらない子供だろう。
「まずいな……助けられないか?」
かといって、僕一人じゃこの人数を相手に助けられるとは思えない。
それに、もしここで僕が姿を見せれば、山賊の連中は冒険者の攻撃を警戒するようになってしまう。
だからといって、僕に見捨てるという選択肢はなかった。
かつて、僕が憧れた『陽光と白銀の弓取り』は、郊外でミジンに追いかけられていた僕を助けてくれた。
そのとき「難しいことは考えなくっていい。目の前で困ってる人がいたら助けるのが冒険者ってもんなんだ」と言ってくれた。
「ビアンカ、メリュジーヌさんを呼んできて」
僕はビアンカを送り出すと、デリンモデルに特殊なボルトを番える。
「行け!」
矢を天高く放つと、空中で何度も火花を散らしてから破裂音を鳴らした。
雷の魔力を込められた『エレキボルト』だ。
「なっ、なんだ!?」
ドワーフと人間と獣人の混成軍は、ほとんどが上空からの稲光と破裂音に驚き、空へと目を向ける。
その一瞬の隙を狙って、僕は煙玉を投げつけた。
「なっ!? う、うわ……」
周囲に煙幕が撒き散らされ、山賊から視界を奪う。
煙幕の中をくぐり抜けながら、僕は囚われていた人のもとへと一直線に駆けていく。
「ぐえっ!」
「ぎゃっ……」
二人の山賊を殴りつけて気絶させると、そのまま囚われていた子供を担ぎあげる。
思ったより軽いのは、日頃から鍛えてきた成果だろうか?
「あの、あ、あなたは……?」
「詳しい話は後です! 一旦ここから逃げましょう!」
この子を担いだまま、僕は全力疾走で森の木々の間をくぐり抜ける。
今まで鍛えてきた甲斐あって、同じぐらいの体格の相手ならば軽々と担いで逃げられる。
「にっ、逃すな! あっちだ!」
塔の上の見張りは、こちらを指差しながら仲間に呼びかける。
僕は山賊を振り切ろうと、ひたすら全速力で走る。
山賊の視界から外れることを狙って、生い茂る森の中を駆けていく。
しかし、あまりにも数が多すぎる。
右からも左からも、奴らの増援が集まってくる。
「とうとう追い詰めたぞ、覚悟しろ!」
半円を描くように集まった山賊は、ほとんど逃げ道を塞いでしまっている。
僕は子供を担いだまま、木に背を預ける形となってしまった。
「こいつ、冒険者か? どこの依頼で来た!?」
まずいな、まだメリュジーヌさんも来ていない。
いくらなんでも、この子を守りながらじゃ……。
「オレが来たからには、引き返す必要なんてないぜ!」
八方塞がりなところで、どこからともなく矢が飛んできた。
風を切って飛ぶ矢が、山賊のドワーフの眉間を鉄兜ごと貫いた。
声のした方を見ると、ダークエルフの女性が木の枝に乗って弓を構えていた。
「ま、まさか、こいつは……!」
絹のような銀色の長い髪がなびき、その隙間からはエルフの特徴である笹穂耳が穂先をのぞかせている。
その健康的な褐色の肌を引き立てるのは、あちこち肌を露出させた奇抜な軽装だ。
自信に満ちたルビーのような紅い瞳が、楽しげに僕らを見つめていた。
「……ア、アノーラさん……」
見間違えるはずがない。彼女こそ僕が憧れた『陽光と白銀の弓取り』アノーラ・タゥルクーさんだ。
「……よぉ、無法者ども。弱いものいじめは楽しいか?」




