ドワーフの工房
ドワーフの国『カザード・ジラク独立国』は、西ローラシアの真ん中、ジラク山脈の周辺に栄えている共和制の国家だ。
エルフの次に歴史の長いドワーフは、紆余曲折の末にこの地に国を築き、以来この土地を守り続けている。
この国一番の大都市・ジラクブルグからは、このジラク山脈が間近に見られる。
「しっかし、こうして直に見ると壮大ね……。ジャックに封印を解いてもらってよかったかも」
メリュジーヌさんは、のどかな平原と高い山脈に見とれている。
以前は僕の瓶の中から見ていたから、外に出た状態では感動は格別なのだろう。
確かに、僕も冒険者として様々な国を渡り歩いてきたから、感動する光景を見たときの喜びはよくわかる。
ただ、今後はその光景を、メリュジーヌさんと共有していくことになるのだろう。
メリュジーヌさん……。
母さんが僕に使い魔として渡した、かつて『蒼き流れ星』と呼ばれた龍人。
なぜ母さんは、あの瓶の中にメリュジーヌさんを封印して、しかも僕に預けたんだろう?
「なに? どうかした?」
「あっ、い、いえ、なんでもないです!」
いけない。ついついメリュジーヌさんに見惚れてしまっていた。
でも、メリュジーヌさんは本当に綺麗だし……。
「それよりジャック、この国に来たのは知り合いのドワーフにその武器を見てもらうためだったんでしょ?」
僕の腰にあるマギ・ピストルは、ついこの前専用の弾丸『マギ・バレット』を使い果たしてしまったため、現在は使うことができない。
しかし、あの人は以前から魔王軍の新型兵器に関心を持っていて、これをきっかけにマギ・ピストルを見ていただこうと思った。
「ええ。もし引っ越しなどをしていなかったら、前と同じ工房にいるはずです」
ドワーフはエルフほどではないが、とても長寿の種族のひとつだ。
小柄な反面、人間にも勝る怪力を持っている。
また、種族としての習慣から手先が器用で、それがドワーフの優れた技術へと繋がっている。
そして、このカザード・ジラク独立国は、そんなドワーフの力と技術によって支えられている。
「そうと決まったら、さっそく見てもらいましょう!」
そのまま僕らは、かつてあの人が住んでいた工房へと向かう。
工房の中からは金属を打ち付ける音が聞こえてきて、あのときと同様の雰囲気を醸し出している。
看板には『デリン・テルヒム』という看板がかけられている。
「デリンさん!」
久しぶりに見た姿に、僕は思わず声をあげてしまう。
「お? もしや……ジャック坊やか?」
デリンさんは、僕の姿を認めると作業台から飛び上がった。
ドワーフの職人にありがちな、ふさふさとした灰色の髪と髭に、ゴツい身体に作業着とエプロンがよく似合っている。
「お久しぶりです、デリンさん」
僕とメリュジーヌさんは、一礼して工房へと入っていく。
小さな工房の壁際には、ドワーフ製の武器がところせましと並べられている。
「久しいのう……。しかし、ジャックはドゥエイルの勇者様に見染められて、パーティの一員になったのではなかったのかね?」
やはり周囲からすれば、勇者パーティにいるはずの僕が別行動をしているのはおかしいことなんだろう。
「じ、実は……」
僕はピエール様のパーティを除名されたことと、冒険者として再スタートしたこと、その際龍人のメリュジーヌさん……もといメリーさんと知り合ったことを説明した。
メリュジーヌさんは、何も言わずにニッコリと微笑んでいる。
もしデリンさんが『蒼き流れ星』と呼ばれたメリュジーヌさんのことを知っていたら、トラブルに発展しかねない。
「ふむ……まさか龍人のお嬢さんが味方になってくれるとは……。しかし、後方支援としてパーティを支えてきたジャックをお払い箱にするとは、ドゥエイルの勇者様はとんだ大間抜けと見える」
デリンさんも、アンナさんと同様にピエール様を批判する。
こう言ってくれてはいるけど、僕がドゥエイル勇者パーティの中では一番弱かったのは事実だし……。
「そんなことより、デリンさん。今日はお願いがあって来たんです。ホラ、前に話していた魔王軍の銃器のこと……」
僕は弾丸の切れたマギ・ピストルをデリンさんに手渡した。
デリンさんはあれこれ銃器をいじくり回しながら、その複雑な仕組みに関心している。
「ううむ……なるほど。ここがこの部分と連動して……」
一通り仕組みを見終わってから、デリンさんはマギ・ピストルを作業台に丁寧に置いた。
「ジャック……これほど複雑で合理的な銃器は、このカザード・ジラクでも見たことがない。おそらく魔王軍には、この国を遥かに上回る技術があるのじゃろう」
やはり、デリンさんもそう分析しているみたいだ。
ピエール様は「そんなに役に立つって言うのならお前が使えよ」と言って譲ってくれたけど、本来ならこの魔王軍の新型兵器を、勇者連合に引き渡しておくべきだったかもしれない。
「だとすると、この国でもこれに類似する仕組みの銃を作るのは無理そうですか?」
カザード・ジラク独立国には、今までのドワーフの技術が集う。
そんなドワーフの力を合わせれば、魔王の武器を再現することもできるんじゃないだろうか?
