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私がポチと、あの変態男と出会った日の夜。私は明日から始まる学園生活への期待と、隣のベッドで眠りにつく変態が気がかりで一睡もすることなく、カーテンから覗く斜陽によって目を開いた。私は欠伸をし、起床すると、そのまま寝汗を流し目を覚ますため、シャワールームへと直行する。バスルーム、トイレ、寝室が完備されたあまりにも広いリビングとダイニングとキッチンのある2人部屋はいくら世界規模で保有している学園といえどもあまりにも贅沢だ。バスルームだって狭い訳では無い、いや広い。1人で入るにはあまりにも広すぎるだろう上流階級の貴族の豪邸にありそうな浴槽に湯を張り、寝巻きを脱いでシャワーを浴びる。寝付けなく重たく痛い目に染みる良い温度。これは私の好み。
「ふぅ……。とりあえず一安心……」
湯船に入ると、私は気を抜きそう言った。起床した時間は朝の5時前だったから存分にこの湯を楽しむ時間がある。それにこの湯はただの水道水を温めたものではなく源泉から引っ張ってきた万能効果の温泉。きっとこの小さな胸にも効果があるはずだと湯を肌に塗り込みながら、軽快に鼻歌を歌って優雅なひと時を堪能した。
私はのぼせる前に上がり、丁寧に体を備え付けられていたふかふかのバスタオルで拭く。
「どんだけこの学園は裕福なんだか……」
その異常なまでのふかふかさの理由を確かめたくて私はこのタオルのロゴを見ると、誰もが知っている高級ブランドであることが分かり思わずそんな声が漏れていた。
そんな時だった。
「つるつる……」
ガラガラと横引きの扉が開き、そんな言葉を発した私以外の人間は他の誰でもないポチだ。そもそもこんなことになりながらも私の身体的特徴をまじまじと見た上でそんな感想を言える神経をもちあわせているのはこの学園でポチだけであると願いたい。
「あ、じゃあ。僕はやることが出来たので……」
そうポチは戸をすこしずつ閉め後ずさりしようとしていると、私は間髪を入れずに「待て」と命令した。
たとえ私がどんな状況であろうと、この学園内であれば首輪の能力が発動される。隷属の首輪をしたものはその主に対し絶対服従。そして昨日、私は、私にえっちなことはするなと命令したはずである。たとえどれだけの自我を持っていようとも、命令は絶対遵守される。
そう、それが偶然では無い限りは。
「ヤることが出来たって何?」
「それはもちろん決まってるじゃないですか」
私は彼の目を潰した。遠慮はいらない、彼は不死身なのだからすぐに回復する。まぁ、きっとそれもドMであるポチにとってはご褒美なのだろうけれど。その隙に私は下着を付けて、制服に着替えた。これ以上この変態の前に裸体を晒す訳にはいかない、なんてったってこの体は……
「昨日私、命令したはずよ? 私にエッチなことはするなって」
「だから、アメリアには、えっちなことをしてないじゃないか」
「ラッキースケベをいいことに私を視姦した挙句に、1人でしようとするのも命令に反することなのよ!」
どうやら絶対服従の命令は、両方の解釈が一致してないとその効果が薄れるらしい。というのも、恐らく首輪を着けた本人の解釈が優先されるみたいだ。故に、この命令はもっと厳重にした方がいいということらしい。
「ツルツルぺたぺたの綺麗な体だったね。成長途中って感じかな、でも大丈夫! 僕は気にしない」
「冷静に分析した感想を告げるな! 忘れなさい私の体の事全部」
知られる訳には行かない。たとえ私に協力すると言ってくれたパートナーであっても、私の体のことは何ひとつとして知らせてはいけない。冷静な判断のできるポチの事だ、何も言わないではくれたが私の体の事はもう気づいてしまっている、ならたとえどんな無理難題であれど絶対遵守される命令によって記憶を消してしまった方が早い。
「さて、朝食を摂るわよ。作っておくから、早く着替えてらっしゃい」
ポチはなにか大切な記憶を失ってしまったかのような愕然とした表情を浮かべながらも、はいと返事をして脱ぎ出した。
「私が、出て言ってから脱ぎなさいよ!」
まぁ既に数回、彼の裸体を見ているから何を今更って話ではあるのだが、それでも恥づかしいものは恥づかしい。
ポチは変態だから何も思っていないようだが……
それにしても何回みてもこの部屋は広い。私が住んでいた部屋よりも確実に広い。そして、冷蔵庫には何やら色々食材が入っており、ポチが以外にも家庭的な男子出会ったことが発覚した。ポチが買ってあったものということは、彼が食べても大丈夫なものだということだ。一人暮らしでわざわざ嫌いなものやアレルギーのあるものを買う人はいない。
卵とハムとレタスを調理して、トーストを焼き、インスタントのコーンスープを入れる簡単かつ定番な朝食が私の天才的な手つきによって完成される。それと同時に、ポチが着替えから帰ってくる。
少しの談笑と共に食事を終えると、7時半、程よい時間だ。今日は少しだけ早く行って、ワクワクドキドキしたい。
「アメリアって、遠足の前の日とか寝れないタイプ?」
そうですがなにか? と答えたかったが、やめた。そんなに分かりやすかっただろうか?
