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40 可愛い妹

「こっちは、少し小さいわね……」

「どう、藤乃?」

「待ってお兄様、開けないで!」


 選んでくれた片方の水着は、そもそも、サイズが小さかった。ここの試着室はいささか心許なく、小さな箱のような試着室は、厚手のカーテンのみで外と仕切られている。

 カーテンが揺れて、兄が開けようとしているのを察し、慌てて制する。今開けられたら、大変な姿を晒すことになってしまう。


「桂一先輩、勝手に開けて、中で着替えていたらどうするんですか」

「いや、僕はただ、様子を聞こうと……」

「藤乃さんは、着替え終わったら、自分でカーテンを開けてくれますよ」


 なるほど、そうすればいいのね。

 慧の説明で、私も、どうすればいいか理解する。


「こっちは、ちょうど良さそうね」


 小さい水着を着るわけには、そもそもいかない。もう一方の水着は、サイズも合い、着やすかった。


「……」


 付属しているシャツを羽織る前に、自分の姿を鏡で確認する。紺色の水着は、下着と何ら変わらないほどの面積。こんなところでこんな破廉恥な格好をしているなんて、なんだか、悪いことをしている気分だ。ホルターネックというタイプで、首の後ろで紐を結ぶような形になっている。


「藤乃?」

「待って」


 気の早い兄は、また声をかけてくる。私は大きめの白シャツを頭からかぶり、ショートパンツを履く。いずれも、水着に付属している、乾きやすい生地のもの。白いシャツと紺色のパンツを履いたことで、ただの服のようになる。


「ごめんね、待たせて」

「いや……おお、いいね、藤乃」

「うん、いい感じですね」


 私の姿を見て、慧と兄は、ふたりして交互に頷く。


「これなら、人目に晒しても問題ないな」

「そうですね」

「下が少し短い気もするけど、まあ……仕方ないね。水着だから」


 腕を組んだ兄が深く頷いている。


「なら、これにしようかしら」

「藤乃は、それでいいの? 僕たちだけで、選んじゃった感じだけど」

「今更ね」


 あれだけ楽しげに選んでおいて、今更そんなことを心配する兄がちょっと可笑しくて、くすりと笑う。


「ふたりが選んでくれたなら、きっと、変じゃないから。自分で選ぶより、全然いいわ」


 私は答え、カーテンを再度閉める。着てきた服に着替え、脱いだ水着を手に、試着室を出た。


「あら? お兄様は……」


 そこには慧しかいなくて、私は首を傾げる。


「あっちで、自分の水着を選んでいるってさ」


 慧はひとつ向こうの通路を示す。山口のスーツの色が、ちらちらと水着の間から見える。


「買うって言ってましたね。行ってもいいですか?」

「もちろん。持とうか、それ?」

「あ……ありがとうございます」


 慧は、私から水着を受け取る。それを、いつの間にか持っていた籠に入れ、歩き始める。


「似合ってたよ、藤乃さん。爽やかな印象で」

「ただのシャツと、ショートパンツでしたね」

「いいんだよ。日射しも強いだろうし、肌なんて露出しなくて」


 凄い水着で来る人もいると思うけどね、と付け足す。


「そうでしょうか」

「まあ……来る面子を聞くと、どうもね。彼女は攻略対象を、ほとんどそこに揃えるわけでしょう」

「そうですね」


 そして漏れなく、攻略対象たちは、ファンクラブがあるような美男揃いだ。うっとりしているクラスメイトがいたように、目に留まるような服装をしてくる女生徒もいてもおかしくはない。


「まだ知らないイベントの方が多いからね」

「うっかり巻き込まれないように、気をつけたいとは思っています。悪役らしい振る舞いは、避けようと」

「そうだね……心配だな、さすがに全部の攻略対象を、攻略している時間はないから」


 どのストーリーも、学園を舞台にしていることは変わらない。出てくる行事や、ボリュームも、そこまで大きな差はないだろう。


「海斗様と早苗さんに、関わらなければいい話だと思うので、何とか」

「せっかくの学外活動なんだから、楽しんでおいでね」

「はい。……あ、お兄様」


 兄は、男性用の水着が並ぶ一画で、商品を吟味していた。


「ああ、藤乃。着替え終わったんだね」

「ええ。お兄様は?」

「うん……買うのはやめるよ。今ひとつ、ピンと来なかったからね」


 兄は自然に手を出して、慧から籠を受け取る。そのまま歩いて行く先には、金額のマークの付いた会計がある。


「僕が買うよ」

「え、お兄様……」

「藤乃、そろそろ誕生日だろう? ちょっと早いけど、これも、プレゼントだよ」


 そろそろと言っても、まだ1ヶ月も前である。兄は機嫌の良さそうな足取りで、すたすたと歩いて行ってしまった。

 私は、ため息をつく。


「誕生日なの?」

「はい……でもまだ、1ヶ月も先ですよ。夏休み中なんです、私の誕生日は」

「ああ、なら本当に、早いプレゼントだね」


 納得している慧に、「兄の悪い癖なんです」と私は訴える。


「誕生日にかこつけて、いつも私にものをくれるんです、兄は」

「そうなの? 藤乃さんは、可愛い妹なんだね」

「だとしても……本当に、たくさん買ってくれるんです。兄だって、まだ学生なのに」


 おそらくこれから、誕生日だから、と良さそうなものをどんどん買って、私にくれるのだろう。毎年繰り返されることだ。嬉しくもあり、しかし何だか、申し訳なくもなる。


「ただいま。はい、藤乃」

「ありがとう、お兄様」


 受け取った袋は大きいけれど、中身は水着だから、さほど重くはない。私が持とうとすると、横から慧が手を伸ばし、そのまま持ってしまった。


「私、自分で持てます」

「うん、だから車に乗るまでね。俺にも少しくらい、良い顔させてよ。桂一先輩みたいに、物を買ってあげるのは、難しいからさ」

「そんなこと……」


 求めるつもりもない。それでも慧は、水着の入った袋を持ったまま、私の隣を歩く。


「凛ちゃんの誕生日は、いつなんですか?」

「凛? 凛も夏生まれだよ。藤乃さんよりも、1週間遅いかな」

「へえ……! 1週間しか違わないんですね」


 単なる偶然だけれど、誕生日が近いというのは、嬉しい。


「どうしたの?」

「メモしようと思って」


 私は立ち止まり、メモ帳を取り出す。凛の誕生日を、しっかりメモした。


「慧先輩の誕生日は?」

「俺はまだ先だよ。冬だからね」


 慧の誕生日も聞き、メモする。そのときが来たら、祝わなくては。

 明日は買い出し、そして来週は学外活動。その後1週間もしないうちに、夏休みに突入する。慧と出会ったのは、まだ初夏の香りがする頃だったのに。あっという間に、数ヶ月が経ってしまった。


「きっと、冬もすぐですね」


 このままの速さで時間が流れたら、数ヶ月も、1年も、きっとすぐだ。


「そうかな? その頃も藤乃さんと、こうして仲良くしていたいと思うよ」

「そうですね」


 慧とこのまま親しくしていられるのなら、私にとって、これほど嬉しいことはない。目が合うと、慧は柔らかく目を細める。頬がまるくくぼむ、穏やかな笑顔。この顔を見ると、私はいつも、安心する。


「……さあ、帰ろう」


 兄の言葉で、私と慧は解散した。


「明日、頑張ってね、藤乃さん」

「ありがとうございます、慧先輩」


 明日は、早苗たちとの買い出しが待ち受けている。車で帰路につきながら、私は、予定を頭の中で確認した。

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