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1:秘密

「僕と婚約廃棄してください!」


 エリシアはぼさっとルーカスの青い瞳を見つめている。その海より深い瞳は、今でも自分を吸い込ませるほどキラキラしている。


「すみません、何をおしゃったんですか?」


 黄金の髪は日差しを反射し、柔らくて暖かそうに光っている。


「僕との婚約を、廃棄してください」


 帝国の第十三皇子は、婚約者の公爵令嬢に深々と腰を屈めた。

 相変わらず鈴を転がすように美しく、聖歌隊の伶人にも負けない声だった。

 でも、今のエリシアにとってその声は最悪の響きだ。


「…理由は?」


「僕には、好きな子ができましたので」


「ほーー、どんな子かしら。皇子様の目を惹かせるような方なんて、本当にお会いしたいですが…」


「エリシア様って!」


 急に声を上げてルーカスは不満な文句を叫び出した。


「最初から僕のことが好きじゃなかったんではないですか!」


 ああ、確かにそうだっけ。

 赤い瞳を向こうの婚約者に凝らしつつ、記憶はその日に戻る。


 一生一度の成年式なのに、国事ばかりに勤しむ父上はも久々の帰宅予定なのに、結局当日に大雨のせいで落ち込んでいた上に、必ず帰ると約束した父上の姿すらも見えなかった。


 そしてお祝いパーティーが終わる直前、いよいよ会場に辿り着いた父上への復讐として、隅っこでお菓子に夢中していたルーカスに令嬢様の目が留まった。


『このエリシア・クロトーは、えっとお名前は?…ルーカス様ですね?十三皇子?まぁいいけど……コホ、帝国の第十三皇子ルーカス・スヴィトンと婚約を結びました!』


 と、まだ口元にケーキー屑が残っているルーカスの手を握ってあげて、婚約を公言してしまったエリシアお嬢様。


 ちなみにルーカスの派閥は公爵の敵対派閥である。


 そうね、こないだは案外楽しかったから、忘れちゃうところだ…

 エリシアはついに思い出した、自分はルーカスが好きじゃないことを。


「後日にはホレス様に正式の廃棄文書を差し上げます。それでは、失礼しました」


 うんともすんとも言わないエリシアに、ルーカスは再び腰を屈めてから身を翻してドアを向いて行く。


 一歩、二歩…足音は雷のようにエリシアの耳に落ちている。

 ついに、ドアを開ける音に従って令嬢は動き始める。


「《束縛》!」


「なにッ…!」


 暗黒の魔法陣は体の周りから迸って、魔法で作られた縄が裏切りの皇子のところへルーカスのところへ飛んで行く。


「エリシア様!?これは、一体…!?」


 いくら騎士としての成績が優秀にしても、さすが想像したこともない奇襲なので、黒い長い魔法作物はしっかり縛り上げられてじっとしているルーカス。


「そうね、継続権を争えられない無力な十三皇子なんて、この私が好きなわけがないわ。ただし、ちゃんと覚えて欲しいわ、エリシア・クロトーという人物は一体何者だと」


 エリシアはおもむろに倒れたルーカスの側へ歩きながら呟く。


「物心がついた頃から欲しいってさえ言えば、手に入れないものなんてないわ…それに、私ってさぁ、思い切りが悪いのよ。直せないほど壊れちゃったおもちゃも家具も、一度も捨てなかったわ…」


