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「今日はお泊り~」
そしてその後、呑気に笑みを浮かべて「楽しみだね!」なんて言ってくれた榎坂さん。
もう18時を越えていて六花さんもほたちゃんもとっくに家に帰っているというのに、この子はなにを考えているのだろうか。
「京佳ちゃん泊まっていくの?」
「うんっ、志賀山くんにはもう言ってあるから大丈夫!」
いや、聞いてないんですが……。
まあでも別に拒むことではないし、今日の昼間にほたちゃんからエールをもらってしまった。これは逆に好都合だと捉えておこう。
「ねえ京佳ちゃん、どっちの部屋で寝たい?」
「え、え~? そ、そんなの決まってるじゃん」
縁の部屋に決まっている。
「お兄ちゃんの部屋!」
「空くんは私のお兄ちゃんだから!」
おぉ、妹たちが俺を取り合い――後が怖いのでやめてほしい。
「それより名前で呼んでもいいと思うよ」
「……いい?」
「別にもっと前々から呼んでても良かったけどな」
「空くんっ、今日はキミの部屋で寝るけどいいかなっ?」
「駄目ですっ」
「なんでぇ……」
当たり前だっ。
異性となんて寝られるわけがない。
ましてや相手は榎坂京佳、自分の中の感情的にも不可能だ。
「あ、にしし」
「夜中にこっそりとか駄目だぞ」
一応部屋は鍵がかけられるしあまり心配もしていない。
が、ベランダが繋がっていて来れたりもするので油断は禁物だろう。
「なんでですか! 一応私も女の子ですし、男の子なら一緒にいてくれたら嬉しいって思うでしょ!?」
「思うよ!」
「あびゃあ!?」
思うからこそ慎重にならないといけないんだ。
勢い余って変なことをしたらまた関係が壊れてしまう。
それだけは避けたい、あの複雑さを抱えたまま生きたくはないから。
「あのー、目の前でいちゃつくのやめてください」
「い、いちゃついてないよっ」
「そうかな……ま、とりあえず京佳ちゃんは私の部屋で寝てね」
「はーい……」
ふぅ、助かったぜ。
流石に榎坂――京佳とふたりきりは緊張するからな。
――さて、俺は母さんが帰ってくるまでの間、飯を作ったり――。
「ただいまぁ……」
「あ、おかえり」
「息子よぉ……肩を揉んでおくれやぁ……」
「はは、あいよ」
俺のミッションは母を労ることに変わった。
めちゃくちゃガチガチだ。
オフィス仕事でPCとにらめっこしているのも大きいんだろう。
「お疲れさん」
「ありがとぉ……ん、気持ちいいよ」
「あ、ああ」
……相手が母親でも、母親だからこそか? 変な声を出されると困る。
「あ、そういえば女の子の靴があったけど、縁の友達が泊まるの?」
「い、いや、俺の友達……あっ、縁の友達でもあるけどさ」
「うそっ!? い、いまどこにいらっしゃるの!?」
「え、縁の部屋だけど」
「お母さん行ってきます!」
酒を飲んでいるときよりよっぽど楽しそうだった。
……だが嫌な予感がするぞ、いますぐにでも六花さんの家かほたちゃんの家に逃げた方がいいのでは?
「うわーんっ、助けて空くーん!」
「ちょ――だ、抱きつくなよ!」
ああ柔らかい感触が俺の理想を崩そうとしていく。
あと見かけによらず大きいんだよなあ……。
「だ、だって……お母さんが怖いんだよぉ……」
「ふひひひ、もう絶対この家から出さないわよぉ?」
「落ち着いてくれ母さん」
そろそろ俺がやばいからあとは助けてほしい。
無自覚にドキドキさせてくるの、やめた方がいいぞ……。
「はーい。うん、ゆっくりしていってね」
「は、はい、ありがとうございます」
「敬語はいいわよー、なんたって将来家族になるんだから」
「あびゃああ!? か、かか、家族ぅ!?」
あ~……慌てているところも可愛いなぁ……。
できればこのまま傍観者に徹したいが、しがみつく力が強くなってますますふにょんふにょんが押し付けられ――。
「母さんやめろって」
「そ、そうよね、慎重にいきたいのよね、初めてだから」
み、見抜かれている複雑さはともかく、彼女から意識を外すことができて良かった。……もっとも、未だに抱きつかれているので俺の理性がやばいのは継続中ではあったが。
「……ほら、もう大丈夫だぞ?」
「……ぅん」
名残惜しいがいまはまだするべきではないことだ。
「ほ~……うん、なんかごめんね」
「い、いや……別に……大丈夫……です」
「敬語はいいよ。空くん、ご飯を作るの手伝って」
「おう。京佳は縁といるか、テレビでも見て待っていてくれ」
「は、はい……」
あれ? や、やっ、やっちまったぁ!?
