卑しい冒険者はいらない
「というわけでジャック。お前はもういらない」
僕らドゥエイル王国勇者パーティは、ローラシア大陸の中央に居を構える『名もなき魔王』との戦いに向けて、ミドガルド帝国はトロニエ城の宿屋で会議を開いていた。
「…………え?」
はずだったが、勇者であるピエール・ペガソス様から僕……ジャック・オーウェルにつきつけられたものは、お払い箱の宣言だった。
今、この世界『El Iest』の1/6を支配している『名もなき魔王』に対抗するために、魔王と対立する各国は『勇者連合』を設立した。
そして、その勇者連合に所属する各国の代表である『勇者』は、それぞれが魔王軍との戦いへと乗り出していく。
その一員として戦ってきたのに、なぜこんな仕打ちを受けることに?
「えっと、その……何かの冗談ですよね? ね?」
「これの何をどう聞いたら冗談になるんだよ! お前はうちのパーティから除名するって決まったんだよ、このカス!」
「ひっ!?」
ピエール様の腹心の部下であるセルゲイ・スクィルコフさんが、険しい顔つきで拳をテーブルに叩きつけた。
華美な甲冑などの重武装が、よりいっそう威圧感を強調する。
『クゥ〜ン……』
部屋の隅で丸まっている、白い狼のビアンカも怯えている。
「言葉通りの意味よ、ジャック。あんたはうちのパーティにはもういらないの」
バベル教国から遣わされた聖女のマグナ・ウルヴァンさんが、心底維持の悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
確かに僕は、さほど戦闘能力が高いわけじゃない。
しかし、僕らは冒険者として培ってきた知識と技術を用いて、このパーティの後方支援要員として役に立ってきたはずだ。
「ま……まるで意味がわかりません。僕は自分にできることで、このドゥエイル勇者パーティに貢献してきたはずです! この前の偵察でも、魔王軍が運搬していた魔導砲の位置を特定してきたからこそ……」
「ふざけるな、ジャック。そんなことで役に立ったなど片腹痛いわ」
エルフの魔術師であるロンド・オブライエンさんが、顔色ひとつ変えずに遮った。
「我々が戦っているのは、この世界を脅かす『名もなき魔王』だ。貴様も我々パーティの一員であればわかるだろう? 我らの敵が、本拠へと近づく度に強くなりつつあることを……」
確かに、この頃僕らは魔王軍に苦戦を強いられ、今は一進一退の攻防が続いている。
「お前みたいな下働きしかできない無能は、これからは邪魔にしかならないって判断したんだよカス!」
僕は後ろで壁によりかかっている、仙狐のチャチャ・ミキさんに目を向ける。
「……………………」
しかし、チャチャさんは一瞬目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。
とても、今の僕は弁護しようがないと言いたげだった。
「もうひとつ言わせてもらうなら、そもそも冒険者というものが卑しいからだ」
ピエール様は、今までの僕ら冒険者の努力を全面否定する言葉をぶつけてきた。
「い……卑しい……?」
まるで意味がわからなかった。
ピエール様が僕をパーティに加えたのは、冒険者として活躍してきた僕の実力を買ってくれたからじゃなかったのか?
「そうよ。本当だったら崇高な勇者パーティに近づくことも許されない冒険者が、私達のような選ばれし者の一員になれたのが異常な事態なんだから!」
「冒険者など……勉学も知らず、他に生き方を知らぬ者が就く賤業だ。しかし、なんの間違いかお前は王女殿下に重宝され、このドゥエイル王国勇者パーティの一員になってしまった……」
「そうそう、弱い上に穢らわしいお前と一緒の部屋にいるのも苦痛でよぉ。ようやくお荷物から解放されると思うとせいせいする」
ピエール様だけじゃない。マグナさん、ロンドさん、セルゲイさんに『冒険者』というもの自体を全面否定され、呆然とするしかなかった。
「ってなわけで、卑しくて臭いお前ともおさらばだ。さっさと出て行きな!」
セルゲイさんに胸ぐらをつかまれ、そのまま投げ飛ばされてしまう。
「ったぁ……」
身を起こそうとしたところを、さらに蹴り飛ばされてしまう。
「まだ自分の立場を理解してないみてえだな。さっきからいらねえって言ってるのが聞こえてねえのかよっ!」
何度も踏みつけられ、しかし何も言わずに耐えるしかできなかった。
この4人の勇者パーティは、全員が僕など足下にも及ばないほどの、規格外の強さを誇るからだ。
「お、おい! なんてことをするんだ、やめろ!」
暴力を見かねたチャチャさんが、慌ててセルゲイさんを止めに入る。
「止めんのかよ! お前だって高潔な勇者パーティの一員だろ? こんな卑しいガキ、さっさと追い出した方が俺達の経歴に傷がつかなくて済むんだよ!」
「だからといって、子供に暴力を振るってどうする!?」
『ガウ!』
怒ったビアンカが、セルゲイさんの腕にかみついた。
「あだだだだだ!!」
噛み付かれた痛みに気を取られ、セルゲイさんは足を止めた。
しかし、その怒りの矛先がビアンカの方に向いてしまう。
「このクソ犬が!」
セルゲイさんはビアンカを掴むと、そのまま僕と同様に床に投げつける。
『キャウン!』
「ビアンカ!」
「主人と同じで躾のなってない犬だ。勇者パーティの俺らに噛み付くとどうなるか教えてやらなきゃなぁ!」
セルゲイさんは自慢のモーニングスターを握りしめ、ビアンカめがけて振り下ろす。
「やめてください!」
僕は寸でのところで、その棘付きの打撃を背中で受け止めた。
背中は痛むが、おかげでビアンカは無事だ。
「いい加減にしろ、セルゲイ! 今のはどう見てもお前が悪いぞ! ましてや、ビアンカ……動物を殴ろうとするなんて……」
「セルゲイ、騒ぎを起こされると勇者パーティの名誉にかかわる。これ以上暴れるのはよせ」
「……チッ」
チャチャさんとロンドさんに注意され、セルゲイさんはバツが悪そうにモーニングスターをベルトに戻す。
そんな様子を見て、ピエール様はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ああ、ついでに言っておくが、今持っている武器以外の装備は返してくれよ。それはあくまで俺達から貸し与えていただけだからな」
今僕が身につけているものの中には、このパーティから貸し与えるという名目で使っているものが多い。
おかげで身の丈に合わない装備を使わせてもらっていたけど、僕の実力で手に入れたものじゃないのは事実だ。
僕は鎖帷子、指環、籠手、マントなどの装備を外すと、それらを綺麗にテーブルの上に並べた。
「……今まで、たいへんお世話になりました」
ビアンカを脇に控えさせ、深々と頭を下げる。
「フン、わかったらさっさと出て行け」
「……ジャックくん……」
一瞬、チャチャさんに呼び止められたような気がしたが、もうどうでもいい。
何よりも、大好きな冒険者という仕事を『卑しい』と切り捨てられたのは、背中の痛みがどうでもよくなるほどの悔しさだった。
『クン……』
「いいんだ、ビアンカ。そもそも僕が至らなかったのがいけないんだからさ……」
ビアンカに傷を気遣われながら、僕は夜でもごった返す街並みを歩いていく。
顔も知らない母さんに渡された、水晶の小瓶を握りしめながら。
ジャック・オーウェル
* 種族:人間
* 年齢:11
* 生命力:21(1200)
* 精神力:51(424)
* 持久力:34(109)
* 筋力:18
* 器用:34
* 耐久力:25
* 知力:35
* 信心:25
* 機動力:40
* 運:8