06
読む自己で。
「――で、本当なの?」
何故か六花さんを帰らせてから改めて縁は聞いてきた。
「ああ……帰りに誘われたんだけどな、縁の方が優先だと考えて断ったんだ。ほ、ほらっ、海は逃げないだろ? それどころかいまから夏休みだし機会なんかいくらでもあると思って、さ」
どうやらそこまで縁の体調が悪いわけではなかったようだが、約束をすっぽかして帰ってきたことを別に後悔はしていない。
それにあのときの榎坂さんは凄く複雑そうな表情だった。
だから本人としてもそこまで乗り気ではなかったんだろうと考えたのだが……。
「はぁ……空くんって馬鹿だよね」
「うっ……ま、まあ、俺のことはいいんだよ。縁こそもっと素直にならないとな、そうしないと六花さんには伝わらないぞ。考えているだけじゃ駄目なんだよ、ああいうタイプにはガツンと言って真っ直ぐに甘えないとさ」
「……お兄ちゃんこそちゃんと向き合ってあげないと」
「うぅっ、縁にお兄ちゃんって呼ばれるの凄え嬉しい!」
「茶化さないでっ。お兄ちゃんって全然京佳さんの気持ち分かってない!」
そりゃそうだろ、俺はあの子じゃないんだから。
縁の、母さんの、その他全員の気持ちも分からない。
「でもさ、身内より優先することなのか? 約束していたのに妹と遊んでいたとかならともかく、体調が悪かったんだぞ? なにができるってわけじゃないけど、看病してやりたいって思うのが普通だろ」
「体調が悪かったって……ちょっとだけなんだよ?」
「それでもだ、薄情な人間にはなりたくない。榎坂さんと出かけることはこれよりも優先されない」
「はぁ……まあいいや、もう終わっちゃったことだし」
「ああ」
別に今回は喧嘩をしたわけではないし、彼女だって分かってくれるだろう。
別れる際にきちんとその旨を俺は彼女に告げた。
決してコソコソとしていたわけでもないのだから、堂々としていればいい。
後はあれだ、彼女にその気があればまた誘ってくれるはず。
「あ、さっきの縁さ、可愛かったぞ」
「み、京佳ちゃんに言ってあげなよ」
「でもさ、なんか見ててモヤモヤするわ。だって六花さん全然気づいてやらないからさ。六花さんの気持ちは聞いてないのか?」
「うん……分からない。一緒にいてはくれるけど……私のことをどう思っているのかどうかは……」
「が、頑張れよっ、お兄ちゃん応援しているからな! なんなら毎日でも連れてきてやるぞ!」
怖がられていないうえになんか話しやすいんだ、あの人は。
だから彼女の教室に行って誘うくらいなんてことひゃない。
その際は縁や他の人に何組に所属しているか聞かなければならないわけだが、縁のためなら俺はできる!
「じゃあさ、京佳さんと仲直りしてよ、そうしたら六花ちゃんにもっと積極的になるからさ」
「……前にも同じようなやり取りしなかったか?」
「か、過去のことはいいの! それに私に逆らったらどうなるか分かってるよね?」
「っても、足を揉んだりだろ?」
「こ、今度は全身マッサージだから!」
それは流石に不味いな。
なにがまず言って妹相手に欲情しそうで不味い。
だって家族とはいえ、女体に触れるってことなんだぞ?
その気がなくても気づいたら~だったなんて可能性もありそうだしできれば避けたい。できればかよという正論は置いておくとして。
「好きな人がいるんだから、仮に相手が兄貴であっても体に触れさせるべきじゃないぞ」
「……だもん」
「え?」
「……いいから京佳さんと仲直りしてきて! 今日中だよ?」
ったって、別に喧嘩をしたわけじゃない。
とはいえ、俺がすっぽかしたのは事実――謝罪をしなければならないのも俺。
部屋に戻っていつものをする。
『しょうがないだろ? 縁ちゃんの体調が悪かったんだから』
……気にしているの丸わかりだぞ榎坂さん。
『何度も言うが悪かった』
『縁ちゃんに言われたから謝罪をしているんだろ?』
その通りだから『違う』なんてメッセージを送れなかった。
逆効果とまでは言わないが、これなら寧ろ謝罪をしなかった方が良かった、か?
