38 「私」になるきっかけ?
「他に、必要だと思う物品があったら、教えてください」
ホームルームで配られたのは、今度購入する予定の、学外活動に向けた必要物品をまとめた用紙だ。会長が取りまとめ、皆に配ってくれた。
「これは、どうして必要なんですか?」
いくつかの質問が飛び、会長がそれに答える。
「えっと……。何でしたっけ、このコーンは」
「それは、スポーツ大会のときに、ラインを引く代わりに使うって」
「ああ、そうでした」
私も時折助け舟を出しながら、説明を終える。皆の了解を得て、週末に、予定した通りに買い出しに行けることになった。
「いよいよ、って感じね」
「大詰めですね。おかげさまで、何とかなりそうです」
「私のおかげじゃないわ」
私が答えると、会長は首を振る。
ふたりがあれこれと計算してくれたから、予定に従って、事が進んでいるのだ。早苗と海斗は思ったよりも何もしないから、ふたりの負担は大きいだろう。
私なんて、思いつくままに、口を出しているだけである。
「……あの、藤乃さん」
会長が去り、私は鞄に荷物を詰める。放課後、人が少なくなってきた教室で、思い詰めたように話しかけてくるのは。
「真理恵さんに、遥さん」
早苗と共に勉強会をした、あの二人であった。特に真理恵は、海斗のファンクラブの学年代表らしく、私と海斗の関係をよく気にかけてくれた。遥も、兄に好意を寄せるついでに、私のこともよく思ってくれている。ふたりとも、穏やかで、話しやすい人たちだ。
「どうされましたの?」
「あの……早苗さんと、海斗様のことで」
「……? 構いませんのよ、私はもう、婚約しているわけではありませんから」
本当に、気にしていないのだ。なのに真理恵は案じるように、その眉尻をぐっと下げる。
「だとしても……目に余りませんか? 学外活動の企画は、結局藤乃さんに任せきりで……あんな風に、お二人で」
たしかに、ふたりの親密さは、時折目に余る。教室という人目のある場所には相応しくないやりとりも、見られる。
「まあ……」
「実は、ファンクラブの方でも、問題になっているんです。あんな風に無闇に近づくなんて、ルール違反だ、って」
「真理恵さんは、学年代表なので。それに早苗さんは、他の男性とも親しくされていらっしゃるので、それぞれのファンクラブから、何とかして、って言われているそうで」
遥が補足する。
「なるほどね」
真理恵は、その学年代表という立場と、海斗や早苗と同じクラスであるということで、早苗に釘を刺すように頼まれているらしい。
「……ですが、私からは、とても」
「真理恵さんがお伝えしても、聞いてもらえないんです!」
遥が、憤った語調で言う。
「……それで?」
私にわざわざ話すということは、何か求めたいものがあるはずだ。そしてその求めるものも、何となく、推測がついた。
「……藤乃さんがおっしゃるなら、お二人も、耳を傾けると思うんです」
「どうかしら」
「少なくとも、私たちよりは」
「うーん……」
恐らく早苗は、私のことを、ゲームと違う動きをするという理由で、気にかけているだろう。それを利用すれば、こちらの言葉に、耳を傾けはするだろう、けれど。
「……私は別に、あのふたりはあのままでも、良いと思うの」
海斗と早苗の仲を、引き裂く気はないのだ。少なくとも彼女は、あれだけ海斗の好感度を上げているのだから、彼に好意があるのだろう。
私が阻止したいのは、エンディングへの展開だけ。行事ごとに起こる、私がらみのイベントから逃れるだけで、上手く回避できると思う。
「……そうですか」
真理恵の声が、重く沈む。
「すみません、わがまま言って。ありがとう、ございます」
噛み締めるような、口調。ちょっと胸が痛んだけれど、彼女たちのいう通りにすることはできない。
もしかしたらゲームの中の「私」も、こういう風に作られたんだろうか? あの二人に注意してくれと、誰かに頼まれて。あるいは、唆されて。追い詰められた私は、共犯者がいることに油断し、自分が言ったら聞いてもらえるなら言おうと、実行するのかもしれない。
あり得る。
そう考えると、尚更、彼女の言う通りにはできない。
「……やっぱり、私は、自分で何とかしてみます」
「何とか? どうするつもり?」
「学外活動には、早苗さんが親しくされている、他の方もいらっしゃるので……」
真理恵は、覚悟を決めたような表情で、僅かに俯く。
「そこで、彼女のしていることをお伝えすれば、多少は聞いてくれるのではないかと」
「生徒会長とか、他の方もいらっしゃるって言ってたわね、そういえば」
早苗は学外活動にかこつけて、いくつかのイベントを引き起こそうとしている感もある。1日の活動で、あれだけたくさんの内容を詰め込もうというのは、普通の発想ではない。
「そこで、ちゃんと、言おうと思うんです。早苗さんは、今のままでは、良くないと」
「私も手伝うからね、真理恵さん」
遥と真理恵は、妙に深刻な表情をしている。それだけ二人にとっては、重大な問題なのだ。
その思い詰めように、危うさを感じる。
「……あまり、言い過ぎては駄目よ」
