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02

読む自己で。

「にゃ~」

「うんうん、可愛いやつだなお前はいつも」


 純白の体毛を撫でながら榎坂さんは呟いた。

 ちなみに、この子だけに言っているわけじゃなく、近づいて来てくれる子や、近づいて来てくれない子にも言っているのだからあまり意味はない。


「志賀山、この子を連れて帰ってもいいだろうか?」

「んー、きちんと世話できるならいいんじゃないか?」

「ところが残念……家はペット禁止なんだ」


 俺の家もそうだ。

 もし飼える家だったら絶対に連れ帰って妹と一緒に愛でている。

 が、その妹は猫アネルギーだし、そも飼えないので意味はない考えではあった。


「にゃ」

「おう、いつまでも元気でいてくれよ?」


 唐突だが俺はこいつを羨ましいと思っている。

 何故ならほぼ初対面の俺相手でも臆せずに来てくれるからだ。

 それは俺にもできないこと。

 こいつもまた周囲に溶け込むというか、うん、スペシャリスト。


「――さて、そろそろ門限があるから帰るぞボクは」

「おう、気をつけてな」

「はぁ?」

「え?」

「ここは送るところだろうが!」

「別にいいけど、それなら行こうぜ」


 移動開始――したと思ったらすぐの場所に彼女の家があった。


「ふふ、いつでも来ていいんだぞ?」

「もっと仲良くなったらな。じゃあな」

「あ、志賀山!」


 いつもこの距離でそんな大きくなくてもとは思うが、今日は一段と大きな声。


「妹さんに欲情するくらいならボクにするんだぞ!」

「ばっ……欲情なんてしないよ」

「ははっ、そうか! それじゃあな!」


 あー……女の子の笑みって犯罪的だな。

 普段はちゃらんぽらんでも、不意に見せてくる一面にいつもドキドキとしてしまう。これはまあ非モテなのが影響しているのだろうが、いつか間違って失態を犯しかねない。


「そんなところでなにやってるの……って、そこ京佳さんの家じゃん……ストーカーは良くないよ」


 いきなりな物言い。

 流石に彼女のストーカーなんてしない。

 だってそんなことをしなくても向こうから近づいて来てくれるどころか、学校でもほぼ一緒にいるからだ。


「いや、いま送ってきたんだ。今日は珍しいな、こんな早い時間にここら辺にいるなんて」

「別に私は不良少女じゃない」

「そうだけどさ。まあいい、帰ろうぜ」

「ん」


 とはいえ、榎坂家から距離があるわけじゃないためすぐに着いた。


「お茶飲むか?」

「ん」

「はい」

「ん」


 残念ながらこれが彼女の常の状態だ。

 ほとんど喋らない。先程のあれが珍しいくらい。

 この妹――ゆかりにどう欲情しろって言うんだ。

 コミュニケーションが成り立っていない、とまでは言うつもりはないが、ほぼ「ん」としか言わない妹に……なあ?


「縁」

「ん」

「む、胸……揉ませてくれ」

「気持ち悪い」


 そこは「ん」じゃねえのかよ!

 いや、そう言ってくれて助かったけどよ!

 つか、俺もなにを言っているんだよ……。


「あ、私、好きな子ができたんだ」

「へえ、誰だ?」

「相手は女の子なんだけどね、優しくて好きなんだ」


 おぉ、もう縁が普通に喋ってくれるなら相手が誰であろうと関係なくめでたいことだ。

 いままでは本にしか興味を抱かなかったからなあ、お兄ちゃん感涙していますぐ顔を洗いたいくらいだ。


「今度連れてくるから、そのときはお兄ちゃん外に出ててね」

「あ、はい……」


 でもいいんだ、いつもは「ねえ」とかいきなり話題に入るのに『お兄ちゃん』って昔みたいに呼んでくれたからな。

 どうやら細かく聞いてみると今週の土曜日に連れてくるみたいなので、そのときは榎坂さんでも誘ってずっと公園の猫を愛でると俺は決めた。


「あ、お兄ちゃ――えと、そらくんは好きな人とかいないの?」

「いないな、異性の友達って榎坂さんくらいだし」


 ああ母よ、どうして俺の名前をこんな爽やかで可愛い感じにしたのですか? そんな爽やかさは俺にはないです。

 それと1度も誰かを特別な意味で好きになったことはない。

 どうせ好きになったところで無意味に終わることばかりだからだ。

 そこまでメンタルが強い人間ではないため、そうやって生きていかないと潰れてしまう。


「空くんはモテそうなのにね」

「俺がか? そんなわけないだろ」

「だって友達にも『縁のお兄さん怖いよね!』って言われるよ?」

「嫌われてるんじゃないか……」


 そう、別に威圧しているというわけではないのに昔から何故か怖がられるのだ。子どもとか女の子とかには特に。

 俺は子どもが好きなので(変な意味はない)、結構悲しい結果となっている。

 だからこそ、あそこの猫には好かれているので嬉しかった。


「まあ、頑張って。部屋戻ってるから、お母さんが帰ってきたら呼んで」

「あいよ」


 今日は饒舌だったな。

 その子に会えたらお礼を言いたい気持ちになった。

 縁のテンションをあそこまで上げられる子、気になる。


「ただいま……」

「あ、おかえり」

「愛しの息子よぉ……肩を揉んでおくれや……」

「おう」


 ガチガチに凝り固まった肩を揉みながら、本当にありがたい話だなと俺は内心で呟く。

 母も父も一生懸命働いてくれるからこそ、俺らはこうして家にいられる。餓死することもないし、学校にも行ける。調子が悪くなったら病院にだって連れて行ってくれる。――ついつい当たり前のような認識になるが、当たり前じゃないんだ。


