33 いざ、プレイ
「よし、これで出来るよ」
慧は座布団に座り、あぐらを組んだリラックスした姿勢で、ゲームのセッティングを終えた。画面には、パッケージと同じ、霞ヶ崎学園のイラストが表示されている。
「それにしても、見れば見るほど」
「霞ヶ崎学園ですね……」
丸っこいポップなタイトルの後ろに広がる背景には、見覚えしかない。正門から入ったときに見える建物、そのものだ。
「はい、どうぞ、藤乃さん」
慧は、持っていたコントローラーをこちらに差し出してくる。私は受け取り、画面を見た。押せと言われるボタンを順番に押すと、名前の入力画面が出てくる。
主人公の名前は自分でも設定できるが、予め決められたものを使ってもいいという。予め設定された名前というのが、「須藤早苗」であった。須藤早苗。早苗、そのものの名前。
「やっぱり、彼女は、主人公なんだわ……」
あまりにもできすぎていて、疑うことはできない。主人公の名前を、須藤早苗に決定する。画面が暗転する。
『今日は入学式。特待生として名門霞ヶ崎高校に入学した、私。私を、どんな生活が待ち受けているのだろうーー』
そんなプロローグから始まり、主人公は学園内に入る。会場はどこだろう、と迷う彼女に、話しかける男性。
「あ、会長だわ」
隣のクラスの学級会長である。デフォルメされたイラストながら、その爽やかで甘い顔立ちは、彼そのものであり。
「知り合い?」
「ええ……慧先輩、声までそっくりです」
顔だけでなく、声なんて、本人とそっくりそのまま、変わらないのだった。
会場を教えてもらって向かう道中、先生や部長など、何人かの男子に会う。
「これは、顔見せっぽいね」
「そうですね」
攻略対象と呼ばれている男性が、次々と登場する。ひと言ふた言、その性格が垣間見える会話をし、そして次の場面に展開する。
「ここで、どの男の人がいいか、決めるんだろうね」
そうこうしているうちに、漸く入学式が始まる。生徒会長の挨拶があり、会場から出ようとした主人公は、いきなり何かにぶつかられて転ぶ。
『なんだよ……見ない顔だな。特待生か、お前?』
それは、何よりも聞き覚えのある、耳に馴染んだ声。
「海斗様だわ……」
攻略対象として登場するのは知っていたものの、こうして画面の中で見ると、恐ろしさか、感慨か、腕にぞぞ、と鳥肌が立つ。
画面の中の海斗は、不遜な台詞を吐いて、いなくなった。
「……ずいぶん、高飛車な印象だね」
「海斗様なら、このくらいのこと、言いかねません」
早苗と親しくなってからは、海斗は私にも、あのような言葉かけをしてきた。性格がよく再現されている。というか、私たちが、それを体現しているというのか。
「……とりあえず、海斗様と親しくなる選択肢を、選びたいと思います」
登場した男性たちが、選択肢として出てくる。私は迷わず、海斗を選択した。
それにしても、声が、本当に生き写しのようだ。ぞわぞわする。
「……俺が進めてもいい?」
「え? ……構いませんけど」
「うん、なんか、彼と親しくなる選択肢を藤乃さんが選ぶっていうのは、ちょっと、もやもやするから」
私は慧にコントローラーを渡す。
慧は座卓に肘を置き、画面を見つめた。
「確か現実の方の早苗さんは、勉強ができるんだよね?」
「はい。勉強も、運動も、文武両道で……」
「なら、満遍なく取ってった方がいいかもしれないな」
運動、とか勉強、とか外出などという選択肢の中から、慧はあれこれと選んでいく。「パラメータ」が上がり、早苗が成長していく。
テストのイベントがあり、ミニゲームを経て、早苗は2位になる。私は、最初のテストを思い出した。張り出される順位を眺める生徒たち。早苗に、海斗が話しかけてくる。
「ああ、このやりとり、見たかもしれません……」
ライバル心を剥き出しにして、早苗を無視できない海斗が、やたらと話しかける。そんな光景を、毎日見ていた。それがやがて親しみの込められた言葉に変わり、独占欲、そして恋慕に変わっていくのだ。
画面に表示された順位表には、私の名前も、さりげなく映り込んでいる。そんなところまで、現実通りだ。
現実通りというか、現実が、ゲームというか。今までの出来事を追うような展開に、何がなんだか、混乱してしまう。
「あ、藤乃さんだ」
賑わう生徒たちの中で、厳しい表情をするのが、私のイラスト。紫色のオーラを纏っている。
「どう見ても悪者ですね」
「本当だね。よく似てるけど、藤乃さんは、こんな顔しないよ」
