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少女と熱帯魚

作者: るせつ

魚と少女と青年のお話です。

ゆるいお話です

少女は大きな水槽の前に居ました。

水槽には大きな熱帯魚が一匹、ゆうるりと泳いでおりました。


少女の立っている空間は薄暗く、照明らしい照明はありませんでした。壁面に沿って並べられた大きな水槽たちから漏れる薄ぼんやりとした青い光だけが彼女を照らす光源でした。

「これは夢でしょう」

少女は口に出して唱えました。

確かに少女は先ほど学校を終え家路につき、並んで歩いていた友人と分かれたばかりなのです。

それがどうしてこんな奇妙な水族館のような場所にいるのでしょうか。白昼夢をみているのか、覚えていないうちに自分の家へ帰り着き眠ってしまったのか、そうでなければとても説明がつかない状況なのでした。

「まあいいか」

とまた口に出して少女は歩き始めました。

これが夢であるのならそのまま楽しむのが良いと考えたのです。


少女は魚が好きでした。

幼い頃は父親が部屋に飾っていた熱帯魚を毎日毎日何時間も眺めて過ごし母親に心配された程でした。

中学生になった今でも相変わらず熱帯魚店に足繁く通っては売っている魚を見て何も買わずに出ていくなどということを繰り返しておりました。

そういうわけでこの夢の中の奇妙な水族館も彼女にとっては胸の踊るいわば竜宮城のように感じられたのです。


少女はしばらくこの奇妙な水族館を楽しみました。

青白く光り漂う様々な種類の海月や、巨大な水槽の何千何万の流星群のようなイワシの群れ、何処までも続くような海藻と珊瑚の森とそこに潜む色とりどりなちいさな魚たち。まるで普段の日常の風景が嘘のように感じられるような形の深海の生き物たち。


ああ、なんと自分とはちっぽけな存在でしょう。

ああ、なんと彼らは進化した生き物なのでしょう。


そんなことを考えながら歩みを進めておりますと突然足元の感覚が消え去りました。

「あ」

何処かに捕まる暇もなく、支えを失った身体は落下してゆきました。


意外と長い空中の時間。


「夢の中だしこんなこともあるのかしら」

などと考えておりますと


 ばしゃん


大きな音と共に身体中に大きな衝撃。

落ちた先は水の中でした。

目を開いてみても真っ暗で何も見えませんでしたが、不思議と呼吸は苦しくありませんでした。

体勢を立て直し、真っ暗なあたりを見回してみますと視界の端にちらちらと光っているものが映りました。

そちらの方へ泳いでゆきますと、その光は確かに魚の形をしておりました。

ちらちらと明滅する無数のちいさな魚の群れが何処かへ向かって泳いでいるところだったのです。

行くあてのない少女はちいさな魚の群れについて行くことにしました。

ちいさな光の魚たちは泳いでいくうちにだんだんと数を増やしてゆき、とうとう少女を取り囲むようになって、どんどん先へと泳いでゆきます。

少女にはこの魚たちが何処へ向かっているのか分かりませんでしたが、こうしているとまるで自分も魚になったような何とも言えない心地になるのでした。

しばらくそうして光の魚の群れはゆっくりと暗闇の遊泳を続けておりましたがそれは突然終わりを迎えました。

魚たちの行く先に眩しいほどの光が現れ、そのままあたりを包み込みました。

少女は思わず目をぎゅっと瞑り、手で覆いました。


少女の目が次に開いたとき、そこは見覚えのある場所でした。幼い頃に暮らしていた家の父親の部屋だったのです。

目の前にはあの大きな水槽がひっそりと佇んでおります。

少女はもう訳が分かりませんでしたが夢とはそういうものなので仕方がありません。

少女は水槽の中を覗きこみましたが水槽の中にはなにもおらず、ただ水が揺れているだけでした。


「やあ」


突然声をかけられて、少女は驚いて振り返りました。

そこには厚手のコートを着た少し背の高い青年が立っておりました。

「こんにちは、きみはここまで泳いできたの?」

と彼は尋ねました。

少女はこのコートを着た青年のことは知りませんでしたが何故か初めて会った感じがしませんでした。なんとなくどこかで会ったことのあるように思えたのです。

「こんにちは、たしかに、わたしはここまで泳いできたみたい。」

少女は曖昧に答えました。

「そう、それは大変だったね、もし良ければ少し話さない?」

コートの青年はそう言うと古いソファに腰掛けました。

少女も同じようにソファに腰掛けました。

とても古い家具が置いてある部屋なので昔は黴のような匂いがしていたはずなのですが何故か今は全くなんの匂いもしないのでした。

匂いどころか人の気配も、僅かな物音さえも全く感じないのでした。

まるでまだ水中にいるかのようです。


それから2人は暫しの間取り留めもない話をしました。

少女はここにたどり着くまでに経験した不思議な水族館や光る魚のこと、学校や友達のこと、家族のことや近所の熱帯魚の店のことなどを話しました。元来あまり饒舌なほうでは無いのですがこのときは何故かすらすらと胸の奥から泉のように言葉が湧いてくるようでした。

青年は少女の話を黙って、ときに相槌を打ちながら聞いていました。

少女がひとしきり話し終えると今度は青年が口を開きました。

「ありがとう、きみの話が聞けてよかった。ぼくはあまり自分のことがわからなくて、ここには誰もいないものだから、きみが来てくれてよかった。」

と言って少しわらいました。

「ずっとここにいるの?」

不思議に思って少女は尋ねました。

「どうだろう、不思議なことに、随分と長い間ここにいるような気もするし、ついさっきここに来たような気もするんだ。」

青年も曖昧に答えました。

2人とも曖昧なことだらけで、それがなんだか可笑しいので2人は顔を見合わせて少しわらいました。

「ねえ、きみ、もう少しここにいてくれる?」

青年は少女の瞳をじっと見つめました。

その瞳はとても寂しい色をしていたので少女は少し驚いてみじろぎました。

そしてやはり見覚えのあるような気がするのでした。

少女が小さく頷くと青年は少し安心したようにわらいました。

何故だかこの不思議な青年は元々ここに存在するのが当たり前な存在であったかのようにひどく馴染んでいるようでした。

そしてこの場所は少女にとってひどくあたたかくて穏やかな場所でありました。


どのみち夢から目覚めてしまばこの不思議な青年も光の魚たちも消えて無くなってしまうのだと思うと少し胸の奥が痛むような気がしました。


窓の外ではあの小さな魚たちが先ほどよりも数を増やしてきらきらと瞬きながら泳いでいるのでした。

読んでくださりありがとうございます。

青年と少女はよいですね。

小説を初めて書いたのですが難しかったです。

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