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55 文化祭の方針

「お姉さんの家、行っていいの? やったあ!」


 想像した通りの、無邪気な喜び方をする凛。


「いいの? 本当に」

「はい。母に了承を得たので」

「そう……迷惑じゃないなら、いいんだけど」


 迷惑なんて、私が慧にかけている迷惑の方が、遥かに大きい。


「大丈夫です」


 その気遣わしげな笑顔に、少し寂しさを感じたので、敢えてきっぱりと言い切る。それでも慧は、遠慮を含んだ表情のままだった。


「楽しみだなあ。うち、プールがある家なんて、初めてだよ!」

「普通の人は、一生行けないよ。はしゃぎすぎて、迷惑かけないでね」

「だいじょうぶ!」


 日に日にこんがりと肌の焼ける凛の肌と、白いTシャツのコントラストが、目に眩しい。


「あら、ほこりが」

「どれ? ああ、これか」


 シャツに付いた黒い毛を、指先で摘む凛。


「メグの毛だ」

「メグ……?」

「覚えてる? うちの猫だよ」


 慧に言われ、思い出す。初めてこの家に来た時、出迎えてくれたのが、あの猫だった。


「全然見ませんね、あれ以来」

「知らない人は、苦手みたい。藤乃さんが来ると、隠れちゃうんだよ」

「お姉さん、もうしょっちゅう来てるのにね」


 部屋を見回してみても、黒い猫の影もない。


「寂しいわ」


 動物は、好きだ。あの柔らかい毛と、おひさまの匂い。


「メグはおもちゃで遊ぶのが好きなんだよ」

「そうなの?」

「そう。あとはね、おやつとかー」


 愛猫のことを考えている凛は、穏やかで優しげな顔つきをしている。


 せっかくだから、メグとも仲良くなりたい。おもちゃやおやつを、持ってきてもいいかも。


 そんなことを考えながら、私は、ゲームの支度をした。


「今日は、夏休みのところからだね」


 慧が、メモを確認する。

 前回は、3つある劇の選択肢を、それぞれ確認した。ステータスを上げたヒロインが主役になると、「私」は、必ずその衣装を破く。そうして、海斗が登場し、ヒロインを優しく助けてくれるのだ。

 ステータスを上げずに、主役以外になった場合の展開を、今日は確認する予定だった。


「夏休みにステータスを上げないようにしないと」


 勉強や運動を選ぶと、ステータスを上げてしまう。デートをした場合も、内容によって、そうしたイベントになる。

 何もしない、という選択肢を連打して、夏休み明けを迎えた。


「……早苗さんはたぶん、こんな過ごし方はしないと思いますが」


 複数の攻略対象を同時進行で進めている、早苗。夏休みも、デートや何やで忙しいはずだ。


「知っておくことが必要だからね」


 あり得ないとは思いつつも、その先を確認する。演じる劇を適当に選ぶと、役柄の決定場面に移る。

 ミニゲームも、わざと失敗する。起こりうる最低の状態で決まった役柄を見て、ふっと吹き出したのは、凛である。


「……木だって!」


 木の役。そんな役柄があるのは、幼稚部までだと思っていた。木の衣装を着たヒロインに、海斗が「それも似合うね」と声をかける。好感度は微増。


「藤乃さんは、主役なんだね」

「そうなんですね」


 ヒロインが主役になれなかった場合は、「私」が主役になるらしい。「私」の登場場面は、ミニゲームの後だ。役柄の表示される、結果画面に「主役は私のものよ!」とコメントが出る。


「主役は私のもの、ですって」

「ヒロインが主役になったパターンでも、そう言っていたよね?」


 たしかに、その通り。前回は、主役になったヒロインに対して、「主役は私に決まっている」と発言していた。


「その言葉に気をつけます」

「うん。それが良さそうだ」


 ひと通りストーリーを確認し、次は中くらいの展開を目指す。ステータスをほどほどに上げ、ミニゲームもそれなりのスコアでクリアする。


「凛ちゃん、ゲーム上手いわね」

「ふふ、まあね」


 スコアの調整が見事で、感心する。凛は自慢げに鼻を鳴らし、コントローラーを私に寄越した。


「何になった?」

「町娘」

「えー、可愛い」


 町娘の衣装は、素朴で可愛らしいもの。木の役のときとイベントは大して変わらず、主役になった「私」をそっちのけにして、海斗が「似合うね」と甘い言葉をかける。

 好感度の上昇は、中程度。


「主役にならないと、話は変わらないんだ」

「きっと早苗さんは、主役になりたいと思うわ」

 

 主役になれば、好感度が最も上がる。当然早苗は、そこを目指してくるだろう。慧は頷き、「どうするのがいいだろうね」とメモ帳に視線を落とした。


「早苗さんに、主役を譲るのは確定事項でしょ」

「そうなの? 俺は、藤乃さんのドレス姿も見たいけど」

「え……」


 呆気にとられる私を見て、慧はくすりと笑う。丸い頬に、丸いくぼみ。


「冗談だよ。いや、冗談でもないけど……相手が彼なら、別にいいや」

「……とりあえず、主役は早苗さんに譲る、として。敵対するのは、嫌なので」


 私は、逸れた話の軌道を修正する。


「あとは『主役は私』って発言と、衣装を切るのを控えれば」

「藤乃さんが悪役としての振る舞いをやめるだけだと、他の人が代わりにやっちゃうんじゃないの?」

「……そっか」


 慧の言葉に、学外活動のことを思い出す。私が動かないでいたから、業を煮やした真理恵たちが、代わりに悪役になりそうだったのだ。

 私の目標は、「誰も悪役にしない」こと。自分が問題を避けるだけでは、それは達成されない。


「1番の問題は、衣装が切られることですから」


 そんなことが起きたら、大変だ。人目の付かないところで切られたら、私の責任にされてしまうかもしれない。


「……私、衣装係に立候補しようかしら」


 切られるなんて事故が起こらないよう、衣装を手元に置いておけばよい。思いついた私は、ぱっと視線を慧に上げる。目のあった慧は、レンズ越しに、目を細めた。


「それ、いいかもしれないね」

「仮に何かあっても、自分の作った衣装を切るのはずないって、主張できますし」


 言葉を重ねるほど、良い案だと思えてくる。

 夏休み明けに訪れる文化祭での、振る舞いは決まった。


「お姉さんのドレスは見られないの?」

「そのときは、ね。ドレスなんて、着る機会はいくらでもあるもの」


 特に惜しくはない。主役なんて、柄でもない。

 海斗が王子をするのなら、以前の私は必死で主役になりたがったかもしれないけれど……それはもう、過ぎたことだ。


「次はどうする?」

「……樹先輩のストーリーも、ひと通り確認しておきたいの」


 私の頭には、花火大会での出来事があった。早苗と樹の間に起こるはずのイベントを、私は横取りしたかもしれない。

 本当に横取りしてしまったのか。そして、そのイベントが、ストーリー上どのような意味をもつのか。起きてしまったことは、致し方ない。

 夏休み明けの、海斗のストーリーはわかった。それを踏まえて、これから早苗を相手に、どのように立ち回っていくか。それを決めるためには、樹のストーリーを確認する必要がある。

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