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俺だけログアウトできないんだが……

作者: 水無亘里

 ビィィィイイイイイイ!!!!


 アリーナのブザーが鳴り響いた。

 観衆の声が耳にうるさいが、実際の観衆者はこの10分の1にも満たないだろう。

 虚飾された騒音(BGM)に、俺は顔をしかめた。


 〈BATTLE START!!〉の合図と共に敵が行動を開始した。


「灼き払え! 〈業火の先駆者〉(スピットファイア)!!」


 鳥の羽を生やしたインディアン風の少女が炎の渦を吐き出した。

 一瞬で灼熱地獄と化した阿鼻叫喚の世界で、俺の目の前にいるピンク色の髪の少女が逃げ惑う。

 灼熱の炎を背中に浴びながらも、ピンク髪少女は懸命に回避した。HPゲージが大きく削り取られる。


 そこへ。


「おいおい逃げんなよ、情けねえなぁ! 〈凍土に染まる舞台袖〉(アイシクルブリーズ)!!」


 まるで袋小路に逃げ込んだゴキブリを余裕たっぷりに踏みつぶすように、敵マスターが嘲笑を浮かべながら次なる指示を出した。

 今度は周囲が白く染まるくらいの猛吹雪だ。

 吹雪を叩き付けるように両腕を突き出し、青肌の美女が妖艶に笑みを浮かべている

 水蒸気が地面で凍り付き、長いピンク髪を盛大に振り上げながら少女が転んでしまう

 高温の直後にこの吹雪だ。身につけていた鉄の胸当てが熱疲労でヒビが入る。

 吹雪に耐え忍ぶようにピンク髪少女が両腕をクロスさせ防御態勢を取ると、その遥か向こう側で敵マスターが醜悪な笑みを浮かべている。


「精一杯なところ悪いけどなぁ、あひゃひゃ、実践でこんなコンボかますの初めてだわ! 滾って来たぁ! 砕け散れよ! 〈破砕せし豪腕竜巻〉(ツイストクラスト)」


 風船みたいなお腹をした3メートルくらいある大男が片腕を空へと突き出した。

 掌に空いた穴から猛烈な風が吹き出し、ピンク髪少女を盛大に吹っ飛ばした。

 強烈な寒暖差によって生じた上昇気流が強烈な支援バフとなって攻撃の威力を数段跳ね上げているのだ。

 マスターである俺には何の影響もないが、ユニットであるピンク髪少女にはそれを免れることなどできない。

 リング境界である隔壁に押し潰され、バキバキと身体から気持ちの悪い音を立て、盛大に吐血するとHPゲージを一瞬で蒸発させて砕け散った。


〈K.O.!!〉


 の文字が画面上に躍るが、俺の目には未だ砕け散ったはずのピンク髪少女の苦痛に歪む顔が見えるような気がしていた。

 何度見回しても、消滅したピンク髪少女の残滓など残ってはいないのだが、それでも探さずにはいられなかった。

 絶望した俺を嘲笑うように、喝采の観衆が勝者を称えていた。

 やがて表示されたメッセージが、俺の戦果を残酷かつ明確に知らせてくる。


〈0勝50敗! ……勝率0%の戦果です!〉


 俺は拳を握り込んで、込み上げてくる感情を必死に押し隠していた。


 勝てない。どうやったって勝てない。

 勝てっこない。勝てるわけがない。

 どうやったって勝ち目がない。

 無理だ。もうダメだ。

 ここから先、もう絶望しかない。

 抜け出せない。


 なのにもう、やり直せない。

 覆せない。

 どうしようもない。

 未来は果てて、希望は潰えた。


 俺はこの掃きだめに永久に囚われることになる。

 抜け出すことのできない永遠の牢獄。


 ここから抜け出す方法があるのなら、誰か教えてくれ。

 救いの神がこの世にいるのなら、早く俺を救ってくれ。

 誰かこのクソゲーを、さっさと終わらせてくれ。


 あるいは、いっそ。

 この命を終わらせてくれ。

 そのほうが、きっと楽だ。


 無駄に苦しむこともない。

 誰かに笑われることもない。

 かすかな希望を奪われて、絶望することもない。

 悲嘆に暮れて呆然と佇むこともない。


 俺はメニュー画面を開いて、喝采という名の嘲笑から逃げるようにアリーナを退出する。

 マイルームへ転移して、落ち着いたBGMが流れ始めるが、俺の心はさほど休まることもない。

 だって、そうだろ。

 ないんだ。

 あるはずのものがそこにはないんだ。


 グレーアウトしたログアウトボタンに指を這わせても、残酷なブザー音が帰還を拒否する。

 連打する。連打する。連打する。

 ブザー音がけたたましく俺の帰還を拒絶する。

 勝ち目もないのに、退路もない。

 なんというクソゲー。


 なのに俺はリタイアできない。

 抜け出すことができない。

 俺は現実世界に帰ることができない。


 VRソーシャルゲーム。-Astral Intention-。

 大人気ゲームに囚われた俺だけが、この世界からログアウトできない。


 本来は形だけの休息空間であるマイルームのベッドに身を放り出すと、寂しさを紛らわすように布団にしがみついた。


 ――どうして。どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……ッ!!


 VR空間では明確に指定されなければ温度差などという概念は存在しないはずだが、布団の中で丸くなっても身体は冷え切って震えが止まらなかった。

眠れないので、ボツ原稿晒しです。もうちょっと書き溜めたら連載版として再スタートします。

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