「ワシもドワーフの職人のはしくれ、絶対にできないとは言わん。……じゃが、いかんせんジャックの持ち物を壊してしまわないという保証はないからの……」
デリンさんが壊してしまうかも、なんて弱気な発言を見せるなんて……。
やはり、名もなき魔王の技術は得体の知れないものがある。
「実はそれ、専用の弾丸であるマギ・バレットが尽きているから撃てないんです。だからそれにあたるものを買いたいんですけど、似たものに心当たりはありますか?」
僕は簡単な図形と説明が書かれたメモを渡して、自分が使ってきた『マギ・バレット』の形状と仕組みを説明する。
「話を聞く限り、この国で販売しているマギ・バレットとは異なるものじゃな。これに近いものを撃つことはできるかもしれんが、全く同じものは見つかるかどうかわからんぞ」
この様子だと、同じタイプの弾丸はしばらく手に入らないかもしれないな。
「……やっぱりそうですね。まあ、使えるものがあるかどうか、武器屋などで聞いてみることにします」
「それもいいじゃろう。しかし、しばらくはそのマギ・ピストルの代わりとなる別の武器を用意した方がいいかもしれん。もしよければ、ワシの作った武器を見ていかんか? ジャックになら、格安で売ってやろう」
デリンさんは、僕らを武器を並べた棚に招待した。
「そうですね……マギ・ピストルに代わる飛び道具があれば……」
そんなことを言っていると、端にひっそりとかけられているクロスボウに目がいった。
一般に普及しているものとはデザインが異なり、コンパクトに作られている。
また、背部には見たことがない形の巻き上げ機がついている。
「あの……このクロスボウ、よさそうですね……」
「ああ、こいつは冒険者に売り込もうと作った試作品なんじゃが、あまり相手にされんかってのう……。決して悪いものではないんじゃが、何が悪かったのか……」
そっか……この子も僕と同様に「いらない」とされてしまったんだ。
「……これ、いくらになりますか?」
「そうじゃのう……せっかくジャックに使ってもらうんじゃ。お試しという意味も込めて、金貨5枚で譲ってやろう」
「ちょ、ちょっと! 流石にそれは安すぎます!」
確かに今はあんまりお金はないけれど、金貨5枚はクロスボウとしては中古品か、でなければワケありの品物につけられる値段だ。
デリンさんが作ってくれたものを、そんな安値で買うことはできない。
「ジャック。ではこう考えてはどうじゃ? お前はワシの作った武器を、お前の活躍を通して世間にアピールする。さすればきっと、その子もこの国に受け入れられることになるじゃろう。その分を代金から差し引く……と考えればよい」
そこまで言われると、このクロスボウを粗末に扱うことはできない。
金貨の重さに反比例して、デリンさんの期待が重かった。
「……わかりました。では、これにします。売ってくれますか?」
「うむ……」
僕とデリンさんは、クロスボウと代金を交換した。
手にとってみると、より一層合理的なデザインになっているのがわかった。
「そうじゃ、それに使うボルトもいるな。おまけにつけといてやる。まあ人間のものと長さは変わらんから、尽きたらまたどこかで買うといい」
そう言って、デリンさんは矢筒と数種類のボルトを持って来た。
デリンさんの気持ちの分で、これも重さが増しているような気がした。
「それじゃあこれの名前は……『ドワーフクロスボウ・デリンモデル』というのはどうですか? これにデリンさんの名前をつけることで、これを作ったデリンさんの凄さをアピールしたいんです」
もしデリンさんのことをアピールすることが代金なら、デリンさんの名前とこのクロスボウとをつなげる必要がある。
それを聞いたデリンさんは、フードを目深く被って顔を隠してしまった。
「……ありがとう。ジャックに出会えて、ワシはとんだ幸せ者じゃよ」
メリュジーヌさんも、デリンさんが泣いていることに気づいているようだった。
「ま、アタシが決めたジャックだもん。きっとアンタの武器を世界一売れる武器にしてくれるはずよ」
それはちょっと大袈裟な気がするけど……。
でも、そのぐらいの気概がないと、デリンさんの恩義に報いることはできないだろうな。
「ありがとうございました!」
僕は手を振りながらデリンさんの工房を後にする。
メリュジーヌさんも、スカートをつまんで一礼していた。
「ありがとうなー! また来てくれよー!」
外に出ると、既に日が西に沈みつつあった。
もう無理に遠出はせず、一度宿屋に泊まろう。
「よかったわね、ジャック。やっぱり持つべきものは頼れる味方だわ! ま、アタシが一番頼れると思うけどね」
胸を張るメリュジーヌさんを見つめながら、僕はこの頼もしい人との旅を思い描いていた。
冒険者としてビアンカに乗り、メリュジーヌさんとともに戦い、デリンさんのクロスボウを撃つ。
そして、やがては冒険者ギルドの運営に加わり、人々の冒険者へのイメージをよくしていく。
そんなよき未来が想像できるほどに、僕の現状はよくなっているようだった。