「そうかな……。多分、遠足というものに行ったことがないけれど、何か特別なことがあると前の日は寝れないよ。急にどうしたの?」
まさかクマでもついていただろうか。そんなことを言われると不安になる。
「いや、浮かれてるのが可愛いなと思っただけで」
「な、な、なにをっ!」
なぜ急にそんなことを言う、変態だって分かってたから良かったものの、外見は完璧なイケメンなんだぞ、ポチはそんなことを言うと変態だってことも忘れて真っ赤になってしまうだろ。本当にこの男は分からない……
この部屋から学校の教室まではそんなに時間はかからない。だから、人は投稿時間ギリギリまで来ないかと思ったが、そんなことは無かった。
「アメリアみたいな人が沢山だな」
ポチがからかうように言った。
確かにそうかもしれない。どこかここにいる生徒は浮き足立っているように見える。席はペアだひとつの長い机を使うものになっている、ひとつの教室に机と椅子のセットが20個、つまり40人1クラスだ。
その中に1人、私がよく知っている人がいた。
「ルーシー……」
蜘蛛の糸をたばねたような長い金の髪に白磁の肌を彩るのは蒼色の宝石と真紅の唇。私よりも背が高くすらっとした細身、胸は、うん私の方が大きいはずだ。彼女は、ルーシー・シャーロット、私の最大のライバルであり、命の恩人であり、憎むべき相手。
「あ、昨日の!」
私がルーシーに熱い視線を送っていると、そんな声が聞こえた。女……、いや男の声だ。少し声の低い女性の声と言われればそう信じるであろう、少し高めの男の声。
私とポチはその声のする方へと目線を移動する。さっきまで見ていた金色のものとは対称的な漆黒の髪は彼の目を覆い、その髪を黒のニット帽が押え付ける。平均的な体つきの少年がそこにはいた。
「昨日の試合みたよ! 凄かった! さすがは紅姫と言ったところだ」
彼の陰湿的な外見とは裏腹に、中身は相当明るい人のようだ、言葉の端々から温かみを感じる。
「あ、申し遅れたね。俺は鷹目翔斗今日から同じクラスだ」
彼の首元には、隷属の首輪が見えた。奴隷になってしまった者であるらしい。奴隷とは言えども、同じクラスメイト、そして何より奴隷というのは唯一の主に対してのものであり、それ以外の他者からは普通の人間と変わりはしない評価を持っている。現実の奴隷なんかよりよっぽどイージーな設定だ。
「紅姫、アメリア・サーマリー。今年の特待生3人のうちの1人。閃姫と言われている俺のお嬢と同じね。特待生は年に1人がこの学園で決まりきったものだと言われていた。2年生の先輩には泡姫と呼ばれる水都奏先輩が、3年生の先輩には、この学園の生徒会長、神姫と呼ばれる美空天音先輩が。
そしてキミ、今年の特待生の最後の一人だろ? 俺には分かる。昨日の試合、キミはわざと負けた。黒焦げになって。それでも君は今日こうして無傷で学校に登校している、学園の設備が整っているとは言えども一日で相手を殺したと思わせるほどの深手を負った傷がそう簡単に癒せるものじゃない。」
呼吸。静寂が走る。
「キミは、とてつもない回復能力の持ち主だ。さっき相手を殺したと思わせるほどの深手を負ったと言ったけど、訂正するよ。キミはあの時1回死んでいるんだろ? そして復活した。そんな強力な能力をこの学園が見落とすわけが無い。
なんてったって、致命傷を与えた時点で勝敗が決定する試合では最弱かもしれない、だがしかし、殺し合いという競技においては最強の能力なのだから」
すごい、あの短い試合の間にポチの能力を読み切って見せた。
「そういうことだ。僕は特待生、それもランクのとても低い特待生だ。」
「それはそうと、さっきあんたなんて言った? あの閃姫を俺のお嬢って言った?」
「あぁ、言ったけど?」
「閃姫って、ルーシーの事じゃなかった?」
「そうだね」
この男は言った。
ルーシーがペアで主従関係を決める戦いを行った。それは必敗、たとえこの男がどんな能力を持っていようとも勝てるはずがない。ルーシーに勝てるのは、いや、ルーシーと引き分けられるのは私だけなのだから。
「言っておくが、俺はお嬢とは戦っちゃいない。人目見ただけで力の差は歴然だった。何にせよ1対1それも互いに向かい合って勝負が始まる主従関係を決める戦いに俺は勝つことは出来ない。相手が誰であろうと俺は降伏するつもりでいた。」
