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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

繊細な心が邪魔をする

作者: 津籠睦月
掲載日:2021/11/06

 傷つかなくて良いことに、ずっと傷ついてきた。

 大事なものを、読み違えていることにも気づかずに。

 

 自分が周りと違うこと、他の人間と何かがズレていることを、ずっと嫌悪(けんお)し、引け目に感じてきた。

 同じ世界を視(み)ているはずなのに、僕だけ違う言動(げんどう)、異(こと)なる反応をしてしまうのは、自分が劣(おと)っている所為(せい)だと信じていた。

 

 だが、そもそも根本からして間違(まちが)っていた。

 この世界に、“同じ”世界を視(み)ている人間など、唯(ただ)の一人も存在しない。

 同じ世界を生きていても、心に映る世界は、皆(みな)違う。

 僕たちは、誰とも世界を共有できていない。

 ――そのことに、僕はようやく、気がつき始めた。

 

 以前から不思議に思っていた。

 相手の嫌がることを、平気で言ったり、したりする人間がいることに。

 相手の置かれた状況を見ず、自分の都合(つごう)だけでズカズカ“邪魔”をする人間が存在することに。

 僕はてっきり、わざと(・・・)そうしているのだと思っていた。

 僕のことが嫌いで、どうでも良い人間だと思っているから、わざとそういう扱(あつか)いをしてくるのだと。

 僕は、そんな扱いをされる程度(ていど)の人間なのだと、ひとりで勝手に傷ついていた。

 

 僕にとって、相手を気遣(きづか)うことは、当然……と言うより“自然”なことだった。

 敢(あ)えて意識(・・)することすら無い、僕という人間に刷(す)り込まれた本能のようなもの。

 相手の心は読めずとも、嫌な気分やマイナス感情は、何となく伝わって来る。

 そういうネガティブな雰囲気(ふんいき)を感じると、まるで冷たい棘(とげ)に全身を刺(さ)されているような気持ちになる。

 居(い)た堪(たま)れなくて、苦しくなったり、気分が悪くなったりする。

 それを未然に防ぐのは、善でも偽善(ぎぜん)でもなく、自分自身を守ることだ。

 

 僕の言動で、他人を不快にしたくない。

 それは鏡のように跳(は)ね返って、僕自身の心をも曇(くも)らせるから。

 

 ……そんな風に感じ、行動するのは、僕だけではないと思っていた。

 極端に自己中心的だったり、わざと他人を傷つけようというのでもない限り、皆がそうするものだと思っていた。

 

 つき合いの長い相手なら、快と不快の境目(さかいめ)が、ある程度(ていど)は視(み)えてくる。

 だが、初対面やつき合いの浅い相手は、それが全く未知の領域だ。

 だから、入学したてや新年度は、いつでも極度(きょくど)に緊張(きんちょう)する。

 学校に行って、帰って来る――それだけで、ぐったりと疲(つか)れ果(は)てる。

 それは僕が人見知りな所為(せい)で、自分の“欠点”だと思っていた。

 最初から積極的に他人に話しかけていける人間は、僕より“優(すぐ)れた”人種なのだと思っていた。

 

 東京の大学に進学した時、僕はひとつの目標を、己に課(か)した。

 消極的な自分を捨て、社交的な人間になること。

 いつまでもこんな自分のままでは、この先やっていけないと思ったからだ。

 地元を離(はな)れ、人間関係がリセットされる今ほど、自分を変える好機(こうき)は無い。

 

 内心の恐(おそ)れを必死に押し隠(かく)し、他人に話しかけた。

 周囲にいる社交性の高い人間を、密(ひそ)かに観察し、言動を真似(まね)ようとした。

 だが、そうして観察していくうち、奇妙な違和感(いわかん)を覚(おぼ)え始めた。

 

 自分より優秀に見え、羨(うらや)んでいたはずの人々……なのに、気づけば僕は、そんな彼らに少しも憧(あこが)れを抱(いだ)いていない。尊敬の念も覚えない。

 僕は本当に、彼らのようになりたかったのだろうか……。

 

 “他人と話せる”ということと、“他人と親密な関係を結べる”ということは、似ているようで、“同じ”ではない。

 僕の観察する人間の中には、相手が傷つくようなことを、平気でポンポン口にする者もいた。

 傷つけられたその相手は、口では何も抗議(こうぎ)せず……けれど態度や表情が、哀しみや不快感を如実(にょじつ)に物語っていた。

 少なくとも僕には、はっきりとそれが分かった。

 そうしてその相手は、だんだんと、自分を傷つけた相手から距離(きょり)を取るようになる。

 僕にはそれが、ごく自然な成(な)り行(ゆ)きに見えた。

 誰だって、自分の心を害する人間と一緒(いっしょ)にいたくはない。

 なのに傷つけた当の本人は、それを自然なこととは思わず「相手の気まぐれ」と怒るのだ。

 