 彼女の指先は、そのキルーカスな目尻から下へ滑って行く。


「もちろん、この目、この鼻、この口、この貴方も同じ…」


 指先がやがて胸前に止まった。

 そしてボタンを外して行く。


「エリシア様!?どういうつもり、おやめください!?」


「この屈辱を倍返してやるに決まってんのよ!ふんふん、このエリシア・クロトー様に侵された記憶を一生覚えばいい…」


「はあああ!?自分は何を言ってるのかちゃんとわかっていますか!?や、やめてください…!」


 急に両手に力を入れてルーカスの服を裂いてしまった。

 白い肌を露わにした。雪国の生まれなのかと思わせるほどの、すごくキレイなお肌だ。

「舐めないで欲しいわ!私だって、こんなの…あれ?」


 エリシアの視線はその胸をぐるぐるにした布に惹かれた。


「これは…シタギ?じゃなさそうね?包帯?胸をカバーしてるの…いや、隠してる?」


「グッ…」


 もしかして男性の間で流行ってるやつ?という疑問を抱きながら、きっちりとした布を解いみたら目に飛んでくるのはーー


「ルーカス様って…胸筋はよく鍛えていたかしら…?」


 リンゴより赤く染め上げた顔を横に向けたルーカスの反応を見ると、どういうことなのかだいたい分かって来るはずだが。


 まさか…

 エリシアは思わず、手を出してしまった。

 ぎゅっと。


「ぎゃあ…さ、触らないでください…」


「なんと優しい弾力と心地良い柔らかさ…て、手が吸い付かれている!?私が知っている筋肉とは全く違う気がするけど、むしろ羨ましいっていうべきかここは!?」


「もう…感想もやめてください…」


 そして泣きじゃくっちゃいそうなルーカスの懇願を無視し、引き続き股間を確かめると。


 ない。


 信じられないが、あそこにはあるべきものがもないんだ。

 これは一体ーー。


 コソコソ、コソコソ。


「この触感微妙だわ。挟んでいないようだが、もしかして魔法なの?身体部位を隠すやつか?」


 コソコソ、コソコソ。


「やっぱり微妙だね。ところで男の股間についてはお父さんに蹴撃した経験以外ないわ、それじゃ参考にならない。ならばズボンも脱がせてーー」


 その時、顔を赤らめながら涙をポロポロ溢しちゃったルーカスは恥ずかしさの限界に達した。


「もうーーーー!やめろって言ってんだろうが!」


「あ、すみません、今すぐやめます」


 まさかキレた勢いで圧倒されちゃったとは。


 とりあえず魔法を解除してルーカスが冷静さを取り戻すまで、話を聞くことにする。

 しばらくして、二人がソファに座り込んでから語り始める。


「実は母妃はメイド出身なので、意外と父皇の子供ができたんですけど、皇女に継続権を与えない以上、皇后と他の妃たちから自分を守るために、皇子ができたって周りを騙しちゃいました……それは僕です」


「なるほど、つまり結婚したらバレる危険性が高まるってことね」


「そ、そうですけど…あ、あの、敵対の派閥でしょう?元より僕たちは結婚しちゃいけないです」


 長皇子と次皇子により起こされた『あの政変』から、今でも空いている後継者の位を巡って兄弟同士の争いが日に日に激しくなって来る。

 現在継続有望な皇子は騎士団をはじめとする武官集団を統領する第四皇子ギネスと、『賢王』という異名を持つ第八皇子アランである。

 そこでルーカスは前者の支持者、エリシアの父親ホレス・クロトー公爵は後者の支持者という状況になっている。


 婚約というのは、政治同盟における肝要な一環だから、ましては敵対の両方が政治結婚するなんて想像できないことだったが。

 父親への嫌がらせと思いきや、実際に両方にも大変迷惑をかけてしまったことを理解した上、エリシアの今の気持ちはーー


『どうでもいいんじゃん』と。

 自分の魅力が足りないせいで浮気しちゃったなんかじゃないことはよかったねと。


「やっぱり浮気なんて嘘なの?」


「はい、そうなんですが。…お願いします!何もして差し上げますので、性別のことだけは内緒にしてください!こ、これだけ」


 頭を下げて必死に懇願してくれた瞬間、エリシアはやっと気づいた。

 自分は目の前のこの『人』から今までのない感情をもらったことを。

 もちろん好きなんかじゃないし!偉い偉いエリシア様の心を奪い取るなんて笑わせるなよ!けれど…


 乱された長い金髪が涙と混じり合って頬にくっついている可憐な様子を見ると、心のどこかである不明な感情が湧いて来た。


 顔を近づけて、そして。

 ぺろっと。


「えええええええ!何ですか急に!?」


 さっき舐められたところを押さえ、その暖かいした…じゃなくて!?なんで舐めたの?と考え込んでいて混乱状態に陥ったルーカスは、顔が高温すぎて感覚さえも失うところだ。

 わからない、まじでわからない。

 訳がわからないままでいきなり婚約を結ばれてから、突然の襲撃、そして今の振る舞いも、全部の全部さっぱりわからないんだ。

 この世で彼女の行動を読めるやつは生まれていないんだろうか?


「まぁ、内緒してやっていいけど」


 銀髪を弄りながらさっきの行為をスルーしてエリシアはどうでも良い口調で語る。


「ただし、婚約を廃棄しないってのは条件。それを受けないなら、ルーカスは女ですって全国の隅々まで行き渡ってやるのよ」


「そこまで!?は、はい、わかりました」


 最初の目的から完全にずれてしまったが、弱みを握られて仕方ないことだ。それに何より、『大事な秘密』はバレていないし……

 と考えつつ、ルーカスはこっくりした。


「それは一つ目、二つ目はーー」


 ギュッと、抱きしめた。


 女同士とはいえルーカスの方は背が高い、そのおかげで男装しても疑われることは一度もなかったんだろう。

 頭を完全に彼女の胸前に埋め尽くした。

 さっきと正反対の小さな声で囁く。


「ーー次は裏切ったら許せないわ、絶対絶対許せない」


 珍しく本音をはいたエリシア様である。

 だが気持ちは届かなかったみたい。


「え?何を言ったんですか?エリシア様?」


「……帰れ!今すぐ帰れ!」


「えええ?は、はい、では失礼しまし…あああ、自分で歩けますから押さないでくださいーー!」


「ちっ、ちっ、行け!」


 こうしてルーカスを追い払ったのち、部屋の中にはエリシア一人しかいないようになった。

 窓から差し込んできた日差しに彼女の頬がより赤く映えた。

 不本意だけどルーカスとの記憶は脳内で流れている。あいつの声、あいつの涙、あの馬鹿馬鹿しい笑顔…一つ一つ、忘れたい所が忘れられないんだ。


「もう…アホか…」


 従来、将来について望みも何も期待していなかったエリシアはまさか明日に期待するようになっていた。


「性別の隠して男と偽るなんて…女なんて…もう…え、偽る?」


 聡明なエリシアはその解釈に不自然な所を気付いた。


「生まれた直後、性別の確認は基本だろう?ならばどうやって性別を隠したの?…そう、そうだ!確かにルーカス様にはーー」


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