04
読む自己で。
「ちょっといまどこ?」
「え? 近くの公園だけど……」
「もう帰ってきていいよ、19時過ぎてるよ?」
珍しく電話をかけてきた縁。
確かにディスプレイを見てみると19時半になろうとしているところだった。
「ああ、じゃあいまから帰るよ」
「うん、気をつけてね」
通話を切ってから苦笑する。
この距離感でどうやってトラブルに巻き込まれろと言うのだろうか。ましてや俺はイケメンでもないただの変哲のない男だからな。
それにしてもアレクサンドラたちとじゃれていたら時間が経過しすぎてしまった。
もう少しくらい早くに帰るつもりだったのだが……まあ榎坂さんとの終わりが微妙すぎてモヤモヤしていたんだろう。
「ただいま」
「もう遅いよ」
お、これもまた珍しく玄関で待っていてくれたようだ。
謝罪をして一緒にリビングに行く。
「どうだった?」
「うん、楽しかったよ」
いいな、後半は楽しかったけど前半は完全に失敗だったからな。
ま、全部俺の選択ミスだからこ引っかかるんだろうが……。
「空くんはなにして時間をつぶしてたの?」
「外でアレクサンドラたちと戯れていたんだ」
いちいち榎坂さんと会ったとかは言わなくていいだろう。
表情に出やすいタイプのようなので隙を見せたくない。
「え、朝からずっと?」
「ああ、あいつらはいくら撫でても飽きないからな」
「……今度からは家にいていいよ」
「おう、そうするよ」
飯を食う気分ではないし、そもそも母が帰ってきていないため部屋へと向かう。
「はぁ……」
ベッドに寝転んだら溜め息が零れた。
自分がしてほしいことを聞いておきながら断るとかアホすぎるなと。
謝罪のメッセージを送って天井を見上げていたら、
『こっちこそごめん』
というメッセージが返ってきた。
さて、ここで続けるべきだろうか。
彼女の言い方的には友達ではないみたいだし、適切な距離感というのを見極めなければいけない。
『ちょっといい?』
『おう』
あれ、だけどどうやら通話をしたいらしい。
かかってきたので出てみたものの、数秒の間黙ったままだった。
「……いま、大丈夫だった?」
「おう、そっちこそ大丈夫なのか?」
「うん、お母さん帰ってきてないから」
「奇遇だな、俺の母さんもそうなんだ」
ありがとう母さん、あなたのおかげで気まずくならずにすみました。
てか珍しくメッセージのやり取りのときみたいな話し方だ。
俺が求めたからしてくれているのか?
「えと、縁ちゃんに怒られなかった?」
「怒られた」
「え……ごめん」
「なんで榎坂さんが謝るんだよ」
戯れすぎてて時間を全然チェックしてなかった俺が悪いんだ。
夏というのもかなり大きい。だっていまやっと暗くなり始めたばかりだからな。
「わ……たしが変なことを言ったからでしょ?」
「違うから安心してくれ」
「…………」
「榎坂さんはどうやって過ごしたんだ?」
「…………」
もしかして嘘をついているとか思われているのだろうか。
仮に怒られていたとしても彼女には弊害がないのだから気にしたところで意味はないだろうに。
「榎坂さん?」
「嘘つき」
声音で分かるのだとしたらもうどうしようもない。
「……この喋り方にしたら名前で呼ぶって言ったのに」
「ああ……でもあくまで、榎坂さんが外で対面したときにそうしてくれたら、だからな」
「この喋り方をしたら名前で呼ぶって言ったもん!」
この喋り方でのこの絡み方は質が悪い。
強気に出ることができない。
「どうしてそこまで拘るんだ? 友達じゃないんだろう?」
「え……酷い!」
「酷いもなにも、そう言ってくれたのは榎坂さんだろ?」
「もういいっ」
通話が強制的に切られスマホをベッドに置く。
俺らは出会ってから1週間とちょっとだ。
そもそも名前を呼ぶとかそういう領域に足を踏み入れていない。
「喧嘩しちゃったの?」
「縁か。いや、喧嘩とかできる仲ですらないからな」
「……そういう態度だから怒られるんだと思うよ」
そういう態度って言われても、確証を持てない状況で真っ直ぐ信じられる生き方ができる人間ばかりじゃないんだよ、縁さん。
1ヶ月とか一緒にいるならともかくして、俺らはたった2週間にも満たない間柄だ。
それもきっかけはたまたま猫を好く人間同士だった、その場に出くわしたからということでしかないわけで。
結局、彼女のコミュ力ありきな関係でしかない。
「正論すぎて痛いぞ」
「ちゃんと謝ってね、そうしないと許さないよ」
げっ……榎坂さんはともかく彼女の機嫌を損なうのは不味い。
下手をすれば家を追い出されることすら有りえる。
「わ、分かった、だから母さんや父さんに言うのはやめてくれ」
「どうしようかな、あくまで空くんが言うことを聞いてくれている内は許してあげるけどそれ以外では許さないからね」
仲が悪くないとか言っていた俺をぶっ飛ば――いや、そんなに重い話ではない。
「少なくとも帰りが遅くて心配したんだから……肩を揉んでっ」
「はは、了解」
彼女の肩を揉みつつ、もう少しくらいは考えて行動するべきだったと反省する。
自分が頼んで家を出てもらった相手の帰りが遅くなったら俺でも心配になる。
なにか危ないことに巻き込まれてないかとか、勝手を言った自分に愛想が尽きたんじゃないか、とかそういうの。
「ねえ、どうして京佳さんと喧嘩になっちゃったの?」
最近はよく喋ってくれて嬉しいが、こうグイグイと聞かれたら困るな。
それでもそれとなく説明しておいた。
「そっか……どれくらい踏み込んでいいのかって時々分からなくなるよね」
