表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/56

42 その他の選択肢

「明日は、学外活動なんでしょ? お姉さん、準備はいいの?」

「これが最後の準備なの。今日はとにかく、学外活動の分岐を、確認するわ」


 学外活動の、前日。私は慧の家に、午前中から居座っていた。テーブルには、昼食用に作ってもらった、3人分の弁当。

 学外活動に必要な準備は、金曜のうちに、全て済ませてある。今日はとにかく、明日起こりうることを、できるだけ確認するつもりだった。


「凛ちゃんも、協力してくれる?」

「うん、凛はミニゲームなら、得意だから!」


 凛は私の隣で、ばふんと座布団の音を立てながら跳ねる。ほとんど毎週こうして家を訪ねているわけだが、疎まれていないようで、何よりだ。

 私は海斗のストーリーを開始する。今日は、先日選ばなかったスポーツ大会と、学外活動の選択肢を選ぶつもりだった。

 データはいくつか保存できるようになっているので、学外活動の直前まで進んだところで、一度保存する。


「藤乃さん、休憩するよ」

「わかりました」


 トレイに3つのグラスを載せて、慧が座卓に座る。オレンジジュースは、凛が。氷の浮かんだアイスコーヒーは、私と慧が。それぞれ手に取り、口に運ぶ。

 グラスはよく冷えている。結露が机を濡らしているのを、ハンカチで軽く拭った。グラスを傾けると、氷の揺れる淡い音。薄いコーヒーが、渇いた喉にはちょうど良い。


「藤乃さんは、他の準備は、もう済ませたの?」

「済ませました。荷物は全部、鞄に詰めましたし……」


 あとは当日、昼食用の弁当を詰めればそれで完了だ。私は、玄関に用意しておいた大きな荷物を思う。学園まで運んだ後は、頼んであるバスに運び込み、海岸まで行く予定である。


「ねえ、うちはこれがいい!」

「どうぞ」


 凛は土産の箱を覗き込み、チョコレートを取り出した。今日は、私が選んだものだ。毎度母に見繕ってもらうのも悪いので、侍女に頼んで、取り寄せてもらった。


「かわいい包みだね、お姉さん!」

「でしょう? 味も美味しいのよ」


 動物のシルエットをしたチョコレートは、その動物の可愛らしいイラストの包装でひとつずつ包まれている。凛が持っているのは、ウサギだ。


「なんか、むくの勿体ないなぁ」


 凛は、その小さなチョコを見つめて呟く。暫くそうやって見つめたあと、ぺりぺり、と軽い音を立てて包装を剥がした。


「わ、綺麗な色!」

「そうなの。色合いがいいわよね」


 包装の下には、美しいマーブル模様が隠されている。フルーツの風味のついた部分とそうでない部分が混ぜ合わされ、なんとも言えない色合いを形成している。


「慧先輩も、よかったら」

「うん。頂くよ」


 慧は、青いゾウの形の包装を手に取る。


「いつもありがとう、藤乃さん。俺、甘いもの好きだからさ。嬉しいよ」

「そうですか? 良かった」


 お土産というものは、喜んでもらうために用意するのだ。彼の言葉は純粋に嬉しくて、私は笑顔を作る。


「そう。持って行って、図書室で食べてるよ」

「え? 図書室で、ですか?」


 私が復唱すると、慧は頷き、片方の口角をきゅっと上げた。皮肉めいた笑い。


「だって、図書室は飲食禁止じゃないですか」

「閲覧室はね。カウンターの奥には、準備室があるんだよ」


 私は、カウンター周辺の環境を思い出す。たしかにカウンターの奥には、扉があったような。


「慧先輩、いつそこに行ってるんですか? だって、放課後は……」


 最近はずっと、私と一緒にいるのに。

 慧がカウンター以外の場所にいるところも、ましてやお菓子を食べているところも、見たことがない。

 最後まで言う前に、慧が「それはね」と口を挟んだ。


「俺は、昼休みも図書室にいるからさ。藤乃さんは、昼は来ないでしょう?」

「……はい」

「昼間は、司書の先生もいるんだ。それで俺は、準備室で、弁当を食べさせてもらってる」

「へえ……」


 司書の先生、という聞き慣れない言葉。我ながら驚くほど間の抜けた声が出て、慧が笑いを堪える。


「管理するのが、生徒の俺だけなはずないでしょ」

「まあ、たしかに、そうなんですが」


 私自身は「司書の先生」とやらの存在を感じたことがないので、やはり、ピンとこない。


「藤乃さんは、お昼はクラスメイトと食べてるんでしょう?」

「いえ、山口と」


 答えると、慧は首を傾げる。


「え? 誰と?」

「ですから、山口と」

「山口さんと? どうやって?」


 そうして私は、授業が終わると車に戻り、そこでゆっくりご飯を食べることを説明する。


「……そっかぁ。意外だな」

「意外、ですか?」

「うん。……山口さんと、本当に、仲が良いんだね」


 私は頷く。仲が良いという言い方は語弊があるかもしれないが、彼は私にとって、幼い頃からそばにいる存在だ。

 山口は私のことを、よくわかって、尊重してくれる。そういう意味では、仲が良いという言葉を、否定するほどではない。彼にとってはそれが仕事だから、そこに一定の線引きはあるのだけれど。


