3:令嬢
レイはちっちゃい物事が好きなのだ。
可愛いことが好きとは女性の本能というか、そんなものを見ると昔の弱い自分を思い浮かべちゃうというか、とにかく好き、目がないほど好き。
これはあの意味不明なプロポーズを思わず受け入れた原因の一つである。
あの日、大雨のせいで湿気が重く、頑張って貴族たちと話し合おうと兄に言い付けられたけど、人見知りの性格に加えてだらりとした気分で誰にも話をかけようとしなかった。
レイと同じく元気がないのはこのパーティーの主人公であるエリシア様。
子供並みの身長、銀色の長髪にルビーにような瞳、まるでお人形みたい。
一目惚れではないが若干好意を抱いていた。
守ってあげたい!と思わせるほどの外貌に相応しくないのは生まれつきの魔法天賦と高飛車な態度。
王立学校には『騎士部』と『魔法部』を設置してある。名の通りに騎士と魔法師を育てる機構である。
普通の騎士学校や魔法学校と違い、王立学校から卒業すると正式な職として帝国に認められ、立派な騎士や魔法師として活躍できる。他の学校の場合、当地の騎士団や魔法協会で資格試験を受けなければならない。
帝国に仕える人材を育てるという以外、結婚活動、略して婚活というのはも用途の一つ。
騎士部には男ばかり、魔法部には女ばかり。学校の婚活を利用して貴族の政治結婚を企てるということだ。必ずしも学生同士を結婚相手にするわけではなく、未婚の貴族たちにも大歓迎だ。
卒業してすぐ結婚の割合は9割。
もちろん真剣に知識と技能を身につけ、より優秀な自分を目指すのも必要なのだ。
兄を偽って学校に通っていた間で、一度もエリシアに会えることはなかった。なぜなら、それは王立学校の学生なのにエリシアはずっと出席していないからだ。
彼女の魔力は特殊な種類なので、通常な教育手段は適用できないらしい。
そうだったら何で入学したかというと、無論婚活のためが、全ての婚活をさらっと欠席したという噂でもある。
要するにエリシア様の心を惹かせるやつはいないんだというもんだ。
というわけで、たとえ預言者はレイに『今夜エリシア様はお前にプロポーズするんだ』と言っても信じてやらないだろう。
ましてや『おめでとうございます』と挨拶したのに相手はただ『うん』と返事してくれた。
こっちを見ることすらもなかったな。
でも皇族を含めて全員に冷たい態度だから、実は嫌われたんじゃなさそう?
結局兄と偽ったレイは高級菓子に目がなくなって、妹と偽ったルーカスは代わりに貴族を立ち回るようになっていた。
「あら、レイ様とお話しするなんて珍しいですね?」と言われるたびに、「お兄様に言われましたので頑張って皆様と話そうと思っています、おふふ」と愛嬌笑いしつつ不甲斐ない『兄』を睨み付けたルーカス。
同時に、小動物のデザイン可愛い〜!それに美味しい〜!と思ってケーキーを頬張ったところを、レイは突然誰かに手を掴まれてしまった。
顔を上げるとエリシアだった。
思わずケーキーを呑み下ろして彼女の話を聴こうとしていた。
「このエリシア・クロトーは、…えっと、お名前は?」
「えい!?れ…じゃなくて、ルーカス・スヴィトンと申します」
「ルーカス様ですね?十三皇子?」
「はい…」
「まぁいいけど」
「あの、何がありましたか?」
「コホ、帝国の第十三皇子ルーカス・スヴィトンと婚約を結びました!」
「なるほど、婚約ですね、コンヤクって……ちょちょちょっと待ってください!どういうこと…えい!?公爵様いついらっしゃったんですか?…」
銀髪赤目の、お人形ような可愛らしい顔は急に近づけて来た。
近い、睫毛一本一本数えるぐらい近い。
そして、ちゅっと。
「よろしくお願いしますね、『ルーカス』様〜」
「よ…よろしくお願いします…」