思考をするときは名前呼び捨てにしていたからポロッと出てしまった。
ま、嫌そうな感じは伝わってこないし、きっと大丈夫だと思いたい。
「ふふふ、やるじゃん空くん」
「こ、これは違います。ま、まあ、やろうぜ」
「そうだね」
ただあれだな、こういう他者からいきなりスピードをいじられるのはあまり良くはない。
あくまで俺らのスピードでお互いに向き合っていきたいんだ。
そもそもの話、特別な意味で意識しているわけではお互いにないと思うが。
「頑張りなよ?」
「お、おう。ただ、もうああいうのはやめてくれ、榎坂に迷惑をかけたくないんだ」
「そうだよね、初めてだからこそ、だよね。うん、ちゃんとした関係になるまで言わないっ」
「ありがとな」
それから飯の準備、できたら食べ、入浴を済ませをし、
「はぁ……夜風が気持ちいいな」
ひとり玄関先に座って堪能していた。
家の中に榎坂がいると考えたら落ち着かなくて、いまなによりも必要なのはひとりの時間だったのだ。
「にゃ~」
「あれ、アレクサンドラじゃないか。珍しいな、ここまで来るなんて」
過去にも数度あったが基本的に赴くのは俺らの方だった。
とりあえず来てくれたのならと愛でておく。
彼女はゴロゴロと喉を鳴らし、なすがままとなっていたのだが、
「なぁ!」
「別に取らないよ、黒もいたのか」
夜闇に紛れて視認できていなかった。
あれ以来、どうやら敵視されているような気がする。
「というか黒、大きくなったな」
「な……」
「いや、いいことだろ? 食いっぱぐれてないってことだ」
近所の人が餌をあげているので肥えている。
野生で生きる身としてはあまり良くないかもしれないが、しっかりと飯にありつけるというのは素晴らしい話だろう。
「にゃ」
「お、帰るのか? 気をつけろよ、ここら辺は車も通るからな」
さて、俺も家の中に戻るか。
彼女たちが来てくれたおかげで気を休めることができた。
「あっ……」
「おっと……ど、どうした? 外に用があったのか?」
開けたら玄関に彼女がいてお互いに少し固まる。
湯上がり姿で縁の服を来ているのだが……サイズが違うのか1部がパツパツとしていて目のやり場に困る。
「ちょっとお菓子を買ってこようと思って」
「ひとりじゃ危ないぞ、俺も付いていっていいか?」
「え、いいよいいよっ、大丈夫だから」
「駄目だ、危険な目に遭ってほしくないからな」
「……それじゃあ」
屋内で直視することになるくらいなら夜道を歩いた方が精神的に楽だ。
というわけで俺らは歩いてコンビニに向かう。
こうして夜にまで一緒にいるのは初めてだが……会話、ないな。
コンビニに着いて店内でも話すことはなく、あっという間に帰ることになってしまう。
「あの、さ……」
「お、おう」
袋を代わりに持っているのだが、ついつい緊張からギュッと握りしめてしまう。
「か、家族とか……まだ早い、かなって」
「そ、そりゃあな、別に俺らは恋人とかじゃないんだから。こんなの初めてだったから母さんも嬉しかった……んだろ。でも、悪かったな」
「え、なんで謝るの?」
「嫌な気持ちにさせたろ?」
そう、盛り上がっているのは俺だけだ。
悲しいくらいの一方通行――とまでは言わないが……。
「……いま嫌な気持ちになった。なんでそんなこと言うの? 私がそう言ったわけじゃないのに、空くんが勝手に決めないでよ」
「わ、悪い……」
彼女はそこでまた口をつぐんでしまう。
「そ、そういえばさっ、さっき家の前までアレクサンドラたちが来たんだよな! 珍しいことだよなっ……て……」
この微妙な空気をかき消すためにその場凌ぎをしてみたのだが、「急に話を変えるのも嫌」と冷たい声音で反応されてしまい……。
「空くん」
「はい……」
「お部屋、行っていい?」
「い、いや、それはな……」
「一緒に寝たりはしないから」
そういう話じゃないんだよなぁ……。
普通でいられるのなら外に逃げたりなんかしない。
しかもどうしたって直視する羽目になるだろ、それじゃ。
俺が曖昧な態度を貫いたからなのか、
「へ、部屋に入りたいんだけど……」
家に着いてすぐに部屋へとこもろうとしたら通せんぼ、扉の前に体操座りをされているため入ることは叶わずじまい。
「いれてくれないならどかない」
「な、なにもない場所だぞ?」
「空くんがいればいいもん」
気に入られたもんだな俺も。
なんだ? いままでにない絡み方だ
でも、そういうことを言われたら余計に落ち着かなくなるが。
「いいからいれてよ、別にいいじゃん」
「……まあいいか、入ろうぜ」
なにをするというわけでも、なにができるというわけでもないし重く捉えすぎていたか。
「おぉ、ここが空くんのお部屋かぁ」
「なにもないだろ?」
「確かにそうだね」
「み、京佳がいてくれればいいけどな――」
「私がいても特になにかをしてあげられるわけじゃないけど」
違うんだ、俺はただ「俺がこう言ったら変態みたいだよな」と笑わせたくて言いたかったんだけなんだ、普通に返されてしまうと困る。
「でも……えへへ、そう言ってくれると嬉しいよ」
「……か、菓子っ、食べようぜ」
この要所で不意に大ダメージを決めてくる京佳が恐ろしい。
「えぇ、これは私のだけだもん」
「は? おいおい、普通縁の分とか買ってくるだろ」
「む、ほんとに縁ちゃん大好き人間だね」
「まあ家族だしな」
「……いいもん、……なる予定だし」
もし俺にその気がなかったらどうするんだろうか。
どんな形であれ凄え発言だ、男が言ったら一気に犯罪臭くなることだ。
最近は肉食系女子というのが増えているらしいし、京佳もまた例外ではなかったのかもしれなかった。