まるで、ポチと同じように彼は、望んで奴隷落ちした。相手があのルーシーだったからいいものの人によってはパシリなんてこともあった。相当な幸運の持ち主だろう。
「あら、アメリーじゃない!」
そう声高に私の名前を呼んだのは今話題となっていたルーシーだった。いつものようにルーシーは私に抱きついてくる。ええぃ、熱苦しい。
「なによルーシー、私を置いて先に言ったくせに!」
私は、この学園に来る前は特待生として合格した安堵に浸ってゆっくりとしていた。その間に私の幼なじみでもあるルーシーは先にこの学園へと旅立ってしまった。ルーシーとの長旅を楽しみにしてたのに……
「ごめんね、アメリー。あたしね、先にここに来てやることがあったのよ。ごめんね。それはそうとあなた」
「僕?」
「そうあなたよ。アメリーの奴隷になったようね。アメリーが私以外に負けるなんてことは無いから当然だけれど。私の可愛い可愛いアメリーと同じ部屋で寝て暮らしてるってだけで許せないのに、まさか手なんて出てないでしょうね? 返答によってはあたしがあなたを殺すわ」
ルーシーの目は冗談を言っているようには見えなかった。それもそうだ。自分で言うのもなんだがルーシーは私のことが大好きだ。家族と呼べるものがなかった私を妹のように可愛がってくれた。そして、今もそうなのだ。
「な、な、な、何もしてないですよ」
その殺気に圧倒されたのか、ポチは敬語になりそんな嘘をついた。何もしてないだなんて嘘に決まっているでは無いか、出会った時だってそう、今日の朝だってそう、何度もこの変態にセクハラされたのだ。確かに私の貞操は守られてはいるが、何もしていないって言うのは嘘なのだ。
「あのな、一応キミの身の安全のため言っておくと、お嬢の能力は【輝きの皇女】って言って光を司る能力だ。光って言うのはただ単に眩しいもののことだけじゃない。」
「ルーシー、ポチは私に手は出していないわ。軽く事故のようなセクハラは起こったけれど大丈夫だから」
「本当? それでも殺すけどね。だって妬ましいじゃない、本当はあたしがアメリーとペアになるはずだったのよ、それなのに、それなのに……」
「ポチ! 逃げて! 例え不死とは言えどルーシーだったらあなたを殺せるかもしれない!」
こんなところで私の目的を野望を失敗に終わらせることは出来ない。例え、ルーシーがポチを殺してしまえるほど強くても、そんなことはさせない。ポチこそがきっと私の願いを叶えてくれる人だ。
「アメリー? よけてくれる? あいつ殺せない」
「ルーシーお姉ちゃん。お願い……」
私は必殺技を放った。
何度も言うが、ルーシーは私のことが好きなのだ、それも病的なまでに。だからこそ、必ず殺せる技がある、実際の試合では絶対に使わない技が。それこそがハグからのうるうる目に上目遣い。これでルーシーお姉ちゃんを言いくるめられなかったことは無い。
「ダメよアメリー。あいつはあたしが殺す。その後で学校サボって2人で色んなことしようね」
一瞬だけルーシーの顔が緩んだが、必殺技は殺意の前では無意味だった、今ルーシーの意識はポチを殺すことにしか向いていない。ならば必殺技その2だ。少し恥づかしいけれど、ポチを今殺させる訳にはいかない。
「お姉ちゃん。待てないよ……今シよ……ここで……」
私はルーシーをそのまま押し倒した。自分の制服を少しだけはだけさせて、扇情的にルーシーを誘惑する。おい誰だ、扇情的になる胸と身長と大人のえろさが足りないとか思ったやつ、後で殺す。もちろん、恥づかしいし、できることなら人に私の体を見て欲しくはない。誘惑はこれ以上は行わない。
「アメリー……」
「お姉ちゃん……」
そこには、私とルーシーの2人だけの世界ができていた。初っ端からこんなことをやらかしてしまったのだ。元から特待生であるということから注目されているのに、それに拍車をかけるような変態的な行為。私の学園生活は詰んだ。
「なんだ、これ……」
周りからシャッター音が聞こえる。本当に私の学園生活は詰んでしまったらしい。あぁ、くそが。
「分かった。お姉ちゃんあいつの事は忘れる。ここじゃあ、あたしも恥づかしいから2人になれるところに行こうね。」
それでも、ポチを殺させないという目標は達成された。私の花の学園生活を代償に……