一瞬、我を忘れて人類原初の欲望に従い、こっくりしてしまったレイ。
その後はめちゃくちゃ兄に叱られたんだけど。
相手は公爵令嬢だからこそ、短期内で婚約を取り消すのは不可能。仕方なくギネスからの不信を耐え続けてレイは婚約者としてエリシアと付き合って来た。
付き合うというか、相手は通学していないし実は週末しか会なかった。それにしても毎週一回のデートは正直楽しかった。確かに噂の通りわがままでちょっと性悪な令嬢だけど、馴染んだらただの拗ねる子供だった。
寂しがり屋である一方、異常な魔力を持っているせいで周りに怖がられたり孤立されたりしていて、だんだん歪んだ性格となってしまった。
大好物は辛い食べ物も、レイは知っている。
テンションが上がったらしていた鼻唄は、他界した母親が教えてもらったことも、レイは知っている。
街で遊んでいる子供同士や散歩している親子を見るたびに、いつも羨ましそうな表情することも、レイは知っている。
しかし否が応でも別れの日が必ず来る。廃棄の件は失敗したが、将来はどうなるのかレイにはわからない。
せめて卒業する前に、自分は『ルーカス』である限りあの子の側にいてあげたい、というちっぽけな願いを抱いてレイは寝入りした。
翌日。
「お、重い…」
自室で寝坊していたレイは重圧のような不快感に襲われて目を覚めてしまった。
頭を少し上げると、広いベッドなのによりによって自分のお腹の上に乗って寝ている『真犯人』を即時見つけた。
それは猫耳の獣人少女。外見は10歳ぐらい、仕事用のメイド服を体に纏まっているのに今はすやすやとして眠っている。
「しょうがないね…ほら、起きて、リリー」
「うーーにゃーー」
大袈裟にあくびしながら、柔らかそうな体を伸ばして寝ぼけな目でレイを見る。
「レイ…様…おはようございま…すやすや…」
「ほら!まだ寝るじゃないよ!」
リリーは双子家に唯一の使用人。王立学校に入学する前にルーカスは使用人たちを全部解雇し、代わりに奴隷市場で一人の獣人少女を買って来た。それはリリーだ。
戦争によって故郷が滅びされ大陸を放浪する獣人たちは人類社会の底辺となり、頑丈な体格か美形な外見のせいでよく奴隷商人に狙われるようになっていた。
獣人は概ね『近獣種』と『近人種』に分けられる。リリーのような獣耳と尻尾以外の部分は人類と同じな『近人種』は一般に使用人として人類に仕えるという仕組みだ。
獣人だけを使用人にする理由も簡単、秘密というの知っている人が少なければ少ないほど安全、そして全てを失った奴隷の獣人なら誰かのスパイである危険性がほぼない。
そう見てもリリーは立派なメイドであり、非の打ちどころがない。居眠り以外だな。
猫だからというか、リリーはよく人の上に乗って寝るという癖がある。特に起こしに来たのについ添い寝してしまうのはレイの日常となっていた。
まぁ、可愛いから許してあげる。
もう真昼だし起きよかと思って、レイは着替えようとする。
「もうキツい男装なんて勘弁してくれよ、休日だし外出の予定もないしのんびりにしよっか」
一番好きなドレスを着替えたばかりのところリリーは起きた。
「う…ん…おはようございます、レイ様…」
「おはようーーもう、どっちが起こさせるのよ〜〜よしよしよしよし」
よろよろ起き上がったリリーはまだ寝ぼけているような、寄ってきてモフモフの頭をレイの胸に擦るつけながらなでなでに満喫している。
突然、何を思いついたようにその猫耳がピント立ってビクビクする。
「すみません、忘れちゃいました。お客様がいらっしゃたんですので、早く行かないとルーカス様に怒られちゃいます」
「お客様って?誰?」
「なかなか可愛いお嬢様です。私より背が少々高い、白い髪に赤いひ…レイ様?転げちゃうよぉ、気をつけてください〜〜〜」