山岳での仕事
「……ん……」
ドワーフの国ジラクの宿屋で、僕はやたらと寝床が暖かいことに気がついた。
ここは夏以外は雪が積もっているジラク山脈だ。確かに心地いいけれど、なぜこれほど暖かいのだろうか?
毛布にしてはやたらと弾力があり、また感触も妙に柔らかい。
「〜〜〜〜っ!?」
目を開いた僕の眼前にあったのは、ぐっすり眠るメリュジーヌさんの寝顔と、丸く柔らかな乳房だった。
なんと、僕はメリュジーヌさんの胸に埋もれて眠っていたのだ。
「うわああぁぁぁっ!?」
ベッドから転がり落ちたことで、メリュジーヌさんを起こしてしまった。
眠そうに目をこすりながら、やがて僕の姿を認める。
「どうしたのよ、ジャック。朝っぱらから大声出して……」
やはり、メリュジーヌさんは一糸まとわぬ姿でベッドから起き上がった。
「それどころじゃないでしょう! なんで僕がメリュジーヌさんと同じベッドで寝ていたんですか!?」
「いや〜、ここって寒いでしょ? エーテル・クロースでなんかあったかい服出してもよかったんだけど、着心地悪くって……。で、たまたま寝袋に入ってたジャックが目に留まったから、遠慮なく使わせてもらったってわけ」
「なんでたまたまで僕を暖房具代わりにするんですか!?」
わざわざ僕を寝袋から出して、ベッドに引っ張り込んだということになる。
寒いからって、そこでなぜ僕を使わなきゃいけないんだろう?
「どうしたの、ジャック? まさかアタシの胸に埋もれて嬉しかった?」
「からかわないでください!」
ニヤニヤと笑っているメリュジーヌさんから目を背けて、僕は宿屋を出る支度を進める。
「そんなことより、今日からジラク周辺で初心者向けの依頼を受けますから、早くランクを上げられるように頑張りましょう」
僕とメリュジーヌさんが正式にパーティを組むには、どちらかが少なくとも石級から銅級へと昇格しなければならない。
そして、僕の「冒険者への世間の見方を変える」という夢を叶えるためには、最高ランクである玉級にまで昇る必要がある。
「そうね。アタシの役目は、アンタの夢を叶えてあげることだもんね!」
宿屋から出た僕らは、冒険者ギルド・ジラクブルグ支部へと向かっていた。
ジラクブルグは、ジラク山脈の麓に栄える大都市で、各国からつながる街道の交差点となっている。
「……あら? この音は何?」
何かに気づいたのか、メリュジーヌさんは街の出入り口へと目を向ける。
耳を向こうへと傾けていると、遠くから軍楽隊の演奏が聞こえてきた。
「あっ、ドワーフ傭兵団です!」
街道の方を見ると、このカザード・ジラク独立国の力を象徴する、ドワーフ傭兵団が凱旋のパレードをしているのが見えた。
先頭を重厚な鎧を着込み、バトルアクスかハンマーを持った重歩兵隊が歩く。次いで、長槍とハルバードで武装した主力部隊が続く。中央に剣を持ち、マントを羽織った精鋭部隊が陣取っている。その次に鉄砲を担いだ射手隊、後方に大砲をロバで曳く砲兵隊、最後尾に荷車とロバで荷物を運ぶ輜重隊が続く。
「見ろ! あれこそ我がジラクの誇り、ドワーフ傭兵団ぞ!」
「俺達ドワーフの力があれば、魔王なんて目じゃねえぜ!」
周囲では、この国のドワーフの皆さんがドワーフ傭兵団を出迎えている。
中にはカザード・ジラク独立国の国旗である、灰色と白のジラク山脈の山並みが描かれた旗を振っている人も見られる。
「あの様子だと、勇者連合が一定の戦果を収めたと考えるのが妥当かな……」
当然ながら、勇者はピエール様だけではなく、各国から一人ずつ排出されている。
そして、各々の勇者が自分のパーティを持っている。
そして、各国の勇者は勇者連合が大規模な作戦を行う際、各地で魔王軍に対する行動を起こす。
現在、ドワーフ傭兵団は勇者連合に雇われて行動しているので、各国の勇者に協力するために最前線に赴いていたはずだ。
そして彼らが立派な姿を保って戻ってきたところを見るに、戦果をあげて戻って来たと考えるのが妥当だろう。
「あんまり軍隊なんてものには興味ないんだけど、ジャックの観察眼を拝見できるのはいいかもね」
メリュジーヌさんは、僕とドワーフ傭兵団を見比べながら笑う。
こういうところは、個人の実力で勝負する龍人らしい考え方だ。
……それにしても、ピエール様と他の皆さんは元気かな?