「ああ、俺らは出会ってから時間が経っていないからさ。縁はどうだ? その子とは名前で呼んでいるのか?」
「うん、お互いにね。でもあれだよ、男女のそれと同性同士ってちょっと違うからね。私は空くんが間違ってないと思うし、そうしてほしくなる京佳さんの気持ちも分かるんだ」
「……出会ったばっかだからとか言い訳をしているけど、本当のところはただ単に恥ずかしいだけなんだよな。それにどうして榎坂さんみたいな子が近づいて来てくれるのかも分からなくてさ」
同じように猫を愛する人間を求めているのだとしても、なにもこんなただ大きいだけの人間でなくても構わないわけだ。
それこそ縁でいい、沢山いると言っていたわけだし他の友達でいい。
同性といればそのまま女の子同士でしかできない会話をできる。
仮に相手が男子だったとしても、そこで関係が発展する可能性がある。
だけど俺ではなにもしてやれないし、メリットもなにひとつとしてないわけで。
「うーん、近づいてくる理由とか悪いことじゃなければよくない? そんなこと言ってたらいつまで経っても誰とも仲良くなれないよ」
「そうだよなぁ……あのさ縁、協力――」
「だーめ、こればっかりは空くんが頑張らないと。ん、ありがとね」
「おう」
せっかくここまで話すようになってくれたんだ、俺は俺で頑張らないと。
「縁、俺は頑張るぞ!」
「うん、頑張って」
「――って、言ったんだけどなぁ……」
日曜日が終わり、月曜日が終わり、火水木があっという間に終わった。
ちなみに言うまでもなく榎坂さんは近づいて来ることはなく。
「縁よぉ……」
「もう……しょうがないなぁ。……あ、京佳さん? うちの空くんがあなたに会いたがっているから――え? もう家に帰っちゃってる? それならうちの空くんがいまから行くから覚悟しておいてね、え? 知りませーん、じゃあね」
のおおおお!? あの子の家に行くことの方が高難易度なんですけど!?
「というわけだから京佳さんの家に行ってね」
「ちなみに妹様は――」
「私はあの子と約束しているから無理だよ」
「分かった、ありがとな。気をつけて帰れよ」
そうだよな、流石に邪魔なんてできるわけもないよな。
それに彼女はきっかけを作ってくれた、俺ではできなかったことをしてくれたのだから感謝こそすれってやつか。
「で、来てみたわけだが……」
これって普通にインターホンを鳴らせばいいのか?
それとも少しでも話しやすくするために公園に呼んだ方がいいのか?
ああもう、非モテだから女の子とどれくらいで接すればいいのか分からねえ。
「インターホンを押す――」
「……いいよ、押さなくて」
「あ、榎坂さん……」
普通に話してくれて嬉しいと感じてしまうのは最低だろうか。
「……ちょっと公園に行こ」
「……おう」
アレクサンドラたちに醜態を見せたくないのだが……。
「アレクサンドラー?」
「にゃ~」
「よしよし、いつまでも生きていてね」
白色の体毛を俺も撫でて気を落ち着かせる。
これからどんなことがあるとしても猫がいてくれれば十分だ。
「あっ……」
「わ、悪いっ」
……まあアレクサンドラさんの体積は大きいわけじゃないから手が触れてしまうこともあるだろう。動かしていれば尚更のこと。
「……というか、色々と悪かった。友達を作れって話を出されたとき、榎坂さんは友達じゃないんだなって思って……悲しくなってさ」
「……別に友達じゃないとか言ってないもん」
「そうだったよな……」
「私はただ……志賀山くんが他の子と普通に接することができるようになれば怖がられることもなくなるかなって思ったんだけど……」
アレクサンドラを優しい手つきで撫でながら複雑な笑みを浮かべている彼女。
アレクサンドラは必死に彼女の脚に匂いをつけようとしていた。
「この子みたいにみんなに好かれる人に~なんてことは難しいけどさ、少なくとも怖がられることくらいはなくなるんじゃないかって」
なるほど、俺が変に勘ぐりすぎたということか。
俺の気が弱いばっかりに……本当に申し訳ないことをしてしまった。
「俺は正直このままでいいんだ。縁がいてくれれば一応異性と会話はできるし、榎坂さんがいてくれれば楽しい時間を送ることができる。別に無理して周りからいい反応を得たいわけじゃないんだよ。苛められているわけじゃない、あくまでクラスの一員として迎えてくれているわけだからな」
でも、意思を変えるつもりはない。
例え善意で彼女が言ってくれているとしてもだ。
「……だけど友達じゃないんでしょ?」
「いや、それは俺が聞いたことなんだけど」
「わ、私は……もう友達のつもりだったんだけど……」
「榎坂さんがそう言ってくれるなら友達ということにしておくか」
真面目な顔で言ってくれたしこれでやっと確証を持って友達だと言える。
そのことを俺は喜んでいた。自分でも分かるくらいには、だ。
この子を気に入りすぎだろ俺……。
「なにその言い方っ、ほんとに志賀山くんは酷いんだから……」
「と、というかさ、いいのか? その喋り方で」
「はっ!? ……し、志賀山は酷いな!」
無理があるぞー。
それに友達である俺の前でくらい素を出していってもらいたいものだが。
「むぅ、まあいい、送ってくれ」
「おう」
その割には俺の少し前を歩く彼女。
彼女が歩くごとに樺茶色の髪が左右に揺れる。
「志賀山」
「なんだ?」
「ボク――私は志賀山の友達だぞ」
「はは、ありがとう」
「うん。それじゃあな!」
ゆっくりやっていこう。
そうすれば自然な彼女を見せてくれるだろうから。