「ですが、はっきり言わないと……遠回しに言ったって、伝わらないから」
「まあ、そうかもしれないけれど」
きっと早苗は、ゲームには登場もしない彼女が、何か言っている程度にしか思っていないのだ。
学外活動にかこつけて何か言っても、取り合わないだろう。
だけど私は、そのことを真理恵たちに納得させられるほどの言葉を、持ってはいなかった。代わりに私が言うなんて、言ってあげることはできない。
そうなってしまえば、ストーリー通りの、「学外活動でヒロインに喧嘩を売る私」の出来上がりだ。それは、避けなければいけない。
「……お聞きくださって、ありがとうございました」
「ねえ、相談になら、乗りますから」
「……! ありがとうございます!」
ぱあ、と真理恵の顔が明るくなる。相談にくらいなら、乗っても良いだろう。彼女たちが早苗にどう出るつもりなのか、知っておくことは、悪いことではなかろう。
並んで教室を出る二人の背中を見送る私は、なんとなく、胸騒ぎがするのを感じていた。
「……そう、週末は、買い出しなんだね」
「はい、日曜日に。だから慧先輩とは、土曜にお会いできたら、と思って」
「構わないよ。ただ、今週の土曜は、家に両親もいるけど……」
慧の家に行くときには、いつも、家には彼の親はいなかった。
「それは、ご迷惑ですよね」
「迷惑ってわけでもないけど、狭いからね、俺の家は」
「いえ、そんなことは」
はは、と慧が笑う。
「気にしないでよ、藤乃さん。事実だし、気にしてないから。嫌じゃないの、俺の親に会うことになるのは」
「え? ……どうしてですか?」
「親に紹介されるんだよ?」
「はい……え?」
何を嫌に思うのか、わからない。慧にはお世話になっているから、家の人にひと言感謝をを伝えるのも、やぶさかではない。
「慧先輩にお世話になっているので、お礼を伝えてもいいでしょうか」
「ああ、そういう? ……土曜は、家に来るのはやめておこうか。多分親は、誤解するから」
慧は、爪先でコツコツと、カウンターの板を弾く。
「誤解?」
「藤乃さんのこと、俺の恋人だと思うと思う、ってこと」
「ああ」
慧の説明で、先ほどの会話の意味がわかった。私と慧は、異性だから。「恋人を紹介する」のだと捉えられてしまう、というわけだ。
「私の両親も、慧先輩を紹介したら、そう思うかもしれませんわ」
「でしょ?」
「違いますものね、私たちは」
慧はふふ、と笑う。そして、「どう違うの?」と問いを重ねてきた。
「え……だって慧先輩は私のことを、人として好きなんですよね?」
「人として……まあ、そうだね」
「私も、慧先輩のことは、人として好きです。だけど私たちは、恋人ではありませんし……はい」
ただ、私のことを人として好きでいれてくれているだけの彼を、恋人として扱うなんて、失礼だ。
「藤乃さんって、恋愛感情の好きと、人として好きっていうのは、どう区別しているの?」
「恋愛感情は、抑えきれない気持ちがあるのかな、と思っています。お話でもそうなんですけど、危険なのはわかっていても問題に飛び込んでしまったり、とかそういう……」
「抑えきれない気持ち、か」
慧は顎に指先を当て、考えるような仕草をする。
「前も言ったけどさ」
「はい」
「誰かを、恋愛的に好きだなあと思ったら、俺にも教えてね」
そのまま、横目でこちらを見る。
そう。確かに慧は、水族館に出かけた日も、そう言っていた。
「もちろんです」
「申し訳ないんだけど、桂一先輩との約束とも、関係のあることだから」
差し出された慧の手は、小指だけが、緩く立っている。
「約束だよ、藤乃さん」
「……はい」
「指切りげんまんって、したことない?」
「あ、わかります」
幼い頃には、母や父と、そんな風にして約束を交わしたこともあった。小指を絡めると、慧の指は、思ったよりもひんやりしている。
「嘘ついたら、針千本飲ます、でしたっけ」
「俺はそんなこと、しないけどね」
「ええ。でも、ちょっと怖いですね」
約束は交わしたものの、私が誰かに恋をするなんて、とてもではないけれど、思えない。約束を果たすのは随分先になるかもしれないし、そもそも果たせないかもしれない。
それはそれで、構わない。私は自分の幸せを、追えばいいだけだから。
だからまずは、皆に糾弾されて終わるエンドを、きっちり回避することだ。
「……ところで買い出しって、何を買いに行くの?」
「ええと……」
慧の質問に答えているうちに、ふと、思い出す。
「水着を買わなくてはいけないんでした」
「水着?」
「そうです。ビーチバレーは、水着で行うんですって。私、同級生と出かけるための水着は、持ってなくって」
さすがにそれは、日曜日の買い出しで購入するものではない。
「そうなんだね」
「あ、日曜日。慧先輩の家に行く代わりに、買い物に行ってみても、いいですか? せっかくなので、普通のお店にも、行ってみたいです」
「え、水着を買うんだよね?」
慧が驚くので、こちらも戸惑う。
「……はい。あれ、駄目でしたか……?」
「いや、いいけど……。なら、そうしようか」
こんな風にして、今週末の予定も、埋まっていくのだった。




