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34 早苗の思惑を知りたい

「……凛に話してもいい、藤乃さん?」

「もちろんです。慧先輩の、妹さんですから」


 慧はそれを聞くと頷き、このゲームと私自身の関係について、凛に説明し始めた。

 凛は、慧の借りた本を家でよく読んでいるらしい。その中には、私のよく読む乙女ゲーム系の小説を彼女も含まれていたそうで、話は早かった。


「そんなことあるの……? えー、やばいね」

「信じられませんよね」

「まま、信じらんないけど、このイラストはどう見てもお姉さんだし、信じざるを得ないよ」


 画面は、主人公が私に話しかけられた場面のまま、止まっている。画面の私は、怒ったように、眉をきつく釣り上げたままだ。

 なぜ止まっているのかというと、会話の選択肢が出ているから。そのうちのひとつに、私は目が止まる。


「ああ……『どうして、藤乃さんが?』って言われました、あのとき」

「なら選択肢はこれ? うちが選んじゃっていい?」


 凛はコントローラーを取り、選択肢を選ぶ。先日交わした会話、そのもの。「私」は悪態をつき、その場を去る。海斗の好感度が、なぜか上昇した。


「学外活動? これ行事でしょ、ほんと、そっくりなんだね実際と」


 コントローラーを握る凛が言う。画面には、学外活動をどれにするか、選択肢が出ている。

 スポーツ大会、クルーズ、花火大会。クラスで上がったのと全く同じ選択肢。


「早苗さんは、クルーズに行きたいって言っていたわ」


 あのときのやりとりを思い出す。早苗は不自然なほど、クルーズにこだわっていた。おそらくその選択肢には、何らかの意味があるのだろう。


「藤乃さんのクラスは、スポーツ大会に決まったんだっけ?」

「はい……結局夜は花火を見るので、花火大会の要素も、ないではありませんが」

「そうか……どれを選ぶのがいいんだろう」


 クルーズだった場合の展開を見れば、早苗の思惑はわかるだろう。一方で、実際の学外活動は、スポーツ大会だ。これも気になるし、花火大会も見ておきたい。要するに、どれも、選びたいのだ。


「とりあえずひとつ、選べばいいのに。そのヒロインの人がクルーズしたがってたんなら、それ、見てみようよ」

「あっ」


 ぽち。

 声をかける間もなく、凛は決定ボタンを押した。クルーズに行く、ということでストーリーは進み始める。


「凛、勝手に進めたら駄目だろ、藤乃さんのことなんだから」

「だって、お兄、悩んでる時間がもったいないよ。1回見たお話はスキップするとか、そういう機能がついてると思うんだけど」


 咎める慧に、言い返す凛。唇を尖らせて語気を強めるところが、兄妹そっくりだ。


「1回見た話を、スキップするの?」

「わかんないけど、同じの見るの、面倒でしょ。スマホのアプリだとそういう機能、ついてること多いよ。これはわかんない」


 最近の子供は、いろいろ詳しいのね。

 感心しながら、私は凛の提案に従うことにした。


「私も気になるわ、彼女が何にこだわっていたのか。ゲームだもの、どんどん進めて、またやり直せばいいのよね」

「そうそう」


 現実とは、違って。

 私の生きる今は、1回きりだ。……たぶん。この世界がゲームだとわかった今、早苗がエンディングを迎えることでどうなってしまうかはわからない。私にできることは、これから起こり得ることを、予習するだけ。


 学外活動は、現実とは違って、選択するとすぐにスタートする。「海斗と一緒に実行委員になって、準備をした。好感度アップ」と表示されたから、まあ、そういうことなのだろう。ここは、実際とは少し異なる。たしかに早苗は海斗とも準備をしたが、一緒に企画に回ったのは、私だったから。