ひどい仕打ちを受けたとしても、やはり気がかりになってしまう。
「……おい、聞いたか? ドゥエイル王国の勇者様の話……」
元のパーティのことを考えていると、後ろで当のピエール様の噂が聞こえてきた。
「ああ、他の勇者は各地で魔王軍を押し返しているのに、あの勇者パーティの軍だけ敗走しているみたいだ。傭兵団からの伝令からの発表みたいだぜ」
「前から問題を起こしてるって話もあったけど、さすがに立場が危うくなってきてるんじゃないのか? まあよその勇者様のことなんて、気にしても仕方ないっちゃあそうなんだけどよ……」
ピエール様が敗北……?
そんな馬鹿なと思いつつも、今まで見てきた魔王軍の強さと、腰のマギ・ピストルのような未知の技術を考えればあり得る話ではあった。
「どうやらあのバカガキ、さっそくジャックがいなくなった弊害が出てるみたいね。ま、あれだけ頭悪かったら当然の結果でしょうけど」
僕がいなくなったことが原因だなんて、そんなことあるのかな?
ピエール様も他の皆さんも、僕よりずっと強いはずだから、僕一人が出て行ってもさほど問題ないと思うんだけど……。
冒険者ギルド・ジラクブルグ支部にたどり着いた僕らは、まずはギルドの受付嬢へと挨拶をする。
ここの受付嬢は、恰幅のいいおばさんといった出立ちのドワーフだった。
「というわけで、真銀洞窟ダンジョン方面で何かいい依頼はありませんか?」
「そこでもいいけれど、この頃ムッターバルト森林地帯で新人向けの依頼が入っていてね。そっちを先に片付けてくれると助かるんだけどねえ……」
そう言いながら、ドワーフの受付嬢は依頼書を提示する。
「ここには正体不明の武装集団が住み着いてるらしくってね。ときどき森の中から旅人や隊商が襲撃されているのさ。そいつらの正体を確かめる偵察の依頼があるのさ」
武装集団といえば、その正体は大抵オークなど鬼族の群れか、でなければ人間などの山賊が相手であることが多い。
ただし、当然ながら人間相手とオーク相手とでは、戦い方のノウハウが異なる。
情報収集を行う冒険者の役割は、斥候として相手の正体を確認し、余裕があれば相手の本拠地などの情報を持ち帰り、他の冒険者の助けとなることだ。
「報酬は一人あたり金貨10枚だ。やってくれるかい?」
僕としては真銀洞窟ダンジョンに行きたかったけれど、人命に関わる仕事であれば、そちらを優先するのが冒険者というものだ。
僕が憧れたあの人も、きっとそう言ったに違いない。
「わかりました。では、それでお願いします」
僕は依頼書にメリュジーヌさんの分もサインする。
もしどちらかが銅級になることができれば、二人でパーティを結成することもできるだろう。
ギルドから出た僕らは、さっそく依頼のために支度を始める。
隠密行動を行うため、それ用の服装を用意するわけだ。
「ジャック、隠密行動をするっていうのなら、このメイド服は目立つわよね?」
「ええ、どこかで必要な服を買おうかと……」
「……じゃあ、こんなのはどうかしら?」
そう言うと、メリュジーヌさんはまた『エーテル・クロース』を解いた。
「わわっ!?」
目を開くと、そこにはやたらと露出の多い衣装を纏ったメリュジーヌさんがいた。
狩人の装いに似ているが、布面積が異様に少ない。
水着のような黒い下着が、扇状的な雰囲気を醸し出している。
「どうかしら? これで動きやすいし、目立たなくなったでしょう?」
この格好は、また別の意味で目立ちそうだけど……。
でも、この服装を見ていると、あの憧れの『陽光と白銀の弓取り』のことを思い出してしまう。
あの人も、まるで今のメリュジーヌさんを思い起こさせる、ワイルドな服装を好んでいたよな……。
「ジャック、もしかして別の女のことを考えてなかった?」
なんで僕が考えていることを微妙に見透かしてるんだ!?
「い、いえ、そんなことないと思いますけど……」
というより、あくまであの人は憧れの冒険者であって、下心を持っているわけじゃないんだけどな……。
「ふ〜ん……まあいいわ。それじゃ行くわよ。ホラ」
メリュジーヌさんは若干不満そうな顔で、僕に手を差し出す。
「は、はい」
僕は差し出された手を掴んで歩き出す。
こうしてみると、まるで母親に手を引かれる子供のようだ。
「ふふ……まるでジャックのお母さんになった気分ね。……これもあのアバズレの思惑通りだと考えると癪だけど」
確かにこうしていると、小さな子供が手を引かれているみたいで、少し恥ずかしい。
そして、もし母さんと一緒に暮らすことができていたら、こんな風に手をつないでいたのだろうか……とも考える。
名前も知らない母さんに思いを馳せながら、僕はメリュジーヌさんと共にムッターバルトの森林へと向かうのだった。