「ありがと、だいぶ楽になったよぉ……」

「おう」

「ところで空くん。こんな早くに家にいるのもいいけど、女の子とか連れて来てくれたら私の疲れが吹っ飛んじゃうんですが?」

「あ、なら榎坂さんでも連れてくるよ」

「か、可愛い子!?」

「……そうだな」


 ぶっ飛んだ言動さえなければもっといい。

 でも、あの子だけは俺を怖がらないので地味に嬉しくもある。

 ちなみに「きゃー! 会うときは絶対おしゃれしよ!」と母はひとり盛り上がっていた。


『ちょっといいか?』


 母は晩ご飯作りを始めたため、俺は妹に帰ってきた旨を話してから部屋のベッドに寝転び彼女へとメッセージを送った。


『なに?』

『今度家に来ないか?」

『私が? うーん……でも恥ずかしい……』


 そう、調子が狂う点はここにもある。

 メッセージアプリを介すと途端に女の子っぽい話し方になるんだ。

 いやまあ女の子なんだからおかしくはないんだが……普段とのギャップがあってなんとも強気に出られなくなるというか……。


『……なんで急に?』

『いや、母さんが会いたいって』

『え……も、もしかしてお家では私の話とかしたりする?』

『まあ榎坂さんくらいしか友達がいないからな」

『そ、そっか』


 話と言っても脳内でしているだけだが。


『あ、今週の土曜日って暇か?』

『ぎゃ』


 ぎゃ? ああ……デートに誘っているとか思ったのかね?


『縁に追い出される予定でな、公園の猫でも愛でないか?』


 そこから数分間は反応がなかった。


「さ、最初からそう言えよ志賀山!」


 が、電話がかかってきて出てみたらいつもどおりの彼女の様子。


「欲情してとうとう追い出されることになったか」

「ああ」

「うぇ――」


 ただ今日は少しだけ様子が変だ。

 いきなり変な声を出したりする。

 

「ん?」

「よ、欲情……したのか?」

「まあ、ちょっとそれっぽいことを言ったからな」


 縁に「ん」以外を言わせたくて良くないことを言った。

 ただ、少し待てばあれだけ話してくれたわけで……単に俺のやばさだけを残して終わってしまったが。


「さ、最低だな……妹さんに欲情するなんて」

「そう言ってくれるな。それでどうだ? 土曜日暇か?」

「……た、大して仲も良くないのにわた――ボクを誘うのか?」

「仲良くなっていきたいしな」


 せっかく友達になってくれたんだし純粋に仲良くなりたい。

 別に彼女にしたいとかそういうのではなくて、あの学校でも落ち着ける時間を確保したいからだ。

 だってあの教室にずっといたらスペシャリストたちが上手くやるところをひたすら見せられるだけ。

 その点、彼女が来てくれれば……それなりに楽しい時間になる。


「うびゃ……うん……大丈夫」

「おう、ありがとな。じゃ」


 って言ってから数十秒間、スマホを見つめたままだった。

 秒数を数えるカウントだけが増えていき、それでも通話が切られることはない。


「……まだ切らないのか?」

「いや、榎坂さんが切るの待っているんだけど」

「あひゃっ!? そ、それじゃあな」

「おう、またな」


 通話が切れたのでスマホをベッドに置く。


「最後にドタガチャ音がしてたけど大丈夫なのか?」


 彼女はよく分からないところで落ち着きなくなるところがある。

 普段のあれは装っている、というところだろうか。

 まあそりゃそうだろう、言い方は悪くなるが女の子っぽくない感じだからな。

 ひとつ気になるのは、俺相手だったからだとしたら少しだけ申し訳ない。

 直接言わないようにしているだけなのかもしれないが、無理はしてほしくなかった。


「話しかけてきたのは猫パワーか」


 おかしいと思ったんだ。

 だってただ存在するだけで恐れられる男だぞ、悲しいけど。

 ま、全員に恐れられているとかそんな自意識過剰なことを言うつもりはない。

 大半は俺になんて興味を抱かずに他の人間と盛り上がっていることだろう。


「空くん、お母さんが呼んでる」

「おう、ありがとな」


 大丈夫、榎坂さんに限ってそんなことはない。

 無理しているどころか、俺が無理させられるくらいだからな。

 思考するのをやめて縁と一緒に1階へと移動したのだった。

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