「それは、わからないです」
たしかにあのとき私は、険しい顔をしていたと思う。特待生に負けてしまった、不甲斐ない自分に対してひどく憤っていた。ただし、こんな風に演出されると、演出としては、早苗個人に対して悪意を抱いているように見える。そんな気持ち、このときはなかった。
「……藤乃さんが、性格悪い人みたいだね」
「こんなこと、した覚えがありません」
「やっぱり、ゲームはゲームだね。あんまりひどくて、見てられないや」
そこから時折、私が登場する。早苗と海斗は、放課後にばったり会ったり、休日にばったり会ったりしながら、お昼を一緒に食べてみたり、プレゼントを贈りあったりと、着々と距離を縮めていく。やがて強引に生徒会の手伝いをさせられ、長い時間を共に過ごすようになる。
そこへ時折、私が登場しては、ふたりの関係に不快感を示していく。最初は私に気遣っていたような海斗の言動が、早苗を守るものに変わっていく。
正直言って、記憶にないような場面も多かった。「私」は早苗に悪態をついたり、転ばせてみたりと、あからさまな嫌がらせをする。私はふたりに極力関わらないようにしていたのに、どうしてそんな場面が成立するのだろう。
慧は私に、コントローラーを机に置いた。眉間を指でほぐし、「疲れちゃったな」と呟く。
「……すみません、操作をお願いしちゃって」
「それはいいんだ。ただ、藤乃さんの描かれ方が、あんまりだから」
慧の不愉快な気持ちもわかるが、私は、続きが気になる。コントローラーを取り、操作を続ける。
2回目のテストが終わる頃には、「私」からの嫌がらせが加速する。
『早苗を睨むなよ。妬いてるのはわかるが、君の出る幕じゃない』
どこかで聞いたような台詞とともに、早苗をかばう海斗の態度も、あからさまなものに変わっている。
海斗と早苗の、勉強会。海斗の部屋にふたりきりになった彼らは、甘いやりとりを交わし、そして……。
「みっ、見ていられません!」
「ちょっとこれは、激しいね……ああ、全年齢対象じゃないんだ」
私は、知り合い同士の濃厚なイラストに、顔を覆った。海斗が早苗の頬に、優しく触れている。顔が近づく。これ以上見ていられない。視界を塞いだ私の耳に、水っぽい音が聞こえる。
例の勉強会のあとに、早苗が海斗を、「千堂くん」ではなく「海斗」と呼び始めたのを思い出す。このやりとりは、実際にあったのかもしれない。そう思うと、生々しくて、恥ずかしくて、動悸がする。
パッケージを手に取り、対象年齢を確認した慧が、溜息をついた。
「ちょっと! 何してんのよっ、お兄! うちがいるんだけど!」
甘いイベントにあてられる私たちの空間に、ばたーんという扉の激しい開閉音が割り込んだ。甲高い怒鳴り声。腰に両手を当て、立ちはだかる凛。目を真っ赤にし、頬も真っ赤にしている。
「ふざけんな……あれっ?」
明らかな怒り顔は、私たちの様子を確認して、きょとんとする。視線が揺れ、私の顔、慧、テレビ画面、を順繰りに見る。
「あっ、凛、駄目だよこのゲーム、対象年齢があるから」
「は? ゲーム?」
その視線が画面に注がれ、ぱちくり、と瞬きが繰り返される。幸いなことに画面では、目も当てられないハグシーンは終わり、「海斗と呼んでくれ」という会話が交わされていた。
「お兄たちが、いちゃついてたんじゃないの?」
「俺たちはずっと、ここでゲームしてたよ。ごめんな凛、誤解させて」
「ううん……いや、え?」
凛が頬に片手を当てる。柔らかそうな頬が、むに、と変形した。
「いいけど……」
妙に気の抜けた返事と共に、凛は私たちのいる座卓へ、ぺたりと座り込んだ。
「それ、うちの座布団なんだけど」
「これ? ごめんなさい」
私の座る花柄の座布団を渡そうとすると、凛は「いい」と断る。座卓の低い板に、体育座りで顎を乗せる。
「部屋で聞いてて、何してんだよって思ってたのに、ゲームだったわけ……まじ、なんなの」
「ごめんな」
「ごめんなさい」
口々に謝ると、唇を尖らせて「いい」と答える。拗ねているのがよくわかる。そんな素直な反応は、子供っぽくて、微笑ましい。
「……てかこれ、お姉さんによく似てるね」
画面は変化し、朝の学校に。
『海斗様と親しくしてくださって、ありがとうございます』
この会話も交わしたことがある気がする。既視感に、頭がくらっとする。
凛は、画面を食い入るように見つめた。
「え、これ絶対お姉さんだよね。声もそっくり」
私と慧は、顔を見合わせた。