 当初は、どういうことなのか全く理解できず、混乱した。

 だが、さらに観察を続け、思考を巡(めぐ)らせるうちに、ようやくひとつの結論に辿(たど)り着いた。

 ――僕には当たり前に視(み)えている、他人の苦しみや痛み。それが視えない人間もいるのだ。

 自分の言動が相手にどう思われたか気づけない……そもそも、それを考えることさえ思いつかない人間が、この世界には存在するのだ。

 

 人間という生き物が、一人一人“違う”ということは、知っていた。

 けれど、それがどう違う(・・・・)のかは、実際に“違う人間”と出逢(であ)うまで、知ることができない。

 出逢っても、その違いを深く知ろうとしなければ、気づけない。

 

 僕はこれまで、しばしば他人の言動を不思議に思ってきた。

 だが、それは実は、不思議でも何でもなかったのかも知れない。

 僕たちは、同じ世界を生きている心算(つもり)で、その実(じつ)、視(み)えているものがまるで違っていた。

 心に映るものが違うのだから、そこから生(しょう)じる言動が“違う”のも当然だ。

 たぶん、彼ら(・・)の心に映る世界では、僕の方が(・・・・)よほど不思議に視えていただろう。

 他人の心の内を気にして、行動を躊躇(ためら)い、言いたいことの半分も言えない――それは、他人の心を気にしない、そもそも視えていない(・・・・・・)人間にとっては、きっと奇異なことでしかない。

 

 勇敢(ゆうかん)だと信じていた人間が、実は、ただただ恐いもの知らずなだけだった――僕がその時覚えたものは、そんな肩透(かたす)かしな感覚だった。

 他人をうっかり不快にさせてしまった時の、あの居(い)た堪(たま)れなさ――それを知らずにいられるなら、他人と話すのに、緊張も恐れも要(い)らないだろう。

 悟(さと)ると同時に、強烈な妬(ねた)みに襲(おそ)われた。

 

 彼らは、他人を気にしない。気にならないから、気を遣(つか)うこともない。

 相手にどう思われようと、そのこと自体、気づかない。

 ただ自分のやりたいこと、言いたいことばかりを視(み)ている。

 だが、それゆえにその言動は躊躇(ちゅうちょ)も迷いも無く大胆(だいたん)で、その行動力が道を拓(ひら)き、評価されることもある。

 その遠慮(えんりょ)の無い物言いが、結果オーライで親密な関係を生むこともある。

 その一方で、他人の感情を恐れる僕は、常(つね)に人目を気にして、一歩も動けない。

 損(そん)な性分(しょうぶん)に生まれてしまったと、本気で嘆(なげ)き、絶望した。

 

 他人の感情を敏感(びんかん)に感じ取り過ぎる(・・・)この心が、僕の人生を邪魔する。

 何もかもに怯(おび)え、恐(おそ)れ、傷つく心が、僕が生きる邪魔をする。

 

 鈍感(どんかん)になりたいと、本気で思った。

 何も感じないように、傷つかないように、硝子(がらす)の心臓を真綿(まわた)でくるむようにして、この感受性を鈍(にぶ)く、鈍くしていきたい……と。

 

 他人の感情(・・)は視(み)えても、何が相手の地雷なのか(・・・・・・・・・・)が視えるわけではない。

 平気で地雷を踏(ふ)み抜(ぬ)く人間の横で、地雷に触(ふ)れぬようビクビクして、気づけばまた、寡黙(かもく)になっている。

 いつも、同じことの繰(く)り返し。

 必要最低限の会話だけで、交友関係が広がるわけもないのに。

 

 大学からの帰路(きろ)はいつも、変われない自分に落ち込(こ)み、沈(しず)む。

 電車の緩(ゆる)い振動(しんどう)に、揺蕩(たゆた)うように身を委(ゆだ)ねながら、見るともなしに窓の外を眺(なが)めている。

 

 僕は元々、風景を眺(なが)めるのが好きだ。

 周囲は目にも留(と)めないような景色(けしき)に、心震(ふる)えて立ち尽(つ)くすことが、よくある。

 

 雨の日には、川面(かわも)に浮かぶ波紋(はもん)を、飽(あ)かず眺(なが)めたものだった。

 灰色の水面(みなも)に雨粒(あまつぶ)が描(えが)き出す、無数の多重円。

 生まれてはすぐに広がり消えるそれが、他の円と重(かさ)なり合い、一瞬、レースのように繊細(せんさい)な模様(もよう)を創(つく)り出す。

 刹那(せつな)の間(ま)にしか存在しない、天然の芸術。

 