「準備室とか司書の先生が気になるなら、昼休みに顔出しなよ。俺は、いるからさ」

「……そうですね」


 昼休みに図書室に行くなんて、考えたこともなかった。自分の視野の狭さを感じつつ、私は慧の言葉に相槌を打つ。


「ねえっ、進めてもいい?」


 そこに凛の言葉が飛び込む。チョコをいくつか食べ、ジュースを飲んで満足したらしい凛は、コントローラーを持ってテレビの前に座っている。準備万端だ。


「いいわ。クルーズ以外の、どっちか好きな方を選んで」

「なら、スポーツ大会にするね!」


 そうして始まったスポーツ大会の競技は、見事にビーチバレーボール大会であった。水着を着た、上半身裸の海斗の姿が、細やかに描かれている。


「……藤乃さんたち、ビーチバレーをやるんだよね」

「そうです」


 それは、もちろん、早苗の提案である。既にしてやられているのだ、と思うと、気が重くなる。

 水着を選択する画面が出てきた。手持ちの金額に余裕があったので、最も高い、白のビキニを購入する。ステータスが上がり、イベントが始まった。

 ミニゲームが終わると、ビーチバレーの結果が出た。凛が操作する主人公が大活躍し、そのチームが圧倒的な勝利を収める。


「反射神経が良いわね、凛ちゃんは」

「ふふーん、そうでしょ」


 満足げな凛がボタンを押すと、画面が移り変わる。横からスライドして現れる、腰に手を当てた、偉そうな女生徒。


「私だわ」

「藤乃さん……選んだのと全然違う、水着だね」


 もう見慣れてきた、画面の中の「私」の姿。彼女は、なんと、黒いビキニを着ている。羽織るものなど何もない、肌の露わな、扇情的な姿だ。

 私が、慧と兄と選んだのは、上を着たらただのシャツとショートパンツになるもの。それも、中は紺色だ。

 画面の「私」は、登場するや否や、早苗に食ってかかる。


『ちょっとくらい運動ができて、可愛いからって、調子に乗らないでよ』


 早苗は実のところ、ちょっとくらいではなく素晴らしく運動ができるし、素晴らしく可愛らしい。彼女を貶せと言われても、困る程度には完璧だ。

 ゲームの中の私も、悪口に困って、そんな言い方になったのだろう。苦し紛れな言い方に、私は苦笑いした。

 同時に、間違っても同じセリフを早苗に言ってはいけないと、頭の中にメモをする。


「展開が似てるね」

「本当ね。私が主人公をいじめると、海斗様が来るんだわ」


 迫られる主人公を、海斗が助ける。前回見たストーリーで最早見慣れた、お決まりの展開だ。主人公を守るため、海斗は「私」に刺のある言葉を向け、早苗には甘やかな台詞を吐く。

 激昂した「私」は、早苗に手を伸ばす。


「……うわあ」

「見ちゃだめ、凛」

「えぇ? ……なんでよ、お兄!」


 その後の展開にのけぞっていると、慧がぱっと凛の目を塞いだ。凛は不服そうだが、さすがにこの画面を、見せてはいけない。

 感情的になった「私」の手は、目測を誤り、主人公の水着に引っかかる。何がどう転んだのか、主人公と海斗は接触し、その胸に手が触れてしまう描写だ。


「……というか、私も、見るのが辛いです」


 イラストとは言え、知り合いのそんな場面、見たくもない。ならばと、慧がコントローラーを取り、私が凛の目を手で覆う。そして私も、目を閉じた。

 残念ながら、音声は遮ることができない。耳も塞ぎたいような、甘やかな台詞の応酬。学園で聞き慣れた声によるそれは、正直言って、聞きたくはないものだ。


「終わったよ、藤乃さん」

「……ありがとうございます、慧先輩」


 ゆっくりと目を開ける。画面には、結果の画面。


「うわっ、眩しい!」


 暫く目を塞がれていた凛は、大袈裟に顔をしかめ、目をぱちぱちと瞬かせた。そのコミカルな動作に、私と慧は目配せをし、同時にくすりと笑みをこぼす。


「……でも、思ったより好感度は上がらないんですね」

「本当だね。クルーズの方が、上がるんだ」


 あんなに濃厚なやりとりがあった割に、その上げ幅は少ない。いったい、何が好感度の上昇に影響しているのか、よくわからない。

 強いて言えば、クルーズの時、「私」は自主的にジュースを主人公にかけていた。スポーツ大会では事故に違いという点で、ちょっとした違いはある。

 だとしても、主人公と海斗の恋愛に、私がどう行動するかが関わるというのも、おかしな推測だ。


「次は花火大会か」


 間をおかず、先ほどセーブした時点からストーリーを再開する。学外活動の内容を、選択する場面。今度は花火大会だ。

 こちらは、花火の描写は綺麗だったものの、海斗とは手を繋ぐのみで、好感度の上昇は控えめであった。「私」は、自分が金に物言わせて花火を手配したことを、胸を張って自慢するだけ。主人公には、大した害はなかった。


「早苗さんがクルーズにこだわっていたのは、それが一番、好感度の高まる選択肢だったからなのね」


 それはまるで、答え合わせ。

 彼女の思惑がするすると解け、納得する。


「そう考えると、わかりやすいね」

「ええ。そして私は、今出てきたような言動を、避ければいいんだわ」


 ゲームの中に「私」が登場するシーンは、限られている。それを避けさえすれば、ゲームの展開から、私自身は逃れられるはずだ。

 早苗と海斗の恋愛は、もう、好きにすればいいと思っている。ただ、私はそこから離脱したい。間違ってもエンディングで断罪され、退学するようなことは、回避したい。


「頑張って、藤乃さん」

「頑張ってね!」

「はい」


 慧と凛に励まされ、私は深く頷く。

 最初の勝負は、明日。明日1日、海斗と早苗を避け、イベントが発生しないようにすればいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