 だから彼女は、私が立候補したときに、「何であなたが」と言っていたのか。あの意味不明な言動の理由が紐解かれ、私は納得する。そしてさらに、確信する。


 早苗は、このストーリーを、知っている。


 だから、私が早苗と共に企画をするのは「おかしい」と、はっきり言い切れるのだ。

 時折彼女が見せる違和感のある言動は、「ゲームならこうなるはず」という予想に基づいているのだ。

 おそらく先日の、婚約破棄を告げた一件も。


「豪華な船~。ねえお姉さん、ここに出てくるものって、基本的に、このへんにあるんでしょ? この船もあるの?」

「このクルーザーは……絵なので言い切れませんが、海斗様の家のクルーザーじゃないでしょうか」


 私も、彼の家が所有するクルーザーに、そう頻繁に乗るわけではない。それに、乗っている間は、外観は見えない。

 そんな曖昧な私の答えでも、凛は頬を膨らませ、「いーなあ」と言った。


「うち、こんな船、一生乗れないとおもーう」

「それは……」

「そうだねえ、凛も霞ヶ崎学園に入れば、チャンスはあるかもしれないけど」

「お兄みたいに特待生になれって? むりむり、うちは頭悪いもん、お兄と違って」


 恨めしげに画面のクルーザーを眺めた凛は、「あ」と何か思いついた。


「お姉さんの家って、船持ってるの?」

「父は、一応……ですが、海斗様の家とは違って、それほど乗り回しているわけではありませんよ」

「そんなのいいの、持ってるんだね!」


 凛が座り直すと、ぴょこん、と短い毛先が跳ねる。


「なら、お兄が藤乃さんと結婚したら、うちも乗れるかもしれない?」

「ええと、それは……」

「凛、そんなおかしなこと言って、藤乃さんを困らせるなよ」


 結婚どころか、私は最近、婚約が破棄されたばかりだ。飛躍した子供の論理に、苦笑いしかできない。

 慧も困った顔で、凛を制する。楽しげなのは、凛だけだ。


「いいじゃん、そしたらうちも、すごーい船に乗れるんでしょ」

「乗れるとは言ってませんよ」

「大体、凛はさっき、藤乃さんを見て怒ってただろ。いいけどさ、何なんだよ、その変わり身は」


 慧も、やや語気が強くなる。こんな風に怒ったところは、あまり見たことがない。家族に対しての態度は、多少違うのだ。

 凛は慧の言葉など何にも気にせず、ふん、と鼻で笑った。


「うちが家にいるのに、お兄がいきなり女の人を連れてきたから、驚いただけだし。お姉さんと話してみたら、普通の人だったから、別にもう、怒ってない」

「お前なあ……」

「お兄だって、お姉さんのこと好きなんでしょ。うちが嫌ってるより、好きな方がいいんだから、いいじゃん」


 それにしても、よく回る口だ。止まらない喋りに、もはや慧も、「まあな……」と白旗を上げた。


「ま、いいや。とりあえず、続きね」


 船に乗り込み、ミニゲームを交えたイベントが始まる。最初は降ってくる食べ物を取るゲーム、次は流れてきた音符に合わせてステップを踏むダンスのゲーム。凛は器用なもので、そのいずれでも、高得点を記録していく。


「クルーザーに乗る場合は、食事のあと、ダンスだったのね」


 ミニゲームの内容から、大体のことが察せる。ダンスゲームで高得点を叩き出すと、海斗の顔が間近にある大きなイラストが登場する。早苗のダンスの相手は、やはり海斗だ。


「早苗さんは、ダンスがしたかったのかしら」

「さあ……スポーツ大会でも、ダンスをねじ込もうと思えばねじ込めそうだけど、そうはしなかったんだね」


 学外活動イベントの終末には、「私」が登場する。目元は暗い。海斗が早苗と、人前で踊り回ったのなら、以前の私なら憔悴していただろうから、その表情も致し方なかろう。


「えっ」


 驚きの声を上げたのは、凛。

 登場した「私」は、激しく声を上げ、オレンジジュースを早苗にかける。明らかな、故意だ。今までの事故を装った意地悪とは、格が違う。


「何してるのよ、私。こんなの、完全に悪者じゃない」

「お姉さんがそれを言うと、不思議なんだけど」

「凛、藤乃さんは絶対、こんなことしないよ。これは藤乃さんだけど、藤乃さんじゃない」


 凛と慧のそれぞれの感想もあるが、ともかくここで私は、はっきりと悪役として位置付けられるのだ。


『大丈夫か、早苗。何をするんだ、お前、やっていいことと悪いことがあるだろう!』


 倒れ込んだ早苗を、海斗が抱き上げるイラスト。ジュースをかけられただけでどうして倒れたのかはわからないが、ともかく海斗は早苗を守るようにして、そこに立っている。

 向かい合う、「私」と、海斗。対立関係は、明白だ。


『そもそも、海斗様、あなたがーー』

『早苗、大丈夫か。僕が君を守るから、安心しろよ』

『海斗、ありがとう……』


 なぜ早苗は、息も絶え絶えなのか。違和感のあるシーンも、当然のように進んでいく。会話に置いてけぼりにされた「私」はそれ以降登場せず、目を瞑る早苗の額に、海斗がそっと唇を落とす。

 イベントの終了とともに、好感度のメーターが表示される。海斗の好感度はぐぐっと上がり、もうすっかり早苗の虜だ。


「たぶんこれが、1番好感度の上がるイベントなんじゃない?」


 画面を見ていた慧が、そう言う。


「どうしてです?」

「なんとなくだけど……何を選ぶかで得られる好感度が変わるんだとしたら、彼女がクルーズにこだわった理由にも納得がいくからさ」

「まあ、そうですね……」


 学外活動の次は、夏休みらしい。ストーリーの先は、まだありそうだ。

 鈍い振動音。私のポケットが、規則的に振動していた。


「あ……山口だわ。はい。……ああ、そうね。ごめんなさい、気を遣わせて」


 電話に出ると、山口に、そろそろ帰宅すべきだと促される。時間を見れば、もう夕方だ。


「私、帰らなくっちゃ」

「お姉さん、もう帰っちゃうの?」


 凛が、寂しげに眉尻を下げる。その表情に、ぐっと来た。


「また来るわ。お話も途中だし」

「うん。うち、楽しみにしてるからね!」


 にっこり笑った頬には、えくぼ。こんなところも、兄妹そっくりだ。


「そこまで送るよ」

「ありがとうございます。……お邪魔しました」


 慧と一緒に、部屋を出る。久しぶりに吸う外気は、ひんやりとして、爽やかだ。どこかから、草の香りが漂っている。


「ごめんね、妹がうるさくて。あんな感じだから、俺、家ではあんまり勉強できないんだよ」

「そうなんですね……楽しかったですよ、私。小さい子とあまり話したことがないので」


 話しながら、アパートの入り口に出る。目の前の道には既に車が停まり、山口が待っていた。


「待たせてごめんなさい」

「いえ。どうぞ、お嬢様」


 車に乗り込むと、扉が閉まる前に、慧を見る。


「またね、藤乃さん」

「はい……また月曜日に、慧先輩」


 ぱたりと戸が閉まり、車は滑り出す。橙色の光の中で手を振る慧の姿が、どんどんと小さくなって行った。

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