 晴れの日には、空を見上げる。

 空の色は、光の色だ。

 透明(とうめい)な水の底を覗(のぞ)いているような昼の青空も良いが、夕暮れの、黄金や朱に燃える空には、いつも圧倒(あっとう)される。

 雲の縁(ふち)までが金の光に彩(いろど)られた、贅沢(ぜいたく)な夕景(ゆうけい)。

 

 何故(なぜ)皆、テレビの中や遠い海の向こうの絶景にばかり憧(あこが)れて、こんなにも綺麗なものに目を向けないのか、不思議でならなかった。

 この景色は“ありふれた”ものなどではない。

 あと数分もすれば失われてしまう、今この瞬間にしか存在しない光景なのに。

 

 今ならば分かる。

 この感覚もまた、他の人間とは違うものだった。

 他の人間は、僕ほどには、この世界にいちいち心動かされたりしていない。

 

 毎日同じ風景を見ていると、季節の移(うつ)ろいに敏感(びんかん)になる。

 今は、秋。街の木々が絢爛豪華(けんらんごうか)な紅(あか)や黄に染(そ)まり、その存在を主張する頃(ころ)だ。

 ただ一色(ひといろ)に染まりきった姿も良いが、徐々(じょじょ)に色を変えていく、その過程(かてい)を眺(なが)めるのも好きだ。

 紅葉(こうよう)は上枝(ほつえ)から始まり、色の少ない虹のようなグラデーションを描(えが)きながら、ゆるやかに下枝(しずえ)に到達(とうたつ)する。

 

 枯(か)れ落ちた灰茶の木(こ)の葉(は)でさえ、陽(ひ)に照(て)らされれば金にも見える。

 さらさらに乾(かわ)いた幾百(いくひゃく)もの枯葉(かれは)が、擦(こす)れ合い、さざめくような音を立てながら、一斉(いっせい)に地を転(ころ)がっていく。

 それはまるで、小動物か妖精の徒競争(ときょうそう)のようで、見ているだけで顔が綻(ほころ)ぶ。

 

 夕陽(ゆうひ)に染まる草原(くさはら)には、穂に白金(プラチナ)の灯(ひ)を点(とも)した薄(すすき)の群(む)れ。

 夜の道には、集(すだ)く虫の音(ね)。青闇(あおやみ)の中に満ちる、小さな鈴を震(ふる)わせたような、密(ひそ)やかな命の音色(ねいろ)。

 秋は終日(ひもすがら)、飽(あ)きることがない。

 

 けれどあるいは、この感覚でさえ、ごく限られた人間だけのものなのかも知れない。

 ひょっとすると、僕だけしか知らない、誰とも共有することのできない世界。

  

 他の人間のように上手(うま)く生きられない自分を、どれだけ疎(うと)ましく思ったか知れない。

 自分で自分を否定して、自分で自分の心を抉(えぐ)った。

 けれど、そんな時も、どんな時でも、世界は必ず美しかった。

 

 どれだけ心が沈んでいても、視界に飛び込む景色の美しさから、僕は目を逸(そ)らすことができない。

 傷ついた心を持て余(あま)しながら、それでも尚(なお)、世界の美しさに圧倒(あっとう)されて、一時(いっとき)、その痛みを忘れ果てる。

 だから僕は、どれだけ嫌なことがあっても、この世界を嫌いになることができない。

 

 他人(ひと)の数倍鋭敏(えいびん)な心が、受ける痛みを倍増させる。

 気づきたくもない他人の心の闇や痛みまで、否応(いやおう)なしに知ってしまう。

 けれど、他人の数倍鋭敏な心が、世界の美しさをも倍増させる。

 他人(ひと)が気づきもしない、ささやかな風景の中の極上(ごくじょう)の美に、至極(しごく)自然に目が留(と)まる。

 

 嫌なことに傷つくたびに、鈍くなりたい、何も感じなくなりたいと、切実に願ってきた。

 けれど、この心を鈍(にぶ)らせたなら、きっと僕の心に映る世界は、美しさを失(な)くす。味気(あじけ)なく、つまらないものに変わる。

 逃げ場の無い二者択一(にしゃたくいつ)に囚(とら)われながら、今日もまた、世界の美しさに慰(なぐさ)められて、泣きたい気持ちになっている。

 

 この世界をこんなにも好きになれた僕は、それだけでもきっと、幸せなのだろう。

 これは、誰もが抱(いだ)ける感情ではない。

 けれど、世界の美しさをどれだけ知ろうと、人間(ひと)の中で上手く生きられるわけではない。

 結局、僕の人生の天秤(てんびん)は、幸福と不幸、どちらに傾(かたむ)いているのだろう。

 自分でも、分からない。

 分からないまま、生きている。

 変われない心で、今日も世界の中に、僕の心にしか映らない一瞬の美を探(さが)している。

Copyright(C) 2021 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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[良い点] とても共感できました。私も つい最近このHSPを知りました。 
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