『通話、いいか?』
そこで少しだけ間が空いたが、『いいぞ』と返ってきて少し安心。
「……わ、悪いな、自分勝手で」
「なあ志賀山」
「ん?」
「ふぅ、私たちは何回同じことを繰り返せばいいんだ?」
言われてみればそうか。
やっと仲直りしたと思ったらすぐにこれ。
そしてその全ての原因は俺ということになる。
でもしょうがない。
彼女には悪いが盲信することはできないし、彼女を誰よりも、なによりも優先する生き方ができるわけではないのだから。
そこにダメ出しをされたところで俺は変わらないし変えるつもりもない。
だから後は他者が妥協できるかどうかなんだ。
「これが志賀山の生き方なのか?」
「ああ、その通りだ」
その場限りの謝罪でしかないからこうなるんだろう。
いまだってどうやって切り抜けようかと常に考えている。
それどころか一方的に俺が悪くないとすら思っていて。
「そういえば先程の女子とはどういう関係なんだ?」
「縁の友達なんだ。最近、話し始めたばっかでな」
毅然としているところが格好いい。
六花さんになら縁を任せられる。
不安なのは縁に対しての気持ちがまるで分からないことだ。
本人にもどうやら言っていないようだし、今度聞いてみる必要がある。
「なんだ、てっきり彼女かと思ったぞ」
「そんなわけないだろ」
そういえば幼少期から人に好かれたことが少ない。
なんか集団に溶け込めなくて、上手くやろうと動けば動くほど墓穴を掘って。
そのため同調するのがアホらしくなって、孤独を選んだ。
小学校高学年と中学生はそうやってやり過ごした。
「そうだよな」
小中は全く知らなかったが公園に沢山猫がいることを知って癒やしを求めた。
なんだかんだ言ってもメンタルがやられていたんだろう。
よく分からない大きいだけの人間を拒むかと思われたが、最初からアレクサンドラは動じず自分から近寄ってきてくれた。
そしてアレクサンドラを始めとして、他の沢山の猫を愛でていたら、榎坂さんがいつの間にかいたという形になる。
猫好きという要素がなければ関わることすらないまま終わっていたそんな俺たち。
「夏休みは他県でいつも過ごす……んだよね。だから夏休み前に海に行きたかったんだけど……もういいや」
そういう理由があったのか。
先に言ってくれればいいのにと思うのは自分勝手だろうか。
ま、言われていても、もし今日同じように誘われたのなら縁を優先していただろうが。
「あはは、ワガママ言っちゃったよね、もう言わないから安心して」
こういうときに限って素を出すのか。
いや、寧ろこういうときだからなのか?
「そんなに嫌われちゃったかな?」
無視しているとかではない。
吐くなら全部吐いてから楽しい夏休みを過ごしてほしいからだ。
変なゴタゴタを残していたままでは、県外へ行けても引っかかってしまう。
吐露でも悪口でもなんでもいい、それくらいは俺にだってできるのだから。
「返事、してくれないの?」
「榎坂」
「う、うん?」
「いいぞ、なんでも言って」
死ね以外なら別に言われ慣れていることだし。
「嘘つき」
「ああ」
「ばか」
「ああ」
テストとかでは平均より上の点を取れるが、対応は確かに馬鹿かもしれない。
だが分からないな、そう感じておきながら近づいてくる理由が。
周りみたいに器用に生きられないということだろうか。
見て見ぬ振りはできないというか、俺みたいな弱者に手を差し伸ばさずにはいられないというか。
「嫌い」
これだって慣れているつもりだった。
なのに確実にダメージを残し、即答することはできず。
自分から死ね以外はなんでも言っていいと考えたくせにだ。
「それで全部か?」
「消して」
「通話を?」
「登録」
おう……ここまでとは思わなんだ。
そうか、彼女はどんな形であれ関係の消滅を望むのか。
俺から言ってるべきだったのかね、言おうとしてやめたことではあるが。
「分かった」
「じゃあね」
「おう」
おう……躊躇なく通話が切られ、実に呆気ない終わりだった。
「あのさあっ、仲直りするどころか関係を消滅させてどうするの!」
「そして君は耳がいいね……」
でもしょうがねえよ、向こうが望んだんだから。
今回ばかりは俺が決めたことじゃあない。
面倒くさいことに絡まれないよう、距離を作ったわけでもねえんだからな。
「はぁ……でも今回ばかりはしょうがないね。このまま無理に近づいても余計に嫌われるだけだし」
「ああ」
「ま、もう他の子を探したら?」
「はぁ、そうだな」
って、もう夏休みだけどな。
2学期からってことになるのか。
「なるようになるだろ」
「お兄ちゃんに限って上手くいくわけないじゃん」
「信用ないな、俺」
「当たり前でしょ」
当たり前なのか……。
信用されないなあ俺。




